プロローグ☆
台風が来てるみたいなのでお気をつけて
いつも、満たされないなにかを探している。
それが何なのかがわからなくて いつもいつも苛立ちを覚える。
別に、何かが欲しいってわけじゃない。 欲しいものは全部ある。
少なくとも、俺はそう思ってる。家だろ、飯だろ、あとはー
小っ恥ずかしいけど 家族……かな うん、欲しいもんは全部ある。
それでもオレは、いつもいつも苛立っている。
いつも、満たされないなにかを 心の何処かで探している……
……
……
……
「アル様……アル様……アル様ーっ」
……誰かがオレを呼ぶ声が聞こえる……誰だろう?
もう少し、もう少し寝ていたいんだ。まだ動きたくない。
でも、そいつはそんな事なんてお構いなしにオレが包まったシーツをぶんどった。
「アル様ー、お時間ですよぉ。お目覚めになってぇー!」
ああ、あいつが来た。あいつって? マリアだよ。ずっと前からこの屋敷に居るおっぱいのデカい吸血鬼のメイドさんだ。
「イヤダァ、まだ起きたくねぇ……」
「いけません、起きてくださいませ」
「イヤだーっ!」
「起きてー!」
眠たさをこらえながら重たい瞼を開けると飛び込んでくる にこやかな女の顔。
そして、オレを挑発するように無駄に揺れるでっかい胸……何揺れてんだよ。揺れんなよコラ、ムカつくなぁ……畜生、今に見てろよ。
「旦那様がお呼びですー」
「あー? ダンナサマ……旦那様?」
「そうです、アル様の御主人様です」
「……」
その言葉は、オレにとっちゃ悪魔の囁きだ。
「ふんぬっ!」
オレはまだ目覚めきれず、半分眠っている体に力を込めて飛び起きる。せめて起こしに来るのがこの乳女じゃなくて、御主人かじーさんかルナだったらなぁ。……ああ、起こしに来たのがルナだったら またちょっと不機嫌になるかな。
あいつ、妹のくせしてオレよりデカいんだよ。え? 何がって? 言わせんな、腹が立つ。
「はいはい、朝食ですわよ。食べてシャキっとしてくださいなー」
「あーい……なぁマリア」
「はい、アル様」
「これ、お前が作ったの?」
「勿論です。このマリア、愛情込めてお作りいたしましたわ」
その言葉を聞いてオレは即刻受け取り拒否する。こいつが作る料理はやばいんだ。何がやばいって、体が受け付けねえの。まずいとかどうとかを超越してやがるんだ。
「ごちそーさま」
「うふふふふ、傷つきますわ」
その答えを予想してたのか、マリアは笑いやがった。いつもニコニコしてる癖に腹の底は喰えない奴なんだよなー。腹黒いっつーか、猫かぶりっつーか?
朝食がわりに近くにあった棒付きキャンディーを拾い上げて口に放り込む。
キャンディーはいいもんだ。舐めると落ち着く。特に、寝起きのだるさを誤魔化すには最適だ。オレの舐めるキャンディーはいつも決まっている。Carnage、こいつしか認めねー。
名前の意味は良くわかんねえけど、この鼻にツンとくる鉄臭いコーラみたいな独特な味が気に入ってるんだ。
「あー、うまーい」
「相変わらず、美味しそうに舐めますわね。ではお着替え置いておきますので」
「ふー……、あいよ」
キャンディーが美味いのは当たり前だ。美味いから今も作られ続けてんだ。でも御主人にはこの美味さが全く理解されないんだよなー、残念だなー。美味いのにー。
◇◇◇◇
「あれ お前屋敷に居たの」
「おはよう、アルマ。相変わらずお寝坊さんね」
下に降りるとルナがソファーに座り込んでた。いつも御主人にべったりしてるこいつがキャンディー舐めながら屋敷でくつろいでいるって事は……置いてかれたのか。
ああ、そういやこの前攫われたんだっけな。御主人、まだ気にしてんのかねえ。
「御主人は?」
「お出かけよ、今日はついてきちゃ駄目だって……悲しいわ」
「そっかー、残念だなー。オレはこれから会いに行くけど?」
「そう……、いってらっしゃい」
ルナは御主人が側にいないとあからさまに不機嫌になるんだよな。それだけ好きなんだろうけど、あんまりベタベタされると男は逃げてくぞ?
まぁ、御主人は気にしないだろうが。オレはそんなルナの隣に座って励ましの言葉をかけた。
「まぁまぁ、ただでさえ表情硬いのによー、落ち込んだら余計にアレだぜ?」
「落ち込んでないわ、憂鬱なだけよ」
「そっかー、じゃあこうするか」
「なぁに?」
オレはルナの額に自分の額を当てる。
「帰ってきたら、一緒に御主人いじめよ?」
「ふふふ……それは、面白そうね」
「だろー? それまではいい子にしてろよー」
「私はいい子よ、アルマはちょっと悪い子だけど」
「へへへっ」
そう言って二人で笑い合う。いつから続けてるのかわかんねえけど、これがオレ達【双子】の儀式ってーか おまじないっつーか何というかそんな感じのやつだよ。
こうすると二人共落ち着くんだ。俺が不機嫌な時は逆にルナからしてくれる。
「アル様、そろそろ行きますわよー」
「あいあいー」
「いってらっしゃい、早めに帰ってきてね」
マリアが走らせるイカしたバイクの後ろに乗せられて、オレは御主人のところに向かう。
落ちないように、こいつの腹に手を回してしがみつくんだがそうすると一々アレが当たってきて気になるんだよなー。アレが何かって? あれだよ、無駄にでかいおっぱいだよ。
「でー? 今日はどうしたんだ?!」
「ええとですねー! 何でも、魔法が通じない 変な生き物 が暴れてるそうでー!!」
「へー、そんなの居るのかー! すげえなー! 魔法使い形無しじゃん!!」
「異界門からひょこっと出てきたらしいんですけどね!!」
異界門ってのは空とか、目の前の空間とかそういうところに出てくる良くわからないやつだ。
門にも色んな種類があるんだが、一番良く出てくるのが【黒い丸穴】。異界門って言ったら大体この穴の事を言うらしい。殆どは何にも起こらずに閉じていくんだけど、たまに変な生き物や人間を吐き出す。どこに繋がってんのかは気になるけど、入ったら多分戻ってこれなくなるとかで注意が呼びかけられてる。
でも気になっちゃうよなー、どんな所に繋がってるのかな。
「おお、なんか騒がしくなってきてんな」
「当然ですわ、魔法が効かないんですもの。魔導協会も完全に立つ瀬なしですわー」
「あいつらやっぱ役立たずじゃねーか!」
「あいつらどころか、今回は旦那様も役に立ちませんわよー!」
その旦那様、もといオレの御主人は魔法使いだ。
この街じゃかなり、というか滅茶苦茶有名人で……街歩くだけでちょっとした騒ぎになるんだ。そんな御主人とは長い付き合いになる。それこそ数十年……もっとか?
当然……その、恋人ってまではいかねえけどそこそこいい雰囲気にはなってる。
そりゃあ、ルナと二人がかりでちょっかいかけたりするくらいには……かな? その話はまぁいいか。
「見えてきましたわ! ではアル様―」
「ああ、任せろー!」
街を騒がせる【何だかよくわからん生き物】が見えてきた。全身真っ白で毛がなくてぬるぬるしたヘビかウナギに手足が生えたようなでっかい……うわ、気持ち悪っ。
「え、あいつと遊ぶの? やだなぁ……」
「大丈夫! 近くに落ちてる武器も好きに使っていいと旦那様が
「ああ! それなら問題ねえ!!」
その言葉を聞いて、腹の底から自然と笑いが込み上げてきた。
自分の中でいつも燻ってる苛立ち、それはこいつらと一緒に居たり、駄弁っているうちに段々と収まってくるがそれよりも苛立ちを抑えるのに効果的な手がある。
それは遊ぶ事。全身を動かしてばたばたと遊び回るのが 苛立ち解消に一番効くんだ。
今回のこいつはそこそこ遊べそうだ……そう簡単に動かなくならないでくれよ。
「遊んでやるよ!!」
俺はバイクの後ろから勢いよく飛び出し、近くの建物の壁を走ってそいつに向かった。
でも、そうやって苛立ちを抑えても 心の何処かで思ってるんだ。
俺の知らない誰かが、俺の中で囁いている。
いつもいつも、なにかが足りない、満たされないって。
chapter.3 「More haste less speed」 begins….
因みに私は非常時に備えて午後の紅茶とリプトンのティーバッグを常備しています