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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.3 More haste less speed
26/123

2☆

「あはははははーっ!!」


袖の無い黒のワンピース姿の彼女は、笑いながら建物の壁を疾走する。


「壁って走れるものだったんですね」

「元気があれば重力も克服出来るってことなんだろうな。なぁに、空を自由に飛んだりしてないからまだ常識の範疇だ」

「常識って何でしたっけ」


原理はよくわからないが、彼女曰く落ちる前に勢いで走れば壁だろうが、天井だろうが地面のように駆け回れるらしい。何をどうすれば重力を始めとするニュートン力学云々を無視する挙動が取れるのかは彼女の保護者であるウォルターにもよくわからない。


只一つ言えることがあるとすれば、アルマという少女には物理法則があまり通用しないという事だ。


「待たせたなぁー! ごしゅじーん!!!」


アルマはビルの壁を思い切り蹴って怪物目掛けて跳躍する。ビルの壁を蹴った勢いと彼女の全体重を乗せた強烈な飛び蹴りが胴体に直撃し、怪物は大きく吹き飛ばされるがアルマもまた怪物の柔らかく弾力性のある肉に弾き返される。


「うわぁあああー!」


かなりの距離を弾き飛ばされ、警部達が乗っていたパトカーに墜落する。気がつけば彼女はでんぐり返しの体勢でダウンしており、その黒と白のストライプ柄の下着を周囲に見せつけていた。


警官達はその光景をただ唖然とした表情で眺めるしかなかった。


「いってーな……なんだよ、じろじろ見やがって、そんなにパンツ見てーのか」

「ああ、すまん……。あまりの出来事に頭が混乱してな、倒せそうか?」

「はっ、誰に言ってんだ?」


アルマは獰猛な笑みを浮かべ、勢いよく起き上がる。そしてまた怪物に向かって駆け出した。


しかし先ほどの攻撃で打撃攻撃が大した効果が与えられない事を察知した彼女は、手頃な武器になりそうな物を探す。あの白い怪物は彼女から見ても相当に不快な存在であるようで、そう何度も素手で攻撃する気にはなれなかった。


彼女お気に入りのブーツがあれば話は別だったが、残念な事に代替品はまだ組み上がっていないらしい。


「はっ、ショボい玩具しかねーな! でも使っといてやるよ!!」


アルマは地面に落ちていた手頃な武器、警官達が怪物から距離を取る際に落としたと思われる小火器や拳銃を拾い上げて突撃する。


《オギャアアアアアアアア!!》

「はっはっ! うるせーぞお前!!」

《オギャッ、オギャアアアアアアアアー!!!》

「はーっはっは! 何だお前! まだまだ元気だな!!」


彼女は両手の銃を一心不乱に撃ち続けるも大したダメージは与えられない、怪物の皮膚を覆う液体が銃弾の威力を削いでしまうからだ。


「アルマ! 駄目だ! そいつには銃も効かないよ!!」

「ああん!?」

ウォルターの声に気を取られ、怪物の接近を許す。怪物は大きな口を開けて目前に迫り、彼女の上半身を飲み込んだ。まさに一瞬の出来事だった。


「あっ」


彼女を襲う突然の不幸にウォルターは絶句し、彼と同じく消火活動中の老執事もさすがに驚愕の表情を浮かべる。


「ああっ! あの女の子食われましたよ!」

「撃て撃て! 彼女を助けるぞ!!」

「あの子を死なせるなぁー!」


アルマを救うべく警官達は怪物に駆け寄り、手にした銃で攻撃する。しかし彼らの銃撃をまるで意に介さず、怪物はゆっくりと彼女を飲み込んだ。


「……なるほど、その手もあったか」

「旦那様?」


アルマが飲み込まれたというのに、ウォルターは落ち着いていた。


どうやら彼女が飲み込まれた瞬間、何かを思いついたようだが常人には彼の考える事は理解できない。若い刑事は、彼のあまりに平然とした態度に驚きを隠せなかった。


《オ゛ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!》


突然、大声を上げて苦しみ出す怪物。地面を転げ回り、顔を一心不乱に振り乱している。


「な、何だ!?」

「あの化け物、急に苦しみだしましたよ!? 一体何が……」


やがて怪物の背中が不自然に盛り上がり小さな亀裂が入ったと思った瞬間、背中から大量の青い血が噴き出し、最後の断末魔を上げながら怪物は絶命した。


背中に空いた穴からはアルマの手が突き出し、怪物の体内から出ようともがいていた。


周囲が唖然とする中、消火活動を切り上げたウォルターは怪物の死骸によじ登る。ぬるぬるした粘液が邪魔で思うように登れず、四苦八苦しながらようやく登りきったと思えば足を滑らせて転倒し、再び大衆の前で情けない姿を晒しつつも彼はアルマの元に辿り着く。


「やれやれ、なんて恐ろしい生き物だ。天国のチャールズ・ロバート大教授もビックリしているだろうねぇ」

「────ッ!! ────ッッ!!!」

「おっと、すまない。今助けてあげるよ」


ウォルターは背中の穴から突き出た手を取る。力を込めてその手を引っ張り、みちみちと不快な音を出しながら、体内からアルマを引きずり出すと同時に体勢を崩して尻餅をついた。死骸から無事に救出された彼女の姿は青い血に塗れ、それはそれは酷い姿だった


「ぶあっふぁあああ! くっせえええ! きたねええええ! ぐえほっ! げほっ!!」

「やぁ、アルマ。今日もお疲れ様 早速帰ってお風呂に行こうか」

「ぐあぁぁぁぁぁー! 気持ちわりぃいいい! 助けてくれごしゅじーん!!」

「あはははー、やめてくれー。服が汚れちゃうよ、アルマ君―」

「う゛ぇえええええええええん!!!」


全身を血で濡らしたアルマは不快さのあまり泣きながらウォルターに抱きつく。周囲の観衆達はその凄惨な光景に皆絶句し、中には嘔吐する者もいた。怪物は皮膚から分泌される特殊な粘液によって魔法を弾き、その分厚い肌は拳銃や打撃攻撃といった攻撃も効果が薄い。しかし、それも体内からの攻撃には無力であった。とは言えこの怪物の口は無数の歯が生え揃っており、噛み付かれた時点で常人は深手を負う事は避けられない。


こんな無茶な攻撃ができるのは、アルマぐらいのお転婆娘(モンスターレディ)くらいだろう。


「警部、すみません。今日早退してもいいですか」

「ああ、あの死体を片付けてからな……」


警官達は今日も、記憶処置を受けることを決意した。因みに警部だけは未だかつて記憶処置を受けた事がない。とんでもない精神力であるが、流石にそろそろ辛そうに見える。



◆◆◆◆



午前11時、魔導協会総本部【賢者室】にて


「……以上が、今回の騒動に関する報告になります」

「街の人たちに大きな被害が出なかったのが、不幸中の幸いね」

「仕方ありません、魔法が通じないという情報が直前まで入ってきませんでしたから……」


魔導協会総本部。その最上階に位置する賢者室で二人の魔法使いが今日の騒ぎについて話し合っていた。一人は魔導協会代表の大賢者、そしてもう一人は彼女の専属秘書のサチコだ。


「現れた怪物はあの一体だけのようで、問題の異界門も既に消失しています」

「もう一体現れたらまずかったわね……それにしてもあの馬鹿は、アルマに無茶ばかりさせるんだから。今度同じことをしたら拘束すべきだわ」


大賢者は実に不機嫌そうな顔で言う。


魔導協会。魔法使いの育成や魔法の研究、そして異界門が齎す異世界の技術や諸問題の対処を目的として設立された組織。協会の代表たる大賢者は協会職員全員の名前を記憶し、若き魔法使い達の成長を優しく見守る聖母の如き聡明な女性だ。そんな彼女がただ一人、蛇蝎の如く嫌悪する魔法使いがいた。


ウォルター・バートンである。


彼との間に一体何があったのか、それを知る術は何もない。

例え彼女から全幅の信頼を置かれている秘書のサチコであっても、大賢者の前でウォルターの名を出すのはタブーである。それ程までに、彼女と彼との間には深い因縁があるのだ。


ちなみに嫌っているのはウォルターだけであり、彼と同居しているルナやアルマに対しては非常に好意的である。彼への厳しい態度から、彼女達にはそこまで懐かれていないが。


「今週の異界門発生予報を見るに、暫くの間は警戒レベルを一段階下げてもよろしいかと思われます」

「そうね、今のうちに対策を練らないと。魔法が通じない相手なんてそう何度も出てこられたら大変よ……。そういう相手にも有効な新しい魔導具(ガジェット)の開発も検討しておかないと」

「同感です」


魔法が通用しなければ、魔法使いは普通の人間と殆ど変わらない。


その事実は彼らが一番重く受け止めている。魔法の力は絶大だ。だからこそ彼ら、魔法使いは異人や外の世界の人間から特別な存在として認識されている。だがその絶大な力は時として魔法使いにとって大きな重荷となる。今まで魔法の力一つで異界や外の世界と折り合いを付けてきた彼らにとって、魔法が否定されてしまう事態に遭遇するのはその存在意義を揺るがしかねない程の一大事だ……。


魔法使いは()()()()()()()()()()という事を、世界に証明し続けなければならないのだから。



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