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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.3 More haste less speed
34/123

10☆

思った以上に長いお話になりましたが、きっちりと終わらせるつもりですのでもう少しお付き合いくださいませ。

『……繰り返します! 決して建物の外に出ないでください!!』


備え付けられたテレビから流れるニュースを見て、常連客は言葉をなくしていた。


「うっわー、これまた安いホラー映画みたいな状況だなー」

「あなた……」

「お前ら、外には出るなよ。とりあえず今はな……」


カズヒコも真剣な顔でニュースを見ている。この街に住んでいるので彼も何回か大きなトラブルに巻き込まれているが、ここまでの事態はそうそうなかった。


「アル様、あの白いのひょっとして……」

「うわー、なんで増えてんの? 一体だけじゃねえの??」

「気に入らないわね……」


ルナは濡れた衣服を脱ぎ、シャーリーから手渡されたシャツに着替える。常連客はニュースに釘付けになっており、お着替えするルナの姿に気づくものはあまりいなかった。そのシャツはルナにはやや大きいようで、少し不満そうな表情を浮かべている。


「御主人は何処にいるんだっけ」

「魔導協会総本部……この店からは少し遠いわ」

「そっか、ありがとよ」


アルマは席を立って背筋を伸ばす。どうやらウォルターを迎えに行くつもりらしい。

カズヒコはそっと店のドアの前に立ち、彼女を制止する素振りを見せた。


「おい、ニュースを見てたろ?」

「それがどうかしたのかよ」

「どうしたってお前……はぁ」


彼は頭を掻き毟り、すぐに退いた。アルマの顔を見て止められないなと察したのだろう。


「アルマ、外は危ないわよ?」

「心配ねーよ、オレは不死身なんだ」

「さすがに、この雨の中では私も出れませんわね……歯痒いですわ」

「腹黒乳ゴリラはルナを守ってな、それくらいは役に立つだろ」

「ひどいですわね!?」


この店の周囲にはまだ怪物の姿は見られない。少なくとも店を出た矢先に襲われるという事はないだろうがアーサーが側におらず、車が近くにない以上は本部まで走るしかない。


「私も……」

「だーめだ、お前は店の中にいろ」

「酷いわ……今日も役に立てないのね」

「だーからよー」


アルマはルナの額に自分の額を当てる。昨日と同じ、彼女達の儀式だ。


「これが終わったら、御主人を虐めてやろ。徹底的にな」

「……ふふふ、そうね」

「な? だから待ってな、すぐに連れてくるからよ」

「……ウォルターをお願いね」

「ああ、おねーちゃんに任せな!!」


双子の姉妹と少しの間言葉を交わすと、アルマはそのまま雨の降りしきる店外に飛び出した。


「……大丈夫でしょうか」

「大丈夫さ、本気になった女は無敵なんだよ」


シャーリーはアルマを心配する。しかしカズヒコはそんな彼女に自信に満ちた声で言い放つが


「だって、アルマちゃん、傘持たなかったじゃない……」

「えっ? そこ??」

「女の子が服を濡らすのは駄目でしょ?」

「あ、うん。そうね……」



同刻、魔導協会総本部 魔導具庫にて


この倉庫には協会に属する魔法使いの為に用意された杖や装備が大量に保管されている。


最大出力で稼働している緊急防護壁発生装置の維持に電力が割かれている為か、魔導具庫の中は最小限の明かりしか点いておらず、本来なら24時間体制で作動している筈の監視システムも停止していた。因みに拒絶の壁は緊急防護壁発生装置とは別の 特殊な動力源 によって展開されているので、本部が停電しても問題なく維持できるとの事。


当時の技術者達は本当に何者だったのであろうか。


「はっはっ、まさに宝の山だね」


ウォルターは倉庫内に並べられている大量の魔導具を見て目をキラキラと輝かせる。何となく察しがつくかもしれないが、この眼鏡は世界屈指の魔法杖コレクターとしても知られている。


「また随分と溜め込んだねぇ、前に来た時よりもっと凄いことになっているじゃないか」

「早く選んでください。本当なら貴方をこの中に入れるなんて……絶対に許されないんですから」


保管されている魔導具の中には一般流通には乗らない本来は所持する事を禁止されているものや、既に生産が終了している貴重な杖も存在する。出来ればゆっくり時間をかけて選んでいきたいところだが、今回はそんな悠長な事をしている場合ではない。


「これは……MILL社製、サンダーmarkⅦ銃型短杖(ピストル・ウォンド)じゃないか。素晴らしい!」


倉庫を物色していたウォルターは短杖としては大きく、一際異彩を放つものを手にとった。杖の各所に銀色の稲妻を象った紋様が施され、その杖の先端はまるでダブルバレルショットガンのように二つの銃身を模した杖先が設けられたインパクト抜群の見た目をしている。その杖を手に取る彼の顔には、自然と笑みが浮かんだ。


「まさかこの杖がまだ残っていたなんてね」

「……」


その杖を二本コートに忍ばせ、次に彼が目をつけたのは長杖だった。


「コルト社製、MR2020【レイン・メイカーⅢ】ライフル杖……最高じゃないか」


先程の杖に比べれば比較的スタンダードな造形の長杖。その持ち手はライフル杖共通の特徴であるグリップ状になっており、グリップカバーには雷にうたれる骸骨を象った強烈な異彩を放つエンブレムが刻まれている。杖の先端にも稲妻状の紋様が描かれ、銃身ならぬ()()先端下部には金色に輝く意味ありげなパーツが組み込まれていた。


その杖を手に取り、偶然目に留まった短杖をまた1本頂戴するとウォルターは満面の笑みを浮かべた。


「……楽しそうですね、これから死んでしまうかもしれないんですよ」

「ああ、でもやれることは全部やるさ。ところで術包杖(カートリッジ)と車の方は?」

「……」



サチコは本営内の車庫にウォルターを案内する。そこには白い車両の上に大きなメガホンのような形をした機器が取り付けられた餌箱兼畜生眼鏡様専用車があった。その四角く、特徴的なフロント部から恐らくこの車はロールスロイス社製の高級車【ファントム】だと思われる。


「えっ、この車使っちゃっていいの?」

「何かご不満でも?」

「いや……うん。素晴らしい出来栄えだと思うよ」


ロールスロイスとはセレブ御用達の()高級車メーカーだ。特にこのファントムはその中でも最高級モデルかつ、最新型のファントムⅨ。白いカラーリングのものは発売されていない為、恐らくは協会の為に用意された特別車だろう。非常時とはいえ特別仕様のロールスロイス車をあっさりと使い捨てにしてしまう協会の思い切りの良さには脱帽するしかない。


「で、術包杖は?」

「……運転席のボックス(小物入れ)に格納されています」

「ありがとう、助かるよ。アレがないと話にならないからね」

「……ご要望通り、この高感度音響発生装置は車内備え付けのメディアプレイヤーと直結して、周囲に大音量の音楽を響かせられるように改造してあります。急造品ですが、技術班が用意してくれました」

「エクセレントだ、ブレイクウッドさん。後で彼らにお礼を言っておいてくれ……ここからは、僕に任せろ」

「だから……、一体どうするつもりですか! 外はあの怪物だらけなんですよ!? そんな中で音楽なんて流したら一斉に

「そうさ、それが狙いだ」


ウォルターの狙い……それは単純明快。大音量で音楽を鳴らしながら車で街中を疾走し、白い怪物の注意を全て自分に惹きつける事だ。怪物は大きな音に反応する、それはより大きくなればなるほど効果的だ。怪物達は一心不乱にその不快な大音源目指して追いかけてくるだろう。間近を通りかかればその爆音で気絶させる事も可能かもしれない。だがそれは、街中の怪物を一人で相手取るという事に他ならない。


もはや手の込んだ自殺行為ないし、体を張った給餌行為に等しい。


音に反応すると判明した時点で、大賢者や賢者達も彼と同じような考えに至っただろう。だが、問題は惹きつけてからだ。四方八方から迫り来る怪物の猛攻をどうやって凌ぎきるか……。攻撃ヘリコプターで上空に留まりながらローター音で誘き寄せ、怪物達が集まった所にミサイルでも撃ち込んで殲滅するのが望ましいが、実は魔導協会は攻撃ヘリを所有していない。それどころかバズーカ砲や機関銃といった威力の高い重火器の類も所持していない。


何故かと言われると【外側の人間達】との非常に複雑な(面倒くさい)政治的駆け引きが絡んで来るのだが、今は置いておこう。魔導協会の皆さんも色々と苦労しているのである。


何より魔導協会最高幹部である賢者達が、リンボ・シティの歩く自然災害ことウォルター・バートンに協会が所有するヘリコプターの搭乗許可を出すとは到底思えない。


協会とウォルターの微妙な関係を考えれば、車を貸してくれただけでも破格の待遇というべきだろう……。


「それにこの悪天候です、こんな中では……」

「いや、今しかない。奴らを一網打尽にするにはこれくらいの()()が降っていないと」


サチコは困惑した。怪物には魔法が通じないといっているのに、一人でどうしようというのか。しかし自分では打開策が浮かばない以上はもうこの畜生眼鏡にかけるしかない。


何故なら、大賢者は賢者室で深い眠りに就いているのだから。


大賢者は高齢故か、それとも何らかの持病なのかは不明だが毎週【月曜日】に突如として抗いようのない睡魔に襲われ、最低10時間もの深い眠りに落ちてしまう。それは本人の意思でもどうしようもなく、何故そうなってしまうのかも不明である。


「失敗したら……」

「そうならないように、大賢者様と一緒に祈ってくれないかな」


ウォルターはサチコに笑顔でそう言い放つと車に乗り、エンジンをかける。普段はアーサーに任せきりだが、彼は車の運転技術も習得済だ。残念ながら免許は取っていないが。


「じゃあこの車庫前の非常口を開けてくれ。車が出たらすぐ閉めること、あっそれと……」

「放送局には情報部が既に伝えています。回線も専用のものを開き、これから街全域に緊急放送をお流しします……それでは」

「ありがとう。それじゃあ、お元気で……って気が早いかな?」

「……ご武運を」


サチコは小声で呟くと端末を操作する。非常口がゆっくりと開き、ウォルターはハンドルを握る


「終わりにしようか」


その言葉と共にアクセルを踏み、彼の車は勢いよく外に飛び出した。外に出たと同時に車に備え付けられたメディアプレイヤーを操作する。かける曲は何でもいい、曲名を見ずにそれを再生した。大音量で車から流れるギターの旋律……窓を閉めた車内にも、その音楽は耳を塞ぎたくなる程の音量で響き渡った。


1971年 オーランドのロックバンド【Hocus】による楽曲


【天使の祝言】


「この曲も、彼女(大賢者)の趣味かなあ……」


そう思うと自然に笑いが込み上げてくる。本部前を囲う怪物はその音を聞きつけて一斉に駆け出す。報道ヘリのローター音すらかき消す程の爆音は、窓や扉を締め切った周囲の建物内にも響き、割と深刻な公害になりつつあった。


「そうだ、来い! 来い!!」


ウォルターはひたすら車を走らせる。離れた場所でその音を聞きつけた怪物達も一斉に彼の車を目指して移動する。降りしきる雨の中、壮絶なチキンレースの幕が開けた。


《オギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!》


流石に白い怪物も爆走する車にまでは追いつけないようだが、道路が濡れてしまっている為か距離を離せる程のスピードは出せない。ウォルターが後部を確認していると死角になっていた車体の右側に一匹の怪物が張り付いてきた。窓ガラスに大きな口を押し付け、必死に食らいつこうとしている。どうやら怪物はこの爆音の中飛びついても気絶はしないようだ……あまりのうるささに聴覚が若干麻痺しているのかもしれないが。


それでもこの食いつき方を見るに、怪物達をこちらに惹きつける作戦は成功を収めたと言えるだろう。後は中途半端なところでカッコ悪く死なないように手を尽くすだけだ。


「いやぁ! いいね、最高の笑顔だよ!!」


ウォルターは笑いながら魔導具庫から頂戴したサンダーmarkⅦを構え、魔法を放つ。


杖先からは眩い雷光が放たれ、大きな口を車内から貫いた。この杖はその名のとおり雷属性の魔法と非常に相性がいい。二つのバレルを模した特徴的な杖先には長杖用の術包杖が二本装填可能であり、短杖としては破格の威力の魔法を放つ事が出来る。その半面、安定性と命中精度は劣悪で近距離でもなければ まともに魔法が当たらない という魔法使いの武器として無視できない程の大きな問題点を抱えている。


常人にはとても扱える代物ではない為、試作品が僅かに製造されただけに終わった幻の魔法杖である。


《オギャアアアアアアア!!》


前方からも怪物達が押し寄せる。皆して不気味な口を大きく広げ、真っ直ぐこちらに向かってくるが流石にフロントガラスごと貫くのは自殺行為だ。タイヤのスリップに気をつけつつ巧みなハンドルさばきで前方の怪物を避け、すれ違いざまに窓から怪物めがけて魔法を放つ。


「いやー、本当に! 楽しいなあー! ちくしょー!!」


ウォルターは涙目になりながらも、精一杯の笑顔を浮かべて街中を疾走する。そんな彼の車を目指し、街中の怪物達が一斉に移動し始めていた。



「此処から出るな、何もするな……ですって?」


一人で過酷な戦いに赴く彼を見送ったサチコは思いつめた表情を浮かべる。度を越したポーカーフェイスで有名な彼女の顔は、今や自分の感情を素直に浮かび上がらせている。


「貴方一人に、何ができるんですか!!」


サチコは強い感情を込めて言い放つと、端末を再び起動し何処かに連絡を取る。

そして、1階のエントランスには今本営にいる魔法使い達が続々と集まってきていた。


紅茶の飲み過ぎにも注意しないといけませんね。筆が止まりません。

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