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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.3 More haste less speed
32/123

8☆

体内には百粒もの卵が保管されていたと、ブレンダは言っていた。


恐らくは体の大きさや成長度合いに比例して卵の数は変動するのだろうが、今の時点で既に体内に卵は精製されているかもしれない……怪物の卵はその体内にいる間は孵化しない。体液に含まれる程度の水素には反応しないからだ。


では、雨に触れれば?


「うわぁ……見ろよこれ、ぐちゃぐちゃだ」

「そこの君ィ! その死体から離れろ! 今すぐに!!」


道路上に散らばる死体に向けてウォルターは光魔の裂壊弾(フォス・ディトネイタ)を連射する。放たれた魔法は死体に命中して炸裂し、周囲に青い体液と肉片を撒き散らした。慌てて死体から離れた若い男にも怪物の青い血がかかり、彼は軽くパニック状態に陥った。


「うわぁあああああっ!!」

「うわっ!! 何だ!?」

「逃げろっ! ウォルターがおかしくなった!!」

「前からおかしいわよ!」

「えっ、さっきの聞こえた!? ごめん、嘘! 嘘だから殺さないで!!」


野次馬達はたまらず逃げ出す。ウォルターにとっては好都合だが、なんとも複雑な気分になった。杖を構えて怪物達の死体を警戒しつつ、ゆっくりと協会本営に近づきながら彼は祈った。


どうか、今ので終わってくれますようにと。


雨は本降りになり、グチャグチャの死体は雨に濡れていく。しかし、卵が宿っているであろう腹部からは何の動きもない。どうやら全て破壊できたか、この成長段階においてはまだ卵は精製されないらしい。ウォルターは大きく息を吐くと全てが終わったことに安堵し、とりあえず雨宿りをしようとした。その時だった。


《オギャア》


何処かから聞こえる、赤ん坊のような声。ふと上を見上げると、目の前に建つ爬虫類専門ペットショップの壁に張り付く、白い怪物の姿があった。


《オギャア》


また声が聞こえる、それは道路脇の茂みから


《オギャア》


そして道路の反対車線から


《《《オギャア》》》


気がつけば周囲は白い怪物達に囲まれていた。


怪物の数は少なくとも10匹、全個体が2m近い大きさに育っている。渋滞の先頭車両に乗る民間人は、あまりの光景に身動きが取れなかった。しかし渋滞の後尾に位置し、前方で何が起きているかを知り得ない者達は車のクラクションを鳴らし、大声で怒鳴りつける。


「うぉおおおい! 何止まってんだよ、早く動けよコラ!!」

「こっちは急いでるんだ、車の中で彼女といちゃつくならホテルに行け!!」

「ちょっと動いた所に取引先のビルがあるんだよ! 頼むよぉ!!」


その場に集まった怪物達は一斉にクラクションの鳴る車の方を向き、大声をあげて駈け出した。


何も知らない彼らも、目前に迫る白い怪物の群れを見て漸く状況を理解したようである。少し遠くから聞こえてくる悲鳴に胸を痛めつつ、ウォルターはその場を離れようと後ろを振り返るが、彼の周囲にはまた数匹の怪物が兄弟の声を聞きつけてやって来た。


「……ッ」


音を立てぬよう息を殺しながら協会本部に向かって歩き出す。


数歩歩いては立ち止まり、周囲の怪物の動向を窺いながらまた少しずつ歩を進める。彼等は周囲の雨音と兄弟達の足音に機敏に反応し、忙しなく体を震わせている。さすがのウォルターもこの杖一本ではどうしようもなく、神に祈りを捧げながら忍び足で怪物達から逃げていた。


《オギャア》


近くに居た白い怪物が不意に発した声に気を取られ、ウォルターは足元から視線を逸らしてしまう。他の怪物達も声を出した一匹に注意を向け、じりじりと近づいてくる。焦ったウォルターはやや足早に歩き出すが、にじり寄る怪物達を意識しすぎた為に足元に転がっていた()()に気付けなかった。


「っ!?」


何かに足を取られ、盛大に音を立てながら転んでしまう……それは自分が最初に倒した怪物の死体だった。


「……おい」


白い怪物達は、その体を不気味に震わせてウォルターの方を向く。今の派手な音で彼の居場所は完全に把握されてしまったようだ。


《オギャアアアアアアアアア!!!》


大きな口が一斉に開かれ、怪物達は歓喜の叫びを上げながら彼目掛けて駆け出す。その光景を、彼は暫く忘れられなかったという


「あっはっはあぁぁぁああ! もう、うんざりだああああああー!!」


ウォルターは飛び起きて必死に走った。ひたすら地面にマジカルジャンプ台(アクロミア・バウンサ)を設置し、怪物達を天高く打ち上げながら脱兎の如く走り続けた……。



「本営付近で誰かが怪物に襲われているですって?」


「はい、先程民間人から通報があったそうで……」

「まずいわね、あの怪物への対抗策はまだ整っていないのに……」


エレベーターで最上階の賢者室に向かう大賢者とサチコ。他の賢者達は既に解散しており、各々に用意された部屋で待機している。


「……今日は、誰かいるの?」


大賢者からは先程までの峻厳さと凛々しさは感じられなかった。その目は半分閉じており、立っているのがやっとという状態だった。


「本日はスコット氏も非番です。ブレンダさんは戦闘員ではありません……私が参ります」


最上階に到着し、エレベーターから降りる大賢者を見送ってサチコは軽く頭を下げた。


「気をつけてねサチコ、相手は相当危険よ……私は

「大賢者様はお休みください。今日は、()()()です」


エレベーターの扉を閉じ、サチコは1階のエントランスに向かう。彼女もまた優秀な魔法使いだ、並大抵の相手なら難なく対処してしまうだろう。


「……お体に触ります、ね。心配性なんだから あの子は」


大賢者は寂しそうに笑うと、賢者室に入る。その足取りは重く、ふらつきながらもベッドにたどり着くとそのまま倒れ込んでしまった。


「本当に、情けないわ……。ねぇ、リーゼ……私は……」


リーゼの名前を呟きながら、大賢者は深い眠りに落ちていった。度々ウォルターも口に出すその人物は恐らくは女性なのだろうが、それが誰なのかまではわからない。


【彼女】の存在を知るのは、ウォルターと大賢者といった極一部の者達だけだ……



「大丈夫、実戦は何回も経験した。大丈夫……」


サチコは気を張っていた。何度も実戦を経験していたが、彼女が戦ってきたのは全部魔法で対処できる相手だった。魔法が通じない生物との邂逅など今まで想像もしていなかった。


「大丈夫、必ず弱点がある。大丈夫……」


魔法が効かない怪物達への対抗策を思案しているうちに1階へと到着する。彼女は大きく息を吸い、気合を入れてからエレベーターを降りた。


「ふぉおおおおぉぉぉぉおぉおぉおおおおおおおおおおお!」


びしょ濡れの男が絶叫しながら正面入口からエントランスに駆け込んでくる。驚く案内係(コンシェルジュ)の女性を尻目に彼は入口近くの意味ありげなレバーを力強く引き倒す。案内係の彼女達も魔法使いであり、他の職員と同じ金の紋様が施された黒いコートを着用している。


「ああっ、困ります! そのレバーは

「いいんだよ! 今は!!」


その瞬間、正面入口には透明な防壁が発生し、協会の全出入り口も同じように塞がれる。それに一瞬遅れて白い怪物が押し寄せた。


《オギャアアアアアアアアアアアアアア!!》


怪物達は透明の壁に勢いよく弾き飛ばされ、雨の降りしきる地面を転げまわる。緊急防護壁発生装置と呼ばれるこの機能は、建築当時から備え付けられている遊び心の一つである。


「ひっ! なっ、何なの!?」

「いやぁ、驚かせてすまない……命がかかっていたもので」

「お客様……あっ、貴方は」

「何しに戻ってきたのですか、ウォルターさん」

サチコはずぶ濡れになったウォルターに鋭い視線を向けながら冷たく言い放つ。


「見ての通りさ、外は白い怪物でいっぱいだよ」

「むざむざ逃げ帰ってきたのですか、情けない」

「ははは、5匹くらいは仕留められたんだけどね。どうも、弾切れを起こしちゃってね……」


ウォルターはエンフィールドⅢから焼けた術包杖を排莢し、両手を上げて文字通りのお手上げ状態である事をサチコに伝える。


「……通報にあった怪物に襲われる人物とは貴方ですか。心配して損しました」

「心配してくれてありがとう、大賢者様はまだ起きているかな?」

「……大賢者様は今お休みになられています。ご要件なら私にどうぞ」


サチコはウォルターの言葉に懐疑的だった。


あの怪物は魔法を弾き無力化する。あんな短杖一本で、どうやって5匹も倒したというのだろう。しかし今はそんな事を気にしている場合ではない。建物の前には内部に侵入しようとする白い怪物達が見えるだけでも10匹はいる。防壁が作動している限り彼等は侵入できないが、こちらも建物の外に出る事ができない。


「じゃあ電話を借りてもいいかな?」

「迎えを呼ぶつもりですか? この状況で?」

「いやいや、さすがにそこまで馬鹿じゃない……もっと大事なことさ」



◆◆◆◆



数分前、喫茶店 ビッグバードにて


「ふぅ、美味しかった」

「ふふ、いつもありがとうございます」


ルナはビッグバード名物【特製オムレツセット】を完食し、幸せそうに言った。


彼女の顔を見てシャーリーは満面の笑みを浮かべる。カズヒコも今日はウォルター不在の為、かなり上機嫌だ。彼はこの幸せがこれからも続く事を切に願った……。


「あー、雨強くなってきてんなあ」


水をストローでちびちびと飲みながらアルマは呟く。折角のいい天気が雨で台無しになってしまい、彼女は不満そうにグラスの水に泡を立てた。


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