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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.3 More haste less speed
29/123

5☆

魔導協会総本部 エントランスホール


魔導協会総本部は今から約400年前、リンボ・シティがまだ向こう側に存在した時期に建造されたゴシック建築風の建物である。旧都市に存在していた某国国会議事堂ことウェストミンスター宮殿と程近い場所に位置し、かつてはアーディン・ベルと呼ばれる一際目立つ巨大な時計塔が目印となっていたらしい。


「ははっ、時計塔は()()修復作業中か。あの時は上半分がごっそりと削られた上に空間までズレてしまったからね……そう考えるとよくここまで直せたものだよ」

「……」

「言っておくけどあれは僕のせいじゃないよ? わかっていると思うけど」


この建物は当時の建築家達の優れた技術に加え、魔法、果ては異界の技術までもが使用されたまさしく魔法使い達の拠点に相応しい、豪華さと実用性と多少の遊び心(変態的技術)を兼ね備えた優良物件だ。外観の荘厳さもさる事ながら、内部の構造も凝りに凝っており現在の建築技術でも、完全に再現する事は不可能とまで言われている……当時の建築家及び技術者達は一体何者だったのだろうか。


「それにしても此処に来るのは何年ぶりかな。自分で来るのはともかく、彼女(大賢者)から招待されるのは本当に久しぶりだ」

「……」

「これから手料理でも振舞われるのかな?」

「……この非常時に、ふざけるのはやめてください」

「いやいや、本気だよ。彼女が作る料理は美味しいんだ、君もよく振る舞って貰うだろう? 是非また食べたいと思っていたところさ」


ウォルターはサチコに軽い態度で接する。彼のそんな態度と口調が更にサチコの神経を逆撫でするが、彼女は黙して耐えていた。今は些細な事で気を荒立てている場合ではないのだ。協会の職員達は驚いた様子でウォルターを見ている。まさか彼が協会本営に足を踏み入れるとは思いもしなかったからだ。職員達は改めて協会までも揺るがしかねない、深刻な事態がこの街に起きている事を再認識した。


「こちらのエレベーターで23階の会議室に向かってください」

「ありがとう、サチコちゃん」

「名前を呼ぶのは、やめていただけますか。あと【ちゃん】はやめてください不愉快です」

「ははは、そうだったね」

エレベーターのドアが空き、それに乗り込むとウォルターはとびきりの笑顔で言った。


「そう呼んでいいのは大賢者様と白馬の王子様だけだろう? 覚えているよ」


それと同時にドアは閉まり、彼を乗せたエレベーターは23階へと向かう。サチコは無言で壁を殴り、顔を怒りで真っ赤にしながら小声でブツブツと何かを呟いている……。


「……本当に、本当にあの男は……大ッ嫌い……!」


普段ポーカーフェイスで感情を表に出さないサチコが激情を顕にする姿に、職員達は見て見ぬふりをした。ウォルターに悪意は欠片も無いのだが、絶妙に人を苛立たせるその言い回しと 一点の曇りもない爽やかすぎて逆に不快な笑顔 がサチコの平静を大いに乱してしまうのだ。



「……小さい頃は、もう少し僕にも懐いてくれていたんだけどねぇ」


過去を振り返っている間に23階に到着する。エレベーターを降りて真正面にある大きな部屋が【会議室】だ。


会議室のドアを開き、中に入ると魔導協会の幹部である6人の【賢者】と指導者である大賢者が、部屋の中央の円卓を囲うように着席していた。賢者達はそれぞれ色の異なるローブを着込んでおり、白髪の老人、眼鏡をかけた壮年男性、紫の長髪をストレートに伸ばした妙齢の女性、眠そうに項垂れる銀髪の少女、鋭い目つきと金髪で癖の強いボブカットが目を引く女性に、雰囲気たっぷりの白い仮面を被る謎の人物と()()()面子が目白押しである。


「やぁ、同志諸君。久し振りだね、みんな元気にしていたかい?」


ウォルターが言葉をかけるや否や、賢者達の視線は彼に集中した。


ウォルターは賢者全員と面識を持っているが、全員の名前までは覚えてはいない。彼等との詳しい関係は不明だが、少なくとも友好的な関係を築いていないのは確かである。その理由は推して知るべし。


「……そんな怖い顔で睨まなくてもいいじゃないか。別に僕が悪いことをしたってワケじゃないだろう? もう少しフレンドリーに頼むよ」

「着席しなさい、ウォルター」


円卓の奥、真剣な面持ちで鎮座する大賢者は彼に一声かけた。


「やぁ、久しぶりだね。こうして会うのはいつぶりだろう?」

「二度は言わないわ」

「わかってるよ、相変わらずだね。ところで紅茶は?」

「着席、しなさい??」


ウォルターが着席すると同時に、円卓に大きな薄いガラスのような端末が浮かび上がる。


それはプロジェクター兼高精度の液晶ディスプレイのようなもので、円卓のどの位置から見ても自分の 正面 に向いているように見える。そこに映し出されるのは、昨日現れた白い怪物の死体。怪物の死体は実験室内に収まるよう解体されており、ちょっとしたスプラッターホラーの様な場面を描き出している。会議室に集う幹部にとってはさして問題ない光景のようだが、その怪物は何度見ても生理的嫌悪感を抱く姿をしていた。


「ええと、上手く映っているかしら? どう? ……大丈夫そうね」


端末にはブレンダの姿も映し出される。彼女は真剣な面持ちで話し始めた。


「では先日現れた、この異世界種(モンスター)についてご報告いたします。この生物は視覚及び嗅覚に相当する感覚器官がなく、それを補うように発達した聴覚で周囲の生き物が出す音を聞き分けてその位置を判別すると見られます……これだけなら特に驚くべき習性でもありません」


ブレンダは既存の原生動物や異世界種の生態に詳しく、動物学者としても非凡な知識と能力を持っている。その知識量と新種の動物に対する知的好奇心は半端ではなく、動物学者達の間ではかなりの有名人だ。おまけに両親が獣医師の為、医療の知識もある文句なしの才女である。


仕事熱心が過ぎて、出会いの機会に恵まれないのが玉に瑕らしいが……。


「問題は()()。この生物の皮膚から分泌される、ぬめりの強い透明な液体にあります」


彼女は小さな瓶に入れられた透明な液体を手に淡々と説明した。その生物の出す液体は、魔法を弾く効果を持つ。その液体は魔法の源となる【魔素(MANA)】と呼ばれる粒子を 滑らせてしまう 効果を持ち、この生物に放たれた魔法はその力の根源ごと体表で滑るようにして弾かれてしまうのだ。


「……この液体は白い生物の皮膚にある汗腺にも似た小さな穴から精製されるようです。恐らく、この怪物にとっては単に汗の代わりのようなものだったのでしょう」

「しかし、そいつはもう倒されたんだろう?」


賢者の一人、立派な髭を蓄えた白髪の老人が口を開いた。彼もこの協会に深く関わってきた人物だがウォルターには名前を覚えられていない。どうにも影が薄いから印象に残らないらしいが、詳しい事はやはり不明。


「はい、見ての通り 昨日の異界門から現れた一体は倒されました」

「なら、暫くは警戒を解いても良いのではないかね?」

「……そこなんですが、昨夜未明に起きた事件をご存知ですか?」

「ああ……酷い事件だったわね」


大賢者は悲しげな表情で言う。見ず知らずの人物とはいえ、無関係な一般人があそこまで無残な最期を迎えてしまうのは不憫だ。それにはウォルターも同じ意見だった。


「その、被害者の死体を調べたのですが……この生物の分泌する液体と、全く同じものが検出されました」

「何と……」

「それはとても困りますね、頭痛がします」

「……眠い」

「全く、異世界種はどれもこれもユニークで素晴らしいな。まるで夢のようだ」


周囲に少なからず動揺が走る。異界門から現れたのは一体だけ……まさか別の場所にも門が開き、そこから新しい個体が現れたとでもいうのか。賢者達は真剣に話し合う。


「もしかすると昨日の怪物の子供だったりしてね」


ウォルターが軽い口調で言った。特に考えもなしに口に出した言葉のようだが、彼の言葉を聞いた賢者達は一斉に沈黙する。


「……あれ、まさか本当に?」

「はい、この鉱石をご覧下さい」


ブレンダが手に持つ大きめの容器には10粒程の大きな真珠に似た白い鉱石が入っていた。


彼女がその一粒を取り出し、手の平に乗せるのを見てウォルターは戦慄する。その白い鉱石に見覚えがあったからだ。


「これがその卵です。解剖の結果、この生物は雌雄同体でしかも単性生殖が可能だと判明しました。これは現場から回収されたものですが、この死体の腹部に同じものが130粒ほど薄い膜に包まれて保管されていました」 

「それはまた……随分と子沢山だね」

「ウォルター、静かにしてなさい?」

「……この卵、このままの状態では何の変哲もない唯の鉱石のように見えます。このまま熱しても何の反応も無く、砕いたり、分断しても中からは白い半液状の物質が流れ出てくるだけで白い生物の幼体らしきものは確認できません」


彼女は手に持った一粒を水の入った大きな水槽にいれる。水槽に入れられた途端、鉱石は周囲の水を吸い込み、風船のように膨張していく。やがて石にヒビが入ったと思うと、そこから白く幅広い胴体を持った蛇のような生物が現れた。


「水です。この卵は水に反応して孵化します。生き物の体液では反応しません。体液に含まれる程度の水素量には反応せず、より多くの水素を含んだ 純粋な水 でのみ孵化するのだと考えられます」

「どの世界でも、水は大事だと言うことか。水の重要性のみを言及していけばどんな異世界とも相互理解を図れそうだよ」

「水の尊さがわかるなら、紅茶の偉大さもわかるはずだしね。やはり紅茶は世界を

「貴方に出すような紅茶は無いわ。自分を知りなさい」


この生物の住む世界は高温で水が少ない、あるいは雨季と乾季がはっきりとわかれた過酷な環境だったのだろう。だから彼らは洞窟内や地中といった光や熱が届きにくい場所に生活圏を移し、その環境で生き抜くためにこのような進化を辿ったのだとブレンダは推測した。


乾季のうちは体内で卵を守り、雨季が近づいた頃に地上に出て石のような卵を大量に産み落とす……そして雨季が来れば卵に雨が降り注ぎ、新しい命が生まれてくるというわけだ。本来ならばその懸命に生きようとする力強さと驚異の生態に感動するものだが、今回はそう言っている場合ではない。


「また、この生物は誕生直後の15cm程の幼体から、2m程の大きさにまで凄まじい速度で成長します……しかしそれからの成長速度は遅く、大きさが4m程に達すると幼体の頃に見られた時間経過による爆発的な成長は殆どストップすることがわかりました」

「なるほど、いきなりあのデカブツになるわけじゃないんだね」

「はい。最初に確認された20m級の個体が成体だと断定する場合、そこまでの大きさに成長するには相応の年月が必要でしょう……」

「それでも、十分すぎる脅威よ」


ブレンダは水槽に備え付けられた端末を操作して水槽内に電撃を流す。産まれたばかりの白い生物は即座に感電死したが、その大きさはものの数分の間に1m程の大きさとなっていた。


この生物はとにかく凶暴な肉食動物であり、例の液体で魔法を弾くどころか物理攻撃も威力を削がれてしまう。一匹でも繁殖可能で、誕生直後から大型獣並の大きさにまで爆発的速度で成長してしまう上にその体内には大量の卵が宿されている。そんな怪物が少なくとも数匹、街に解き放たれてしまっている……。


要するに、()()()リンボ・シティは重大な危機に直面していた。


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