5☆
寝る準備をしている時に限って、突飛なアイデアやヘンテコな発想が浮かんだりしますよね。
ウォルターはスコットを車に同乗させ、次の目星に向かっていた。
「つまり、その動物屋を追っているんだ。恐らくその手口からお前を襲ったのもそいつらだな」
「なるほど、気に入らないな。全員消し飛ばそう」
「……目的は拘束だよ? 話聞いてた??」
「すまないね……どうやら紅茶成分が切れて、今の僕は普段の聡明さを失っているらしい」
「お前もうダメかもしれないな……」
調査班の尽力や街の【情報屋】の協力により、ほんの僅かに残された形跡や外からの違法侵入の形跡から彼等の拠点の可能性が高い場所が5ヶ所程割り出された。そのうち、2ヶ所は既に立ち入ったが両方ハズレであった。3ヶ所目の廃工場はウォルターが居た場所だ。
「あと二つ、このどちらかが奴らn
「アーサー、道を変えてくれ。真逆だ」
「は!? いやここはまっすぐ
「かしこまりました」
アーサーはハンドルを大きく切り、車は凄まじいカーブを描きながらUターンする。いきなりの事に反応できずスコットは頭部を前の座席に強く打ち付け、彼の意識は数秒ほど途切れた。
「旦那様?」
「ルナの気配がわかる。彼女は今、運ばれている途中だ」
「……どこから、どこに向かって だ?」
混濁する意識を気合で繋ぎ留めたスコットが不満げに聞く。
それは今向かっている拠点らしき場所とは真逆、旧ロンドン港近くに位置する寂れた廃港だった。
「もう出荷準備に入ってるんじゃないのか!? まずいぞ!!」
「……かもしれないな」
「落ち着いてるな!? わかってるのか、奴らの商品には!!」
「だから、急いでくれアーサー」
「かしこまりました、旦那様」
執事はアクセルを強く踏み込み、車はスピードを上げて疾走する。ウォルターは静かに布に包まれた長杖、イエロー・マンⅡライフル杖を取り出した。その杖は入念に手入れをされており、表面は薄く輝いている。
「お前、どうやってそんなレア物を……」
スコットはぼそぼそと呟く。彼の呟きが聞こえたのか、ウォルターは鼻で笑う。アーサーの車のすぐ後ろには、二人乗りのバイクで追いかけるマリアとアルマの姿があった。
「急に方向変えんな! 落ちかけただろうが!!」
「申し訳ありません、でも私の所為ではありませんわー!!」
「つうかさっき何か跳ね飛ばさなかったか!?」
「知りません! 今は飛ばしますのよー!!!」
ウォルター達は急いで廃港へと向かう。動物屋が利用する密輸船にも異世界の技術が惜しみなく使われており、一度出航するとレーダーには映らず、尚且つその姿を限りなく透明に近い状態に変える事ができる超高度なステルス機能を搭載している。それ故に、壁の隙間から密輸船が往来しようとも魔導協会はその機能が何らかの要因で停止するまで正確な位置が把握できず後手に回るしかないのだ。
◆◆◆◆
動物屋達を乗せた車が二人のSPに守られたクライアントの待つ港に到着する。物腰柔らかで横幅が広く、特注品の高級スーツを着こなしたその紳士は嬉しそうな表情で彼等を迎えた。
「お待たせして申し訳ありません、スティング卿」
「いやいや、急かせてしまったのは私の方だ。すまない」
本来、クライアントがこの街に来る事はない。というより来てもらっては困る。
しかしバイタリティ溢れるスティング卿は、その商品見たさに居ても立ってもいられず勢い余って密航してきたのだ。彼ほどの人物がこの街を訪れる場合、それはそれは複雑な手続きや入念な打ち合わせが必要になる。彼にとってはその手間がとても不愉快らしい。
「ところで、その商品はどこかな?」
「ええ、まずは彼女の方から」
エイトに腕を引かれてルナがスティング卿の前に立たされる。服は新しく用意されたがとても質素で肌触りが悪く、彼女にとっては不快なものだった。だが質素な服装を着せられて尚も色褪せない彼女の美しさに、スティング卿は思わず息を飲んだ。
「これは……素晴らしいな。写真で見ただけでも凄かったが、実物はもっと素晴らしい!」
「いやぁ、この娘は凄いですよ。これだけの上玉は滅多にお目にかかれません」
「いやいや、ありがとうエイトくん。君のおかげだよ」
感極まったスティング卿はエイトに握手を求め、彼は複雑な気持ちでそれに応じる。ルナはスティング卿を一目見て、彼を極めて不快な存在だと認識した。
「貴方、気に入らないわね」
「おや、その声もまた美しいな。言葉遣いは少々気になるが」
「おいおい、やめとけよ。商品は御主人様の前じゃ愛想よく振る舞わないとな? ん??」
ルナはエイトを睨みつける。しかし彼に向けられる瞳にはスティング卿とは違い、嫌悪とは別の感情が強く込められていた。
「……」
「その顔を、やめろ? オーケー??」
「ふふふ、気の強い女性は好きだ。彼女とはうまくやっていけそうだよ」
「それは……よかったですな」
「では、もう一つの商品を見せてもらおうかな」
スティング卿の言葉を聞いて動物屋は表情を変える。
「あの、見せてもらうとは」
「いやね、是非ともその商品もこの場で見たいと思うんだ。別に構わないだろう?」
「は……?」
困惑する動物屋を余所目に、一台の大型トラックが現れる。荷台にはスティング卿が望む商品が乗せられている。勿論、普通の生き物ではない……。
「おお、あれか。いやいや、待ちくたびれたよ」
「待ってください! 何を!?」
「何って、この瞬間のために私は来たんだぞ? いいじゃないか一目くらい」
その商品を一目見ようと、スティング卿は目を輝かせてトラックに向かう。しかし動物屋は必死に彼を制止する……動物屋からは大きな焦燥感を感じられた。
「……何を連れてきたの?」
「さぁな、俺は担当が違うから」
「駄目よ、止めなさい」
「あ?」
「あの男を止めなさい……あれはとても恐ろしいものよ」
「何言ってんの? 君??」
ルナは直感的に理解した、あの車に乗せられている生物 それは絶対に刺激してはいけない。正体まではわからないが、度を越して危険なものだと彼女は感じたのだ。
「ダメだ! おい、彼を止めろ!!!」
「おいおい、少し落ち着きたまえ。君は大切な友人だ、乱暴は働きたくない」
動物屋を取り押さえるスティング卿のSP達。彼等は人間だが、違法な肉体改造で異人に迫る身体能力を得ていた。その代償に自我の類は殆ど失くしてしまっているが……。
「待ってください! まだ夜じゃない!! そいつは太陽の光を当てちゃいけないんだ!!!」
周囲は既に薄暗くはなっていたが、まだ太陽は沈んでいなかった。
制止する声を無視してトラックの荷台に乗り、彼の目的の品が入れられた巨大な檻に近づく。その歩みは軽やかで、まるで欲がっていた玩具を今まさに手にしようとしている子供のようだった。檻はほんの僅かな日の光も差し込まないよう、真っ黒な布で目深く覆われている。
「ほほう、これが……」
スティング卿はその黒い布をめくる。檻の中では、影のように黒く大きな生き物が眠りについていた。めくられた隙間から、ほんの僅かな太陽の光が差し込む……。
光が体に触れた瞬間、黒い生き物の 大きな眼 が見開く。
その直後、檻を突き抜けて超高温の熱線が天に向かって放たれた。あまりの熱量にトラックの荷台部分は溶解し、間近に居たスティング卿は体の一部だけを残して即座に蒸発した。溶けた荷台部分から伝わる膨大な熱で大型のトラックは 逆さま に折れ曲がり、運転手ごと飴細工のように溶けながらその形を変えてついには歪な卵状の物体へと変貌する。そして
〈ヲ゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!〉
まるで低い赤ん坊の泣き声のような、生き物の断末魔のような、聞くも悍ましい怪物の声が周囲に響き渡る。頭に突き刺さるような声の不快さに、その場に居る皆が耳を塞いだ。
「なん……!? なんだ!?」
「……ッ!」
怪物の咆哮を近距離で浴びせられるも、両耳を塞ぐ手段のないルナは悶え苦しむ。あまりにも度を越した声量を前にルナの意識は途切れた。意識を失う彼女を抱き止め、エイトは叫ぶ。
「ああっ! くそっ、何だよ! おい!!」
「……だから、言ったのにな」
動物屋は虚ろな表情で呟く。彼の目には諦めにも似た、深い絶望の色が浮かんでいた。
「おい! 何を連れてきた?! あのおっさん何を頼んできたんだよ!!」
「眠りの魔獣だよ、決して起こしてはいけない。眠り続けてなければいけない、な」
「何だよ、その詩的な表現は!? 今の状況わかってんのかコラ!!」
「はっ、見ればわかるだろ。アレを魔獣と呼ばずに何て呼べばいいんだ?」
煮崩れた鉄の卵と化したトラックから、10mを優に超える大きさの巨大な生き物が姿を現す。
その姿は体を赤く発光させながら蒸気を発し、全身にガラスのような眼を持った狼にも似た魔獣だった。魔獣は絶叫しながら、十数秒感覚で全身の眼の何れかから熱線を吐き出している。
「……んだよあれ。あんなのを欲しがったのかよ、あの変態オヤジ」
「笑えるだろ? まさかここまで馬鹿だとは思わなかったよ」
ヒュプノシア・フロウ────それがその生物の名前。
何種か確認されているヒュプノシア種の新動物の一体であり、稀少種とされているヒュプノシアの中でも特に個体数が少ない。ヒュプノシア・フロウは光が当たらなければ黒い狼の姿にも見える蛹状の形態となっており、その状態では完全に無害である。本来は蛹状の形態こそが正常な姿であり、元々は太陽、もしくは光のない異世界に生息していた大人しい生物だったのだと推測されている。しかし、一度太陽光がその体に当たった途端に彼等は無害な生物から一変し、とてつもなく危険度の高い超攻撃的生物に変貌する。恐らくそれは彼等自身にとっても知り得ない事だったのだろう……。
「ははは……ほんと、金持ちって奴はよぉ」
エイトの目の前に溶けた何かが転がってきた。それは人間の右足……クライアントのスティング卿のものだった。
「……おい、おいおいおいおい! あれ!!」
スコットは声を荒らげて動揺する。港から少し離れた場所からでもあの熱線をはっきりと見ることができた。そしてもう一発放たれる超高温の熱線砲。それは廃港に向かって放たれ、周囲の物を瞬く間に溶解させた。その光景に、バイクを走らせるマリアもアルマも目を丸めて驚愕する。
「あははっ、なーにあれぇ?」
「……さぁ、私にもさっぱり」
流石の彼女達も困惑した。いくら異界の動物とは言え、あんな生き物が実際に居るなんて思いもしなかったからだ。先日の巨大怪獣も中々のインパクトだったが、全身から熱線を吐き出す魔獣もアレに勝るとも劣らない強烈な存在感を放っていた。大きさで比較するならば比べるまでもないが、どちらがヤバそうかという基準で比較すれば今回の相手の方が上だろう。
「ヒュプノシア・フロウ、今の状態は確か【キシプニマ】だったかな……」
「そんな名前でしたかな」
「冗談だろ、あれを起こしたのか!? 何を考えているんだ奴らは!!」
「馬鹿の行動力はいつも僕らの想像を凌駕するという良い見本だね。昨日の馬鹿もそんな感じだったよ……気に入らない。本当に気に入らない」
太陽光を浴びたヒュプノシア種はその体を大幅に変化させる。太陽が存在せず、その光が当たらない世界にいた彼等にとって太陽の光とは文字通りの異物であり、それが差し当たった事で全身が拒否反応を起こし、その異物を体内から排出しようとする。小さな隙間からの光でも当たった部位は大きな熱を発して膨張し、そのエネルギーを体から吐き出す。その際に発生するのがあの熱線だ。要するに彼等は度を越した太陽光アレルギーという訳である。
眼のように見える部位はその異物を吐き出すための器官であり、彼等に視力は存在しない。
ほんのわずかな太陽の光でもあの威力、もしそれが全身に当たれば────
全身の至るところから超高温の熱線を吐き出し続ける、生きた熱線砲台の誕生だ。その状態のヒュプノシアは【シア・キシプニマ】と呼ばれ、第二級危険生物種に指定されている。
第二級危険生物種とは、複数の都市を壊滅させてしまう程の危険性を孕んでいる超危険生物の事だ。
「いやぁ、どうしようかね。折角、この杖を出してきたのに……活躍できそうにないぞ」
「どういたしましょうか」
「……決めた、明日は協会休もう。あと記憶処置受ける」
スコットは今日も考えた。やっぱり転職しよう、こんな奴らに関わらない仕事に就こう と
「ああもう……、今日は! なんて日だ!!」
ウォルターは叫んだ。今日も彼にとってまさしく厄日と言えた。
そういうのが頭を過った時、私はまず紅茶を飲んでから適当なメモを取るようにしています。