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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.8 If time changes, mind will also change
108/123

3

「はぁ……はぁ……くそっ!!」

「ふざけんなよ! 何だあいつらは!?」

「知るか!!」


深夜0時、月明かりすら差さない暗闇に包まれた路地を数人の男が逃げていく。全員が異人で、獣のような顔つきをしていた。


「くそ、今夜だけで何人やられた!?」

「そんなもん数える暇があるかよ!? 逃げるだけで精一杯だったろうが!!!」

「うおっ!!」


何者かから逃走していた異人の一人が、ゴミに足を取られて転倒する。しかし他の者達は彼を気にも留めずに走り去っていく。


「お、おい! 待てよ、待ってくれ!!!」

「悪いな、お前の命よりも俺の命だ!! 悪く思うなよ!!!」

「そんなところで転ぶお前が悪い!! 精々、時間稼ぎを頼んだぜ!!!」

「おい! ふざけるなよ!! おい、待って……待ってくれええええ!!!」


縋るような叫びは仲間だった筈の彼等には届かず、無情にも暗闇に溶けていく。


「く、くそが!! あいつら……今まで俺がどれだけ助けてやったと……」


取り残された男は闇に消えていく仲間の背中を恨めしげに睨みつけ、力の限り地面を叩く……その時だった。


「ぎゃあああああああああああああああ!!!」


仲間達が逃げた方向から悲鳴が聞こえる。暗闇の向こうから悲鳴だけが木霊し、男の耳の中に突き刺すようにして入り込んでくる。思わず彼は耳を塞ぎ、闇の中から聞こえてくる叫び声に震え上がるしかなかった。


「な……なんだよ、なんなんだよ!」


やがて悲鳴は途切れ、再び路地を静寂が支配する。一人残された男は後退るが、彼のすぐ後ろから何かが聞こえてきた。


「……闇に紛れては、闇を討ち」

「……な、なんだ!?」


暗闇の中から何者かの囁き声が聞こえてくる。その声は年若い少女のようだが、肌を切る冷たい風のように一片の情や慈しみの念は感じられない。


「……闇に潜みて、闇を喰らう」

「ふざけるな、誰だ!! 何処にいやがる!!!」

「……我らが求むは救いに非ず」


恐怖のあまり平静を乱し、四方の闇に向かって喚き散らす男の前に一人の少女が姿を現した。


「……求むは、穢れし罪人の血なり」


闇の中から現れたのは、身の丈を越える程の十字架を背負う黒髪の少女。微かに差し込んだ月明かりが照らした少女の姿は美しく、その瞳はまるで血のような真紅の色合いを浮かべていた。


少女が纏う傾いた十字が刻まれた黒コートは血飛沫で赤く染まっており、美しい顔つきに似合わない血腥い匂いが男の鼻を容赦なく抉る。


「な、なんだ……このガキは」

「……」

「こんなガキに……俺たちは追われてたってのか? はっ、悪い冗談だ……」


異人の男は現実を受け止められず、乾いた笑い声をあげる。彼は違法な薬物の密売人だ。彼等が生み出した『薬物(ドラッグ)』の効果は絶大であり、数多くのリピーター(薬物依存者)を生み出した。


「……なぁ、見逃してくれねえかな? 頼むよ」

「……」

「生きるためだったんだよ、仕方ないだろ? 俺だって好きで(ヤク)を作ってたわけじゃないんだよ! 金が欲しかっただけだ!!」

「……」

「生きるために何でもして何が悪い!? 俺たちは被害者だぞ!! いきなりこんな街に放り出されて……

「……違う」


少女は男の言葉を遮り、感情の籠もらない冷たい声で言う。


「お前たちは、楽しんでいただけ。金なんてどうでもよかった」

「な……」

「お前たちは、あの薬でおかしくなる人を見て楽しんでいただけ。そうじゃなければ、子供にまで薬を売るわけない」

「……ははっ」


少女の言葉に、男は笑い出す。先程までの弱々しい態度から一変し、少女をからかうような 馬鹿にしたようなどす黒い感情に満ちた笑みを浮かべている。


「はっ、ははははは……ゴメン。バレてた?」

「……」

「いやー、だってまさかあそこまでブッ飛んだ薬が出来るとは思って無くてさ。ほら、頭がハイになるだけじゃなくて体まで変わっちゃうなんてさー! はははははっ!!」

「……」

「でも別にいいだろ? 使った奴らは幸せになれたし、俺たちは退屈してる可哀想な奴らにちょっとした刺激を与えてあげただけなんだよ。ほらー、アンタも俺たちのヤサに忍び込んだ時に見ただろ?」


男は下卑た笑みを浮かべながら言う。しかし少女は男の言葉に何の反応も示さない……ただその真紅の瞳で男を見つめるだけだ。


「……気に入らねぇ目だな。ガキのくせに……」

「……言いたいことはそれで全部? もう少し面白い話が聞けると思ったけど、期待外れだった」

「はっはっ! ……舐めんなよ、クソガキがぁ!!!」


男はジャンパーから何らかの薬物が入った注射器を取り出すが、次の瞬間にその腕が宙を舞った。


「……は?」


地面に転がる注射器を握りしめた右腕が、自分の腕だと理解するのに少しの時間を要した。


「……っぎゃあああああああああああ!!!」


片腕を切り飛ばされた男は地面に蹲る。少女が立つ反対側の闇の中から、足音を立てずに現れる黒髪の女性……その手には血に濡れた『刀』が握られていた。


「腕が……腕がぁああああ!」

「駄目よ、絢香。知らない男の人と長話しちゃ……」


闇から現れた黒髪の女性は優しい笑みを浮かべ、黒髪の少女に歩み寄る。彼女の瞳は少女と同じ色をしており、左太腿部に大胆なスリットの入った黒い衣装を身に纏うその姿は まるで夜を司る女神のようであった。


「……向こうは片付いたの? 小夜子」

「ええ、とっくに。他の子は幸せそうな顔で眠っているわ……くすくす」

「……少しくらい残してくれてもいいのに」


月に照らされた彼女達の姿はあまりにも美しく、蠱惑的な色香に満ちたその美貌は逆に見ている者の不安を大いに駆り立てる。同じく美しい姿で人を惑わせるルナとは対照的に、彼女達のそれは見た者の魂を吸い取るような……まさしく魔性としか形容しようのないものであった。


「うぐっ……ぐぐぐぐ……、くそっ……てめぇら……!!」

「あら、ごめんなさい。痛かったかしら? 大丈夫、すぐに痛くなくなるから……」

「こいつは、私がやる。手を出さないで」

「はいはい……それにしても絢香、少し汚れすぎよ? 帰ったらシャワーにしなきゃ」

「舐めんじゃねえぞ!! クソがっ!!!」


異人の男は残された左腕で注射器を握り、そのまま自分の首元に突き刺す。


「はっはっ……この薬だけは使いたくなかったが仕方ねえ! てめえらだけはぶっ殺す!!」


男達が作っていた薬は二種類ある。一つは使用者に大きな多幸感を齎す『覚醒剤』の一種。


非常に依存性が高く、一度でも使用してしまえ確実にリピーターと成り果てる程に強烈な代物だ。薬物反応が出るのが遅く、末期にならなければ通常の薬物検査では検出されない。さらにその薬物は使い続けると徐々に使用者の肉体構造に変調を齎し、骨格の変化、臓器分裂、肌質変異、身体部位の異常発達等の異常を引き起こす。


「ぐっぐがっ、ぐがががががががががががが!!!!」


そしてもう一つは、彼が今使用した『強制変異剤』。


使用した者の肉体構造を大幅に変異させ、化け物じみた身体能力を付与する身体強化剤の変種だ。しかし人外の力を与える代償に、その体は元の姿を留めない程に変形し 正に怪物としか言いようがない姿と成り果てる。


「げ、げげげげげっ! シ、()らねぇぞ? (コう)ナッたら、モウどゥ脂溶(しょう)もねぇ……加羅(から)な!」


男の体は元の2倍ほどの大きさまで巨大化し、先程切り落とされた右腕も新しいものが生えてくる。辛うじて面影を残していた頭部からは毛髪が抜け落ち、まるで皮を剥いでいくかのように筋繊維が露出していく。あまりの醜悪な姿に、小夜子は目を細めた。


「……酷い姿ね」

「……」

「手を貸しましょうか、絢香」

「……大丈夫、少し()()()()()()だけ」


絢香は背負っていた十字架の縦アーム部を前に突き出し、ビッグバードで見せた重火器を構えるかのような姿勢を取る。


「いくよ、ハリー。私に力を貸して」


その言葉に反応し、十字架はガシャガシャと大きな音を立てて展開する。そして彼女が中心部から迫り出すように現れたグリップを握ると、縦アーム部の先端部から砲口が現れる……


「ガァああああ()々ああああ嗚呼噫(アアア)アアアあああああ!!!」


醜悪な化物と化した異人の男が悍ましい絶叫を上げながら絢香に迫る。そして剥き出しの筋繊維の塊としか形容しようのない『肉の槌』となった大きな右腕を振り上げ、彼女を叩き潰そうとした。


「……我らが求むは」

「「 愚かな咎人の懺悔なり 」」


絢香が口ずさんだ言葉に合わせるように小夜子も呟き、巨大な十字架から砲火が放たれる────


夜の闇を揺るがす砲声と共に放たれた『砲丸』は迫る肉の槌を根本から吹き飛ばす。


「ガっ!!!?」


右腕が千切れ飛び、化物は姿勢を大きく崩す。その隙を見逃さずに絢香は素早く接近し、ハリーの砲口を胴体部に押し当てる。そして化物が困惑した様子で自分と顔を合わせたのを見計らったかのように


「ただ悔いろ、お前に救いは必要ない」


その言葉と共に、絢香はトリガーを引いた。放たれた砲丸は化物の胴体を一瞬で吹き飛ばし、どす黒い血潮が周囲に飛び散る。ぐちゃりとした不快な音を立てて上半身が地面に落ち、少し遅れるようにして残された下半身も力なく倒れる。


「ごぼっ……!! ごぼ()ぼっ!!! ナンだ……お()へ、ナンナんダ……」

「あら、まだ息がある。私にトドメを残してくれたの?」

「……違う、これからちゃんと殺す」


絢香はハリーの砲口を化物の顔面に押し当てる。赤熱化した砲口はその顔を容赦なく焼き、化物は苦しげな声を上げる。その様子を見て小夜子は冷たい笑みを浮かべる一方、絢香はその顔に何の感情も浮かばせない。


「がっ! がっ……ガガガ()がっ!!」

「……私たちは掃除屋(クリーナー)

「ぐっ、ぐりー……!?」

「お前のような (ごみ) を、掃除するために居る」


そして放たれる砲丸。化物の顔面は砲声と共に弾け飛び、遺された上半身がビクリと大きく痙攣する。少しの間、首元から血を吹き出した後……その半身も動くのを止めた。


「……」

「お疲れ様、絢香。後は協会の人に任せて帰りましょう」

「……おかしい、な」

「……?」


絢香は疑問を抱いた。自分の背丈を大きく越える化物に迫られても、彼女は『恐怖』を抱けなかった。


彼女はこのような化物を相手にしても今まで恐怖を感じた事はない。どんなに脅されようと、眼の前に刃を向けられようと、肌を爪で裂かれようとも……。


「大丈夫? 絢香……怖かったならそう言ってくれれば」

「……怖くない! 子供扱いしないで!!」

「はいはい、もう急に怒鳴らないで。驚いちゃうじゃない……くすくす」


だが、あの男は違った。やたらと顔が怖い以外は普通の人間……喫茶店を経営するただの強面の男。その男に睨まれただけで、彼女は今まで感じた事のない 恐怖 に襲われたのだ。


まるで、体があの男と対峙するのを拒んだかのように……。


「……ハリー、あの人は 何だったんだろう?」


絢香の問いに、ハリーは答えない。小夜子はいつもと様子が違う『妹』の姿に少し困った笑顔を浮かべつつ、彼女の肩を優しく叩いた。


「帰りましょう? 先生も心配しているわ」

「……わかってるよ、お姉───」

「えっ?」

「……()()()

「……もう!」


絢香は咄嗟に出しかけた言葉を噛み殺し、気まずそうに姉の名を言う。小夜子はその事を残念に思いつつも、妹と手を繋いで路地の闇に消えていった。



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