エピローグ☆
ああ、今日も小説書いて紅茶がうまい。
朝食を取り終えて食後の紅茶に舌鼓をうつ、それが私の楽しみの一つ。
紅茶は今日もマリアが淹れてくれたの。彼女が淹れるお茶も とても美味しいの。
でも、あのお店の紅茶と比べると……どうしても気になってしまうわね。
「ありがとう、マリア。今日も美味しいわ」
「うふふ、ありがとうございます」
「いやー、これで料理も上手だったら言うことなしだったのにね」
そんなマリアが苦手なもの、それはお料理。何をどう作っても失敗してしまうの。
「旦那様、これでも毎日練習していますのよ。今夜の夕食はお任せ下さい」
「いや、遠慮して
「お任せ下さい」
「あ、はい」
ウォルターはいつも一言多いの。彼のはっきりと話すところは好きだけど、困ったものね。
だってそのせいで毎回大変な目に遭うんですもの、そろそろ直してほしいわ。
「まぁまぁ、無理をなさらず。自分には出来ないこともあると認めることも大事ですぞ」
「それを克服することも大事ですわ。いつまでも苦手なままではいられませんもの」
「いいえ、貴女には無理です。認めましょう」
「アーサー君には無理でしょうけど、私にはできますわよ?」
そしてアーサーとマリアはいつも喧嘩をしているの。口先で、だけれど。
最初に彼が来てからずっとこう。いつまで続けるのかしら……本当はとっても仲が良いのに。それも認めたくないのかしらね、不器用な子達だわ。
「さて、そろそろ行こうか。アーサー、車を頼むよ」
「かしこまりました」
「マリアも来るかい?」
「私は遠慮致しますわ、ふふふ」
そうそう、彼の言うとおり 早くお見舞いに行かないと。
せっかく新しくできたお友達なんですもの。病院で寂しい思いをさせてしまうのは可哀想だわ。
◇◇◇◇
「ハロー、具合はどうだい。ええと」
「エイトだよ……本当に見舞いに来やがったよ」
「おはよう、元気そうね」
「元気に見える? うれしいなー、そんなわけねえよ!」
病室で不機嫌そうに寝ている彼の名前はエイト、昨日出来たばっかりの新しい友達よ。
友達と呼ぶには気が早い? そんな事はないわ、あの後ちゃんと仲良くなったんだから。昨日は酷い目に遭わされそうになったけど、彼のおかげで助かったの。
「まぁ、足の方はしばらく辛抱してくれ。義足代は真面目に働いて返すんだね」
「ああ、わかってますよ。結局、金のために頑張るのかぁ……」
「お金は大事なのね」
「あれ? おねーさん、俺が言ってたこともう忘れたの??」
「勿論、それだけじゃないよ。君は今までしてきたことのツケも払わないとね」
「……はい、わかってます。俺に、償えることなら何だってします」
「文字通り、彼らのために何でもしてもらおうか。それが君の落とし前だよ……殺されても文句は言えないな??」
「やれることは全部しますよ、どうせ俺は死んだことになってるんでしょ?」
本当は彼も協会に拘束されないといけないんだけど、ウォルターが庇ってくれたの。といってもその辺に転がっていた誰かを元凶の運び屋という事にしたのだけど……。彼は口が達者だから、嘘を付いたり本当の事を隠すのは大得意なの。褒めちゃダメだけど。
「まぁ、君がルナに手を出していたら……あのまま死なせていたけどね」
「あー、うん。そこはね……うん」
「何かしら?」
「ちょっと、勿体無かったかなって」
「今から死のうか? 大丈夫、君は既に死んだことになって
「冗談ですよ! 冗談ですって!! だからその目をやめて!!!」
ウォルターは意外と嫉妬深いの……そういうところも可愛いのだけどね。でも今のエイトにならキスくらいは許してあげてしまいそうよ。
「まぁ、安静にしていたまえ。傷が治ってからが本番だよ」
「……頑張りますよ。この御恩、忘れませんて」
「大丈夫、忘れたら死ぬだけだから」
「だからこえーよ!」
確かに、あのおじいさんとは性格は全然違うけど本当に顔はそっくりなの。特に困ったときの顔が瓜二つで、彼の生まれ変わりなのじゃないかと思ってしまうくらい。
顔だけで男を判断しちゃダメだとわかっているし、彼が今まで悪い事をしていたのは事実。でも……あのおじいさんに似ているこの子は、どうしても嫌いになれないわ。今日まで命を繋ぐ為に、何でもしなきゃいけなかったのだから。
彼は私の知っている世界とは、全く違う世界で生まれてしまったのね。
「そうね、エイト。貴方……紅茶に興味ない?」
「え、なんで急に」
「興味ないの?」
「え、あの……
「紅茶について、お勉強してみない??」
ベッドに腰をかけて、ゆっくりと体を撫でながら彼をからかうつもりで迫ってみる。胸も強めに寄せて、目もちゃんと上目遣い。男の人はこういうお誘いに弱いみたいなの。顔を真っ赤にして、彼は私を見ていたわ。顔や雰囲気に似合わず意外とウブな子なのね。
「実は、まぁ……紅茶については少し、知ってますけど」
「おや、意外だな。人は見掛けに拠らないとはこういうことか」
「あんたにだけは言われたくねーよ」
「ははは、聞こえているよ。ところでこの点滴……」
「ごめんなさい! ごめんなさい! だからやめてください!!」
「ふふふ」
彼をからかうウォルターが面白くて、思わず笑ってしまった。子供っぽいでしょう? 私が絡むとちょっとムキになってしまうの、それが彼の弱点でもあるのでしょうけど。
「ところで、君のファミリーネームは?」
「へ? なんで急に」
「エイトしかないのならそれでもいいんだ。別に、聞いてみただけだよ」
「はぁ、一応ありますけど」
「あるのね、聞きたいわ」
「……ロードリック。エイト・ロードリック、それが俺の名前らしいです。親の顔も覚えてねえけど、名前は知ってるんだよ……ええと」
その名前を聞いて、私もウォルターも驚いたわ。
奇跡? 偶然? それとも奇遇と言うのかしら? 彼の名前は、あのおじいさんと同じだった。
「ものっすごい小さい時に売られたか捨てられたんだろうけど……あれ?」
「ははは、そうか。君の再就職先は僕が何とかしてあげるよ、安心してくれたまえ」
「え? 何です? え??」
「ふふふふ」
あの後に聞いた話だけど、おじいさんのお店が強盗に襲われた時に息子さん夫婦も来ていたそうなの。そして……強盗は息子も殺して、お腹に赤ちゃんのいた妻を攫って逃げた。
赤ちゃんは女の子だったらしいの……酷いでしょう? どうしたらそんな事ができるのかしら。その強盗は、ウォルターが探し出してアーサーと一緒に徹底的にお仕置きしたらしいけど。攫われた彼女がどうなったかまでは わからなかったそうよ……残念だわ。
きっと、彼女はとても辛い目にあったでしょう。彼女が産んだ子供も、そしてその子が産んだ子も。でも……もしも彼が、あの素敵なおじいさんの血を引いているのなら。
「エイト君?」
「え、何? 俺の名前がそん────」
私はエイト君の頬に軽くキスをした。彼はとても戸惑っていたわ、見ていたウォルターはもっとかしら? でも、これくらいは助けてくれたご褒美として、受け取ってもらわないと。
「貴方は、幸せになりなさい?」
「あ、はい……その、今まさに幸せかな」
「はははっ、幸せならいいじゃないか。それじゃあ、幸せを感じている内に死んでおこうか? 大丈夫、大丈夫、痛みは一瞬だ……」
「は!? ちょっと待っ……杖出すなって! 看護師さーん! 看護師さーん!!」
私の名前はルナ。今はまだ、その名前しかないの。
誰が名付けた名前なのか、それは私にもわからないの。
人間のように振舞っているけど、人間にはなれない でもそんな事で悩む事はもうしないの。
だって、そんな私を愛してくれる人達がいてくれるんだもの。私はそれで十分。
もしかしたら、今の私も消えてしまうのかもしれないけれど
そんな私を覚えてくれる人がいてくれるなら、私は幸せよ。
だから私も日記を書くの。いずれ私は忘れてしまうけれど次の私が覚えてくれるように。
ああ……でも、今はまだ忘れたくないわ。だってだって
せっかく新しい友達や、新しい楽しみができたんだから。
chapter.2 「If you run after two rabbits , you will catch neither」 end…
個人的にかにパンと紅茶の相性は抜群です。