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物語に悩んだらまず紅茶を飲む。とても効果的です。
【魔法】 それは魔素 -MANA- と呼ばれる魔法の源となる粒子をエネルギーとして変換して利用する技術の事を指す。魔法を使うには相応の才能と潜在的な適性が必要であり、誰しもが魔法を使えるわけではない。また適正があったとしても、魔法を扱えるようになる為には専門知識の学習と優れた指導者による徹底した教育が必要になる。
魔素はあらゆる場所に存在し、この世界において非常に重要な役割を担っている。その有用性は魔法使いのみならず魔法を使えない者達にも広く認知されており、様々な分野に利用出来ないかと日夜研究されている。
【魔法使い】とは修練によって魔法を扱えるようになった者の事であり、【魔力】とはその人物の体内に宿る魔素の貯蔵量を示す。しかしいくら魔法使いと言えども、自らの肉体に宿る魔力を道具なしで直接魔法として使う事はできない。如何に膨大な魔力が宿っているとしても、それを魔法に変換する機能は彼らの肉体には備わっていないのだ。
そんな魔素を魔法として変換するべく開発された道具が【魔導具】であり、魔法使いが武器として扱う【魔法杖】もその魔導具の一種である。また、用途や形状に違いがあれど魔素を魔法として利用する為に使う道具は全て魔導具というカテゴリーに属する。杖以外の魔導具で有名な物と言えば少し使い方が他とは異なる【魔導書】や、今はあまり見られないが過去には【魔箒】と呼ばれるものがメジャーな移動手段として存在していた。
魔導具には魔素を魔法に変換する為の変換機が搭載されており、魔法使いが魔導具に意識を集中させて自身に宿る魔力を送り込み、それに変換機が反応して初めて魔法と名付けられた技術を使用することが可能になる。
魔法使いが武器として扱う杖とは、魔法を攻撃手段として利用する為の魔導具なのである。
尚、殆どの魔法使いは魔導協会に所属し、そうでなくてもその個人情報を協会に提示する事を義務付けられている。だが中には協会に隠れて密かに魔法の技術を学び、それを私利私欲の為に行使する輩も存在している。
……魔法使いも、あくまで人間だという事だ。
◆◆◆◆
「……はい、旦那様。わかりました」
マリアは溜息をつきながら受話器を置く。その表情は非常に不機嫌そうであった。
「御主人たち、どうしたってー?」
リビングのソファーで棒付きキャンディーを舐めながら寛ぐアルマ。時刻は昼の1時過ぎ……屋敷に取り残された彼女はすっかり不貞腐れており、その足をぶらぶらと揺らしている。下着姿のままで、用意された服に手をつける様子もない。
「ええ、アーサー君が待ち合わせの時間になっても来ないそうで」
「あん? 珍しいな、あのじーさんが遅刻かよ」
「それが……彼の車も見当たらないそうで」
「へ??」
アルマは思わず咥えていたキャンディーを落とす。彼女は自分の股ぐらに落ちたキャンディーを拾い上げ、再び口の中に放り込んだ。
「え? 何、あのじーさんついに逃げ出したの??」
「さぁ……」
「御主人、人使い荒いしな……案外ストレスが溜まってたのかもしれねーな」
「そうですね……」
「ああ、ガソリン足しに行ってるのかもしれねえな。御主人ガソリンの臭い嫌いだから」
「ありえそうですわね……」
マリアの顔には彼女の代名詞である笑顔は浮かんでおらず、うわ言のように返事をするだけだ。
アーサーの使用人として失格どころではないあまりの暴挙に、怒りを通り越して呆然としているのだろうか。床に足先を当ててリズミカルな音を立てながら思い詰めた表情を浮かべている。
アルマはそんなマリアの姿を見て何かを察したようで、ニヤついた顔で彼女を見ている。
「ほーう」
「情けないですわー……」
「マリア?」
「はあー……帰ってきたら骨の一本でも折るべきですわね」
「お前さ、あのじーさんが気になるの??」
その言葉を聞いてマリアは凄まじい勢いで振り返り、真顔でアルマを見つめる。
「アル様?」
「あっ、はい」
「何か、仰りました?」
半分冗談のつもりだったのだが、あの言葉はマリアには禁句だったらしい。
「あー、うん。御主人が迎えに来いって?」
「仰りましたね?」
「おら、御主人が電話かけたってことは迎えに行くんだろ? 行ってこいよ」
「私の、目を 見てください。今、何か仰りましたね??」
「はよ行けや、乳女」
アルマとマリアが他愛ない会話で時間を潰している頃、魔導協会総本部は総力を挙げてエマリー嬢の行方を追っていた。
テレビ局にも彼女の特徴や身分を伝え、急遽特番を組んで午後2時までには放送させる。ローゼンシュタール家はそれ程までに外の世界では力を持つ貴族であり、協会としても彼らとは友好な関係を築いておきたいのだ。何より協会所属の魔法使いが護衛していたのにもかかわらず、エマリー嬢を攫われてしまったというのは魔導協会そのものを揺るがしかねない一大事だ。
何としてでも彼女を救い出さなければならない。
「何か掴めましたか?」
「いえ……4番街でそれらしい少女を見かけたというタレコミはありましたが……」
サチコは情報部の職員に現在の捜索状況を聞くも、これと言った成果はない。時刻は午後1時過ぎ、父親のカイザル・ローゼンシュタール氏が街を訪れるのは6時だ。それまでに彼女を救出し、無事に親子を再会させなければ。サチコは眉を歪めながら人差し指を噛んだ。
「秘書官! これを……」
「どうしたの?」
「ネットで公開されて話題になっている動画なんですが……」
「この緊迫した状況で? 何を呑気なことを言っているのですか??」
「いえ、まずは映像をご覧下さい」
サチコは眼鏡の男性職員に言われる通りにその話題の動画を見た。映像には一人の老人と、黒いスーツに身を包んだ男達の喧嘩と思われる光景が映し出されていた。
「それに、僅かしか映っていませんが……この老人の後ろにいる女の子は……」
「エマリー様……でしょうか?」
動画には一瞬しか映っていないが、老人の後ろに紫色の髪をした少女の姿が見られた。
父親のカイザル氏のものをそのまま受け継いだエマリー嬢の髪色は特徴的なもので、見間違いようがない。それに例の黒服の男達が彼女を攫った者達だと仮定すれば色々と合点がいく。
エマリー嬢は何らかの方法で男達から逃げ出し、この老人に助けを求めた。
しかしそこに黒服の男達が追ってきた。事情を察した老人は、彼女を守る為に彼らの前に立ち塞がったのだと思われる。老齢でありながら、何という正義感溢れる勇敢な御仁なのだろう……サチコは素直に感動した。
「それに、この動き……凄いですよこの老人。あっという間に三人の男を倒しています」
「彼は表彰ものですね。それにしても、この人何処かで見たような……」
「でも、ここからです。倒した男が急に苦しみ出し、老人が皆に注意を呼びかけて……動画は此処で途切れています」
動画には男達の末路までは映されていなかった。
サチコ達は知る由もないが、動画投稿者は例の爆発で撮影どころではなかったのだろう。あの後、男達がどうなったのか気になる所だが、サチコ達はまずエマリー嬢を保護した例の老人の動向を追う事にした。
「この情報を、街のテレビ局にも提供してください」
「わかりました、今すぐに」
サチコはウォルターとは嫌々ながらも面識がある。しかし、彼の使用人についてはあまり知らないようだった。眼鏡の印象が強烈すぎて、他の人物が頭に入ってこないのかもしれない。
「どうかしら? アーサー」
試着室で着替えを済ませたエマリーは、少し照れながらも身につけた衣装をアーサーに見せた。髪と同じ色合いの紫色に、黒いフリルがアクセントとなっているお洒落なワンピース服と、ソックスも紫と黒の縞々模様のものを新たに購入した。彼女は紫のカラーが好きらしい。異人の女性店員はお着替えを手伝おうとしたが、彼女は断った。
「とてもお似合いですよ、お嬢様」
「アーサーはお世辞が上手ね」
「はっはっ、本心からの素直な感想でございますよ」
単に子供扱いされるのが嫌だったのかもしれないが、この場合は最適解と言えるだろう。
例の血の混じった泥まみれの服を見られると面倒な事になるからだ。汚れた衣服もエマリーが試着室を出た後、アーサーが先程のコートに包んで回収している。
「先を急いでおりますので、このまま失礼致します。代金の要求は此方に」
「え、あのお客様……」
「誠に申し訳ございません……ですがご心配なく、代金は問題なくお支払い出来ますので」
半ば強引に支払いは請求書を指定の宛先に送りつけるように話をつけ、老執事はエマリーと退店した。
店員は少々困惑したが、アーサーの真摯な態度とその雰囲気、そして彼と一緒にいるお洒落な少女を見てきっと何処かの富豪の使用人とお嬢様だろうと思い、老執事から渡された住所のメモを手に彼らを見送った。
「素敵な執事さんだったわね……旅行者かしら?」
「かもしれないわ、あんな綺麗なお嬢さん初めて見たもの。ふふっ、可愛い」
「あら、この住所……この街のものよ??」
その住所の詳細を調べた時、彼女達はどんな反応を示したのであろうか……。
物語が最初から決まっていてもまず紅茶を飲みます。