プロローグ☆
おじいちゃんがカッコいい作品を作りたい。その思いを形にしました。
気がつけば、私は机に突っ伏して寝ておりました。
いやはやお恥ずかしい限りです。
「ぬう、またやってしまいましたな……いたたたたたたっ」
体を起こそうとすると腰から背中にかけて嫌な痛みが走ります。ああ、何という為体……私の体は、机で寝てしまうだけで悲鳴をあげるようになってしまったというのですか。
「時間は……4時か。よく寝た方ではありますな」
お恥ずかしい事に、書斎の明かりもつけたまま眠ってしまったようです。
ああ、何という為体……年々拍車がかかる自分の情けなさに、思わず大きな溜息をつきました。
軋む体を何とか動かし、椅子から立ち上がります。するとどうでしょう、一度立ち上がれば案外体は言うことを聞いてくれるものです。
この体には、まだまだ頑張って貰わないといけませんので。
私は顔を洗うべく洗面所に向かいます。この屋敷は中々に大きく立派な造りをしておりまして、洗面所まで歩くのも少々手間でございます。いやはや、もう少し狭くてもよろしいのですがね……私は洗面所の扉を開き、足を踏み入れました。
「あら……」
「おや……」
何という事でしょう。そこにいたのはかの憎き冷血女ではありませんか。
その体は悍ましい事に一糸纏わず死体のような裸体を晒した姿で、どうやら先程まで湯浴みをしていたようです。誠に残念な事にこの屋敷は洗面所と浴室が繋がっております。その為、場合によってはこのような局面に出くわす事もございます。ああ、あの光景……ちょっとやそっとでは忘れられそうにありません。
おお、神よ 私が何をしたというのです。
吸血鬼は流水が弱点と伝承にありますが、彼女は湯船やシャワーの水なら問題ないようです。流水といっても程度があるのでしょう……そのまま水で流されてしまわないものでしょうか。
「あらー、どうしたのアーサー君? 一緒に入りたかったのかしら??」
「はっはっ、ご冗談を。ではごゆっくり」
「照れ屋だわぁ~、ああ憎たらしい」
彼女の声は……それはもう不快なものでした。
ああ、神よ 何故彼女をエルサレムにお連れしないのですか。彼女は既にその命を全うし、今やただ体が動くだけの死せる哀れな子羊と化しておられます……今こそかのお手引きで救いたもうべきです。
暫くすると彼女は着替えを終えて出てきましたが、どうしてこうも彼女は癇に障る存在なのでしょう。
「お先に? うふふ、待たせてしまったかしら??」
「おや、もうよろしいのでしょうか。今朝の朝食のメニューを考えているところでしたよ」
「ふふふふ、無理をなさらず。もうお爺ちゃんなんだから」
「おやおや、これでも貴女より若いのですがね。さすがマリアおばさん、朝から自虐ですか」
ちなみに彼女は本当に私より年上でございます。それなのにあの姿、人間というものを冒涜しておられますね。
ああ、神よ 早くお迎えに来ていただけませんか。
朝7時。旦那様を起こしに行く時間になりました。既に今日の朝食は出来上がっており、後は呼びに行くだけでございます。しかしそれが中々に気の滅入る仕事でございましてな。
「7時ですわよ?」
「そのようですな、ではテーブルの準備をお願いしてもよろしいですか」
「うふふ、最後まで自分でやって欲しいけどぉ 後輩の頼みは聞いてあげないとねぇ?」
「ははは、ご立派ですマリアおばさん先輩」
「ふふふ、早く行きなさい小僧」
彼女と言葉を交わし、私は階段を上がります。この階段を上がるのがそろそろキツくなってきましてな。いやはや、年には敵いませんなぁ……。
「旦那様、朝食の用意ができました」
……はい、返事がないのでそのまま足を踏み入れても大丈夫なようです。旦那様の寝室のドアを開け、中に入ればルナ様とベッドで抱き合っておられました。ええ、裸で。
「やぁ、おはようアーサー」
この光景がそこそこ癇に障るものでしてな。
もう何十年も目にしていれば、誰でも嫌になるというものです。仲睦まじいのは素敵な事ですが、第三者から見ればそれはもう暑苦しくて自然と笑みが……おや いけませんな。言葉が過ぎました。
「おはようアーサー、今日も素敵だわ」
「ははは、ご冗談を」
ルナ様はいつも私に素敵だとおっしゃいます。
いやはや、慣れませんな。あの方は本当に美しい女性で、その瞳に見つめられるとこの老いぼれも思わずたじろいでしまいます。
「アーサー、聞いてくれ」
「何でございましょうか」
「ルナが離してくれないんだ」
「おやおや、仲睦まじいことで……それではごゆっくり」
「ふふふ、少し待っててね」
「アーサー、ちょっと手を貸して」
旦那様の言葉を全て聞かずに私はドアをそっと閉じて階下に向かいます。
ルナ様には困ったものですが、彼女をあそこまで夢中にさせるのは他でもない旦那様なのですからそこは頑張っていただきましょう。
何か部屋から聞こえてきますが、きっと恐らく幻聴でしょう。
「あら、アーサー君。旦那様は?」
「お楽しみの真っ最中でございます。気になるならどうぞ、お好きに」
「やだわぁ、男女のお楽しみに水を差すなんて……私にはできませんわ」
さて、このままでは朝食が冷めてしまいますので少々手工夫を施します。
朝食を乗せたテーブルの裏に設置されたボタンを押しますと、卓上の朝食を包み込むように透明なケースのようなものが現れます。これはこのテーブルが持つ機能の一つで……話せば長くなるので簡単に言いますと、【食事がいつまでも暖かいまま保存できる素敵機能】でございます。
実はこれがかなり助かるものでございまして……、理由は言わずもがなでございます。
「さて、今日はどのくらいかかるでしょう? 賭けをしてみないかしら??」
「おやおや、始まりましたか」
「乗らないの? つまらないわぁ……まぁ、しょうがないですわね」
「やれやれ……仕方ありませんな。そこまで退屈なら構ってあげましょう」
「1時間ですわ」
「40分……おやおやそんなに取りますか」
使用人の身として、このように旦那様達のお楽しみの時間の長さをネタにして賭け事をするのはとても不謹慎なものに思われましょうが……もう何年も続けておりますので。
何より待たされる身にもなってみれば、私達の気持ちも少しは理解して頂けるかと存じます。
「賭けるものは、そうね……」
「煙草ではどうですかな?」
「ふふふ、では10本賭けますわ」
「おや、10本? さすがおばさんはケチですな。1箱」
「では2箱……あらあら無理をしないでいいのよ?」
「3箱……マリアおばさんこそこのあたりにしておくべきでは??」
お恥ずかしい事に、彼女とはいつもこのような調子でございます。
どうも、お互いに気が合わないようでしてそれは例え何十年来の付き合いであろうとも変わりようがございません。少しはお互いに良い所が見つかるだろう……と思っているうちにもうこんな歳になってしまいました。
ところで、皆様はどう思われます? 貴方は歳をとる事が苦痛だと感じますかな??
私の方はそうは思いませんが。
それは何故か、と聞かれますと……人によってはおかしく感じられてしまいそうですが。私は、歳を重ねる事を楽しんでいるのですよ。
年を重ね、老いていくのは そんなに悪い事ではございませんよ。
chapter.4 「One may cry or laugh one's life away」 begins....
お気に入りの飲み物とご一緒に、お楽しみください。