6☆
最近、カッコいい魔法の名前が思いつかないので四苦八苦しています。
「ふふふふっ」
「お気に召されましたか?」
「ええ、他にも沢山買っちゃったけど……大丈夫なの?」
「問題ありません」
アーサーの小脇には汚れた衣服、そして両手には先程購入した洋服が入れられた紙袋が下げられている。
当然、袋の中身は全て高級ブランド品だ……その代金は後日ウォルターに請求される。使用人としてあるまじき蛮行だが、今の彼にとってはウォルターよりも、エマリーの方が重要度や忠誠度が高いらしい。
「でも、聞いたことがあるわ。この街の品物はとても────」
エマリー嬢のお腹から何か音が聞こえた。彼女は顔を真っ赤にして気まずそうに俯いている。
時刻は既に午後2時前、どんなに我慢しても流石にお腹が鳴り始めてしまう時間だろう。育ち盛りの子供ならば尚更である……。
「お嬢様、少し遅れましたが昼食は如何ですか?」
「えっと……アーサー、今の 聞こえたの?」
「はて? 何のことでしょうか、お嬢様?」
「な、何でもないわ!」
エマリーは顔を膨らませて歩き出す。アーサーは小さく笑うと、彼女の少し後ろを歩いた。
彼等は服飾店を出て、今すぐに食べられそうなものを探す。こういう時こそ4番街の市場が輝くのだが、今はその場所は使えない。例の追っ手がまだ探し回っているかもしれないからだ。
「……ふむ、仕方ありませんな」
「アーサー?」
「すぐに戻りますので、此処でお待ちください」
アーサーはふと目に付いた、ホットドッグの路上販売店で腹拵えを済ます事にした。車の前でエマリーを待たせ、汚れた服を包んだコートと洋服の入った紙袋を車内に押し込んでから異人の店員に声をかける。
「失礼、ホットドッグを二つ。飲み物も」
「やぁ、いらっしゃい。何を挟む? 色々あるよ!!」
「ではこのホワイトソーセージを、ソースはケチャップオンリーで。飲み物はアイスティーを」
「はいはい、ホワイトソーセージね!」
因みにこのソーセージ、当然ながら具材になっているものは何らかの新動物の肉だ。何の肉かは書いていないので解らないが、この街ではそのような些事を深く考えてはいけない。
「お待たせしました、お嬢様」
「これは??」
「ホットドッグでございます。本来ならばお勧めの料理店で優雅に食事をとって頂きたいものですが、今はこれでお許し下さい」
「ホットドッグ? ……犬の肉を使っているの?」
「いいえ、そういう名前の料理なのでございます」
エマリーはお嬢様だ。当然、ホットドッグといった庶民の食事の知識は皆無である。ましてやこうして道の上で立ちながら食事をするというのは人生初の経験だろう。今日は彼女にとって色んな意味で忘れられない一日となるのは確実だ。
「……」
彼女は少し戸惑ったが空腹には勝てず、何よりその料理の美味しそうな匂いにつられて思わず齧り付いた。暫く真剣な表情でその未知の料理を咀嚼し、味を確かめていたが徐々に表情が緩んでいき……
「美味しい……っ!」
「でしょう?」
エマリーは笑顔で言った。余程お腹が空いていたのか、口にケチャップがついてしまう事も気にせずにそのままホットドッグを夢中で食べ進める。アーサーはそんな彼女を優しげな表情で見守っていた。エマリーは彼が自分を見てばかりで、手に持つホットドッグを食べようとしない事に気がついた。
「貴方は、食べないの?」
「お嬢様の食事が済みましたら、私もいただきます。どうぞ、お気になさらずに」
「……」
彼女は食事の手を止める。彼の対応に、何か思う事があったのだろうか
「どうなさいました?」
「何でもないの……ケインを思い出しただけ」
「ケイン?」
「いつも一緒にいてくれた執事よ。この街には彼も一緒に来てたの……」
「そうですか……」
「ケインも、私が食べている間は決して料理に手をつけなかった。私が一緒に食べましょう、と誘ってもね」
「お嬢様、執事とはそういうものです」
エマリーは少し寂しそうな表情を浮かべた。
貴族としての教育を受けている為、身分の違いというものも当然教え込まれている。だが、それでも彼女の心の中には何かが引っかかっていた。自分が家族の一員だと思っているケインは、あくまでも使用人だ。どれだけ親しく接しようとしても周りがそれを許さない。何より彼自身も彼女にやんわりと身分の違いについて説いて聞かせた。
その執事もエマリーの事を家族としてではなく、あくまでも仕えるべき相手と見ていたのだ。
「そうね……」
「……」
エマリーの表情が曇ったのを見てアーサーは少し考えた。そして手にしたホットドッグを口一杯に頬張った。隣で見ていたエマリーは突然の事に驚いて目を見開く。
「ふむふむ、これは中々……」
「アーサー……」
「うむ、やはりこの街の食べ物はどれも美味ですな」
「うふふっ、口に沢山ケチャップがついてる」
「おや……本当ですな」
「ふふふふっ」
彼女は満面の笑みでアーサーを見た。そして彼も小さく笑ってエマリーを見る。二人は先程出会ったばかりだが、エマリーはすっかりアーサーに心を開いていた。
「……ああ、まだ見つかっていないそうだ。慌てるな、まだ時間はあるだろう?」
薄暗い路地裏を歩くハンクスは誰かと連絡を取っていた。恐らくは彼や誘拐屋を雇ったこの事件の黒幕だろう。どうやら黒幕は相当に焦っているようだ。
「ん、自分から? まぁいい……好きにしろ」
ハンクスは電話を切ると、路地裏を抜けた先の道を横切る、一人の男が目に付いた。
肩には今朝倒した魔法使いと同じく生命の樹を象ったエンブレム、そして金のラインが入った特徴的な黒いコート。間違いなく魔導協会に所属する魔法使いだ。
「そうだな、俺も少し退屈だったところだ」
彼は足早に路地裏を出て、魔法使いの後をつける。金髪の魔法使いはハンクスに気付かない……かなり思い詰めている様子だった。
「くそっ……落ち着け、気持ちを入れ替えろ。今はお嬢さんの保護が先だろ……」
その魔法使い、スコットは情報収集の為に街を歩き回っていた。
だが成果は芳しくない。集中力を欠いていた彼は背後に迫るハンクスに気付かなかった。ハンクスは赤いコートから杖を取り出し、前を歩くスコットに狙いを定める。
「あれ、スコットさんじゃないですか。どうしたんでしょう?」
「やけに浮かない顔だな……って何だ? おい! 後ろ!!」
パトカーで巡回していたアレックス警部と若い刑事は暗い表情で道を歩くスコットを見つけた。車はスコットから30m程前の距離から速度を落として走っていたが、彼は気づく様子もない。
「おい、スコット! 後ろだ! 後ろに!!」
警部の声を聞いて漸く我に返ったスコットが後ろを振り向くと、そこには赤いコートを身につけた男の姿があった────男は静かに言い放つ。
「挨拶がわりだ、受け取っておけ」
「ッ!?」
男は杖先から白く光る弾丸のような魔法を放ち、スコットはコートの袖口に忍ばせていた小型の杖を咄嗟に取り出して【風魔の防護壁】を発生させてそれを防御した。魔法は風の障壁に着弾した途端に爆発し、スコットはその衝撃で警部達の乗るパトカーまで吹き飛ばされた。
「ぐあっ!!?」
彼はフロントガラスに叩きつけられ、思わず声を上げる。
爆発ダメージの大半は先程の障壁が吸収して無力化したが、それでもこの威力……直撃すれば即死だろう。真昼間の、それも人気のある街中で突如として鳴り響く爆発音に周囲の通行客にも動揺が走った。
「おいっ!? 大丈夫か!?」
「警部っ! なんかあいつまた杖を向けてますよ!!?」
「ああくそっ!!」
「今のを防いだか、面白い。今朝の男よりも楽しめそうだ」
警部はパトカーをバックさせ、赤いコートの男から距離をとる。
刑事はサイドガラスから身を乗り出し、スコットが車のボンネットから振り落とされないように彼のコートを力一杯掴む。男は続けて【爆発する光弾】を杖から放つが、警部は巧みなハンドル捌きでそれをバックしながら回避していく。風情のあるインターロッキングブロック(石畳状)の道路は、例の魔法の爆発で抉られていき、通行客もたまらず悲鳴を上げて逃げ出した。
「……ッ! アレックス警部、車を止めろ!!」
「何!?」
「止めるんだ!!」
スコットは声を荒らげて言う。警部がパトカーを止めるとスコットはふらつきながらボンネットから降り、目の前の赤いコートの男を睨みつけて歩き出す。男もゆっくりと歩み寄って来ていた。やがて二人は、6m程の距離を空けて対峙する。
「お前……何のつもりだ」
「言っただろ? 挨拶がわりだ」
赤いコートの男、ハンクスの顔には笑みが浮かんでいた。どうやら、スコットが実力者であることを先程の一手で見抜き、その事に喜んでいるのだろう。スコットは気を張った、男が何気なく呟いた一言が彼には聞こえていたのだ。
「お嬢さんを攫ったのはお前か……?」
「お嬢さん? ああ……あの子供のことか。残念だが、そいつを攫ったのは俺じゃないぞ」
「じゃあ、お嬢さんを守っていた護衛の人と、彼らと一緒にいた魔法使いを殺したのは?」
「ああ、そいつらを殺したのは 俺────」
スコットはハンクスの言葉を全て聞く前に杖から魔法を放った。
放たれたのは数発の風の矢。ハンクスの爆発する光弾程の威力はないが、目で捉えようのない風そのものを矢にして放つ為に視認は困難で、直撃すれば容易く相手を行動不能にするだけの威力はある。だが彼は、その魔法を軽々と回避してみせた。そして回避と同時にまた白い光弾を放つ。
「この距離で避けるのかよ! あれを!!」
スコットはハンクスの体捌きに驚愕しながら、自分も大きく身をかわす。光弾は街灯に当たって爆発し、その爆風でスコットは怯んだ。
(……何だ、あの魔法は!? 短杖で扱える魔法の火力じゃないぞ……どうなってる!?)
スコットはハンクスが放つ見覚えのない魔法の威力に戦慄しつつも杖を構え、再び彼と対峙する。
「風属性の魔法はな? 軌道がわかりやすいんだ、周囲の空気の乱れでな……」
「くそ、街中であんな魔法放ちやがって……」
「ああ、すまない。次からは使わないようにしよう……できるだけ長く楽しみたいものでね」
ハンクスは戦闘狂だ。今の彼は誘拐屋の男達や先程連絡をとっていた何者かへの態度とはまるで異なる、活き活きとした表情と声をしている。彼が魔導協会から危険因子として指定されている理由はそれだ、戦うのが楽しくてしょうがないのだ。
研鑽を重ねて生み出した己の魔法で相手を倒す、その相手が強ければ強いほど倒した時の快感は増していく。ハンクスは自分を試したいのだ。自分がどのくらい強いのか、それを確かめる為に。もし負けたとしても彼は喜んでその敗北を受け入れるだろう……。
負けた場合は、自分より強い者がいた。そのシンプルな答えに満足するだけなのだから。