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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.4 One may cry or laugh one's life away
41/123

3☆

夜も暑いと洒落になりませんね

「うわっ、何だ……!?」

「失礼」

「ちょっ、こっち来んなって!!」

「また失礼、非常時ですので」

「何だこのジジイ、痛ァッ!!!」

「ジジイは余計です」


老執事はエマリーを抱えながら市場街を逃げ回る。


既に老齢であるが、彼は息一つ切らさずに人混みの間をすり抜けるように進んでいく。二人を追う男達は必死に追いかけるも、その距離は開くばかりだ。市場街に集う客達を押しのけ、かき分けながらも前に進もうとするがついに見失ってしまう。


「くそっ……! 何なんだ、あのじじいは!!」

「ガキを抱えてこれかよ……、あれも異人種って奴か」


男達は追跡を一旦諦める。人混みから出ようと足早に歩いていると追っ手の一人が眼鏡の男と盛大にぶつかった。


「え、何……おふぁっ!!」

「ああーっ! 大丈夫かいアンタ!!!」

「!!」


眼鏡の男は大きく仰け反り、バランスを崩してジュース屋に倒れこむ。彼と一緒に歩いていた女性は心配して駆け寄った。全身ジュースまみれとなった眼鏡の男は倒れたまま硬直している……。


「……これは 何のジュースかな?」

「……ええと、それは青バナナとドラゴ・キウイのジュースだね」

「ちっ……、呑気に女を連れて歩きやがって」


ぶつかった追っ手の男は苛立ちながら吐き捨てるように言うと、そのまま歩き去った。眼鏡の男は静かに立ち上がり、溜息をつきながらハンカチで濡れた眼鏡を拭く。


「大丈夫? ウォ、ヘクター。……気に入らないわね、彼」

「まぁ、こういう時もあるさ。うん、このジュースとても美味しいよ……一つ買っていこうかな」

「ああ、1L$(リンドル)ね。ほら、オマケもつけとくよ……、これ飲んで元気出しな」

「ははは、ありがとう」


その眼鏡の男、ヘクターはぶつかって来た男を笑いながら見送った。


杖はベルトとズボンの間に挟むようにして隠してあり、今からでも彼の背中を撃ち抜けるが今日はそんな気分ではなかった。笑い話の種になるだろうと、寛大な気分で受け止める事にしたのだ。


「そろそろ待ち合わせの時間だけど、遅いわねアーサー」

「彼もたまには寄り道をしたい気分なんだろ。今のうちに替えの服でも見に行こうかな……」


ちょうどその頃、例の追手達が爆発した場所にパトカーが到着する。

車から降りたアレックス警部と若い刑事は、嫌な臭いと煙を巻き上げる赤い染みを発見した。


「……警部、なんか嫌な染みが煙を立ててるんですが」

「あまり、深く考えないほうがよさそうだな。何、この街だと

「そろそろノイローゼになりそうなんで、その言葉やめてくれませんか」


その赤い染みを見て何かを察した刑事は とりあえず 今はその事を忘れ、近くの人に聞き込みを開始する。警部はそんな刑事の姿を見て何とも言えない表情を浮かべた。


「おい、見ろよ! ひでー匂いだな!!」

「ああ、何でも人が爆発したって……風船みたいに膨らんでな」

「人があぎゃぎゃぎゃあぁああーっ! って叫んでボチャアってなったんだよ!! いやぁ、中々クレイジーな

「やめてくれませんか、ホントマジで」


彼に追い打ちをかけるように、野次馬が空気を読まない発言をする。若い刑事はきっと今日も記憶処置を受けるだろう……彼の精神状態がそろそろ心配である。



追っ手を撒いたアーサーは自分の車に辿り着き、抱き抱えていたエマリーを降ろす。


「やれやれ、参りましたな」

「え、えっと……」

「お父様はいつお迎えに上がられるのです?」

「夕方の6時頃にこの街に来るって……私の電話は壊されてお父様と連絡が取れないの」

「では、私の電話をお使いください」


アーサーは自分の携帯電話を差し出すが、エマリーは申し訳なさそうに俯く。小さな拳を力なく握りしめ、彼女は震える声で言った。


「ごめんなさい……私、私……ッ」

「どうなさいました?」

「お父様や、お屋敷の電話番号を 自分で覚えていないの……ッ」

「……そうですか。ところでお嬢さん、貴女のお名前は?」

「え、エマリー。エマリー・ローゼンシュタール……」


その名前を聞いてアーサーは驚く。ローゼンシュタールと言えば世界でも大きな影響力をもった貴族の名前である。その娘を攫うという事がどういうことなのか、追っ手の男達やその雇い主にはわかっているのだろうか。もしくは、わかっている上で攫ったという事か……。


宿泊していたホテルが襲撃を受け、彼女が攫われたのは午前9時頃……ウォルター達が屋敷を出る直前の出来事だった。


当然、彼らの耳にはその報せは入っていないし、それを伝える緊急ニュースもつい先程からテレビに流されたばかりである。ローゼンシュタール家の名はウォルター達や街の人達も知っているが、その一人娘に関しては知らない人も多いだろう。


この時魔導協会に一報でも入れておけばまた違ったのだろうが、アーサーは連絡を入れなかった。協会が彼女の行方を血眼で捜索している事自体この執事には知り得なかったし、街の外の権力者がお忍びでリンボ・シティに観光に訪れるのもよくある話なのだから。


……その権力者にもしもの事があった場合は、魔導協会が責任を負う羽目になるのだから彼らからするとたまったものではない。今回は真っ当な手続きを経た上での出来事である為、状況はさらに深刻だ。気苦労の絶えない組織である。


「ではエマリーお嬢様、まずはこの場を離れましょう。私の車にお乗りください」

「……守ってくれるの?」

「まずは、お着替えと行きましょう。その泥だらけの姿は、貴女には相応しくありません」


エマリーを乗せ、アーサーは車を出す。ウォルターとの待ち合わせの時間は既に過ぎているが、今は彼女の保護と着替えの服を調達するのが最優先だ。


「ありがとう、アーサー……でいいの?」

「はい、エマリーお嬢様。私の名はアーサーです。フルネームは……長いので今は忘れてください」


エマリーは安心して緊張の糸が切れたのか、声を殺してすすり泣いた。


見る限り年齢は12歳程、まだまだ幼さが抜けない子供である。親と離れてこの街に来たばかりに、目の前で人が殺される光景を目にした上に見知らぬ男達に誘拐された。年若い少女が経験するには、あまりにも重すぎる体験である。アーサーは運転しながら彼女にハンカチを渡した。


「ありがとう……」

「顔をお拭きになってください、涙に濡れては折角の美しいお顔が台無しでございます」


老執事はとある大型服飾店の前で車を止める。


この店でエマリーの着替えを用意するつもりなのだろう。貴族のお嬢様の着る服が、血の混じった泥だらけというのはあまりにも痛々しい。


「ではお嬢様、少し大きいでしょうがこのコートを着用してください」

「ありがとう、これは……?」

「そのままの格好でお店に入るわけにも参りません。かと言って今、貴女様を一人で車に待たせるわけにもいかないのです……少しの間ご辛抱を」


車から降りるエマリーの手を取り、優しい笑顔を浮かべるアーサー。彼は老人だったが、エマリーは顔を赤くして俯く。親族でもない誰かに、ここまで優しくされるのは初めての事だった。いつも優しく見守ってくれた執事は、ホテルの部屋が襲撃を受ける直前に騒がしくなった外の様子を見に部屋を出たまま戻らなかった……。


アーサーを見ていると、そんな彼の事を思い出した。

そして、もう彼は戻ってこないという事実を改めて痛感し、また大粒の涙が浮かぶ。


「お嬢様、泣いてはいけません」

「どうして……こんなことに……」

「大丈夫、お父様がお迎えに来るまで 私がお守りします」

「アーサー……、ありがとう……」


アーサーは自分の手を震えながら握る彼女の手を、優しく握り返した。


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