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実はこの人もかなり早い段階から設定は出来ていました。
「ありがとうございました、また来てくださいね!」
翌日、シャーリーは店を出た顔見知りの客をとびっきりの笑顔で見送った。現在の時刻は昼過ぎ。ビッグバードには相変わらず沢山の常連客が訪れ、賑わう店内の様子をクロスシング夫妻は幸せそうに見守っていた。
「こうして見てると、店を始めて本当に良かったと思えるなぁ」
「本当ですねー、うふふふ」
「もう少し顔がマシだったら、もっと人が来てくれるかな……」
「今日は可愛い顔ですよー、昨日と一昨日は物凄い顔してましたから」
「あー……はいはい。反省してます、してますとも」
黒歴史を暴かれた怒りのあまり荒ぶる暴力ゴリラと化して畜生眼鏡の屋敷を襲撃し、畜生眼鏡二号にも襲いかかろうとしたカズヒコであったが『愛の力』で本来の自分を取り戻したようだ。愛の力は何よりも偉大という事だろう。
「ああ、今日もシャーリーさん綺麗だな……」
「本当だな……」
「いいなぁ、店長は。どうやったらあんな綺麗なお嫁さん貰えるんだ?」
「運命だよ。俺たちは出会うべくして出会って、結ばれるべくして結ばれたんだ」
妻に見惚れる常連達の質問に、カズヒコは満面の笑みで即答した。彼の発する言葉には一点の淀みも、羨む常連への蔑み等の悪感情は一切なく、ただただ確信に満ちた力強いコトダマが宿っていた。
しかしその一言が彼等のプラ版よりも繊細なハートを思いきり傷つけた。
「……」「……」「……」
「そんな顔すんなよ、事実なんだから」
「わかってるよ……うん、わかってるよ! でもさぁ!!」
「もうちょっとこう……さぁ!!!」
「あれだよ!!」
「何だよ」
「「「言い方考えろよ!!!!」」」
ジャックを始めとする三人の常連は血の涙を流しながら叫ぶ。鬼気迫る彼等の勢いにドン引きし、カズヒコは思わず一歩下がるが勢い付いた三人は泣きながら彼に縋り付く。
「そもそも運命ってなんだよぉ! 何で自信満々にそんな台詞言えんのぉ!? おかしいだろ、ここリンボ・シティだよぉ!!?」
「いや、事実だし」
「あんないい女に出会うべくして出会ったぁ!? そんなの夢だよ妄想だよ幻想だよぉ!! ありえないよぉお!!! ここはリンボ・シティだよぉ!!?」
「そう言われてもな、事実だし」
「出会わない結ばれないのが基本だるるぉ!? 普通なら結婚詐欺とか怪しいお仕事の勧誘とか悪質なイタズラとかで地獄を見るもんだろ!! 何だよ、ふたりとも一目惚れでゴールインって!!!」
「いやぁ、もうこの女しかいねーと思ってつい」
「「「ありえねーからぁ! そんな幸せありえねーからぁ!!」」」
荒ぶる常連三人組に絡まれてカズヒコは嫌そうに笑う。その様子を他の客達は微笑ましく見守っており、シャーリーも照れ臭そうに夫を見つめている。
「運命か、確かに私も時折感じることがあるよ」
「そうなんですか?」
「きっとこの店を訪れたことも運命だったのだろう、神は粋な計らいをしてくれるものだ」
「そこまで言われるとちょっと恥ずかしいですよマークさん……でも嬉しいです」
恰幅の良い紳士ことマークが明るい表情で呟く。この店が余程気に入ったのか、噂を頼りに店を訪れた彼も今やすっかり常連となっていた。シャーリーが淹れるコーヒーは珈琲通の彼をも唸らせる逸品で、紅茶マニアのウォルターすら口にする程だ。カズヒコが淹れる物も口に合うようだが、やはり彼女のコーヒーが特別らしい。
「さて、そろそろ失礼するよ。今日も美味しいコーヒーをありがとう」
「ふふふ、ありがとうございます」
「そうだ……もしよければ受け取ってくれないかな? ほんの気持ちだよ」
マークは胸ポケットから小さな花を取り出し、それを彼女に手渡す。
「わぁ……、綺麗な花」
「別に深い意味はないよ、カズヒコ君にもよろしく伝えておいてくれ」
「ふふふ、あの人もお花好きなんですよ」
「はっはっ、見た目によらないものだ」
そう言って支払いを済ませた彼は笑顔で店を出た。シャーリーも彼を眩しい笑顔で見送り、カズヒコも笑顔で小さく手を振った。
「ありがとうございましたー! また来てくださいねー!!」
「……あのオヤジ、やっぱりシャーリーさんが」
「わかる、わかるぞ俺にも」
「ああ……あいつはおぶっ!」
「あばっ!!」
「いだぁっ!!!」
「お前らもいい加減にしろっつーの」
マークを警戒する常連三人組の頭をカズヒコは軽く小突く。彼は軽く小突いたつもりでも三人にとっては結構なダメージになるようで、彼等は頭を抱えて悶絶している。
「かぁぁぁ~……いってえ!」
「だってよぅ、なんか……ねぇ?」
「そうそう、なんか気になるんだよ!」
「まぁ、一桁番街に住んでるような金持ちが一人でこんなところまで来るのは珍しいが……そう誰でも怪しむもんじゃない」
「そうよ? あの人は良い人ですよー」
手渡された小さな花を見て嬉しそうに笑いながらシャーリーは言う。そんな彼女の明るい笑顔を見て三人は更にあの紳士に対するジェラシーを深めた。
「ん? 何か貰ったのか」
「はい、見て……小さいですけどとっても綺麗」
「ふむふむ……なるほど、確かに綺麗だ。いいもの貰ったなぁ」
妻が嬉しそうに持っている花を見てカズヒコも笑う。
マークがシャーリーに手渡したのは白いタンポポに似た小さな花……それは、ブレンダの書類にあった危険薬物の原料となる『異界の花』に酷似していた。
◆
「ああ、運命。これは……運命だ」
店を出たマークは上機嫌で暗い路地を進んでいく。普通の人間が二桁番街……特にこの13番街の路地を一人で歩くのは非常に危険だ。ビッグバードの雰囲気に惑わされそうになるが、リンボ・シティ13番街は人間が何の用意もなく歩き回れるような所ではない。
「そうだとも、彼女を見た時から思っていた。そして彼女の夫を見た時も……ああ、愉快だ。実に愉快だ」
「やぁ、おじさん。一人?」
路地を歩くマークに薄汚れた服装の小柄な異人が声をかける。小柄ながらも2つの大きな眼球からは悪意に満ちた視線を放っており、裕福そうな格好のマークから金目の物を盗むつもりだろう。
「何か用かね?」
「いやぁ、ちょっとお金が無くてね……すこぉしだけ分けてくれないかなーって」
「それは大変だ……だが残念だが私は
「だーめだよ。だめだめ、本当に困ってるんだぁ僕らぁ」
路地の影から一人、また一人と男が現れてマークを取り囲む。その数は5人……全員が異人だ。
「ね? お金貸してくれよ、おじさん」
「お金だけだと足りないかもしれないから、服もちょうだい」
「もしよかったら、体の一部も……」
男達はナイフや拳銃を取り出し、マークにそれを突き付けて脅迫する。彼等はこうして路地を通る人間を襲い、金品等を巻き上げて来たのだろう。
「急いでいるんだ、通してくれ」
「だめだよ、だーめだめだめだめ」
「もういいや、殺しちまおう」
「そうさね、殺すのが一番楽だ」
「ここならカズヒコにもバレないしね、やっちゃおうよ」
「あのオヤジ甘々だからバレても大丈夫だろうけどな」
「きゃはははは、そうだね! でもシャーリーに嫌われるのはヤダからあいつらの前じゃ良い子にしてようかぁ」
下卑た笑い声を上げながらチンピラ達はマークに躙り寄る。話が通じないと察したマークは何かを諦めたかのように大きな溜息を吐き……
「これもまた運命か、仕方がないな」
「ん? 何か言った?? オジサ────」
リーダー格と思しき小柄な異人の頭部を、マークは片手で吹き飛ばした。
「……え?」
「え、何? え??」
「何、何??」
拳銃を持ったチンピラがマークに向けて発砲するが、放たれた弾丸は彼の右手に弾かれる。弾かれた弾は撃ったチンピラの頭部に命中してその命を奪い、状況が理解できない彼等は唖然としながらマークの右腕に視線を集中させた……
「銃は君たちのような子供が持っていいものじゃない。とても危ないものなのだよ、本当に」
彼の右腕はまるで赤黒い鎧に覆われているかのような『異形の姿』に変化しており、毒々しい赤色に変化した指先からは静かに血が滴り落ちていた。
「……なに? そのてっ」
その言葉を最後に、また一人チンピラの命が散った。異形の右腕に殴打された彼の顔面はまるで ぶちまけたトマトの缶詰 のように弾け、その中身が混じった血飛沫が近くの仲間にべちゃりと付着する。
「この手かね? これは『妻からの贈り物』なんだ」
「う、うわっ! うわぁああああああ!!」
「やばい、こいつやばい!! 逃げろっ、逃げろおおおおー!!」
「うわあああああああああああー!!」
「逃げる? 何処に逃げると言うのかね」
マークは逃げようとするチンピラ達に接近し、一人、また一人とその異形の腕で殺害していく。彼の表情は穏やかで、必死に逃げようとする異人の命を奪う事に罪悪感や躊躇のようなものは一切抱いていないようであった。
「君たちは、ここで死ぬ運命だったのだよ。私を呼び止めた……その瞬間からね」
彼の表情はあの店で見せるような、穏やかな紳士然としたものだった。
「な、なん……なん……」
「どうしたんだい? そんなに涙を流して……まるで恐いものを間近で見たような顔じゃないか」
「何だよ、お前……何なんだよ!!」
「私はマーク。この街には妻と一緒に移り住んで来たんだ……ああ、訳あって妻は今近くに居ないがね」
「や、やめてくれ、殺さないでくれ!」
一人生き残ったチンピラは涙を流しながら彼に許しを請う。その表情は恐怖に歪み、想像を絶する恐怖と絶望に蝕まれた両足には逃げるどころか立ち上がる力さえ残されていない。
「殺さないでくれ? どうしてかね??」
「た、頼むよ! どうか……どうか俺だけは見逃してくれよ!!」
「いやいや、それは駄目だろう」
「ひっ!?」
マークは彼を憐れむような表情を浮かべ、その胸を右腕で貫いた。
「……ごぽっ」
「一人残されるのは寂しいだろう? 友達がみんないなくなるような時は……」
胸から腕を引き抜き、力なく地面に倒れ込んで絶命したチンピラを見つめながらマークは優しい声で言った。
「君も一緒に行くべきだ。そうすれば寂しくないし、もうお金に困ることもないだろう?」
右腕の血を振り払い、路地に転がる死体に見向きもせずにマークは一人歩き去る。
「ああ、あの花を彼女は気に入ってくれただろうか……」
この街を、普通の人間が何の用意もなく一人で歩き回るのは危険だ。路地裏に何が潜んでいるのかわからないし、物好きな住人がペットとして連れる危険な動物の餌にされる事だってある。突然、目の前に門が開いて中からよくわからない変なものが現れてしまう可能性すらある。
だが何より恐ろしいのは、仲良くなった友人が上に挙げたどれよりも 恐ろしい怪物 であるかもしれないという事だ。
ここからじわじわとえげつない話になっていきます。




