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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.2 If you run after two rabbits , you will catch neither
20/123

6☆

よくわかんないけど元気が出ない。そんな時に読むと元気になれる作品を目指していきます。

〈ヲ゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!〉


その体を赤熱させ、魔獣と化したヒュプノシアは全身から熱線を吐き出す。それは海面を蒸発させ、近くの建物を軽く溶かしながら辺りを地獄へと変えた。動物屋の部下達も慌てて逃げ出すが中には逃げ遅れて熱線の餌食になるものもおり、クライアントを乗せてきた密輸船も焼き払われて飴細工の様に溶けていく。その光景をエイト達はただ見ている事しかできなかった。


時刻は夕方18時過ぎ。日が沈み切るまで、まだ十数分も残されていた。


「おいこら、逃げんぞ! やってらんねえ!!」


我に返ったエイトはルナを抱えて車に駆け込もうとする。


だが動物屋は呆然と立ち尽くしていた。彼を抑えていたSP達は、虚ろな表情を浮かべて直立している。彼等は後頭部に取り付けられた機器にマスターとして設定された人物から直接命令を伝えられる事ではじめて行動する。そのマスターであるスティング卿が死亡した今、彼等はただの心無い人形に過ぎない。動かなくなったままSPは怪物の熱線に焼き払われた。


「聞いてんのかー! 死ぬぞー!!」


エイトは必死に呼びかける。彼は金の為なら何でもする……だがそれも自分が死んでしまっては意味がない。取引相手のクライアントが死亡してしまった今、その金も手に入らなくなった。


「エイト、彼女を逃がせ」

「ああ!? 何だって!?」

「彼女を乗せてさっさと逃げるんだな、死にたくないだろ?」

「お前はどうすんだよ! いいから乗れって!!」


エイトの問いに動物屋は乾いた笑いで返すと、ゆっくりと振り向いて言った。その表情は疲れきっており、何もかも諦めたかのような笑顔を浮かべていた。


「俺はもう、疲れたんだ」


それが彼の最後の言葉だった。


魔獣から無差別に放たれる熱線が直撃して彼は影も形もなく蒸発した。その光景は、エイトの目に鮮明に焼き付いてしまった。


「……おい。おい、おい! 何勝手に死んでんだよ! この仕事を持ち込んだのはお前だろうが……クソがっ!!」


彼の死に込み上がる感情を抑えながら、ルナを後部座席に乗せて車を走らせようとするが発車しようとした瞬間に熱線が車を掠る。度を越した熱量に車体は僅かに溶け、その熱が伝わった前方のタイヤも破裂してしまう。そのあまりの熱さにエイトはたまらず身悶えする。


「だああああーっ! あっちぃ! 畜生、畜生―!!」


僅かながらも熱気を浴びてしまったエイトは利き腕に火傷を負い、車も動かせなくなる。

彼は死を覚悟した。世の中には運のいい奴と悪い奴がいる、それが世界の理。

それから抜け出そうと足掻いてみたが、彼にはできなかった。


「結局、運の悪いやつは悪いままかよ……くそっ、こんなことになるなら!!」

「いいえ、貴方は運のいい男よ」

「あ!?」


彼の嘆きが聞こえたのか、意識を取り戻したルナは耳元で囁く。


そして動かなくなった車体の横を通り過ぎる、青い閃光────


青い閃光は怪物の不気味に発光し、今まさに熱線を放とうとしていた【眼のような器官】に直撃し、そのまま破壊する。放射寸前だった膨大な熱エネルギーが暴発し、怪物の肉体を大きく抉った。そして、最初の一発からやや遅れて二発、三発、、、次々と青い閃光が横切ったと思えば的確に怪物の眼に着弾し、破壊していった。


「ほら、やっぱり来てくれたわ」


彼女の視線の先にあったのは、見慣れた黒い車のサイドガラスから身を乗り出して長杖を構える眼鏡の男。彼の頭頂部のアンテナは天に向けてピンと直立していた。


彼が手にする杖はイエロー・マンⅡ ウィンチェスターライフル(ロッド)


ウィンチェスターMA社が開発した最初期のライフル杖である【イエロー・マン】の改良型であり、その生産数は少なくスコットが羨む通りのレア物だ。かなり古いライフル杖でありながら魔力の伝導性や魔法の変換率、装填された術包杖の耐消耗性に優れる逸品で、かのリー・エンフィールドに並ぶ名杖として語り継がれている。


「お見事です、旦那様」

「お世辞は後で聞くよ、それと……もう少し彼女の乗せられている溶けかけたサルミアッキに近づけてくれ」

「また懐かしいお菓子で例えましたな」

「外の人たちの考え方は共感できないものばかりだ。サルミアッキもそうだ、どうやったらあんな素晴らしいキャンディーが作れてしまうんだろうね」

「はっはっ、外の方々も同じような考えでありましょうね」


ヒュプノシアは悲鳴を上げて転げまわる。彼の体自体も相当な高温状態にあるようで、その肉体が触れた地面は煙をあげて焼け焦げていった。赤熱する巨体が転げ回る間も熱線は放たれ続けており、状況はさらに悪化していく。


「なんだ!? あいつは」

「彼がウォルターよ、助けに来てくれたの」

「助けに……!?」


エイトは動揺した。彼は誘拐屋が鮮やかな体捌きで、あの眼鏡の男を昏倒させる様を目にしていたのだから。それはもう惚れ惚れする程に瞬殺だった。


彼らの腕は確かだ。長い間誘拐屋を続けているようだが、失敗したという話は一度も聞かない。目的の相手を攫った後に残された者は例外なく始末されたか、物によっては商品にする。そうして彼らは自分にたどり着く手掛かりや情報を可能な限り処分していった。


その誘拐屋が仕留め損なったという事は、あの眼鏡の男が只者ではないという証明だろう。事の真相は別として……。


「待たせたね、ルナ」

「遅かったわね、寂しくて死んでしまいそうになったわ」


車から降り、ウォルターはルナが乗せられている後部車両のドアを開く。彼は短杖に持ち替え、彼女の繊細な両手を縛っていたロープを威力を最小まで抑えた魔法で焼き切る。ルナは両手が自由になった瞬間にウォルターに飛びつく。その表情には、安堵の色が浮かんでいた。


「……すまない」

「いいの、来てくれるってわかっていたから」

「ははは……ルナは強いなあ。さて、そこの君? 話したいことは腐るほどあるが、今はとてもまずい状況でね」

「……ああ、見りゃわかるよ」

「単刀直入に言おう、死にたくなかったらこの溶けかけた飴細工から降りて僕の車に乗れ」


口調こそ丁寧だったが、彼の眼には明確な強い怒りが宿っていた。当然である。


その眼を見て、エイトはようやく自分が手を出してはいけない相手に手を出してしまった事を自覚した……。


「おいウォルター! 彼女を取り戻して終わりじゃないぞ!!」


抱き合う二人を見かねたスコットは車から降り、目の前の魔獣に杖を向けて風属性の攻撃魔法である【風魔の速迅矢(アネモス・アロウ)】を放つ。


彼の持つ杖は【ニンフⅡ(スコット)カスタム】短杖。元となったのは魔導協会が開発した魔法杖で、それに独自の改造を加えた彼専用の短杖である。ウォルターが持つエンフィールド等の銃型魔法杖(ガン・スタッフ)とは違い、正しく【魔法の杖】を思わせるシンプルな木製ステッキの様なデザインをしており、ニンフ系統の魔法杖は風属性の魔法と特に相性が良い。


杖から放たれた魔法は風の矢となって魔獣の眼を潰していくが、残った眼からは未だ膨大な量のエネルギーが吐き出されようとしていた。


「日の入りまで、まだ10分以上もある!」

「そうだね、手早く行こう」


二人の魔法使いは並び立ち、手に持った杖をヒュプノシアに向ける。狙いは体中にある眼のようなガラス状の器官、あれさえなければ魔獣は熱線を放つことはできない。しかしヒュプノシアはその熱線を放つ能力とは別に、非常に強い生命力と再生能力を持つ。


その再生能力たるや、全身の80%が破壊されようとも復活してしまう程で、そのガラス状の眼のような器官を潰されても数十秒程度で再生してしまう。


それでもウヴリの白杖を使えば全て片付くだろう。しかし、白杖は今彼の手元にはない。


そもそも、こんな魔獣を相手にするとは思いもしなかった。ましてやそれを起こすような馬鹿がこの世に存在すると思いたくもなかった。だが考えてみれば、このリンボ・シティはそういう馬鹿達が集う場所である。外の世界の常識に囚われた平凡な人類種はそもそも暮らしていけない。


この街(リンボ・シティ)で暮らす以上は、何が起き(世界が滅びかけ)ても 仕方ないね で済ます寛容さが求められるのだ。


つまり現時点における、この魔獣を無力化する最適解────それは仕方ないねと寛容な気持ちで杖を握りしめ、日が沈んで夜が訪れるまで全身の ガラスの眼 を潰し続ける事だけだ。非難されるべきは一人の馬鹿な人間で、ヒュプノシアはむしろ被害者なのだから……。


「ルナ、そこの馬鹿を連れて車に乗ってくれ」


ルナはまだウォルターに抱きついている。そしてうるんだ瞳で彼を見上げた。


「今日の私は、貴方の力になれないのね……悲しいわ」

「君の声が聞けるだけで十分だよ、あとは何もいらない」

「あのさ、お二人さん! いちゃつくのは後にして!!」


スコットは杖に魔力を集中させて叫んだ。この状況においても仲睦まじく触れ合う事は素直に尊敬すら覚えるが今はそんな事をしている場合ではないし、してもらっては非常に困る。ルナは少し名残惜しそうにウォルターから離れ、老執事が運転する車に乗った。


「っったく! 本当に仲良いな、お前ら!!」

「ずっと仲睦まじくてすまない。この恩は決して忘れないよ、ありがとうスコッツ君」


スコットが歯軋りしながら放った魔法を合図に、二人の魔法使いは別々の方向に駆け出した。


周囲は徐々に暗くなっていったが、ヒュプノシアの暴走は未だ収まる気配がない。魔獣の熱線をかわし、時には防御の魔法でその軌道を逸らしながら一心に魔法を放つ。手にした杖先から放たれる 青白い光の弾丸(光魔の速射弾) そして 透明の風の矢(風魔の速迅矢) は怪物の眼を一つずつ、確実に潰していったが 既に最初に潰した眼は殆ど再生が完了していた。


「驚いたな、もう再生したのか……これは骨が折れそうだぞ」

「ああ、くそっ!! 俺も長杖の一本くらい持って来るべきだった!!!」


再生した眼が再び開かれようとした時、何処からか飛んできた鉄骨が深々と突き刺さる。


「どうだ! ジャストヒーット!!」

「お見事ですわ、アル様。でも眼はまだまだ沢山ありますので、どんどん投げてくださいねー」

「任せろー! うおおおおおー!」


廃れた建物から鉄骨を始めとした廃材を引き抜き、それを魔獣に投げつける小柄の少女。その姿をウォルターの車の中からエイトは呆然と眺めていた。隣に座るルナはそんな彼の顔を見つめ、何かを思い出しているかのように寂しそうに笑う。


「なんだよ……あいつらは」

「私の大切な家族(ファミリー)よ」

「家族、家族ねぇ……」

「そう、お金よりも大切なものよ」

「ははっ、何だよそれ……」


ルナの言葉を聞いて、エイトは自分が何を欲しがっていたのか その答えがうっすらとわかった気がした。しかし、その答えはむず痒く、彼の胸中を抉りながら心をさらに痛めつけた。


「わからねえよ、俺には……。家族なんて 最初から知らねえんだ」


まるで絞り出すように、彼はただ一言だけ呟いた。


紅茶は飲むだけで元気を分け与えてくれるのでオススメです。特にアップルティーに少量の蜂蜜を加えたものはとても効果的です。

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