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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.1 Fortune comes in at the merry gate
12/123

10☆

ほんのりと切ない話になりますが、温かい飲み物を手に最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

「……んっ」


鳴り響くサイレンの音でルナが目を覚ます。


魔法を撃ち終わると同時に白い杖は再びウォルターの左腕に格納され、粒子状に分解されたルナの肉体も元通りに再構築された。しかし彼女が着ていた服までは元通りにできないようで、失った衣服の代わりにウォルターのコートが着せられている。


「……ふふっ」


ぼんやりとしていた彼女の意識は徐々に鮮明になる。暫くしてようやく自分が愛しの彼に抱かれている事に気が付き、薄く笑みを浮かべた。


「やぁ、おはよう。僕の名前は?」

「ウォルター……だったかしら?」

「正解、よく覚えていたね」


ウォルターはルナを強めに抱き締める。その感触に、ぬくもりに、彼女はこの上ない幸せを感じた。だが、彼女を抱くウォルターの表情には彼の代名詞である笑顔は浮かばなかった。


「気にしないで、これが私だもの」


ウォルターの左腕に封印された白い杖の名は【ウヴリの白杖】……本来、()()()()()()()()()とされている第一(ケテル)級禁術魔導具であり、ただひたすら魔法の最大威力を高める事のみを追求して生み出された狂気の産物だ。


全ての魔法の威力を理論上最大値まで高めた状態で使用できる上に、あらゆる存在を 消滅 させる最強の大魔法(アーク・マギア)、【煌天の殲光(アンゲロス・レイ)】を放つ事ができる唯一の魔法杖。しかし世界をも容易く消滅させうる杖の存在は、それを生み出してしまった者達でさえ恐怖するものだった。


だから()が容れ物に選ばれ、 そして彼女(ウヴリの白兎)が生み出された。


「次からは私も連れて行ってね? 私がいないと……あの杖は使えないから」


彼女が杖の使用を承認し、ウォルターの左腕と一体化する事で封印は解かれ、ウヴリの白杖は実体化して力を発揮する。


「……それは了承しかねるよ。君に怪我をさせたくない」

「貴方がいない屋敷で待つのは寂しいの……貴方の側にいられるなら、少しくらい怪我をしてもいいわ」

「……キツイなぁ、本当に」


その性質上、杖の最終的な発動権はそれを所有するウォルターではなくルナが握っており、彼女は最強の杖が悪用されるのを防ぐ安全装置(リミッター)としての役目も担う。



怪獣が滅ぼされて騒動は終局に向かい、危機が去った11番街に特ダネに飢えたニュース報道陣が続々と集まってくる。警官達は一斉に押し掛ける報道陣や野次馬を抑えながら後始末を始めようとした丁度その時、上空から一台のヘリコプターが到着する。魔導協会が所有するものだ。


「……遅ぇよ、クソッタレ」

「今頃来るんですね……本気で街を守る気あるんですか? あの人たち」


警部は感情を顕にして毒づく。その気持ちは若い刑事や他の警官達も同じだった。


「あら、あのヘリ……」

「協会のヘリコプターだね、相変わらず何もかもが終わった時に駆けつけるもんだ」


マリアは小さく舌打ちする。小声で何かしらの暴言を吐いたようだが、ウォルターには聞き取れなかった。聞き取れても困るものだが。


「本当にお前はよく裸になるよなー、はしたねーやつー!」

「今のアルマにだけは言われたくないわ」

「ルナよりはマシだ!」

「そんなことないわ。アルマも はしたない子よ」


アルマは裸にコート一枚という刺激的な姿になったルナにちょっかいを出す。


「まぁ……お疲れさん。やっぱ凄いよ、ルナは」

「ふふ、アルマもね……」

「ふふんっ」

「ふふふっ」


だがそのまま姉妹喧嘩になるという事はなく、互いの額をコツンと合わせて笑顔で褒め合った。


協会のヘリコプターはウォルター達の近くに着陸し、中からスコットが慌ただしく降りてくる。そして彼に続くようにして複数の魔法使いがヘリから降り立つが、彼等もかなり疲弊しているようであった。


「状況は!?」


息を切らせて走り寄る彼の顔は疲労困憊と言った様子で、恐らくは命からがら総本部に帰還した後に間髪入れず11番街に向かうようサチコに急かされたのだろう。中々に厳しい上司である。


「見ての通りさ……どうしてあと5分早く来てくれなかったんだ 君は」

「え、いやその俺も

「同感ですな。この街の平和のためにも、もう少し頑張っていただけないでしょうか?」

「え、俺が責められんの?」


いつの間にか車から降りていた老執事はルナに着替えを手渡す。彼は口調こそ穏やかだったが、鋭く突き刺すような視線をスコットに向けていた。


「ありがとうアーサー、でも今はこのままでいいわ」

「左様でございますか」


ウォルターのコートを目深く着込み、彼女は幸せそうに言った。


「ほんと、お前らは肝心なときに役に立たねーな!」

「全くですわね」

「え、何か……ごめん」


アルマとマリアはスコットに非難の声を浴びせる。


彼にそこまで非難される筋合いはない。異界門から現れた怪物の大多数を処理した上に、続く11番街の怪獣騒動においてもヘリコプターで馳せ参じて後輩と共に怪獣を攻撃した正義感溢れる立派な男だ。


その結果、怪獣をパワーアップさせて無駄に被害を拡大させてしまったが……彼を責めるのは酷というものだろう。単に相手が悪かったのだ。


「……この臭いは」


何かと運気に恵まれない上に扱いも悪いスコットだが、それでも彼は協会が誇る優秀な魔法使い。事の顛末は目の前に広がる惨状と微かに残る大魔法特有のイオン臭にも似た 残り香 で大体理解した。何よりの決め手となったのが、ウォルターが抱き締める白い髪の少女……。


「……使ったのか、あの杖を」

「……」


その問いに、ウォルターは何も答えない。彼はルナを抱き上げ、足早にその場を去ろうとする


「待ってくれ、話を聞きたい」

「すまない、スコッ()君。話なら警部から聞いてくれ」

「ウォルター、あの杖は……」

「頼むよ」


スコットの言葉を遮り、ウォルターは絞り出すように言う。


「今は少し放っておいてくれないか」


アルマは中指を立てて彼を威圧し、マリアは冷たい視線を送る。アーサーだけは軽く頭を下げ……


「申し訳ありませんが、今日のところは失礼いたします。それでは」


車に乗ってその場から去っていく彼らを、警官達は複雑な面持ちで見送っていた。ある者はうんざりした顔で、ある者は嫌悪の感情が浮き出た顔で、そしてある者は嫉妬が混じった顔で……。


「あれが、ウォルター・バートンですか……」

「そうだ、間近で奴を見てどう思った?」

「もう二度と会いたくないです」

「だろうな」


若い刑事はハッキリとした声で即答し、その言葉を予期していたかのように警部も納得する。


「でも、何でしょうね……うーん」


刑事はウォルター・バートンという男をどう評価すればよいのかわからない。変人と評するべきか、嫌な奴と断ずるべきか、それとも畜生眼鏡と呼んで嫌悪するべきか。だが、彼が居なければショッピングモールの人質は助からなかっただろう。あの怪獣も更に大きな被害を街に齎していただろう。


そして彼がいなければ、この若い刑事もあの場で死んでしまっていただろう……


「みんなが言うほど……悪い奴には思えませんけどね、俺には」

「ぶっ……はははは! お前は将来大物になるぞ! ははははは!!」

「警部、めっちゃ痛いです」


その言葉を聞いて警部は噴き出し、彼の肩を思い切り強く叩いた。


「アレックス・ホークアイ警部、話を」

「申し訳ない、今状況の最終確認と後始末に忙しくてね。また後日にお願いしても宜しいかな」


警部は説明を求めるスコットを軽くあしらい、刑事も軽く会釈した後で二人は彼に聞こえるほど大きな溜息をつきながら建物に向けて歩みを進めた。


「……ああ、そうだ。あいつに紅茶奢るのを忘れてた」

「本人も忘れてそうだし、いいんじゃないですかもう……」


一人残されたスコットは色々な感情が入り混じった切なげな表情を浮かべ、密かに転職を考えた。そして間を置かずして協会のヘリが次々と到着する……大地に降り立った職員達はみんな揃ってスコットと同じ様な顔になったという。



「あー……お腹が空いてきたなぁ、何処かで美味しいものでも食べて行こうか」


車の中で力なく座り込むウォルターと、彼に擦り寄る二羽の兎。彼女達の視線は彼から離れない。


「何処がいいですかな、直ぐに着く店といえば

「「ビッグバード」」

「うふふ、ちょうど私もあの店のパフェが食べたいと思っていたところですわ」


ルナとアルマは同時に同じ店の名前を挙げ、バイクで隣を並走するマリアも明るい声で答えた。彼らにとってその店はかなりのお気に入りのようだった。


「そうだね。今日はまだカズヤンに会ってないし、挨拶ついでにおいしい料理でも振舞ってもらおう。シャーリーさんの笑顔も見たいしね」

「カズヒコ様にはとんだ災難ですな」


老執事は軽い笑みを浮かべながら、ハンドルを切る。一行は戦いの疲れと汚れと例のマーマイトによく似たスライム臭も落とさずにその店へと向かった。



◆◆◆◆



深夜0時前、街は静まり返っていた。


「では旦那様、ルナ様、おやすみなさいませ」


マリアはそう言うと、静かに寝室のドアを閉めた。

月明かりだけが部屋を照らし、二人はベッドで横になっている。


「いやー、頑張ったよ。今日の僕は正しくヒーローだったね」

「流石はウォルターね。凄いわ……」

「でも誰も僕を褒めてくれないんだよね。酷くないか? 褒め称えろとは言わないけどさ、お礼の一つくらい言ってくれてもいいと思うんだよ」

「ふふふ、この街は……素直じゃない子が多いから」

「全くだよ。あの子(大賢者様)は特にそうだ……彼女が呑気にお茶してる間、僕があんなに頑張ったのに労いの言葉も無しだよ。昔はとっても可愛かったのに、今では『ありがとう』の一言も言えなくなるなんて……」


ルナは静かに彼の話を聞いていた。その瞳は虚ろで、焦点が定まっていないようだった。


「……ふふっ」

「……すまない」

「どうして、謝るの?」

「……」


ウォルターはまた(・・)彼女に謝罪した。彼に非などないというのに。


ルナには彼の顔はぼやけてよく見えなかったが、きっと()()()()()()だろう……そう思った彼女は優しく彼の頬を撫でて言った。


「この一ヶ月の間、楽しい思い出を沢山貰ったわ……私は、幸せよ」

「……ああ、僕も幸せだった」

「ふふふ、良かった……」


ルナの胸元に薄っすらと発光する白い紋章が浮かび上がる。


ウヴリの白杖はルナがいなければ使用できない。それは彼女が杖の安全装置であると同時に、彼女自身が白杖の為に用意された【少女の姿をした術包杖】でもあるからだ。


「この街のために、私を使ってくれて ありがとう……」


そして白杖を使用した日が終わる時刻───深夜0時に彼女はその役目を終える。まるで、杖から排出される術包杖(消耗品)のように……



「……どうも慣れませんな」


ドアの向こうで聞き耳を立てていたアーサーが静かに呟く。


「あら、もう()()()も見てきたじゃない。意外とセンチメンタリズムなのね……しわくちゃのお爺ちゃんにもなって、嘆かわしいですわ」

「私めは、熱いハートと血液を宿した正真正銘の人間でございますから。ハートも血液も冷め切った、文字通りの冷血女とは違うのですよ」


互いを静かに罵り合う使用人達。この二人は初対面の時から仲が悪い。それは何十年仕事を共にしようとも変わらなかった。


「でも……あの二人は、それでも幸せなのでしょうね」


マリアはそっとドアから離れて小声で言い、その言葉が聞こえていた老執事も静かに呟く。


「その意見には、部分的に同意致します」

「……嫌な男」


彼女は毒づきながらも、微かに笑う。それを見て、老執事も小さく笑みを浮かべた。


……もうすぐ時刻が0時になる。


薄れゆく意識の中で、消えていく自我に想いを馳せながらルナは囁く。


「 明日からの私 をお願イね、ウォるたー……だッタカしら?」

「そうだよ、よく覚えていたね」


ルナの声は徐々に掠れていった。朝までの間、彼女は深い眠りに就く。だが次に目覚める彼女はもう()()()()()()()ではない。


「をルたー……」

「何だい? ルナ」

「泣カ、なぃデ……笑ッ、て」


もう彼女には彼の顔は見えなかったが、それでも愛するウォルターに言う。


彼女が残す、最後の言葉に込み上がる感情を押し殺しながらウォルターは答えた。


「泣いてないよ、ほら。僕はいつも()()()()()じゃないか」


彼の言葉が彼女に届いたのかはわからない。だが、静かに眠るその顔は幸せそうに笑っていた。


「……ッ」


ルナの胸に浮かび上がった紋章から白く濁った水晶の杖が迫り出す。ウォルターは無言で彼女の胸から杖を抜き取り、震えながらギュッと抱きしめた。


「……泣いてないよ、君との……約束だから……」


その濁った水晶の杖こそが、ルナの記憶と精神が宿る彼女の心臓部(コア)


ウヴリ(忘却)の白兎という名は、彼女がウヴリの白杖の安全装置を兼ねる生きた術包杖であると同時に、杖を使う度に心臓部を交換して記憶をリセットされてしまう事に由来するものだ。




◆◆◆◆



アルマは寝室のベッドで一人になっていた。お気に入りのキャンディーを口の中に放り込むが、数度舐め転がした後で噛み砕く。口の中でバリバリと音を立てながら、彼女は不機嫌そうに呟いた。


「何が、また明日だ……バーカ」


役目を終えて長い眠りに就くルナの姿を、アルマは何度も何度も見てきた。


次の朝、ルナは()()()()()()()()()()()()アルマに優しい声をかけるだろう。アルマに今日の事を聞かれても困った顔で首を傾げるだろう。


「……今日までのお前は、もういなくなるじゃないか」


明日からの彼女は、今日までの彼女の思い出を知らないのだから。


アルマは赤い目を涙でさらに赤く腫らし、彼女は一人 窓から欠けた月を見つめていた……



屋敷の誰かが小さな声で祈った、どうか()()()()()()()はもっと幸せにできますようにと


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