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紅茶飲みながらロリとじいちゃんが仲良くなるお話を考えていたらこうなりました。
「おい! 何処だ!! ふざけるなよ……何で目を離した!?」
「トイレに行きたいっていうから……まさか、女子トイレの窓から逃げるなんて思うか!? さっきまで震えてまともに立てなかったガキがよ!!」
彼女を追っているのか、黒いスーツを着た3人の男が近くを探し回る。
彼らの左手首には腕輪のようなものが付けられている。路地の影に隠れながら逃げる少女の目には涙が浮かび、足も震えて既に体力は限界だった。
「お父様、お父様……ッ。助けて、お父様……ッ!」
小さく泣きながら少女は父に助けを求める。彼女を守ってくれる護衛は全員殺された……たった一人の【赤いコートの男】に。目の前で何が起きたのか、彼女には理解できなかった。その男が持つ、黒い棒のような武器から放たれた光によって彼らの命は一瞬で奪われたのだ。
彼女の護衛を任されていた魔法使いも応戦したが、力及ばずに倒されてしまった。
「おい! 見つけたぞ、ガキ!!」
「ひっ……!」
追っ手の一人が彼女を見つけた。それから逃れようとエマリーは必死に走るも、足はふらふらで思うように動いてくれない。やがて路地を抜け、人気のある場所に出たがそれに安心してしまったのか足元にまで気が回らなかった。石につまずき、彼女は転んでしまう。
「……ッ!!」
もう駄目だ……彼女は思った。
震える声でトイレに行きたいと懇願し、隙をついて逃げたはいいがもう足は動かない。追っ手はすぐに追いついてくるだろう……再び捕まった彼女がどんな目に遭うかは想像に難しくない。
「おや? お嬢さん、どうなさいました?」
そんな彼女にかけられる、誰かの優しい声。
彼女は泥だらけになった顔を上げ、その誰かの姿を見た。そこに立っていたのは一人の老人。黒い執事服を着こなしたその老紳士は、彼女に優しく手を差し伸べる。エマリーはその手を取り、縋る思いで叫んだ。
「お願い、助けて……! お願い! 私……、私……ッ!!」
「落ち着いてください。まずはゆっくりと息を吸って……」
「ようやく見つけたぞ! クソガキ!!」
そこに先程の男達がやって来た。数は3人、かなりの距離を追い掛け回したようだが息は切らしておらず、全員が筋肉質の鍛え抜かれた体をしている。
「いっ、嫌……ッ!」
「おやおや、あなた方は? この方に何の御用でございますかな?」
震える彼女を庇うように男達の前に立ち塞がる老いた紳士。その言葉遣いは丁寧だった。
「じいさん、俺たちはその子に用があるんだ。さっさと渡してくれないか?」
「いやいや、その御用を聞いているのです。女性に向けて良いお顔をしておられませんので」
「じいさん? 死にたくないだろ??」
追っ手の男達は溜息を吐いた後、静かに息を整える。どうやら彼女を見逃がすつもりはないらしい。次に下手な事を言えば老人は彼らによって殴り倒されるだろう。相手は3人、それも恐らくは何らかの訓練を積んだ者達だ。
「やだ、やだ……ッ!」
エマリーは怯えきっており、もう立ち上がる事もできない。
市場の利用客はその光景を見て慌てて距離をとる。中には呑気に携帯端末を操作して写真や動画を取っている者もいた。誰かが通報をしたようだが、警官が駆けつけるまでその老人と少女が無事でいられるとは思えない。
「そうですね、確かに死にたくはありませんが……一つ聞いても良いですかな?」
「何だよじーさん、いいからそこをどけって」
「あなた方は死にたくないと、本気で思ったことはありますか?」
老紳士は鋭い眼光で男達を睨みながらそんな言葉を呟いた。
「は? 何??」
「もういいだろ、死にたいんだよそいつは。時間がねえからやるぞ」
男達は決めた。人を殺すのには慣れているが、好き好んで殺したいわけではない。だが、どうしてもという輩は割り切る必要がある。この場合、目の前の白髪の老人がそれだ。
「アーサー」
「……え?」
「私の名前はアーサーです、お嬢さん」
後ろの少女に優しい笑顔を向けて、その老紳士は名乗った。
彼が振り向く前に追っ手の一人は距離を詰め、拳を握って鋭いパンチを繰り出した。離れて見物していた人達は思わず声を上げ、目を背ける者もいた。そして……
「……んなっ!?」
老人に殴りかかった男の体は宙を舞った。何が起こったのか、自分でもわからない。そのまま彼の体は地面に落下し、全身を強く打ち付けた。
「なん……っなっ!?」
「失礼」
アーサーは呆気に取られる男の顔を堅い靴先で強く蹴り、その意識を一瞬で刈り取った。追っ手の仲間たちはその光景に呆然としていたが、すぐに切り替えて今度は二人で老人に襲いかかる。
「なんだこいつっ!?」
「知るか! 今は急いでるんだ、とにかく殺すしかねえ!!」
「やれやれ……」
軽く溜息をつきながら、アーサーは自分にまっすぐ伸びてくる追っ手の鋭い右ストレートを右手で軽く払い除け、体制を崩した彼の右足に軽い蹴りを放った。足を取られて転ぶ男を横目に、自分に向かってくるもう一人に意識を向ける。もう一人の男はナイフを握る右腕をアーサーの胸目掛けて大きく突き出した。
「死ね! じじい!!」
「じじいですか、確かにそうですが……」
アーサーは小さく笑うと男の突きをひらりと交わし、すれ違いざまにナイフを握る男の右手首を利き手で掴む。そのまま手首を捻りながら彼の右肘目掛けて手ぶらになっていた左手を勢いよく打ち上げ、その肘を逆方向にへし折った。
「ぎゃぁっ!!!」
「私はまだまだ、現役ですよ」
右手首と肘を一度に折られた男は悲痛な叫び声を上げるが、それと同時に彼の視界は白い掌で埋まった。アーサーは男の右腕を破壊しただけでは済まさず、間髪入れずに彼の顔面目掛けて鋭い掌底打ちを放っており、強烈な一撃を顔面に受けた男は膝から崩れるように倒れ込んだ。
その光景を、先程転ばされた男は唖然とした表情で眺めていた……。
「お前……一体何者だ?」
「名乗りは先ほど済ませました、二度も必要ですか?」
「ふざけやがって……!!」
激昂した追っ手の男は立ち上がり、拳を握りしめる。だがアーサーは特に身構える事も無く、ゆっくりとした歩調で彼に向かって行った。男は地面を強く踏みしめ、全身のバネを使った強烈な右ストレートを目の前の老人に向けて放つ。アーサーは小さく体を反らし、それをかわすもこの右ストレートはフェイントだ。男はもう一歩踏み込み、左拳に力を込める。
「────かかったな、老いぼれが!!」
本命はこの左のアッパー。老人が姿勢を立て直すよりも早く、下から跳ね上がるように強烈なアッパーカットを繰り出す。その男はボクシング経験者であり、闇仕合で勇名を馳せた実力者であった。
だが数々のボクサーを沈めてきた渾身の左アッパーは、その老人に軽く受け止められてしまった。
「……は?」
「本命は左ですか。いやはや、少し驚きました……あなた いい拳を持っていらっしゃる」
受け止めた左拳を、少し力を入れて握りアーサーは笑顔で男に言い放った。
「この拳で沢山、人を殴り殺したのでしょうね?」
次の瞬間、男の左拳からは血が噴き出した。
「ぎゃああああああああっ!!」
「おや失礼、少し力を入れすぎました」
アーサーは握り潰した男の左拳を離し、汚れた手袋を脱ぎ捨て新しい白手袋を嵌める。
その光景を後ろで見ていたエマリーは震えていた。目の前の老紳士は一体何者なのだろう。70歳をとうに過ぎたであろう老齢の男が、屈強な男達を一瞬の内に倒してしまった。
「さて、少し話をしましょうか? あなたには少々聞きたいことがあるのです」
「……ッ!」
「でしょうね、ではもう片方の拳も潰しておきますか」
「ま、待てっ! 俺たちは雇われただけだ!! そのガキを連れてくるように────」
その言葉を口に出した途端、追っ手の男は苦しみ出す。
腕輪のようなものが赤く発光し、先程倒した二人も同様に声を上げて苦しみ出す。すると彼らの左腕が不自然に膨張しだした。やがて左腕から何かが登っていくように、上半身全体が膨らんでいく。
「あぎゃっ、あががががががががががががっ!!!」
「これは……っ、皆様! 離れてください!!」
アーサーはエマリーを抱き上げてその場を離れる。彼の声を聞いた見物人達は大慌てで男達から更に距離をとる。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃあっ─────!!!」
既に全身が風船のように膨らんでいた男達は壮絶な悲鳴をあげながら体から血を噴き出し、直後に爆発した。周囲の物は彼等の爆風で吹き飛ばされ、辺りの地面や近くの店の何軒かに何かが混じった赤い液体が飛び散る。その液体には小さな残り火が消えずに残っており、嫌な臭いと煙を立てながら燃え尽きていった。
「全く、趣味が悪いものですな」
「何……? 何が起きたの??」
アーサーはエマリーの目を手で隠していた。あんな光景を見せる訳にはいかないからだ。彼は抱き抱えた少女を降ろし、頭を下げて謝罪する。
「突然のご無礼、お許し下さい」
「あ、あの……」
「今日は災難でしたな。少し経てば警察が駆けつけるでしょう……それでは」
「ま、待って!!」
エマリーは自分に背を向けて去ろうとするアーサーを呼び止め、絞り出すような声で言う。
「お願い、私を守って!!」
「ですから、警察がもうすぐ……」
「警察ではダメ! 普通の人だと、彼に殺されてしまうの!!」
「……?」
「お願い、お父様がこの街に来るまでの間でいいの……私を、私を守って!!」
エマリーは涙ながらに懇願するが、アーサーは返答に困った。
もうすぐウォルター達との待ち合わせの時間だ。一先ず彼女を連れて彼らと合流し、それから考えようと思った矢先に
「くそっ、あいつらどこいった……おい、なんだよこれ」
「うっ……、くそっ冗談じゃねえぞ!!」
「……本当に爆発するのか。畜生、あの野郎……!」
先程の追っ手の仲間が現れた。男達は地面で嫌な臭いを立てながら煙を上げる赤い染みを見て、何かを悟ったらしい。どうやらその腕輪には口封じか何かのための仕掛けが施されているようだ。
何があっても犯人は自分に繋がる情報を渡したくないらしい。
「やれやれ、考える時間もありませんか。再び失礼致します、お嬢さん」
「えっ? きゃあっ!!」
「おい、あのガキだ……ッ!? 誰だ、あのじじい!!」
「何してる! さっさと追いかけろ!!」
エマリーを抱き抱えて走るアーサー。それを見て追っ手の仲間達も一斉に走り出す。