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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.3 More haste less speed
33/123

9☆

この話に出てくる怪物は、昔の夢に出てきたクリーチャーがモデルになっています。

「こら、お行儀が悪いですわよアル様」


グラスの水に泡を立ててぶくぶくと鳴らすアルマを見かね、マリアは軽く彼女を注意した。


「ぶくぶく、いいんだよ。行儀なんて悪くても……」

「可愛い女の子は行儀よくしてなさい。いいね??」

「……わかってるよ、オッサン」

「せめてカズヒコ()()と呼べ? いいね??」

「カズヒコ()()()()!」

「うん、まだ許す」


カズヒコはにっこり笑うと厨房に向かった。その光景を常連は微笑ましく見守っていたが、不機嫌そうなアルマに睨まれて思わず目を逸らす。


「あー、御主人は何してんだよー」

「ふふふ、帰りはウォルターに迎えに来てもらいましょうか」

「アルマさんもウォルターさんが大好きなんですね」


シャーリーが不意に口にした一言にアルマは飲んでいる水を噴き出す。グラスの水は勢いよく飛び散り、ルナの胸元のネックレス(怪物のたまご)にも数滴掛かる。


「ぶぁはっ! ごほっごほっ!!」

「ああー! 大丈夫ですか!?」

「あらやだ、アル様汚いー。ほらハンケチですわ、お拭きになって」

「べっべべべべつに好きとかじゃねーし! げほげほげほ!!!」

「アルマは可愛いわね……あら?」


ルナは自分の胸に違和感を覚えた。ふと胸元を見ると今朝ウォルターに贈られたネックレスの石が見る間に膨らんでいった。


「な、何……?」

「あん? どうしたっ……っておわわ!?」


慌ててルナはネックレスを取ろうとするが、それより先にその鉱石にヒビが入り────


〈オギャアアアアアアアアアアア!!〉


中から不快な鳴き声をあげる白い生き物が現れ、ルナは驚いて椅子ごと倒れてしまう。

常連客も突然の出来事に思わず席を立つが


「なにこれっ、変なっ……きゃあっ!」


生き物はルナの胸元で暴れまわる。小柄な体には不釣り合いな柔らかく豊満な胸に見事に挟まり、そこから抜け出そうと白い怪物は更にもがいた。彼女の胸は弾むように揺れる。


「あんっ……!」


ルナは頬を赤らめて声を上げ、シャーリーはあまりの出来事に慌てふためいている。


胸の中でもがく内に白い生物は徐々に大きくなっていき、さらに深く胸の谷間に潜り込んでいく。謎の生物は透明なぬるぬるとした液体で覆われており、ルナの柔らかい胸で暴れれば暴れるほど服は透けてブラのラインや肌の色がくっきりと浮かび上がる。


「!!!」


常連客はその光景をただただ凝視し、歓喜に打ち震えて己の拳を握り締めている……。

カズヒコは厨房で料理を作っており、外の騒ぎにはまるで気づかないようだった。


「何だこいつは! このっ! って気持ち悪っ!!!」

「やぁっ……! 取って!! これっ、あうううっ!!!」


ルナの胸を弄ぶ生物を引き離そうとアルマは掴みかかるが、体から分泌されるぬるりとした液体が邪魔で上手く掴めない。それでも掴もうと躍起になる事でルナの胸は更に激しく弄ばれる。


「ちょっ、ちょっと……もう少し優しくっ……! ふああっ!!」

〈オギャアアアア! オギャアアアアアッ!!〉

「だああああー! 気持ちわりいいいいいー! 何だこいつはー!」

「アルマっ……! それは胸っ……あううっ!」

「大丈夫ですか!? ルナさん! 今助けてあげますからねっ!!」

「あっ、シャーリーさん 待っ……はぁん!!」


周囲からはいつの間にか拍手と歓声が沸き起こった。マリアはその様子を笑顔で静観しながらアイスコーヒーを飲み干した後、ゆっくりと席を立ち


「シャーリー様、アル様、その手をどけてくださいませっ」


二人が彼女の言葉を聞いて手をどけた途端、ルナの胸元目掛けてマリアは鋭い蹴りを放った。その足先は的確に白い生物だけを捉え、彼女の柔かく豊満な胸から蹴り飛ばす。


「はうんっ!」


ルナは胸を一際大きく揺らせて喘いだ。


彼女の胸から蹴り飛ばされた白い生物は近くの壁に勢いよく叩きつけられ、ピクピクと痙攣しながら床にずり落ちた。謎の透明な粘液でルナの服はびしょ濡れになっており、完全に肌が透けてしまっていた。


「うぉおおおおおおおおおおおお!!」


常連達からは一際大きな歓声が上がる。マリアは冷たい床で痙攣している白い生き物を嫌な音が店内に響き渡るほどに強く踏みつけ、浮かれる男共に言い放つ。


「これは見世物ではございませんのよ? 殿様方?」

「・・・・・・」

「どうして見ているだけで、ルナ様を助けてくれないんですの??」


マリアは踏みつけた生き物を靴裏で容赦なく踏み躙る。


彼女の表情は笑顔のままであったが、その威圧感は凄まじいものだった。黒いメイド服を着こなす色白の美女から放たれる強烈なプレッシャーに常連達は怖気づき、完全に沈黙してしまった。シャーリーとアルマもマリアに気圧されて硬直しており、ルナは艶かしい吐息を漏らしながら床の上で伸びている。


「貴方たち、最低ですわね?」


その言葉と共にマリアは足に力を込め、謎の白い生物を踏み潰す。断末魔にも聞こえる嫌な音をたてながら中身が混じった青い体液を店の床に撒き散らし、その生物は昇天した。自分達に束の間の夢と希望を与え、その命を散らした白い生き物の壮絶な生き様を目の当たりにした常連達は涙を流して震え上がる。


「はぁ……はぁ……」

「……いや、ならお前もはやく助けろよ」

「おーっす、ギンチーパーのチリソース和えお待ちー……って何この空気?」


厨房から出てきたカズヒコは凍りつく店内の空気に困惑した。


「ルナさん……その……、タオルです。大丈夫ですか?」

「あ、ありがとう。ふぅ……ウォルターったら……とんだプレゼントね」

「いやその、なんだ。オレのせい、かな? それあげたのオレだし……」

「うふふふふ」

「……何この空気??」


カズヒコは再び困惑した。するとそこにマリアの携帯の着信音が鳴り響く。


「もしもし、あら旦那様。どうなさいましたの?」

『マリアかい!? いや実はルナに伝えたいことがあってね!! すぐに彼女に』

「ネックレスの話でしたら、もう終わりましたわよ?」

『え? 何?? そのネックr』

「旦那様、あなた 最低ですわね」


マリアはそう吐き捨てると通話を途中で切った。



◆◆◆◆



「……」


ウォルターはそっと電話の受話器を置く。どうやら例の怪物の卵は 何らかの事情 で始末されたらしい。彼はその事に一先ず安堵したが、同時に嫌な予感も過ぎった。


帰ったらまずルナに本気で謝ろう……彼はそう心に誓った。


「しかしまぁ、こっちの状況は未だ最悪だな……」


建物の外には今尚白い怪物が徘徊しており、この場から離れる気配はない。余程ウォルターが気に入っているのか、それともこの中に()が沢山ある事を本能的に察知しているのか。どちらにしても、ウォルター達はこの建物内から出られなかった。


「この際、外に出てみては如何です?」


サチコは彼に言い放つ。半分は冗談だが、半分は本気だ。

それを聞いたウォルターは笑って言い返す。


「ははは、それも悪くない。じゃあ一つお願いしてもいいかな」

「何ですか」

「僕が死んだら、あの屋敷の子達(僕のファミリー)の面倒は君が見てくれるかい」

「えっ……それは」

「イエスと答えてくれるなら、僕は喜んで外に出よう。場合によっては餌にもなるよ」


彼の眼は本気だった。予想外の返事に、サチコは戸惑いを隠せなかった。


「まぁ……どの道このままじゃいられないけどね」


ウォルターは思い出したかのように再び何処かに連絡する。


「やぁ、アーサー。え? ああ……、その話はもう大丈夫だよ」

『そうですか。では如何いたしましょう?』

「当面は本部に缶詰さ、このあたりは暫く人が近づかないようにしないとな」

『例の怪物の話ですかな?』

「そうだけど、どうしてそれを?」

『ニュースをご覧下さい』

「サチコちゃん、ここでニュースは見られるかい?」

「だから、その呼び方は!」

「頼むよ、ブレイクウッド大賢者専属秘書官様」

「……ッ!!」


サチコは感情を顕にしながら本営の制御端末を取り出し、何らかの操作をする。エントランスに大画面の薄型映像端末が出現し、そこに現在のニュースが映し出される。


『ええ、上空からの映像です!ご覧下さい……雨が降りしきる街に謎の白い怪物が大繁殖しています!! その数は見えるだけでも100匹を超えていて……』


『ご覧になられましたか?』

「ああ、全く……気に入らない奴らだよ。悪い夢でも見ているみたいだ」

「嘘、こんなに……?」

「昨日の騒ぎが可愛く思えてくるね……」


サチコは愕然とする。ニュース映像は魔導協会総本部周辺で白い怪物が大量に出現している事実を知らせていた。燃え滾るプロ根性に奮い立つジャスミンさん含めたニュース報道陣達が搭乗する報道ヘリのローター音に反応しているのか、怪物達は音が聞こえてくる上空を向いて叫びながら道路を疾走している。実に鳥肌が立つ光景である。


恐らく、雨が降ることを察知した最初の数匹が予めこの付近に卵を産んでいたのだろう。最初から彼らの体内には卵など無かった、あの数匹を倒したところで どうにもならなかったのだ。


『尚、この怪物は()()()()()に反応するという情報が寄せられており、市民の皆さんは決して家や今いる建物の外には出ないでください!! 車に乗っている人はエンジンを切り、絶対に降りずにその場で救助が来るのを……』

「やれやれ、碌でもないことを思いついてしまったよ」

『旦那様?』

「アーサー、君も屋敷から出るな。これは命令だ」

『……はぁ、また無茶をなされるのですね旦那様』


電話越しに老執事は深く溜息をつく。彼はウォルターとの付き合いが長く、ルナ程ではないが彼が何を考えて何をしようとしているのか大体察する事ができるようになっていた。


……その長年培ってきた勘が言う、ウォルターは今日も命を捨てるつもりだと。


『それでは、また御用があればお申し付けください。ご武運を』


通話を終え、ウォルターは静かに笑う。その顔を見てサチコは寒気を覚えた。


「何を、するつもりですか?」

「ロザ……大賢者様はもう休んでるんだね?」

「はい、要件があれば私にお申し付けください」

「じゃあ二つ目のお願いだ……君たちはここから出るな。もし出ても何もするな。街の全放送局に連絡を入れて外から何が聞こえても、決して家の外に出ないように伝えてくれ」

「わかりました、今すぐ連絡を」

「あと出来る限り音を立てないよう……ああそうだ、すまないが杖も何本か借りたい。それと車も一台、実はその車にはある細工を施して欲しいんd

「要望が多いですね!!」

「あははは、でもこれが最後になるかもしれないんだ……少しくらい我が儘を聞いてくれ」


ウォルターは笑って言う。その笑顔にサチコはまたしても寒気と不快感を覚えた。


彼は今……自分の命を捨てようとしている。何をしようとしているのかはわからないが、恐らくは例の怪物達を倒す手段を思いついたのだろう……だが彼女はそんな彼が益々理解できなかった。この眼鏡の男は自分が死ぬ事を全く恐れていない。それどころか、死んだ後の事を常に考えている。


どんな生き方をすればこのような男になってしまうのか。

それだけの修羅場を、地獄を、この男は経験してきたというのか。


「……ちゃんと返品してくださいね」

「はっはっは、杖が無事だったらね」


外からは怪物の鳴き声が聞こえる。いずれは街中で彼らの声が聞こえてくる事になるだろう。そんな絶望的な状況の中でも、ウォルターは笑顔を絶やさなかった。


その夢で私は紅茶を飲む間もなく餌になりました。怖かったです。

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