7☆
夜は心なしか涼しいので筆がとても進みますね
「ああ、予備の術包杖を持ってくるべきだったなぁ。またアーサーに馬鹿にされそうだ」
ウォルターは装填した術包杖を使い切って魔法を放てなくなったイエロー・マンⅡを地面に置き、両手に短杖を構えてひたすら魔法を放つ。
彼が得意としているこのデュアル・ウィールドと呼ばれる高等技術はその習得難度に反してデメリットが多く大凡実戦的な技術ではないらしい。単純に消費する魔力が二倍、集中力をかなり使う、何より『両手に杖を持つ意味は?』という夢も希望もない指摘から大多数の魔法使いから趣味の領域として認知されてしまっている。厳しい世の中である。
「しかし、キツいぞこのままじゃ……スコッツ君、応援はまだなのかい!?」
「逆に聞くけどさ! すぐに応援が駆けつけると思う!? 魔導協会だよ!!?」
「ははは、だよねー」
「そもそも協会は! 他にも対処しなきゃいけないやばい案件が沢山あるんだよ!!」
「だろうね、頑張ってくれよ。世界の命運と僕らの平穏な日常は君たちにかかっている」
「畜生、頑張りますよ! 頑張ってやりますよぉ!! クソメガネがぁあああああー!!!」
スコットは愚痴を零しながらも魔法を連射する。魔獣の眼は潰されても再生を繰り返し、疲弊していく彼等の処理速度を再生能力が上回り始めた。アルマも負けじと廃材を投げて攻撃するが彼女の投げる廃材の多くは熱線の熱で溶かされ、狙い通りの部位に直撃するものは少ない……かといってあの魔獣相手に接近戦は自殺行為に等しい。
例えアルマでも、近づいただけでその全身に大火傷を負う事は免れない。
「アル様がんばってー、効いてますわよー」
「ぜぇ……ぜぇ……マリアも手伝えよ! 何くつろいでるんだよ!!」
「いやですわアル様、私そこまで腕力ないんですもの」
「嘘つけ乳ゴリラ!」
「ちちっ……ひどい! 何てこと言うんですの!? 好きで大きくなった訳じゃありませんわ!!」
「おまっ、嫌味か! そりゃオレへの嫌味か! あぁん!?」
日傘を差しながら悠々と観戦していたマリアはその豊満なバストを揺らし、愚痴を漏らすアルマと口喧嘩を始める。この緊迫した状況においても、彼女達は平常運転だった……危機感というものが欠如しているのだろうか。すぐ近くで熱線と魔法が交差する中、仲良く喧嘩している二人の姿を車の中で呆然と見守るエイトはたまらず心情を吐露した。
「……あの人たちは何しに来たの?」
「遊びに来たんじゃないかしら」
「冷静だな!? 今の状況わかってんのかあんたら!?」
「ふふっ、変わらないのね……あの子たちも。そうでしょう? アーサー」
「ええ、何十年経とうと変わりません……それが彼女たち、そして 私たちです」
和気藹々とする4人+αとは対象的に、依然としてシリアスな雰囲気に取り残されたままの二人の魔法使いは熾烈な戦いを繰り広げていた……。
「ねぇ! 何か俺たちだけ酷い目にあってない!? 何であの人たち手伝ってくれないの!?」
「知らないよ! それよりも協会の援護は!?」
「知らん! 俺に聞くな!!」
「ああ、もう! 今日は本当に最高だ! 最高にみじめだ!!」
そうしている間に日もようやく沈み始めてヒュプノシアの猛攻も弱まっていく。徐々に熱線を吐き出す眼の再生も遅れ、この騒動にもようやく終わりが見えてきた。
「いけるぞ、これならっ────!?」
突如、ウォルターの頭上から焼け切れた廃材が落ちてくる。怪物の熱線で中途半端に焼かれていた建材が今になって意志無き障害となって牙を剥いたのだ。
「うおっ! こういうのはやめてくれよ、本当に!!」
ウォルターは咄嗟に防御魔法を展開させようとするが、そこで杖に装填した術包杖がプシュンと音を立てて焼き切れる。
「……やめてくれよ、本当にさぁ」
杖を投げ捨てて落ちてくる廃材を走って回避する……しかしそれでも避けきれなかった廃材が彼を襲う。その光景を目にしたルナは思わず車から降りて駆け出した。
「ウォルター!!」
「はっ!? おまっ、何し
「ルナ様、いけません! お戻りください!!」
老執事が慌てて彼女を連れ戻そうとするも、そこに熱線が放たれる。直撃はしなかったものの近くを横切っただけで彼に無視できないダメージを与えた。
「……ちいっ!」
「おい! じーさん大丈夫か!?」
「……歳には勝てませんな、少し避けそこねました」
スコットも手持ちの魔法杖が焼け切れ、万策が尽きていた。まるでそれを狙っていたかのように眼を見開いて熱線を放つ魔獣。全力で疾走しながら熱線から逃げ惑う彼の目には涙が浮かぶ。
「ちくしょおおおー! やめてやるうううう!! 絶対こんな仕事やめてやるううううー!!!」
彼は後悔した。一族が代々協会の役員を勤め 父親からも協会への就職を強要されたとは言え、こんな目に遭うくらいなら親族と縁を切って路地でパンを焼いている方がよっぽどマシだと思った。少なくとも、熱線で溶かされて蒸発するという死に方はしないだろう。
「御主人! 今行くぞっておわあああー!」
「アル様危ないー!」
ウォルターを助けようとするアルマを咄嗟に抱きかかえて熱線から逃げるマリア。状況はまさしく最悪である。寂れて朽ちかけ、街の人々からも忘れられていた港は今や火の海と化していた。皮肉な事に、その騒ぎが街の人々の視線や興味を否応にも廃港に集めていたのだが。
ヒュプノシアの眼は殆ど再生が完了し、再び全身から熱線が吐き出され始めた。日が沈み始めた事でその威力は多少落ちたものの、度を越した驚異である事には変わりない……
「ああ、畜生……情けないなぁ」
ウォルターは大きな鉄骨に右足を取られて身動きが取れなかった。足の感覚から骨折はしていないが、暫く走ることはできないだろう。利き腕も落ちてきた尖った廃材で傷つき、残る杖も先端が曲がった短杖一本。状況はまさにどん底である。
「本当に嫌になるよ……僕は」
「ウォルター!!」
そんな彼のところにルナが駆け寄る。彼女の服は熱で焼け、その肌には小さい火傷が散見された。彼女の痛々しい姿をみて、ウォルターは自分への嫌悪感をさらに強める。
「何で来たんだよ! ここは危ないって……あいたたたたた」
「助けに来たの、貴方を放っていけないもの」
「……ははは、本当に形無しだなあ」
「動かないで、助けてあげるから」
ルナは鉄骨に手をかけるが、ピクリとも動かない。ウォルターを助けようとしている間にまた熱線が二人の近くに放たれ、彼女は思わず悲鳴を上げる。
「いいから逃げてくれ、僕はもういいんだ……!」
「どうしてそんなことを言うの……」
「僕は!」
「駄目よ、ウォルター」
彼が何を言おうとしたのか、ルナにはわかっていた。彼女が知っている、ウォルターの困ったところ。それは自分が大嫌いな事、そしてすぐに諦める事。
「まだ、逃がさないわ。貴方には生きて欲しいから」
「……ははっ、ルナにはかなわないなぁ」
「おい、ウサギ女! 何してる!!」
その場にエイトが駆けつける。彼はルナを見捨てる事ができなかった……その理由は自分にもわからない。だが自分を突き動かす身に覚えのない何かが彼女を助けようとさせていた。
「ああもう! これくらい何とかしろよ、魔法使いさん! 格好良く登場しといてこの有様かよ!!」
「すまない」
「謝んな! 余計に腹立つわ! なんでこんな男が好きなんだアンタも!!」
「酷いこと言うのね、あんまりだわ」
エイトはルナと力を合わせて鉄骨をどかす、ウォルターの足がかろうじて動かせる程度の隙間が空き、彼は痛みを堪えながらその足を引き抜いた。
「君っていい奴だったんだな。あとで吊るそうと思ってたよ、すまない」
「お、おう……」
「ウォルター、急いで!」
二人に肩を担がれながら、その場を離れる。周囲はむせ返るほどに熱く、三人の体力を容赦なく奪っていく。魔獣の悲鳴は、未だ収まらない。
「ごしゅじーん! ルナーッ!! 今行くr…うあっちー!!!」
「大丈夫! あの二人は大丈夫ですからー!! 今は走っ…あら、スコットさん こんにちは」
「どうも! マリアさん、こんにちは!! でも死にたくなかったら今は…うあっちぃ!!!」
アルマは直ぐにでもウォルター達を助けに行きたかったが、無差別に放たれる熱線がそれを許さない。眼を潰して熱線を一時でも止める手段が既にない以上、逃げ回るしかないのだ。
「現場近くからの中継です! 廃港に突然現れたビームを放つ謎の巨大生物が」
「御覧ください! 旧ロンドン港近くに位置する廃れた港に怪獣が出現しました! 怪獣は強烈な破壊光線を放ちながら」
「おい、君! 邪魔しないでくれないか!!」
「そっちこそ邪魔よ! 後から割り込んできたのはそっちでしょ!!」
「……街の皆さん、この非常時においても彼等は譲り合いの精神を知らないようです。私はとても悲しい、背景の大怪獣もきっと悲しんでいるでしょう」
廃港の近くにニュース報道陣が押し寄せる。警官達は港に人が立ち入らないよう、総力を挙げて迫り来る野次馬達を制止していた。
「……警部、もう何が起きても驚かないし。俺、この街で頑張っていきますって言いましたけど」
「おう、言ったな。決意に満ちた、いい面構えだったぞ」
「撤回していいですか?」
若い刑事は力なく呟いた。きっと彼は今日も記憶処置を受けるだろう。
日は完全に暮れ、熱線の威力も目に見えて落ちてきた。
ヒュプノシアが過度に反応する光は太陽光のみであり、月明かりや人為的な光ではやや活動的になるものの大人しく、無害のままである。この廃港は明かりになるものが太陽光や月の光、もしくは人が持ったライトしかないので夜になれば殆ど暗闇に包まれる。そうすれば暴走も収まり、魔獣もまた眠りに就くだろう。
「……やれやれ、どうも
「ウォルター、次に弱音を吐いたら今夜は寝かさないわよ」
「あっ、はい」
「隣で聞かされてすっごい辛いんだけど、あんたらいつもこうなのか?」
「愛し合っているもの、当然でしょう?」
「愛……愛ねえ俺には───」
エイトが何かを言う前に、彼等のすぐ近くを熱線が横切る。近くにあった燃油タンクは熱線の熱で膨張して爆発し、その爆風で3人は吹き飛ばされた。
「うわっ!」
「きゃあッ!!」
ウォルターはルナと共に数メートル飛ばされ、咄嗟に彼女をかばう。ルナをかばった事でウォルターは更に怪我を負い、エイトは彼等とは離れた場所に飛ばされて転げ回った。
「いってぇ……ほんとに今日はひでーなぁ」
エイトはふと周囲を見渡した。辺り一面は、魔獣の熱線に焼き尽くされていた。
その光景に彼は吃る。運ばれてきたのがあんな化物だとは知らなかったとは言え、この惨事は自分が招いてしまった事だ。異人達を攫ってきたのは彼ではない、だがそれを命じたのは彼自身だ。彼等を商品として街の外に運び出し、誰かに売り渡して来たのも他でもない……この男だ。
新動物の仕入れや密猟に関しては担当外のようだが、どちらにしても彼等を外に持ち出す役目を担うのはエイトだ。知らなかったではもはや済まされない。彼は、そうやって多くの異人達を不幸にしてきた。その理由は単純明快────
金の為だ。
「あーあ、何やってるんだろな 俺は……」
エイトには二人の男女の姿が見えた。
二人共深く傷つき、男に至っては立つ事もままならない。女は繋いだ手を放し、今すぐ逃げれば助かるだろう。もしも自分がその女だったなら、迷わず男を見捨てて逃げていた。だが彼女は決して男から離れようとしない。
「愛し合っているから、だって? 愛だけで、生きていけるなら……ッ!!」
二人に向けられる、大きなガラスのような眼。それは大きく光りながら膨張し、今まさに熱線を放とうとしていた。エイトは考える前に飛び出した。
何故、体が動いたのかはわからなかった。
「いやぁ、本当に……辛いぞ、今日は」
「ウォルター……立って!」
「ルナ、最後に……我儘を聞いてくれないか? 僕を」
「そんなの、許さない……立って! お願い!!」
そして放たれる熱線。それと同時に彼等は誰かに大きく突き飛ばされた。自分達を突き飛ばしたのが誰だったのか、不意をつかれた二人にはわからなかった。その熱線を最後に、怪物の悲鳴は止んだ。
夜が訪れたのだ。