エピローグ☆
プロローグとエピローグはその章のメインキャラが話すようにしています。
部屋の窓から差し込む光で目が覚めた。
さっきまで見ていた夢は、もう殆ど思い出せない。
窓から差し込む光は眩しく、とても不快なものに思えた。
そして、さっきまで見ていた夢は きっと悲しい夢だった。
胸を刺すような身に覚えのない痛みが、それを僕に教えていた。
窓に映る自分の顔も、それはそれはひどいものだ。
僕は毎朝見ているこの顔が 益々嫌いになった。
「ひどい顔だよ、全く」
「そうかしら」
隣で寝ていた彼女は、静かな声で言った。
「私には、とても素敵な顔に見えるのだけれど」
「ははは、そう言われると少しはこの顔が好きになれそうだ」
僕は今日も笑顔を作り、優しい口調で彼女に言う。
「ん……」
ルナは気怠そうに体を起こし、欠伸をする。その姿は昨日と寸分変わらぬ、美しさだった……就寝前と違って何故か裸になっているけど。
「おはよう、ヴォルギンス。素敵な朝ね」
「誰だい? それは」
「あなたの名前じゃなかったかしら……」
今日も彼女は僕の名前を忘れている。
「そうね……じゃあ」
「間違えてもレックスなんて名前で呼ばないでくれよ? そんな名前で呼んだら」
「ウォルター……だったかしら?」
彼女は、僕の名前を覚えない。
そして、昨日までの記憶も失ってしまっている。だから今の彼女は昨日の彼女とは別人で、先程呟いたその名前もたまたま僕と同じだっただけだ……でも
「……」
「また、間違えたかしら。ごめんなさい……」
「正解だよ、ルナ」
僕にはそれだけで、十分だった。
ルナの頬にそっと触れた後、優しく抱きしめる。彼女は戸惑ったが、少し経つとくすりと笑った。
「ふふ、良かった」
「ところで……一つ聞いてもいいかな」
彼女は何故裸になっているのだろう。眠りに就く前はちゃんとした服を着ていた筈だが……でも、今聞きたいはそんな些細な事ではない。もっと大切な事だ。
「裸で寝ていることかしら?」
「いいや」
「じゃあ、何かしら?」
「今日は、何処に行きたい?」
「ふふっ、何処でもいいわ。貴方となら」
ルナは小さく笑みを浮かべて言う。そう言うと思ったよ……。
「旦那様、ルナ様、朝食の用意が出来ております」
静かにドアを開けて、老執事が僕の部屋に入ってきた。相変わらず今日もアーサーはノックをしない。
「おはようアーサー、今日も
「ごめんなさいアーサー、今 お取り込み中なの」
「……ん?」
ルナは僕の言葉を遮るように言った。それを聞いたアーサーは小さく笑う。
「失礼いたしました、それでは……ごゆっくり」
何かを察したアーサーは静かにドアを閉め、軽い足取りで階下の食卓に向かった。
「ルナ君? 何のつもりかな??」
「今は、貴方と二人きりがいいの」
嫌な予感がした。ルナの青く澄んだ瞳は、上目遣いで僕を見つめている。
「オーケー、その前にまず食卓に行こうか。アーサーが美味しい料理を────」
全部言う前に、僕は彼女に押し倒される。そうだった、ルナはこういう子だった。
訂正しよう。彼女の困ったところは、三つじゃなくて四つだ。
彼女は僕の上で馬乗りになり、僕の額に軽くキスをする。一糸纏わぬ女神の如き眩しい裸体と豊満な胸が目前に迫り、僕は息を飲んだ。
「ルナ君? 僕はお腹が空いてるんだ……まずは朝食を取ってだね」
「ウォルター」
彼女は甘い声で僕の名前を呼ぶ。その声を聞いて、僕も覚悟を決めた。
ああ、逃げられないな……これは。
「好きよ」
「……僕もだよ。でも、今日は優しくしてくれると嬉しいな?」
「ふふふっ」
四つ目の困ったところ、それは彼女がとても甘えん坊である事だ。
どう甘えてくるのか……と聞かれれば言葉を濁させてもらうけど、つまり そういう事だ。
◇◇◇◇
「今日も激しいですな」
「本当ですわねー、うふふふ」
階下の使用人達は、上からかすかに聞こえる何かが軋む音と男の悲鳴を聞いて穏やかな顔で呟いた。
二人は離れた席に座り、コーヒーを飲みながら顔を合わせる。因みにマリアが口にしたコーヒーには少量の人間の血液が垂らされている。
「人間の貴方にはわからないだろうけど、忘れないものもある……それだけで、あの二人には十分なのではないかしら。アーサー君?」
「その意見には全面的に同意しますが、貴女に言われると台無しですな……マリアおばさん?」
二人は暫く談笑した。しかしその目はお互いを睨みつけ、殺意に似た感情を向けていた。
アルマはまだ眠っている。彼女は朝に弱い。昨夜は涙で目を腫らしながら眠りについたが、今は素敵な夢を見ているのだろうか その表情はとても幸せそうだった……
僕の名前はウォルター・バートン。
街の人達はみんな、僕の事が嫌いなのだろう。
どんなに頑張っても、みんなが僕を好きになる事はないだろう。
それでも、リーゼ 僕は笑いながらこの街で生きていくよ。
だから、君が守ったこの街と、君が生きた証である【彼女達】の事は僕らに任せて……
君は、ゆっくり休んでくれ。
chapter.1 「Fortune comes in at the merry gate」 end....
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