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たまたま立ち寄った喫茶店の紅茶がとても美味しくて感動した事があります。その時から、自分の勘を頼りに行動するのも悪くないと思いました。
黒髪の少女はカズヒコに案内されるがままテーブル席に付く。
「あんな武器見たことあるか……?」
「いや……ていうかあれは女の子が持ち運べるものなの?」
「いやいや……俺たちでも無理じゃねえかな」
ハリーと名付けられた十字架っぽいナニカは少女の隣に置かれ、その溢れ出る冒涜的な威圧感で他の客を圧倒していた。
「ご注文は?」
「え、ええと……じゃあ……お、オムレツセットください……」
「お客様、ドリンクは何にしますか?」
「え、えと……あっぽぅじゅーす」
黒髪の少女は震えながら注文する。シャーリーは落ち着かない様子で夫の顔色を窺い、半ば強引に料理を注文させられた少女も緊張で体を強張らせている。
「はい、少し待ってな」
注文を受け取ったカズヒコはにっこりと笑うと、鼻歌を歌いながら厨房に戻る。黒髪の少女は冷や汗をかきながら彼の背中を見つめ、常連客達は少女が無事だった事に安堵のため息を吐く。
「……何か、今日の店長 怖くね?」
「店長、子供嫌いなのかな……意外だな」
「はっはっはっ、じゃあっくっ! 俺は子供好きだぞ?」
「ひいっ! スミマセン!!」
ジャックが漏らした一言にカズヒコは笑顔で返答する。そして彼が厨房に戻ったのを確認した黒髪の少女はほっと一息ついた。
「あんまり怖がらないであげてね?」
「ぴっ! べ、べべ別に怖がってない!」
緊張の糸が切れた瞬間にシャーリーに声をかけられ、少女は面白い悲鳴を上げる。
「……」
「……ぶっ、くくく」
「ば、ばか! 笑うなって……くくっ」
「ふ、ふふふふ」
常連の一人が、彼女の発した珍妙な悲鳴を聞いて我慢できずに笑い出し、彼に釣られるようにして店のみんなが大声で笑う。彼女は羞恥心のあまり顔を真っ赤にした。
「~ッッ!」
「あっはははははははは!!」
「こーら! もうみんな、笑うのはやめなさい!! この子が恥ずかしがってるでしょ!!!」
見かねたシャーリーが笑う客達を大声で諌めると、彼等はすぐに大人しくなった。
「……でも、いきなり勝負なんて言い出しちゃ駄目ですよ。驚いちゃうから」
「……」
「あの人に用があったの?」
「……うん」
シャーリーの質問に少女は気まずそうに答える。店内からはまだ小さな笑い声が聞こえるが、流石にこれ以上彼女を笑うのは可哀相だろう。
「私は、スカル・マスクと闘うために来たんだ……」
「その……スカル・マスクって?」
「聞いた話だとこの店に居るって……私の、先輩」
「先輩?」
「そう、掃除屋の……大先輩」
少女が発した『掃除屋』という単語にシャーリーは小さく反応する。
「……やっぱり、あいつがスカル・マスク」
「え、ええと」
「ほいよ、特製オムレツセットお待ちー」
シャーリーを問い詰めようとした所でカズヒコが少女の席に看板メニューである『特製オムレツ・セット』を運んできた。
「ほら、食いな。シャーリーは他の人の注文聞いてやって」
「あっ……はい。ごめんなさい」
「お、お前がスカル
「んとなー、冷める前に食え? いいね??」
カズヒコは少女の話を強引に逸らし、丹精込めて仕上げた特製オムレツを食べるよう勧める。
「……」
「別に毒なんていれてねーよ、ほら食いな」
乗り気じゃなかった少女もオムレツの放つ美味しそうな匂いに釣られ、ナイフとフォークを手にできたてのオムレツを食べ始めた。
「どうだね?」
「……ッ! お、おいしい」
「当然よ、愛情たっぷり込めてるからな!」
少女の態度はオムレツを一口食べた途端にがらりと変わり、夢中になって料理を食べ進める。その姿を見てカズヒコはにっこりと笑い、自信満々の様子で誇らしげに言う。
「まぁ、つまりこの店はそんな感じで飯を食うところだ。女の子が目をギラギラさせて『勝負だー』とか物騒な台詞を言う場所じゃないんだよ」
「……」
「わかったか?」
「……わかったよ」
「よし、んじゃあ しっかり食いな」
カズヒコは優しい声で少女に言い聞かせる。顔は怖いが彼はドがつく程のお人好しで、滅多な事で怒ったりはしないのだ。とある眼鏡は例外だが。
「怒らねえんだな、店長」
「怒ったら嫌われるだろ。ただでさえ顔が怖いのにもっと怖がられたらたまんねぇわ」
「あ、やっぱ気にしてるんだ。その顔」
「はっはっは、じゃあっくっ! 一言多いぞ? んん??」
カズヒコはジャックがさり気なく呟いた一言を聞き逃さず、満面の笑みで彼の顔を見る。
「ひいっ! ゴメンナサイ!!」
「はっはっ、ジャックも学習しないナ」
「本当にねー」
「まぁ、ジャックは馬鹿だしな!」
そしてビッグ・バードは再び明るい雰囲気に包まれる。カズヒコはその様子を満足気に見つめ、シャーリーもそんな夫を見て大きな幸せを感じていた。
「……」
「ああ、賑やかで悪いな。でもこれが俺の店なんだ……悪いけど我慢してくれ」
「ううん、いいところ……だと思う」
「ありがとうよ。ちなみにそのスカル・マスクって奴なんだが……」
少女は食事の手を止める。
「そいつ、とっくの昔に死んだよ」
「……死んだ?」
「そう、俺はただの知り合いだ。世話にはなったけどな」
「ウソ! あいつは死なないって聞いた!! 不死身だって……」
少女は興奮気味に立ち上がり、力一杯にテーブルを叩いて叫ぶ。頑丈な素材で出来ている筈のテーブルは真っ二つに割れ、食べかけのオムレツも台無しになる。他の客はその音を聞いて一気に静まり返り、再び店内の空気は一変する……。
「……あ」
「誰が言ったのか知らんが、あいつが不死身なんていう与太話を本気で信じてたのか? 死ぬよ、どんな奴もいつかは死ぬ」
「……」
「……何か恨みでも有ったのか?」
目当てのスカル・マスクが死んだと伝えられた少女は力なく座り込む。
「……戦ってみたかっただけ」
「戦ってどうする?」
「勝ちたいの」
「ふぅん?」
「そうしたら、私が最強だって……認めてもらえるから」
カズヒコは彼女の話を何とも言えない表情で聞いていた。シャーリーや常連客も空気を読んで静かに様子を見守っている。騒がしくなったり、静まり返ったりと何かと忙しい人達である。
「そうしたら……お姉ちゃんも」
「ま、あいつはもう死んでるし……お嬢ちゃんが最強でいいんじゃないか?」
「ちゃんと戦って勝たなきゃ……意味ないのに」
少女は悔しげに呟くと、席を立ってカウンターまで歩き出す。そしてクシャクシャになった数枚の紙幣をコートから取り出し、そっとカウンターに置いた。
「料理、美味しかった。これ、壊したテーブルの……」
「あ、もういいの? また新しく焼いてあげますよ……?」
「いいの……その、ごめんなさい」
「待ちな、お嬢ちゃん」
カズヒコは少女が出した紙幣からオムレツセットの代金を引き、残った紙幣と共にお釣りを手渡した。
「あ、あの……これは弁償」
「いらねぇよ、ほいお釣り」
「……」
「次はそんな格好はやめて、お客様として来いよ? また美味しいオムレツ焼いてやるから」
「……ごめんなさい」
黒髪の少女は申し訳なさそうに頭を下げ、大きな十字架を背負いなおして退店しようとするが……
「あ、そうだ。お嬢ちゃん一つ聞いていい?」
「?」
「その、スカル・マスクって名前……誰から聞いた? そもそも死んだはずのあいつがこの店にいるなんて」
「ウォルター・バートンが教えてくれた」
少女が言ったその名前に、カズヒコは硬直する。シャーリーも思わず口を抑えて黙り込み、店内のお客様達は一斉に頭を抱えて俯いた。
「じゃあ……ご馳走様でした」
「……ん、ああ。ありがとうよ、また来てね!」
カズヒコは笑顔で手を振りながら少女を見送った。店内は依然として凍りつくような重い静寂に包まれ、その中で唯一動けたシャーリーはそろりそろりと彼に近づく。
「……あなた?」
「んん? なんだいマイハニー??」
「大丈夫?」
「なんだよ、急にー。はっはっ、別に変なところなんてないだろ?」
「そ、そうね……」
「あー、それにしても可愛かったなあの子。ちょっと変わった所があるけど、良い子じゃないかー、はっはっは」
カズヒコは笑いながら厨房に戻っていく。シャーリーはそんな夫の背中を悲しそうな顔で見送った。
「あ、あの……注文、いいかな?」
「あ、はいはーい! ごめんなさいね」
「……死んだな、クソメガネ」
「あの笑い方は相当、頭にきてるな……ご愁傷様です」
「店長に殺されるなら、あの眼鏡も本望だろ」
「みんなで花は添えてやるか……一応、俺たちも助けられたことあるし」
常連達はクソメガネことウォルター・バートンの死を予期し、静かに十字を切る。
「……ところで、スカル・マスクって何?」
「さぁ……店長の友達だろ。俺は会ったことないけど」
「店長は死んでるっていってたな……でもウォルターにしては随分悪趣味なことしたな。よっぽど暇なんだろうかねぇ」
「それだけ店長ニ構って欲しいイじゃないカ?」
「どんだけ店長好きなんだよ、あの眼鏡。もうあいつホモなんじゃね?」
常連達の間で密かにホモ疑惑が浮上するウォルターだが、実際のところどうなのかは定かではない。
そして次に行った時には肉バルになってました。泣きました。