4☆
工場内を探し回るが、そこには誰もいなかった。
被害者達が詰め込まれたコンテナは既に何処かへ運ばれている上に、此処に誰かが居たという痕跡も可能な限り消されている。相手は中々のやり手のようだ 腹立たしい事に。
「……やはり、場所を変えられましたか。彼によると先月から此処に潜伏していたようです」
「それだけ居たらさすがに協会も勘付くだろうしね……ところでその情報源は?」
「さぁ、情報を聞き出した後は病院の前に放り出しておきましたが」
「旦那様―!!」
マリアもその廃工場にバイクで現れる。後ろにはアルマも乗っていた。今日の彼女は黒地にアクセントとして銀色のラインが走ったフード付きのパーカーを着用し、丈が短い濃いブルーのホットパンツを履いている。アルマは動きやすい服装を好み、ルナのようにお洒落な服装は滅多に着ない。顔立ちこそ瓜二つだが、その性格や服装の好みまでもルナとは対照的なのだ。
「そのクソ野郎共はどこだ! 遊んでやる!!」
「どうやら一足遅かったようだよ、もぬけの殻だ」
「あぁん!?」
アルマは大層ご立腹のようだ。寝起きの事もあるだろうがウォルターが襲われ、双子の姉妹が攫われたのだ。彼女にとって怒らない理由はない、恐らく誘拐した奴らは皆殺しにされるだろう。そのくらい怒髪天をブチ抜く勢いで彼女の黒い兎の耳はいきり立っていた。
「そもそも旦那様、ルナ様の居場所は大体わかるのではないのですか?」
「それがね……彼女の気配が感じられないんだよ。どうやら、この工場の機関室のように魔力を外に漏らさない構造の部屋に監禁されているみたいだ」
「じゃあ、どうするんだよ御主人!」
ルナの心臓部にはある種の発信機のような機能が備わっている。それは所有者であるウォルターに彼女の魔力を気配という形で変換し、例え離れ離れになったとしてもその大まかの位置を彼に知らせてくれる。
とはいえ、此処はリンボ・シティ……半ば日常のように不条理なトラブルが発生する鬼哭街。
故に街の建造物もそれらに対抗するべく魔法的なものに異世界の技術も組み込んだ多種多様な素材や建材で作られている。中にはこの廃工場の機関室の様に、【魔力及び魔法をその場に閉じ込める効果】を持った特殊な物も生み出されているのだ。
その用途は多岐に渡るものの非常に高価な素材の為、主に魔力を扱う慎重な作業を必要とする工房や機関室、そして魔法の実験室等の 重要だが危険度の高い閉鎖空間 に使用される。もし何らかの事故が発生しても、被害をその場だけに留まらせ外部への二次的被害を防ぐ為だ……当然ながら、中の人は悲惨な目に遭うが。
そして魔力を閉じ込めるという特性上、その素材が使われている部屋に居る限りルナの居場所は例の機能でも掴めなくなってしまっていた……
「おい、御主人!!」
「どうしようか」
「あぁん!? しっかりしろよ、ルナの命がかかってんだぞ!!」
「やめてくれ、アルマ。その言葉は僕に刺さる」
「旦那様、ルナ様の命がかかっているんですのよ?」
「旦那様、さっさと知恵を絞って名案を捻り出されては如何ですかな?」
「やめてくれよ、本当に」
ウォルター達が珍しく途方に暮れている時、魔導協会のヘリコプターがやってくる。動物屋やエイトの読み通り、この工場を拠点にしていた事は協会に勘付かれていたようだ。残念な事に密猟者達を拘束するには一足どころか二足程遅かったが……。
「おい! なんでお前たちがそこにいるんだ!?」
上空からヘリのドアを開け、一人の男が顔を出す。彼の名前はスコット、魔導協会が誇る精鋭の一人……どうやら今回も面倒事を押し付けられた様だ。
「やぁ、スコッツ君! こんなところで会うなんて奇遇だね! 何しに来たんだい!?」
「動物屋の痕跡を辿って来たんだよ! そいつらの商品にまずいのg
「えぇ!? なんだってー!? 聞こえないよー!!」
ヘリの強風が彼等の会話を妨げる。ちなみスコットとウォルターはある種の腐れ縁の間柄であり、何かと顔を合わせる機会が多い。スコット氏は眼鏡との交友関係について頑なに否定的な態度を貫いているが。
「ここがハズレだって事がわかった! 急いでるんだ、また今度な!!」
「まぁ、待てよ」
ウォルターは静かに言うとコートから杖を取り出し、ヘリに杖先を向けた。
「おい、おいおいおいおい! 何をする やめろ! やめろ!! やめッ────」
その声を聞いたか聞かずか、彼はヘリに向けて 趣味 で開発した【機械の制御を狂わせる魔法】を放つ。コントロールを失ったヘリは大きく揺れながら高度を落としていった。
「うわぁ! 操縦が効かない! 落ちまァァァァァ―す!!」
「やめろって言ってるだろ糞眼鏡ェァアアアアアアアアアアア────!!」
ヘリは機体の制御を失って地面に墜落する。墜落の瞬間、スコットは取り出した魔法杖から地面に向けて衝撃を吸収する魔法【風魔の吸衝陣】を放っており、墜落の衝撃は殆ど無効化された。
「お前ェエエエエエ───! 軽く落としやがったけどこのヘリはなァアアアアアアア────!!」
「君が僕の話を聞かないのが悪い」
「お前が言うな、お前がァァァァァァァァァァ───!!!」
ヘリを降り、憤怒の形相を浮かべながらスコットは杖を手にウォルターに走り寄るが、畜生眼鏡はそんな彼に冷たく言い放った。
「御主人も機嫌悪いな」
「うふふ、当然でしょうねー」
「事件の発端は旦那様の不注意なのですがね」
使用人達は一歩引いた位置で冷めた反応をしている。
人によっては不愉快な対応に思えるかもしれないが、彼らにとってはこれが平常運転である。純粋な忠誠心からウォルターに仕えているのではなく、単に面白い物見たさ、あるいは退屈凌ぎ、腐れ縁といったもので彼と行動を共にしているらしい。彼らの関係は主従関係というよりは主従ごっこ遊びを長期間に渡って楽しんでいるといった方が的確かもしれない。
「協力してくれないか?」
「はぁ!? 何言って
「協力してくれないか??」
いつもと違って余裕のない眼鏡の表情に、スコットは何らかのトラブルが発生したことを察した。そして彼がいるところ、大抵は一緒に居る筈の とある美少女 の姿がなかった
「……冗談だろ? さすがにそこまで大チョンボかましてないよな??」
「ははは」
「だよね、それで白兎は何処に?」
「はははは」
その問いにウォルターは乾いた笑いで応える。スコットは嫌な予感がした。
「君の 大事な ウサギさんは 何処かなー? ヲルターお兄さん??」
「実は彼女が悪い奴らに攫われちゃってね。ちょっと手を貸してくれないかな?」
「お前ホントふざけんなよ!? どうやったら攫われるんだよ!!」
「……デート中に不意を突かれてしまってね」
「お前なんて死んでしまえ!!」
顔中に汗を浮かべたウォルターが頭を掻きながら気まずそうに呟いた一言に、スコットはたまらず己の心境をやり場のない怒りを乗せて叫んだ。叫ぶしかなかった。
何処かの廃工場にある冷たい部屋では、ルナが彼の名を呼び続けていた。
「……ウォルター」
「いい加減諦めろよ、死んだの! そのうぉるたーさんは死んだの!!」
「嘘よ、だってあの人が死ぬはずないもの。きっと助けに来てくれる」
「何度も何度も、同じこと言いやがって……なんでそんなに信じられるんだよ」
「彼が、好きだから。私の全てだから」
「だから! 何で他人をそんなに好きになれる!? ……恋人かなんだか知らないが、赤の他人だぞ! もし生きてても、お前のことなんて諦めてさっさと次の女を探すさ!!」
何回もルナと会話を交わすうちにエイトの苛立ちは更に強まっていった。彼は彼女の言葉を何故かとても不愉快なものに感じたからだ。
「……どうしてそんな酷いことを言うの?」
「お前が、諦めないからだよ! いい加減しつこいんだよ!!」
エイトは親の顔を知らない。物心着いた頃には既にストリートチルドレンになっていた。
恐らく親に捨てられたか、物心もつかない内に誘拐でもされたのだろう。何度も信頼していた仲間に捨てられ、そして時には自分も仲間を捨てて生きてきた。そうやって生きるものだと、彼は思っていた。他人は他人、自分の事を本当に大事にできるのは自分だけだと。
世の中には、運のいいやつと悪いやつがいる。
一人路地の陰で餓死しそうになりながら、大通りで優しい両親に手を繋がれて幸せそうに歩く子供を見た彼が悟ったこの世の理だ。
やがて彼は 金 があれば生きていける事に気がついた。金があれば、飯が食えて、服も買える。その気になれば、仲間だって手に入った。金があれば、自分も運がいいやつになれると本気で思った。その為ならどんな事でもした……今のように、見ず知らずのカップルの片割れを拉致して売り払う事も。
「お前は運が悪い奴だったんだ。だから、もう諦めろよな」
「……」
「何だよ、もういいだろ。お前と喋るのはもう十分だ、静かにしていてくれや」
「……一つだけ、聞いていいかしら」
「あ?」
ルナはエイトの瞳を見つめながら言った。
「今の貴方は、昔の貴方がなりたかった自分になれたの……?」
その言葉が彼の心の琴線に触れた。既に彼女を大事な【商品】としてではなく、気に入らない【女】として彼は認識し始めていたのだから。
「じゃあさ、聞いていいかな」
「何を……っ」
彼女を乱暴に押し倒し、その服を破り去る。衣服の上からも決して小さく見えなかった、彼女の胸が顕になった。
「……!!」
「今から、お前は酷い目にあうけど それでもそんな舐めた口聞けんの?」
ルナはその宝石のような青い双眸で彼を見つめる。その瞳が特に不快だった。彼女の瞳に込められた感情は、怒りや嫌悪ではなく 憐れみだったのだから。
「だからさぁ!!」
彼女の視線に耐え切れずに激昂しそうになった時、その部屋に動物屋が入ってくる。どうやら少し慌てているようだった。
「おい、エイト。商品には手を出さないんじゃなかったのか?」
「……まだ出してねえよ。あんまり暴れるから抑えてたら 服が少し破れただけだ」
「そうか。それより行くぞ……クライアントがお待ちだ」
彼の言葉を聞いてエイトは多少冷静さを取り戻した。ようやくこの気に入らない女ともさよならだ。クライアントの手に渡ってからの事は、彼の知るところではない。
「まぁ、お目当てのものはこの女じゃないんだろうけどな。こいつもオマケにするのか?」
「写真を送ったところ大層気に入ったみたいでな、是非彼女も購入したいそうだ」
「そりゃ……ありがたい話で」
「どうした?」
「なんでもねぇ。じゃあ行きますよ、ウサギさん」
「……ウォルター」
エイトはルナを強引に立ち上がらせるが、彼女はこの期に及んでもまだウォルターの名前を呼んでいる。どうすればそこまで他人を愛せるのか、エイトにはわからなかった。わかるつもりもない……彼はそう自分に言い聞かせながら彼女を連れて部屋を後にする。
「で? そのクライアントはどなた様?」
「ああ、例の剥製マニアだ。スティング卿、この娘には災難だな……」
「……そっか、まぁすぐには剥製にされないだろうし? 暫くは可愛がってもらえるだろ」
その名を聞いて、エイトは少し動揺した。
スティング・レイ・ピグミー卿、この手の商売をしていると必ず名前が出てくるクライアントの一人だ。何でも世界でも有数の貴族生まれの資産家で、全世界の富の5%は彼が独占しているらしい。イマイチピンと来ないが、つまりは度を越した大金持ちという事だ。そんな彼の趣味は剥製作り。金で買った動物を暫く鑑賞し、愛でに愛でた後に飽きたら生きたまま解体……それを剥製として自宅に飾る。既知の動物達では飽きたのか、近年は新動物にまで手を出すようになった。そして、ついには異人種達にも
「仕方ねえよな? 運が悪かったってやつだよ」
「……」
「急ぐぞ、早く車に乗せろ。他の積荷も港に向かってる」
ルナは何も言わずにエイトの顔を見るが、エイトはその視線に耐えきれずに思わず顔を逸らす。相手に恨まれ、怨嗟の言葉を投げ掛けられる事には慣れていた。涙ながらに助けを求められても、同情はすれど助けの手は差し伸べずに容赦なく売り払ってしまう事にも……。
だが彼女は、今まで運んだきた商品とは何かが決定的に違っていたのだ。