7☆
正午、リンボ・シティ13番街のとある路地。
「あれ、何だよおい 曇ってきたぞ」
先程まで快晴だった空を大きな雲が覆っていく。その事にアルマは不機嫌になるが、逆にマリアは上機嫌となった。彼女にとって日光は大敵なのだから。
「あらあら、いい天気になってきましたわね」
「嫌味か!」
「あらぁ、アル様こそ嫌味ですか? 私に対する嫌味ですか??」
アルマとマリアは仲がいい。喧嘩するほど仲がいいというコトワザを文字通り体現する間柄だ。
ルナは仲良く喧嘩する二人を見てくすりと笑い、曇天の空を見上げながらウォルターに想いを寄せた。
「ああ、貴方とも一緒にお散歩したかったわ」
「あーあ、どうせ女同士はつまらないですよーだ」
「ふふふ、楽しいわよ?」
「どーだかねー」
アルマはポケットから棒付きキャンディーを取り出す。包み紙を開いて口に運ぼうとしたが、彼女はうっかりキャンディーを地面に落としてしまった。
「……」
アルマは鮮烈な赤い目を見開いて硬直する。彼女は無言で拾い上げようとするが、今度はキャンディーに大粒の雨が直撃した……。
「くすっ」
「笑うなよルナぁ! ちょっとあんまりだろぉ!?」
「うふふふっ」
「おら腹黒デカ乳女、いい加減にしねえと揉むぞコラ」
「嫌ですわアル様ぁー、うふふふふ」
やがてポツポツと雨が降ってくる。ルナとマリアは日傘を指していたが、アルマは傘など持っていない。3人は雨が本降りになる前に近くの喫茶店に立ち寄った。
喫茶店ビッグバード 彼女達含め、ウォルター・ファミリー御用達の店だ。
「いらっしゃいませー! あら」
「おう、いらっしゃー オォウ、ジィザァス……」
「酷いわね、お客様よ」
店長とその妻であるシャーリーは二人で全く異なる表情で彼女達を迎える。妻はとても嬉しそうに、そして店長の男はこの世の終わりを見たかのような壮絶な表情を浮かべた。ビッグバードの名物店長ことカズヒコは彼女達の背後に目を凝らし、更に窓からも外の様子を伺った。
あの畜生眼鏡を警戒しているのである……やがて彼がいない事を察すると
「やぁ、いらっしゃい! いきなりの雨で困っただろ。さぁ、どうぞ席についてくれ!!」
「この変わりようだわ」
「どんだけ嫌われてんだよ、御主人」
「うふふふ、男同士の秘密ですわねー」
3人を笑顔で席に案内するカズヒコ。その表情はとてもとても満ち足りたものだった。
彼の姿をくすりと笑って見守るシャーリー、そして必死に笑いをこらえる常連客達……。
「いやぁ、店長いい笑顔だねー」
「はっはっはっ、じゃあっくっ! おれはいつも笑顔だろ? な??」
「あ、はい」
カズヒコは笑顔で常連の一人に言った。彼はその目に、底知れない威圧感を感じた。
ほぼ同刻、魔導協会総本部前
にわか雨が降る中、ウォルターは杖を構え目の前の白い怪物を睨みつける。
しかし、下手に魔法を撃ったところでどうにかなる相手ではない。それは昨日の朝に嫌というほど思い知らされた。彼はまず魔導協会総本部に逃げ込む事を考える……あんな大口を叩いて会議室を後にしておきながら逃げ込むのはとても情けないが、命には代えられない。
《オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!》
しかし答えに悩んでいる間に怪物は声を上げてウォルターに飛びかかった。
やむを得ず杖から魔法を放ち応戦する。青い光の弾丸が杖から放たれるも、怪物の肌を覆う透明な液体がいとも簡単に弾いた。ウォルターは反射的に真横に飛び、飛びかかりを回避しながらもさらに魔法を放つが全く効いていない。
「やっぱりダメか……ッ!」
ならば狙うのは怪物の口内。体内まであの忌々しい液体で満たされているという事は無いはずだ。ブレンダはあの液体を汗のかわりだという推論を出した。恐らくあの液状物質は怪物の皮膚を覆い、体温の上昇を防ぐ役割を持つのだろう。魔法を弾く効果は副次的なものに過ぎない……という希望的観測に全てを懸けてウォルターは杖を構える。
怪物は向きを変えて四肢に力を込め、再び獲物に飛びかかろうとする。
「……そんなに僕が好きなのか、嬉しいね。街の人にはとても嫌われているんだ、君みたいにまっすぐ顔を向けてくれる子なんて」
怪物は地面を蹴って跳躍し、大きな口を開いて彼に食らいつこうとした。
「僕の素敵なファミリーくらいしかいないよ」
大きく開いた口に狙いを定め、杖から魔法を放つ。放たれた青白い閃光は、怪物の口内に入り込み、そのまま体内で破片手榴弾のように炸裂する。彼の読みは当たっていたのだ。
《オ゛ギャッ!!!》
空中で体内から破壊され、青い血を撒き散らせながらお目当ての獲物の足元に落下し、白い怪物は死亡した。やはり体内を上手く狙えば魔法でも倒せるようだ。問題は、相手がこちらを向きつつ大口を開けて突撃してこないと真面に狙えないという点だが……。
「さて……」
ウォルターが溜息交じりに辺りを見回すと、周囲の建物の影に複数の白い影が見えた。
彼等は影からゆっくりと顔を出し、体を不気味に震わせている。数は見えるだけで5匹ほど
「本当に、気に入らないよ。君たち」
白い怪物は道路を横切る車の音に反応し、こちらを向かない。1匹が走る車に狙いをつけ、道路に飛び出そうとするが、ウォルターが咄嗟に怪物の足元に向けて放った虚魔の転還陣を踏んづけて真上に跳ね飛ばされる。その様子を見て、ウォルターは即座に怪物の対処法を閃いた。
「なるほど……これなら何とかなるか!!」
例の透明な液体に覆われている限り、白い怪物は自分に命中する魔法に対して無敵とも言えるほどの耐性を持っている。だが先程の魔法のように、相手から受けた 攻撃をそのまま反射する ようなカウンター魔法であればダメージこそ小さいものの、その行動を大きく阻害する事は十分可能のようだ。ダメ元で放った魔法から得られた思わぬ収穫にすっかり調子づいた畜生眼鏡は、残りの4匹の足元にも次々と同じ魔法を放ち、踏んづけた怪物達は天高く跳ね上げられた。
「よしよし、ちょっとそのまま 地面に這い蹲っていてくれっ」
地面に墜落した彼らが起き上がる前に最初に跳ねた白い怪物に素早く駆け寄り、首を足で強く踏みつけて身動きを封じる。ぬめりとした嫌な感触がウォルターの足を襲うが、彼は昨日の鬱憤も込めて首を踏み潰す勢いで踏みしめた。
「ふんぬっ!!」
《オギャアアアッ!!》
「すまないね……今の僕は、とても機嫌が悪いんだ!」
今日の靴は昨日の靴とは違い、ぬめる、または滑る地面でも問題なく歩ける逸品だ。もし普通の靴で同じような真似をしようものなら、滑る液体に足を取られて無様な姿を晒していただろう……そんな姿も妙に似合うのがこの男の不思議なところではあるが。
《オギャアッ!オギッ》
踏みつけられた苦しみのあまり、怪物が開口してしまったところに数発魔法を放つ。
「だから、君も死んでくれ」
血を噴き出しながら2匹目も死亡し、体勢を立て直してこちらに飛びかかってきた3匹目にもすれ違いざまに口内目掛けて魔法の一撃を食らわせる。即死はしなかったが、行動不能になるだけのダメージは十分与えられた。怪物は青い血を吐き出しながら地面を転げ回る。
《ゲゴッ! ゲェエエエッ、ゲッ、エゲエッ!!》
喉を内部から破壊され、怪物は悲痛な呻き声を上げて苦しむ。ウォルターはその姿に多少の憐れみを感じたが、彼等に同情する必要はないし、このまま生かしておく訳にもいかない。
「可哀想だけど、君たちをペットにできるほど 僕は動物好きでもないんだ」
トドメを刺しに近づこうとすると、苦しむ同類めがけて残りの怪物達が押し寄せた。
《オギャアアアアアアアアッ!! オギャッ、オギャアアアアア!!!》
声を上げながら彼等は瀕死の仲間に食らいつく。青い血を撒き散らし、肉を食いちぎられる怪物の断末魔が周囲に響き渡った。どうやら怪物達は皆、酷い飢えに苦しんでいるようだ。
「まぁ、そうだろうね。目が見えないし、お腹が空いているみたいだ……餌になるものだったら仲間だとか家族とか関係ないよな」
ウォルターはその光景に激しい嫌悪感を覚える。同族を貪り食うその姿に、何かを思うところがあったのだろう。不機嫌そうに頭を掻きながら、彼は足先で地面を何度も叩いた。
《オギャッ》
「よしよし素直ないい子だね。ご褒美だ、死ね」
その音に反応してこちらを向いた4匹目を魔法による口内への直接攻撃で仕留め
《オギャアアア!!》
「はいはい、君にもやるよ。欲しがりめ」
少し遅れて振り向いた5匹目にも口内に魔法をお見舞いして兄弟の後を追わせる。最後に残った6匹目は身の危険を本能的に察知したのか、その場から走って逃げ出した。一応、怪物達にも恐怖心や危機感のようなものはあるようだ。
「おいおい、兄弟を置いて何処に行くんだい?」
今更、この怪物を見逃す訳にはいかない。逃げる怪物の足元の地面を狙って魔法を放ち、再び空高く跳ね上げる。景気よく吹っ飛んだ怪物は顔面から地面にグシャッと落下し、半分潰れた顔面から青い血を吹き出して転げ回る。
《オヴェアッ、ヴェヴェヴェアゲエエエ!》
ウォルターは杖を構えて鳴き叫ぶ最後の1匹に近づき、静かに言い放つ。
「すまないね、君も此処で死んでくれ」
彼の冥福を祈るように口内に三発、魔法を撃ち込む。その魔法で装填した術包杖が焼ききれたようで、ウォルターは溜息混じりにリロードする。
「……もう一本、持ってくれば良かったかな」
魔法杖には連続して魔法を放つと杖の先端が徐々に熱を帯びていき、その耐久値を超えると杖先が焼け落ちるという欠点が存在する。
銃型魔法杖とは、実在する銃のように【魔法を放つ役割】を杖本体に、【魔法を発生させる役割】を杖に装填する術包杖と呼ばれる使い捨て前提の小さな弾丸状の杖に分担させる事で問題の先端部の高熱化現象の影響を最小限まで抑える事に成功した画期的な杖だ。
装填された術包杖が焼ききれても新しい物に交換すれば再び魔法が使用可能になる為、従来の魔法杖よりも瞬間火力と継戦能力に大きく差をつけている。
騒ぎを聞きつけたのか、周囲に人が集まってきた。道路も例の死体が原因で軽い渋滞ができている。いずれは通報され、警察が駆けつけるだろう。
「なんだあれ……怪物??」
「人……ッ、人が襲われてる!?」
「やべ……ってあの眼鏡の奴、ウォルターじゃね?」
「ウォルターだわ……また何かトラブルを起こしたのかしら」
「ちっ、今日はかわい子ちゃん連れてないのかよ……お兄さんガッカリだよ!」
野次馬の反応に憂鬱な気分になりつつ、彼は空を見上げた。今朝までは快晴だったというのに、雨が本格的に降り始めている。
「やれやれ、今日も街を救ったんだよ? せめてお天気様くらいは僕を褒めてくれたって……」
次の瞬間、ウォルターは全身の血が逆流する感覚を覚えた。
暑い日はアイスティーを飲んで元気をチャージしましょう