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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.4 One may cry or laugh one's life away
46/123

8☆

歳をとってもカッコいい男って憧れますよね。

「はい、わかりました。……お大事に」

「スコット君は無事なの?」

「はい、負傷しているようですが……命には別状はないそうです」


賢者室に戻っていたサチコは通話を切り、携帯電話をコートにしまう。表情こそ変えないが、彼女の胸中は落ち着かないものだった。


スコットは、魔導協会でも主力の一角を担う実力者だ。彼が負けてしまったという事は、ハンクスの戦闘能力は協会の主力クラス以上ということになる。


このまま野放しにしておくには危険過ぎる存在だ。


「どうやら、エマリー嬢の誘拐にはハンクスと呼ばれている無派閥の魔法使いが関与していたようです。スコット氏からの報告によりますと、彼は自分の顔に関する情報に何らかの認識障害を引き起こす能力を持っていると推測されます」

「その能力だけでも十分に脅威なのに、戦闘力も高いなんて……危険すぎるわね」

「……同感です」


大賢者の表情が大きく曇る。


指名手配しようにも、彼の顔に関する正確な情報が()()()()()()以上、効果は望めないだろう。赤いコートを目印替わりに捜索しても、彼はコートを脱いでしまえばいいだけだ。当然、コートを身につけている本人であるハンクスがそれに気付かない筈がない。映像や写真といった、ハンクスに関連する情報は全て例の赤いコートを着用してしまった状態のものだ。コートを脱いだ状態の彼をどうにかして見つけ出さない限り、その身柄を拘束するのは不可能に近い。


更にハンクス自身が非常に強力な魔法使いである為、運良く彼に辿り着いたとしても常人では歯が立たずにそのまま返り討ちに遭ってしまう。


「……気に入らないわ」


大賢者はたまらず苦い表情で呟く。魔法使いが魔法使いを襲う……そのような事は絶対にあってはならない。ましてや、エマリー嬢の誘拐といった犯罪に手を貸す行為は以ての外だ。そんな情報が外の世界に流出すれば、魔導協会どころか、魔法使いそのものに対する世間の評価が悪化する事は想像に難しくない。


そういう事態にならない様に、協会は魔法使い達の個人情報を提示する事を義務付けて魔法の知識や技術が流出しないよう管理体制を徹底していたのである。


ジリリリリリリン


賢者室の固定電話が鳴る。この部屋の電話番号を知っているのはごく限られた者達だけだ。各国の首脳、権力者、協力関係にある組織……そしてローゼンシュタール家といった一部の貴族。


「……」


大賢者は緊張の面持ちで受話器を取る。その電話の主と会話をする彼女の顔は、サチコの眼に鮮明に焼き付いた。


「はい、お嬢様の事は必ず……えっ、予定より早く? 街に??」


大賢者は受話器を手で塞ぎ、サチコに聞く。彼女の目は大きく見開いていた


「サチコ、カイザル氏から貴女に連絡があったの?」

「いえ、そのような……」


その時、サチコに電流走る────思い返せばスコットから連絡が入った直後、()()()()彼女の電話に着信があった。見慣れない番号であった為、キャッチセールスか保険会社の勧誘かと思い、無視してスコットの方を優先した。


彼女は衝動的に着信履歴に目を通す。


「サチコ??」

「……大賢者様、カイザル・ローゼンシュタール様の電話番号などはご存知で?」


大賢者は事情を察し、受話器の向こうで返答を待っているカイザル・ローゼンシュタール氏に穏やかな声で話し出す。その表情はあらゆる感情を通り越した聖母の如く穏やかで、悲しいまでに優しい表情をしており、サチコは思わず目を背けた。


「はい、お任せ下さい。私達は魔法使い、必ずや奇跡を起こしてみせましょう。それでは……」


何とかカイザル氏を落ち着かせる事ができたのか、彼女はそっと受話器を置く。サチコは大賢者にかける言葉もなく、唯々背中を汗で濡らしながら硬直していた。


「サチコ、お茶をお願い」

「あの、大賢者様……」

「サチコ? お茶をお願い」

「はい、ただいま」


魔導協会の代表、大賢者。そんな彼女を的確にサポートする大賢者専属秘書官こと、サチコ・大鳥・ブレイクウッドは震える体を必死に抑え、尊敬する大賢者に贈る紅茶の用意をした。彼女の顔はいつものポーカーフェイスであったが、その瞳には大粒の涙が浮かんでいた。サチコの後ろ姿を優しげな瞳で見守り、大賢者は小さく呟いた。


「ああ、今日は 何て日なのかしら……」


彼女の胸中をどんな思いが巡っていたのか、それは誰にもわからない。



◆◆◆◆



「わぁ……凄い」

「こちらがリンボ・シティ名所の一つ、ライフ=アルガー広場でございます」


時刻は午後3時30分。アーサーの運転する車の中で、エマリーはリンボ・シティの名所を見回っていた。エマリーの瞳はさながら宝石の如き輝きを浮かべており、目に映る全ての光景が彼女にとっては素晴らしい、夢のような景色に見えたのだろう。実は数週間前、この広場ではとある魔法使いが気持ち悪い異世界種の群れと笑いながらじゃれ合っていたのだが、彼女は知る由もない。


広場の修復作業は既に完了し、名所としての風格を取り戻したこの場所は多くの観光客や街の人々で賑わっていた。


「この街は凄い物が沢山あるのね……」

「そうでございますね」


アーサーは車を出す。この広場に来るまでもいくつかの名所を巡った。


この街は元々の街並みの美しさに加え、今では異界門から現れた異人種の独自の発明や技術、文化も組み合わさって言葉にできないような独特な景観を生み出している。街並みや建造物だけでなく、道を行く通行人達も個性豊かな異人ばかりだ。彼女はただ車の中からそれらを見ているだけで、今まで経験した事のない大きな感動を覚えた。


「わあっ、見て! アーサー!!」

「どうなさいました? お嬢様」

「空っ! 空に!!」


車の窓から空を見上げると、白い鯨にも似た巨大な新動物が青い空を悠々と泳いでいく姿が見えた。その体は半透明で、光が当たると虹色に輝き、薄く内蔵のような光る器官が透けて見える。眼は左右で四個ずつあり、計八個もの大きな丸い瞳が宝石のように輝いていた。


この街で過ごしていると、時折歌声のように美しい音が空から響いてくる事がある。


【空の歌】とも呼ばれるその音色は彼らの鳴き声であり、毎日決まった時刻(朝と昼の3時ちょうど)に鳴くことからちょっとした時鐘がわりともなる。先刻、エマリーにも空の歌は聞こえていたが、それが生き物の鳴き声とまではわからなかった。


「綺麗ね……」


ゴストム・ファラエールと名付けられているこの生物は、実体を持たない霊体質の体を持つ生きた幻影のような不思議な動物だ。幻想的な姿に違わず、その生態は謎に包まれており多くの動物学者や研究家の頭を悩ませている。


「ああ、空鯨(スカイ・ホエール)ですか」

「スカイホエール?」

「私達はそう呼んでおります。本当の名前は長い上に言い難いですし、(ホエール)と呼ばれる海の生き物に似ているものですから」

「あ、新しい子が来たわ!少し小さいけど……」

「親子かもしれませんな」


悠々と泳ぐゴストム・ファラエールの近くに、やや小型の個体が泳ぎ寄ってきた。この生物は実体を持たないが、同族同士なら触れ合えるようだ。2頭の空を飛ぶ鯨は、寄り添いながらそのまま青い空の海を泳ぎ去っていった。


「ふふふっ、見てアーサー! 小さな子が大きな鯨に甘えているわ……可愛い!」


幻想的な生物との邂逅にエマリー嬢はご機嫌の様子だが、やがて車は二人が最初に立ち寄った大型服飾店の前に停められた。


「今日は、ここまででございます」

「あ……、もうおしまいなの……?」

「ええ、残念なことに一日ではとても回りきれません」


アーサーは車を降り、少し背筋を伸ばした。さすがにもう長時間の運転は少々堪えるようだ。彼は自分の衰えを感じながらも、何故か満足そうな顔を浮かべた。アーサーに続くようにエマリーも車から降りて来る。彼女も車にずっと乗っていたせいか、少々お尻が痛くなっていたらしい。


「これから、どうするの?」

「お嬢様を魔導協会本部にお連れ致します」

「それからは?」

「少し待てば、お父様とご再会できるでしょう」


彼の言葉を聞いて、エマリーは安心したのか、それとも少し残念に思ったのか様々な感情が入り混じった複雑な表情を浮かべた。自分の感情を正直に表す、彼女の愛らしい顔を前にアーサーの顔からも堪らず笑みがこぼれる。


「……ねぇ、アーサー」

「はい、お嬢様」

「アーサーは、自分のお母様を覚えているの?」


エマリーは少し思い詰めた表情で言った。車内で目にした街行く親子達や、先程のゴストム・ファラエールの親子と思われる仲の良い2頭を見て、何か思う事があったのかもしれない。


「さぁ……、私も歳をとりましてな。もはや両親の顔も曖昧でございます」

「私のお母様はね、小さい頃に亡くなったの」


そう呟いたエマリーの目の前を、子連れの女性が通りかかる。


「昔から、体が弱かったみたいで私を産んだ時から体調を崩してしまったそうなの」

「そうですか……」

「私が4歳の時、眠るように亡くなったわ……私は、お母様のことをよく思い出せないの。お父様は、お母様は私を深く愛していたっていうけど」


目の前を通り過ぎる親子を見つめるエマリーの目は寂しげだった。


4歳といえば、まだまだ母親に甘えたい年頃である。そんな時に訪れた突然の別れ。当時の彼女が負った悲しみは、一体どれほどのものだったのだろうか。


「……それでね、最近考えるようになったの」

「お嬢様」

「お母様は、私が生まれたから……」

エマリーがその言葉を言う前にアーサーは彼女の肩に優しく触れ、優しい声で静かに呟く


「女性は愛する人の子供を宿した時と、その子を産む瞬間に大きな幸せを感じるといいます」

「アーサー……?」

「貴女はそのお母様と、お父様の幸せの証。貴女を産んだことが、そしてその貴女と過ごす日々がお母様にとって最高の幸せだったのでしょう。例え、共に過ごした時間が短くとも」

「……」

「お母様は、エマリーお嬢様を愛しております。そして、今も天国で貴女を見守ってくれているでしょう。決してそのような言葉は口にしてはいけませんよ」

「ありがとう……アーサー」


アーサーの言葉を聞いて、エマリーは小さく肩を震わせた。


その憧れを胸に、紅茶飲みながら考えたお話が第4話になります。

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