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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.3 More haste less speed
35/123

11☆

「あー! 冷てえーっ、なんでこんなことになってんだよー! 御主人―ッ!!」


街の建物の屋上を飛び移りながらアルマは本部を目指す。傘やレインコートを持たずに飛び出した為に彼女の着るワンピースは既にびしょ濡れとなっていた。そんな彼女の大きな兎の耳に、何処からか音楽が聞こえてくる。


「なんだぁ? こんな中で、音楽鳴らして外に出るバカがいるのかよ!!」


アルマはその音の発生源を本能的に目指す。ふと視線を下に向けると白い怪物が何匹も走り去っていくのが見えた。怪物達は音の発生源を目指して一心不乱に突き進んでいる。徐々に喜びにも似た感情が、彼女の胸の中から込み上げてくる。こんな非常事態に、こんな馬鹿げた行為に走る馬鹿な人物に身に覚えがあったからだ。


「ははっ! そんなバカは、御主人しかいねーよなぁ!!」


アルマの顔には自然と笑みが浮かび、怪物達が追う音の発生源を目指して建物の間を飛び跳ねながら進んだ。徐々に走るスピードを上げ、雨が降りしきる街を彼女は笑いながら駆け抜けていった。



『こちら、魔導協会情報部です。この放送を聞いている皆様は外から何が聞こえても、何があっても家や建物内、または車内から出ないでください。繰り返します、こちら』


ウォルターの指示通り、ラジオを介して街全域に外出禁止令が出されていた。

魔導協会はリンボ・シティでも特に影響力が強い組織である為、住民達も協会の指示にはそれなりに従う。また、テレビから放送される緊急ニュース中継を見れば、否応にも従わざるを得なかった。そして報道陣のカメラは街中を爆走する とある車 の姿を捉える。


『ご覧下さい……車です! 怪物達が闊歩する街中を、大音量の音楽を鳴らしながら走り回る車が見えます!! その後ろを沢山の……ああもう、ここにまで聞こえてきます!!』


ニュースを見ている者達は皆同じ事を思った。恐らくあの車を運転しているのは


「ウォルター……またあんな馬鹿なことして」

「あの奇行、間違いなく旦那様ですわね」

「そのまま怪物たちを道連れにしてくれねえかなー」

「あなた!!!」


カズヒコの心無い発言にシャーリーは声を荒げる。その声に思わず彼は尻込みする。


「冗談だよ……半分は」

「もう……ウォルターさん、アルマちゃんも大丈夫でしょうか……」

『あっ! 見てください、今度は人影です! 建物の上を飛び跳ねる人影が……例の車に飛び乗りました!!』


上空からウォルターの車を追っていた報道陣のカメラは、彼の車に乗り移る謎の人影を捉えた。何も知らないニュース報道陣にはわからないが、ルナ達はその人影の正体がアルマである事を一瞬で理解した。


「だあああああああああー! うるせえええええええええええ!」


ウォルターの車に辿り着いたアルマは割れたサイドガラスから車内に入り込む。ウォルターはびしょ濡れになった彼女を二度見し、思わず声を荒らげる。


「アルマ!? 何で来たんだよ!!!」

「あぁ!? 何って心配で……ってかうるせえええ!!」

「え!? 何!? 聞こえないよ!!?」

「だから……ってなに耳栓してんだ御主人! それよこせ!!!」


この状況においてもコメディのようなやり取りは欠かさない。既に車の後方には夥しい数の怪物が集まってきており、互いの体をぶつけたり転ばせ合ったりとまさしく混沌とした様相を呈していた。車の後部ガラスに先頭の一匹が張り付き、彼に続くようにして他の怪物達も次々と張り付いていく。


「うわあああ! 気持ちわりいい!!」


アルマは破損したガラスから車内に入ろうとしてくる怪物に、強烈なパンチの連撃や蹴りをお見舞いする。ウォルターも手に杖を持ち、車に張り付いた怪物達に魔法を放つ。


「で! 何処に向かってんだよ!!」

「ちょっと大回りしながら、ライフ=アルガー広場までね!!」

「そんなところに行ったら囲まれちまうだろー!!!」

「それが狙いなんだよ、あの広場なら街中の怪物に満遍なく音が聞こえるはずだ! とにかく奴らには一箇所に集まってもらわないと困るからね!!」

「何考えてんだ御主人……って見えてきたぞ!!」


ライフ=アルガー広場。リンボ・シティの名所の一つ。

その位置はちょうどシティの中心、かつての旧都市名所トラファルガー広場とほぼ同じ位置に存在する。街の住民のみならず観光客も多く訪れる有名な場所である。名前どころか広場の構造までもトラファルガー広場に割と似てしまっているが、全くの偶然らしい。


《オンギャア、オギャアアアアアアッ!! オギャアアアアアアアアアアア!!!》


しかしここで怪物の追撃は更に激しくなる。既に車体一面を怪物が張り付き、前も見えない状況に陥っていた。アルマはあまりの不快さにたじろぎながらも必死に怪物を蹴り飛ばしていく。ウォルターが構える2本目のサンダーmarkⅦに装填された術包杖もついに使用不可になり、リロードしようとした隙を突いて怪物は次々と車に覆いかぶさってくる。


「はっはっ! 嬉しいね、初対面の相手にここまで好かれたのは久しぶりだよー!!」

「だああああー!! うるせえし、気持ち悪いしあんまりだよぉおおお!!!」


ウォルターはハンドルを力一杯回し、車体を独楽のように回転させる。アルマは体制を崩して彼に覆い被さるようにしがみつく。ハンドルを足で押さえながらウォルターは器用にリロードして魔法を放ち続ける。


「はーっはっはっはっ! いやぁ、でもこの数は流石にぃ……」


張り付いた怪物達を魔法で貫き、回転する勢いで振り払いながら車は広場にたどり着くも、ついにタイヤはスリップしてしまう。


「うわあああああーっ! ごしゅじーん!!!!」

「きっついねえええええええー!!!」


そのまま車は怪物を巻き込みつつ横転し、遂に運転不能となる。


車外からは今尚大音量で音楽が鳴らされ続け、ウォルターとアルマはひっくり返った車から這う這うの体で抜け出す。アルマは大したダメージを受けていないが、ウォルターの方は負傷してしまったらしい。彼は逆さまになった車内に散らばる術包杖をポケットに詰め込み、最後の武器である【レインメイカーⅢ】左手に持ってふらつきながらも立ち上がる。


「……よく頑張ったじゃないか車さん、上出来だよ」


頭から血を流しながら、ウォルターは辺りを見回す……その視界に映るのは広場一面を覆う、白い怪物の群れ。ここまでたどり着く間にも多数の怪物達を倒したが、それでも50匹は越えようかという大群が二人を取り囲んでおり、遠くからも鳴き声が聞こえてくる。


「ははっ……御主人。どうしようか」

「もう少し、数を減らしてから……僕に近づいてもらわないとね。折角来てくれたんだから……アルマ、頼めるかな?」

「御主人まで守りきれねーかもしれねーぜ??」

「構わないさ。存分に遊んでやってくれ」


アルマは獰猛な笑みを浮かべ、怪物の群れに突撃した。ウォルターも長杖を構えて魔法を放つ。杖からは凄まじい閃光と共に強烈な雷撃が放たれ、迫り来る怪物達を迎撃した。


レイン・メイカーⅢもまた雷属性の魔法と相性の良い魔法杖の一つ。杖の先端下部に備え付けられた金色のパーツは、異界から得られた技術を元に開発された()強力な発電機と発電した電力の一部を魔力に変換し、使用者のものに上乗せする変換機(コンバーター)を兼ねた他の杖にはない特徴的なものだ。その部品や杖各所に組み込まれた通電性の高い素材から生み出される雷撃の威力はサンダーmarkⅦを遥かに上回る。しかしコストがかかりすぎる為、数本の試作品とほんの僅かだけ製造されただけで製造が中止となった超貴重品だ。


「そうだ、来い……もっと近くに 集まって来い!!!」


ウォルターは怪物の口を狙わずに魔法を放っていたが、命中した怪物は吹き飛ばされながら丸焦げになって絶命する。その光景を目にした彼は、確信に満ちた笑みを浮かべて魔法を連発する。例の透明な液体は汗のかわり、つまり体温の上昇を防ぐ為に皮膚から分泌されるものである。ならばそれも、生き物の汗と同じように雨が降れば洗い流される。


いくら大量に皮膚から分泌されようと、それを上回る勢いで降りしきる雨の前では無力だった。


「ほーら、お前たちの大好きな雨だぞ。天からのお恵みだ、全身で味わいたまえ!!」

《オギャァアアアアアアア!! オギャッ!!!》


そして彼が放つ雷魔の(ブロンテ・)滅電砲(エレクシェル)は雷属性の攻撃魔法の中でも強力で、短杖ではまず扱えないレベルの火力と効果範囲を誇る。


特に雨の降りしきるこの状況における威力たるや、直撃せずとも余波だけで怪物が即死するレベルだ。


「はっはっは! いいね、いいね! 最高にスカッとするよ!!」


尚、この雨の中ずぶ濡れになりながら彼は雷撃を放っているが、特に感電している様子は見られない。それは長杖の柄の部分に使用されている、特殊なゴム状の絶縁物質の恩恵だ。


その驚異の感電防止システムを詳しく知りたい人は、コルト社リンボ支部に問合わせてみよう。変態技術者達が喜々として専門用語を使って延々と語ってくれるだろう。


《オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!》


周囲の怪物は声を上げて二人に襲いかかる。その場に集まった怪物達の歓喜の声と、機器が破損して多少音量が小さくなったが 車から今尚流され続ける大音量の曲が組み合わさり、雨の音をかき消すほどの刺激的な音楽祭が広場を貸し切って公演される。


「あははははああー! 気持ち悪いんだよてめえらあああー!! っぎゃあ! 触んな!! オレに触っていいのは御主人達だけなんだよ、死ねェ!!!」


アルマは自分に向かってくる怪物を蹴り飛ばし、殴り、引っ掻き、踏み潰す。怪物達の大きさは疎らで約1~3mほど、20mもあった巨大なものと違いアルマの打撃も十分に効果があった。


ウォルターも薙ぎ払うように雷撃の魔法を放つ。このままでは魔導具庫の中で埃を被り、やがて忘れられていく運命にあったその杖は、再び表舞台に立てたことを喜ぶかのように先端を眩く発光させる。そして強力な雷撃を放ち、向かってくる怪物を鮮烈に出迎えた。


「はははっ、リーゼ! 今日も最高の一日だよ! はーっはっはっはぁ!!」


怪物達は次々と黒焦げになり、感電し、倒されていくがその勢いはまるで収まらない……。怪物は皆、飢えに飢えていた。例え本能的に危険を察して逃げようとしても、次から次へと押し寄せる飢えた兄弟達がそれを許さず、押し出されるようにして彼等に向かわされるのだ。


怪物達を突き動かしている飢えは、彼等の異常な成長速度の代償だ。


体を大きくするためには、その為の栄養補給も必要不可欠……恐らくは何かを食べていなければ、半日も持たずに餓死してしまうだろう。それこそ、隣にいる兄弟同士で共食いを始めてまで飢えを凌ごうとする程だ。卵が大量に生み出される理由、それは時には兄弟そのものも食料としてより強い命を残していく為でもあるのだと思われる。


「はははははっ! やっっぱり気持ち悪いよ君たちぃ!! さっさと死んでラブリーな小動物に生まれ変わってくれたまえ!!」


ウォルターの意識は既に朦朧としていたが、それでも焼き切れた術包杖を排莢してリロードしながら魔法を放ち続ける。その顔は未だ笑みを浮かべ、迫り来る怪物に狂ったように笑いかけている。


「あはははははあ! 来いよ! かかってこい! クソザコナメクジ共ぉおおおおおお!!」


アルマもまた歓喜の声を上げながら暴れ回る。さすがの彼女も傷だらけになり、段々と動きが鈍っていくが尚も迫り来る怪物の群れに笑いながら立ち向かう。報道ヘリはそんな二人の姿を、上空からカメラで撮影していた。


「何なの、あの人たち……」


その光景にヘリに乗る女性リポーター、ジャスミンさんも思わず唖然とする。同乗しているカメラマン含む報道関係者達や、テレビを介してそれを見ていた街の人々も同じ気持ちだった。



「……ッ」


ルナは悲痛な面持ちでテレビを見つめる。二人が戦っているのに、自分は何もできない……そんな無力感が彼女を痛めつけたが、マリアは彼女の震える肩に優しく触れる。


「気をしっかりと持ってください。大丈夫ですから」

「でも……」

「旦那様はウォルター。この街で一番の魔法使い、ウォルター・バートンです。そしてアル様は、そんな旦那様の片腕を担うもの……貴女様の双子です」

「マリア……」

「こんなところで死ぬことは、許されていません」


マリアは力強く言い放ち、不安に駆られるルナを勇気づける。

彼女の言葉は店内で静観する常連達や、彼を殺したい程に嫌うカズヒコにも届いた。


「全くよ……あのクソメガネが」

「あなた……」

「だから気に入らねえんだ……あいつ、いつも自分だけで何とかしようと考えやがって」

【副音声:この状況は、あいつくらいしかもうどうにもできないんだけどね】


カズヒコは複雑な表情を浮かべて呟く。彼の胸中にどんな思いが巡っていたか、シャーリーにはうっすらとわかっていた。そんな中、店内に入ってくる一人の老執事……アーサーだ。彼はウォルターに屋敷から出るなと命じられていたが、何食わぬ顔で主人の言いつけを破って車を出していた。


ルナ達を心配しての独断行動だろうが、やはりこの執事只者ではない。


「お待たせ致しました。遅れて申し訳ございません」

「あらぁ? アーサー君、今まで何をしていたの??」

「はい、主不在の屋敷を守るついでに、軽い掃除と夕食の用意をしてまいりました」

「あらあら、怖くて引きこもっていたの? 情けないわぁ、今頃になって勇気を振り絞って出てきたのね。でも何の役にも立たなくってよ」


「いやはや、私は生真面目でございますので。何処ぞのおばさんのように、主不在の屋敷を放ったらかしにして悠々と喫茶店で食事をとるような真似はとてもとても。使用人として恥ずかしく思えまして」


「うふふ、そのおばさんのおかげでルナ様は助かったのですよ? わかってないわぁ」


二人の使用人は静かに互いを罵り合う。この場合、どちらも責められないのだが今回はマリアに分があると言えるかもしれない。醜い争いには違いないが。


「アーサー、お願いがあるの」

「はいルナ様、店の外に車を停めております。マリアおばさんは後でまたお迎えに上がりますのでそれまでお待ちくださいませ……それでは参りましょう」

「うふふふふ、お待ちしてますわぁ……」


「いやもう一緒に行けよお前ら、また来られてもなんだ……困るからね??」


この状況においてもお互いを罵り合う二人に、カズヒコは思わず毒づいた。


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