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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.3 More haste less speed
36/123

12☆

ライフ=アルガー広場では今尚死闘が続いていた。


「……ははっ、ちょっと 無茶だったかなぁ……?」


ウォルターは震える手でリロードして杖を構える。既に息は上がり、立っているだけで精一杯だ。視界がぶれていたのか、目の前に迫る怪物を仕留め損ねる。


「……あっ」


怪物は大口を開け、目の前の獲物に食いかからんとする────


「うおおりゃあああああああっ!!」


飛びかかる一匹に強烈な飛び蹴りを放ち、彼を助けるアルマ。渾身の飛び蹴りをまともに食らった怪物は青い血を吐き散らし、近くの兄弟を巻き込みながら吹っ飛ばされる。しかしそれで体力を使い果たしたのか着地に失敗し盛大に尻餅をつく。


「いってー……」

「やぁ……大丈夫かい……」

「はっ……オレの心配してる場合かよ、御主人。ボロボロじゃねえか」

「君も、だろ??」


広場は怪物の死体で埋め尽くされ、生き残っているものも既に40匹程にまで減っていたが、満身創痍の二人を捻り潰すには十分の数だった。怪物達は皆、歓喜に打ち震えているかのように体を忙しなく震わせている。


「おいおい、もう手はないのかよ? 御主人」

「ああ……勿論あるよ。でも、ちょっとキツイかなー……怪我をしていなかったら話は別だったんだけどね」

「だよなー……」

「だが……やるだけやってみるさ!!」


《オギャアアアアアアアアアアアア!》


叫びながら数匹が飛び出し、二人に襲いかかろうとする。その瞬間、上空から放たれた黄色い閃光が怪物達を貫いた。


「……!?」


ウォルターは上空を見上げる、そこには広場を囲うように飛行する3機の白い大型ヘリコプターの姿があった。



「魔導協会です! 魔導協会のヘリが駆けつけました……って遅くないですか!?」


ジャスミンさんは思わず毒づく。その言葉はごもっともだが、恐らくは賢者達が中々出動許可を出さなかったのだと思われる。()()()最高幹部が全員集合してしまっていた為、意思決定に時間を食ったのだろう。


魔導協会もまた、気苦労の絶えない職場だという事である。



「こんなことで……自分だけで、本気でどうにか出来ると思っていたのですか ウォルターさん。やっぱり、貴方が嫌いです!」


両側のドアが開放されたヘリの機内で専用の長杖を構えるサチコ。彼女の表情は様々な感情が入り混じった、とてもとても落ち着きのないものだった。


サチコが使用する魔法杖は【ヴォルトⅣ‐C型】長杖


魔導協会が独自に開発した魔法杖で、百合の花を象った金の刺繍が施された白いステッキ状のフォルムを持つ。先端部には槍先のように鋭く尖った黄色い結晶が備えられ、雷属性の魔法と相性が良い。サチコが持つⅣ-C型は彼女専用に作られた特注品であり、その性能は協会が開発した同系統の杖の中でも最高水準に位置する。


「……ったくあのクソメガネ、無茶しやがって! みんな、やるぞ!」

「はい!」

「了解です、先輩!」

「イエッサァー!!」


集った魔法使いの中には非番でありながらも、その騒ぎに居てもたってもいられず駆けつけたスコットの姿もあった。彼らがこの街を思う気持ちは、ウォルターにも負けていないのだ。


「杖先が焼け落ちるまで、撃ちまくれェ!!」


彼の合図で、その場に集った協会の魔法使いは一斉に魔法を放った。


上空から怪物に向けて放たれる眩い光の雨。それは怪物達に降り注ぎ、その体を容赦なく抉っていく。怪物達が駆逐されていく様を見てウォルターは足の力が抜け、思わず膝をつく。



「はは……何だよ、これからカッコいいところ見せようと 思っていたのに……」

「今の御主人はどうやってもカッコ悪いよ……」

「いやぁ……本当だよ、今からまとめて仕留めるつもりだったんだ」

「はいはい……」

「本当だよ?」

「……もういいよ、バーカ」


アルマはウォルターの膝上に座り込み、疲れ果てた表情で呟いた。そんな彼女をウォルターは片腕で力なく抱き締める。抱きしめられたアルマは、今日一番の幸せそうな笑みを浮かべた。


「いけるぞ! 雨の中だと俺たちの魔法でも通じる……もうこの前のようにはいかない! 俺だってこの街を守る魔法使いだ!!」


魔法使い達の中にはロイドの姿もあった。


彼は昨日の騒ぎで完全に自信を喪失していたが、テレビに映された光景を見て闘志に火がつき、ついに立ち上がったのだ。


「いいぞロイド君! その調子だ! でも暫くあの魔法は使うな、いいね?」

「あ、はい」

「わかればいいんだ。じゃあ、早く終わらせて飲みに行くぞ!!」

「はい!!」

「でもあの魔法は使うな、いいね??」


同じヘリに乗るスコットは彼を賞賛しつつも、ドスの利いた声で釘を刺した。


《オギャアアアアアッ、オギャッ!! ギャアアアアアアアーッ!!!》


魔法使い達による一斉()撃は10分以上も続き、怪物達を殲滅していった。


一匹も逃がさないように、容赦なく、徹底的に。逃げ出そうとする怪物の悲痛な鳴き声が彼等の胸を打つが、それでも魔法を放ち続けた。この街には白い怪物が住める場所など、何処にも無いのだ。


やがて彼らを除いて広場に動くものはいなくなり、辺りにはヘリのローター音だけが響き渡る。サチコは杖を降ろし、こちらに手を振るウォルターを複雑な心境で見下ろした。ウォルター達が乗ってきたファントムⅨは、その使命を全うしたかのように音楽を流さなくなっていた。


そこへやってくる1台の見慣れた車……アーサーが運転する、彼の愛車だ。


「ルナ様、傘を」

「ウォルター! アルマ!!」


ルナは車を降りて駆け出す。駆け寄ってくる彼女の姿を見てウォルターは思わず乾いた笑いをあげる。

怪物との戦いに夢中で、彼女がこちらに向かってきている事に全く気づけなかったのだから。


「しっかりして! ああ、酷い怪我……」

「ダメだよ、濡れてしまう。女の子は服を濡らしちゃダメなんだ……」

「おい、オレは? オレは女の子じゃねーのかよ??」

「ああ……いや、それは」


ルナは着ているシャツが雨で濡れてしまう事を気にも留めずに傷ついた二人を抱きしめる。

その手は震え、彼女が今までどんな気持ちを抱えていたのかを物言わずに伝えていた。


「……すまない」

「許さないわ、絶対に」

「いや……その、ごめんオレは」

「駄目よ、絶対に許さない」


ルナは顔を上げずに呟く。彼女は今怒っているのか、泣いているのか、それはわからない。


「覚悟してね? 二人共、もうこんなことしないよう……帰ったらお仕置きよ」

「いや……うん、すま

「許さないから」

「えー、オレもかよ……やだなぁ、怖いなぁ……」


小さく震えるルナを辛うじて動く左腕で抱き寄せ、ウォルターは空を見上げる。


「ああ、何だ。もう雨は止んでるじゃないか……」


先程まで降り注いでいた雨は止み、僅かにできた雲の隙間から光が差し込む。それはまるで、街を救った彼らを照らしているようだった。


「お疲れ様です、ブレイクウッド秘書官」

「……帰りましょう、報告しないと」

「了解しました。【ザイン】、【ヴァーブ】、聞こえるか? こちら【ギーメル】、全機帰投するぞ。繰り返す────」



やがて街に響き渡るパトカーや救急車のサイレンの音……、気がつけば街中から聞こえた筈の怪物の鳴き声は もう聞こえなくなっていた。


午後14時30分、街を騒がせた【白い怪物騒動】は雨上がりと共にその幕を閉じた。



◆◆◆◆



『先日、午後に起きた白い怪物騒動の新たな情報が入りました。街中をくまなく捜索したところ、怪物の姿は無く、魔導協会、及び謎の魔法使いの手によって完全に駆逐されたと見られていますが……』


灰色の肌をした巨漢のニュースキャスターが、昨日の騒動について話していた。


「……そう、終わったのね」

「はい、一応は彼のおかげです。最も、私たちが間に合わなければ……」

「アレの悪い癖よ。深く考えるのはおやめなさい……」


大賢者はベッドの上でニュースを見ていた。


この部屋では例の薄い映像端末がテレビ替わりだ。死傷者は多数。不運にも外出先で白い怪物に出くわしてしまった者は襲撃を受けて死亡、もしくは大怪我を負った。しかし中には襲ってくる怪物を返り討ちにする猛者も居たようで、相当数の怪物が 民間人 の手で退治されていたらしい。


「研究材料として確保した数体を除き、怪物の死体は動物用の圧縮棺に収納された後に処分されます。……もしも圧縮棺がなければと思うとゾッとしますね」

「今更だけど異界の技術には驚かされるばかりね。もっとも、怖いのは技術だけじゃないのだけれど……」

「同感です……」


今回の相手は魔法使いにとっては天敵だったが、魔法以外の何らかの攻撃手段を持つ者からすれば魔法や銃弾が効かない()()の凶暴な野生動物でしかなかった。一癖も二癖もある異界からの漂流者がひしめき合うリンボ・シティを制圧するには少々パンチ力不足だったようだ。


……魔法使いの面目は丸潰れであるが、此処は素直に彼らを称賛しておくべきだろう。


「確保した死体を解剖して調べてみましたが、体内に卵はまだ精製されていませんでした。卵が精製される段階まで成長するには、少なくとも一晩ほどの時間が必要のようです」

「苦労をかけたわ、今日はゆっくり休んでサチコ……」

「いえ、大丈夫です」


サチコは気分を入れ替え、昨日の事は忘れると固く心に誓った。

今日の彼女はいつもどおりのポーカーフェイスであった。その胸中にはもはや一遍の曇りもなく、ただ大賢者や協会への忠誠心で満たされていた。


「そう……じゃあサチコ、着替えの用意をお願い」

「わかりました、でも大賢者様は無理をなさらずに……」


両親がいないサチコにとって、大賢者は親代わりのようなものだった。ウォルターとも幼少時には交流があったものの、今や完全に絶っている。


「大丈夫よ、今回は良い夢が見れたから……とても気分がいいの」


ベッドから降りた大賢者は窓から空を見上げた。


天気は雲ひとつない快晴で、暖かな朝の日差しが賢者室に注いでいた。ここでようやく彼女は小さく微笑んで言う。


「今日はいい日になりそうね」

「失礼します! 大賢者様!!」


ドアを勢いよく開け、額を汗で濡らした協会の事務員が部屋に駆け込んでくる。


彼の目には今まさに着替え中で眩しい下着姿になっていた大賢者の姿が映り込んだ。彼女の下着は妖艶な黒のレース下着だったと、後に彼は自分の日記に力強く記した。


「ノックは、しなさい?」

「し、失礼しましたぁ!!」


事務員は慌てて後ろを向く。その背中を呆れた様子で見つめるサチコ。


「で、どうしたの? 怪物の生き残りがいたのかしら?」

「そ、それが……魔導具庫に保管されていた新型のプロトタイプが

「えっ?」

「その、新型短杖のプロトタイプが何者かに持ち出されました……」


サチコは目を大きく見開いた。肌が粟立ち、彼女の体は小刻みに震え出す。


魔導具庫で杖を調達していたウォルターはサンダーmarkⅦ銃型短杖、レイン・メイカーⅢライフル杖数本と共に一本の短杖(とあるもの)を徐ろに手にしていた。


「サチコ? 昨日、魔導具庫に誰を入れたか覚えているかしら??」

「ウォル……、(あいつ)です」


彼女は魔法の知識こそ豊富だが、魔法杖の事についてはあまり知らなかったのだ。


そのとあるものとは協会が独自機構を考案し、それを元にメタルグラスストーム社が開発した


※Multi- functional Automatic Unlimited Wand

M.A.U.W試作型多機能魔法杖。通称【ウロボロスⅡ】


銃型魔法杖とはまた異なる発想から生まれた先端高熱化現象を抑える為の工夫が施され、協会の技術的ノウハウと数々の新技術が詰め込まれた世界に二つしかない芸術品だ。


その杖以外にも魔導具庫には数多くの貴重な魔導具(ガジェット)が安置されており、本部でも特に監視体制が厳しい場所でもある。……のだが、緊急防護壁発生装置が最大出力で稼働した事で建物内の電力の大部分がその装置に回され、一時的とはいえ魔導具庫の監視システムが停止してしまっていた。


しかし、監視システムが停止しても魔導具庫の中に入るには、最終確認として特別な権限を持った人物の生体認証が必要になる。例えば大賢者、魔導協会最高幹部である賢者達、一部の上級職員。


そして彼女、サチコ・大鳥・ブレイクウッド大賢者専属秘書官のような……


「・・・・・・」


畜生眼鏡がその杖の存在を知り、虎視眈々と狙っていたのかどうかは定かではない。だが結果として世界で二つしかない貴重な魔法杖の一つは、まんまと盗み出されてしまった。


それも大賢者専属秘書官の前で堂々と。


「……サチコ」

「はい、大賢者様」

「私用の魔法杖と、優秀な人員を用意して。今から薄汚い泥棒ネズミの駆除に出掛けるわ」


事務員はそっと部屋を後にし、サチコも彼に続いて賢者室を出る。そして、彼女は目前のエレベーターの扉を隣で戸惑う彼の目も気にせずに力を込めて殴った。


「やっぱり、あの男は……大ッッッ嫌い!!!」


彼女の表情には、燃え滾らんばかりの怒りの感情が剥き出しになっていた


今日も暑いですが、紅茶があれば何とか頑張れます。紅茶は偉大です。

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