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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.1 Fortune comes in at the merry gate
4/123

2☆

最近暑いので、体調管理にはお気をつけてー

「……で、状況を説明してくれるかな警部。それと紅茶」

「……事件が片付いた後で奢ってやる」

「ああそうだ……もう一度だけ聞いておきたいんだけど、あの屋上で偉そうに演説してるBAKAは魔法使い(ウィザード)じゃないんだね?」

「ああ、あの馬鹿はただの人間だ。持ってる魔導書も違法に改造された違法書……何処かのクソ野郎から買ったんだろうな」


本来、魔導書とは使用する人物にも相応の魔力を要求する()()使()()()使()()()()()()()()()()()だが、中には非合法に書物の力を制御できるだけの魔力を埋め込んだものも存在する。そのような書物は【違法書】と呼ばれ、時折闇市場(ブラック・マーケット)や裏オークション等で高額で取引される。


「奴らがこのショッピングモールに入ったのは開店直後だ、変装もせずに堂々と本を抱えて店内に入ったらしい」


屋上の男の目的は最初からメインの顧客である異人種達に危害を与える事だったのだろう。言うまでもなく重犯罪行為だ。被害者の数やその所業から、全員が重い罪に問われるのは避けられない。


もっとも、罪の意識が最初から皆無な彼等を罪に問うだけ時間の無駄だが。


「その後は、大体想像がつくだろ? 例の本からアレを呼び出して多数の利用客を殺傷。駆けつけた警備員も犠牲になった……」

「やられた人たちはどうしたんだ? 建物の中に放ったらかしかい?」

「……建物の前に出来た血溜まりが見えないのか? 奴ら、遺体の()()をゴミか何かみたいに外に放り出してやがった」

「なるほど、気に入らないな」


たかだがショッピングモールの警備員とはいえ、過半数は異人種だ。


その身体能力は人類を凌駕しているし、拳銃やナイフで武装した程度の相手なら瞬時に無力化できるくらいの力はある。彼らが為す術もなくやられてしまったという事は、あの書物が呼び出す影は相当に危険な存在だという話になる。


「その犠牲者には、普通の人間(ヒューマン)も含まれているのか?」

「ああ、そうだよ!」

「ますます気に入らないな」


男の表情は常に穏やかで、柔らかな笑みを浮かべているが その雰囲気は状況を説明される度に徐々に変化していった。


「つまり、だ。あの影がいる限り俺たちは手が出せん……」

「わかった、つまりあの影を呼び出す魔導書を僕がどうにかすればいいわけだね?」


警部が重苦しい表情で言った言葉に、眼鏡の男は軽い態度で返答した。


「……出来るのか?」

「もしも失敗したら、存分に笑ってくれ」

「おい、ふざけてる場合じゃ……!!」

「まぁ、失敗する気は微塵もないけどね」


眼鏡の男は驚くほどに落ち着いた口調で軽々と言い放つ。男は少年と見紛う程に華奢な青年で、既に40代後半でありながらも筋骨隆々の警部と比較するとあどけなさが余計に際立つ容姿であった。


だがそのあまりにも超然とした態度は、若い青年のものではなかった。


「プリミティブ主義の勘違いヒーロー共や人質の皆さんは屋上にいるので全員かい?」

「……人質の総数は不明だ。恐らく、まだ建物内に大勢残されている……プリミティブ主義の奴らも見張りを各階に配置しているはずだ。奴らが馬鹿じゃなければな」


警部の言葉を聞いて眼鏡の男は彼の肩を軽く叩く。そして優しい声で言う。


「わかった、後は任せろ 警部」



影による人質への攻撃は暫く止み、延々と大声で異人種への敵意をぶちまけていた屋上の男だったが言いたい事をひとしきり言い終えたのか、再び異人を乱暴に立ち上がらせた。


「さぁ、続きをはじめよう!!」

『ちょっと待ってくれ!』


男を静止する声が木霊する。拡声器を手にした眼鏡の男が警官達のバリケードから離れ、ゆっくりとショッピングモールへと近づいていく。


『彼らを傷つける前に、少しだけ僕と話をしよう! 大丈夫、少しだけだから!!』


突然の事態に混乱する報道陣。彼等のカメラは一斉にその眼鏡の男へと向けられた。


『とりあえず話を聞いてくれ! 大丈夫、僕は君たちの敵じゃない!!』


その様子を見守る警官達と老執事。彼の行動が理解できない刑事は思わず呟く。


「……何してるんですかあの人」

「さぁ、恐らくは説得のつもりでしょうな」

「いや、何してるんですかあの人」


刑事は二回も同じ事を呟いた。眼鏡の男が取った行動が理解できず、混乱しているようだ。


「奴らの注意を自分に引き付けるつもりか?」

「え? まさか」

「俺たちに人質を救出させる時間を稼ぐため……だろうな」


警部はまずその事を考えた。本署から突入の許可が得られない以上、現場の自分達が可及的速やかに取れる行動の一つではあるが……


「いや、無理でしょ……。相手は頭のおかしい狂信者みたいな奴ですよ」


だが、その大前提として相手がこちらの話が通じるだけの知性がある人物でなければならない。そんな事は経験豊かなベテランである警部はおろか、まだ経験の浅い若き刑事でもすぐにわかる。ましてや今日の相手が……


「何だ貴様は! 死にたいのか!!」


話の通じるような人物ではない事は一目見れば理解できる。


『死にたくない! 勿論、そこの人質さんたちも死にたくないって思ってるよ! みんなそうだ、死にたくなんかないさ!!』

「何が言いたい! 目的はなんだ! 死にたいのか!!」

『話を聞いてくれ! 5分、いや3分でもいい!!』

「黙れ! 貴様も異人種の仲間だな! 裁いてやる!!」


警官達はその光景に唖然とするしかなかった。あの眼鏡の男が何をしたいのか、見当もつかないからだ。


「……それとも不意を突いて魔法で狙撃する気か? いや、さすがにあの距離は」

「魔法使いなんですか、あの眼鏡の人」

「気づいてなかったのか? あいつがウォルター・バートンだよ」

「……は!?」


その名を聞いた刑事は目を見開いて絶句した。


「あれが!? あの変な男があの……!?」

「ああ、お前はここに来てまだ間もないからな……。いや待て、それでもわかれよ 相手はウォルターだよ? あのムカつく顔、見間違いようもないだろ??」


警部は呆れたような口調で刑事に言う。


ウォルター・バートンといえばリンボ・シティ、とくにこの13番街においては知らない住人など存在しない程の有名人だ。しかしその名が知られている割に、報道陣達は特にウォルターについて触れようとはしていない。その理由は単純明快、彼に関わっても()()()()()()()()()


「で、でも何百年も昔から生きてる化物だって聞きましたよ!? それがあんな……」

「化物だからこそ、何百年を生きてもあのような姿なのでしょうね」


老執事は静かな口調で答える。彼はその化物と長い時間を共にしてきた友人でもあった。その執事は表情こそ穏やかだが、彼の言葉には少しばかりの感情が込められていた。


『とりあえず聞かせてもらっていいかな! 君たちは、その本を使って何がしたいんだ!?』

「お前に言うことは何もない! そのままこいつらが裁かれる姿を黙って見ていろ!!」

『別にそこの人たちが君に悪いことをしたって訳じゃないだろ!? 何でそんな酷いことをするんだよ!!』

「黙れ、黙れ! お前に何がわかる!!」

『わからないよ、だから教えてくれ! どうして君はそんなに異人種が嫌いなんだ!?』

「 貴様の相手はもう沢山だ!! おい、そこのガキを立ち上がらせろ!!」


屋上の男が後ろを向き、部下達に人質である異人の子供を立たせるように怒鳴った……その時だった。


『そうだね、お前の相手はもう飽きた』


ウォルターは静かに呟くと拡声器を降ろし、コートにしまっていた魔法杖(スタッフ)を取り出して狙いをつける。


「……話が通じる馬鹿だと少しでも期待した僕が馬鹿だったよ」


小声で愚痴を呟きながらウォルターは魔法を放つ。バレル(銃身)を模した杖先からは小さな白い弾丸状の魔法が放たれ、屋上の男の足元に着弾した。


彼の持つ杖はエンフィールドⅢ銃型短杖(ピストル・ウォンド)。銃を模して作られた銃型魔法杖(ガン・スタッフ)の一種で、通称【リボルバー・ウォンド】と呼ばれている。


その名の通り独特な長方形のバレル(銃身)に似た杖先とグリップ(銃把)状の持ち手に中心部のシリンダー(回転弾倉)が特徴的な杖で、シリンダーには本物の中折式回転連発拳銃ブレイクアクション・リボルバーのように6発の術包杖(カートリッジ)が装填できる。銃型魔法杖としてはかなり古い部類に入るが、彼はこの杖を好んで使う。


「ああっ!」

「あの野郎……外しやがった!!」

「おや」


刑事は思わず声を上げ、警部も頭を抱え、何故か老執事は特に気にする様子もなくトボけた声を出した。恐らくウォルターは先程の説得に見せかけた挑発で屋上の男を苛立たせ、こちらに背を向けるか何らかの隙を見せた瞬間に魔法で撃ち抜くつもりだったのだろう。


だが、放たれた魔法は男の足元に着弾した。


「貴様……ッ! 何のつもりだ……!!」

「……」

「俺を油断させて不意打ちするつもりだったのか……? ふざけやがって! そんなにこいつらを殺してほしいなら、今すぐ皆殺しにしてやる!!」

「……白蔦の樹(アイヴィーネスト)


ウォルターが静かにその名を呟いた瞬間、魔法の着弾点から白く光る蔦のような植物が発生する。


「なっ!?」


蔦は瞬く間に成長し、屋上の男の身体に巻き付いてその動きを封じる。屋上の部下達は咄嗟に銃を構えるが、彼等が発砲する前に爆発的な速度で伸縮する白い蔦が銃を絡め取り、そのまま男達の身体に巻き付いて動きを封じた。


「うわぁああああああっ!」

「な、何だこれはっ!!」

「ぐあっ、う、動けないっ!!」

「ぐおおおおおおおっ!!」


一瞬にして過激派集団は蔦に巻き付かれて行動不能に陥るが、リーダー格の男はそれでも魔導書を手放そうとしなかった。……よく見れば可哀想な人質達も蔦に絡まっていたが、一応は無事のようである。


「な、何だあれは!?」


バリケードから様子を伺っていた若い刑事は屋上に出現した無数の白い蔦を見て驚愕した。警部はその光景を見て少し安堵したような……それでいて何処か不安を感じているような重い溜息をつきながら呟く。


「……あれが魔法だよ。新入り」

「あ、アレが!?」

「あのクソメガネ……最初から狙いはあの馬鹿の足元だったのか」


屋上に出現した蔦は着弾点を中心にして曲がりくねった歪な白い木を形作っていく。その幻想的とも言える光景に思わず報道陣も息を呑み、皆が白い木に釘付けになっていた。


「これはオマケだ、貰っておいてくれ」


そしてウォルターは屋上に生えた白い蔦の木に狙いを定め、もう一発魔法を放つ。


放たれた黄色い光弾は白い蔦が寄り集まって出来た歪な木に命中し、パァンと何かが弾けるような音を立てて破裂した。破裂した白い蔦の木からは黄色い花びらのような粒子がバラ撒かれ、屋上どころかショッピングモールを丸ごと包み込んだ。


『黄色い花吹雪みたいで綺麗だろう? でも気をつけろよ。その黄色いのに触れると、体が痺れて動けなくなるからねー!』


ウォルターは再び拡声器を構え、屋上に向かって叫ぶ。黄色い粒子に触れた者達は全身が麻痺し、そのまま屋上の床に倒れ込んだ。勿論、過激派集団だけでなく人質全員も巻き添えだ……不憫である。


『暫く動けなくなるけど、死にはしないから安心してくれ。ただし……』


他の者達と違って屋上の端が定位置だったリーダー格の男は、自分の身体が倒れないように必死になっていた。


「ぐ……あっあっ……、あっ!」

『もしも屋上から落ちてしまうことがあれば、死んでしまうかもしれないな』

「あ、あああああぁっ! あっ!!」


しかしついに立っていられなくなり、男は魔導書を抱えながら前に倒れ込むようにして静かに屋上から落下する。口部が痺れて悲鳴をあげる事も出来ず、そのまま彼は数十mの高さから堅いコンクリートの地面に向かって真っ逆様に墜ちていった。


『あー、残念。その落ち方じゃあ助からないね……さようなら』


ウォルターは屋上から堕ちていくリーダー格の男を軽蔑するような眼差しで見送った後、彼が叩き付けられる瞬間にくすりと笑って目を閉じた。


因みに自分はアイスティーで夏を凌ぐつもりです

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