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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.8 If time changes, mind will also change
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プロローグ

とある喫茶店で紅茶飲みながら家族について考えていたらこの話が生まれました。

「ふー、今日もお疲れさん」

「ふふふ、あなたもね」


店の掃除が終わり、俺は妻に労いの言葉をかける。


俺の店『ビッグ・バード』は小さいから掃除自体はそこまで苦労しないが、掃除するまでが大変だな。


「ジャックは相変わらず朝から晩まで居座るなぁ、ちゃんと注文してくれるのはいいけどよ」

「ふふふ、先生も毎日忙しいのによく顔を出してくれるわね。あなたのオムレツが余程気に入ったんでしょうね」

「いやぁ、殆どの客は君目当てだよ」

「いえいえ、あなた目当ての人もいるわよ」

「ないない、この顔だよ?」

「その顔が良いの。寝顔はとっても可愛いしね」


よくもまぁ、俺なんかの店に沢山のお客さんが来てくれるようになったもんだよ。嬉しいやら、恥ずかしいやら……今でも初めてのお客さんにはこの顔で怖がられるけどな。


「でも今日はあの人、来てくれなかったわね」

「どの人?」

「ウォルターさん。いつも水曜日には絶対に顔を出してくれるから……」

「うーん、来なくていいよー。もう来なくてもいいよ、アイツは」

「でもあなた……ウォルターさんが来なかったら少し寂しそうよ?」


嫁さんの口から飛び出た言葉に俺は硬直する。何を言い出すんだ、マイハニー。


俺はむしろあの眼鏡の顔が見れなくて嬉しいくらいだよ、もう二度と見たくねえくらいだよ。

あいつの面を一目見る度に魂の奥底から湧き上がるどす黒い殺意が、思い出したくもねえ過去を嫌でも思い出させやがるんだ。


「……あなた?」

「あ、すまん。何でも無いよ……」

「……言わないほうがよかった?」

「うーん、どっちかと言うとな?」


俺の返答を聞いて妻は少し残念そうな表情を浮かべる。この子には俺とあの ド畜生 が仲良し小好しに見えているらしいがそれはとんでもない誤解だ。


俺は、あいつがこの世で一番嫌いなんだ。


あいつに会ったのは今から……もう結構昔になるが、出会った日の事は今でも忘れない。思い出すだけで胃の中に穴が開くような痛みが走る。ああ、殺したくなってきた。


次にあいつが顔を出した時は、飯に毒を混ぜよう……そうしよう。


「……まぁ、遅くならないうちに寝ようぜ。明日も頑張らないといけないしな」

「その前にお風呂に入りましょうか。今日はちゃんとお湯につかって……シャワーだけだと体の芯まで暖まらないわ」

「いやー、いいよ。シャワーだけで」

「駄目よ?」

「駄目かなー?」

「はい、駄目です。ふふふ」

「ちぇー……」



嫁さんより先に風呂を上がった俺は、ソファーでだらけながらテレビを見ていた。


「午後9時頃、12番街の路地でバラバラになった男性の遺体が発見されました。遺体には血が一滴も残されておらず……」

「相変わらず、二桁番街(ダブルナンバー)は恐ろしいねぇ」

「そうね……はい、あなた。ホットミルク」

「ん、ありがと」

「ふー……でも、私はこの街が好きよ?」

「俺も、嫌いじゃあないけどな」


10番から13番街までは通称『二桁番街(ダブルナンバー)』と呼ばれている。過去の経歴に傷がある奴、協会に危険と判断された奴、そして金がない奴が多く住むところだ。当然、治安も悪いし毎日のように血腥い出来事も起きる。何より世界で一番クソッタレな眼鏡が住んでるって理由で協会の奴らからの印象も良くない。


元々ここらは異人(ワンダー)達を隔離する為の区画だったらしいんだけどな、詳しい話までは知らん。


逆に1~9番までは『一桁番街(シングルナンバー)』と呼ばれている。特に1~3番街は上流階級向けの区画で、住んでいる奴の殆どが金持ちだったり重役だったりする。二桁番街に比べると治安も良く、協会の本営が近くにある関係から騒ぎが起きてもあっという間に鎮圧される。要するに社会的な勝ち組が住む所だな。


「ウソ、あなたはこの場所が大好きじゃない」

「バレた?」

「バレバレです、ふふふふ」


ミルクが入ったカップを置いて、嫁さんがソファーでくつろぐ俺に抱き着いてくる。確かに、二桁番街で暮らしてなかったら俺は彼女に会えなかった。そう考えると、この街に放り出されて良かったと心から思えるね。うん、良い嫁さんを貰ったよ。


でもそのでかい胸でむにゅっと顔面ホールドしてくるのは止めて。マジで息できなくなるから。


「ふふふ、そろそろ寝ましょうか」

「ぶはっ! そ、そうだね、寝ようか」

「……苦しかった? ごめんなさい、その……癖で」

「抱きつき癖は昔から治らないな。本当に」

「ふふふふっ、気をつけます」


因みに嫁さんの名前はシャーロット。愛称はシャーリー……名前からして別嬪さんだろ?


彼女も(ポータル)からこの街にやってきた異人だ。綺麗な金色のロングヘアーがチャーミングで、愛らしい顔に似合わないダイナマイトボディともふもふなケモ耳と尻尾が破壊力抜群な絶世の美女だ。


え? 自慢しているように聞こえる? 当たり前だ、自慢の嫁さんだからな。


「……でも、ここまで大きくなるなんて思わなかったから」


シャーリーはそのバインバインに育った胸を持ち上げて言った。やめろよ、その攻撃は死ぬほど効くから。結婚してから結構経つけど、未だに慣れねえから。


「クロ子に言ったら泣くぞ?」

「でも……やっぱり小さい胸の方が良かったわ。大きいと大変なことばっかりなんです」

「知ってる。身に沁みてるくらいだよ」


そのデカイ胸で毎朝毎晩虐められるからね……おっとこの話は止めておこう。まぁ、そのくらい嫁さんと俺はラブラブって事だよ。悪いね。


「でも、仕方ないわね。育ったんだから」

「まぁ、本当の姿はもっとデカイからそのくらいはな?」

「もう!」


実は今のシャーリーは変身した姿だ。本当のシャーリーはもっと大きいし、()()()()()


「まぁ……今が幸せなら何でもいいか」

「……そうね、幸せ」


お互いに昔は色々あった。だから、多分俺達は死んでも天国には行けないだろう……そうしなきゃ生きていけなかったからと言ったらおしまいだがな。


「そうそう、あなた」

「ん?」

「新メニュー考えてみたの、朝ごはんにどう?」

「ほー、楽しみだ。確かにそろそろ店のメニューが増えても良いかなとか思っていたんだよな」

「ふふふふ、楽しみにしていてね?」



そして次の日の朝、俺は食卓に出された料理を見て困惑した。


「じゃーん、出来ました!」

「わーい、何だいこれー?」

「ヒュグライムのリゾット 黒チーズ風味です!」


シャーリーが考えた新メニューは目に優しい緑色のプルプルしたゼリー状のスープで作ったリゾットみたいな何か。嫁さん渾身の新メニューらしく、自慢げに胸を張って唯でさえ目立つどたぷーんなおっぱいの存在感を更に強調していた。


この光景だけでライス三杯はいけるが……今回のコレは少しキツいかもしれねえ。


「ヒュグライムって食べていいものだっけ?」

「昨日、市場で安売りしてたの。滋養強壮に良いんですって」

「そりゃ、ヒュグライムなんて誰も買わないわ……何混じってるかわからねえもんよ」


ヒュグライムってのは洞窟とかジメジメした所に住んでいるゼリー状の新動物だ。つまり、『スライム』だな。習性や性質もゲームとか映画に出てくる奴とほぼ同じだ。


違うところがあるとすれば、ヒュグライムには高度な擬態能力があるところとピイピイ鳴くところだな。雑食で草なり、虫なり、動物なり、果ては人間まで関係なしに捕食しちまう。食った生き物そっくりに化ける事も出来て、昔は多くの人間が被害にあったらしい。


「ささっ、どうぞー」

「わーい、いただきまーす」


食いたくねぇ。とてもじゃないが食いたくねぇ。出来ることなら食いたくねぇ。


この食欲をマッハで削ぎ落とす目に優しい緑色のゼリー状スープに混ざる白い米粒がグロテスクさを更に押し上げている。煮立ったカエルの卵だが成長途中の卵の中身とでも表現すれば良いのか……うおお、これはキツイ。米に混ざる角切りベーコンと溶けた黒チーズがこれまた禍々しい存在感を放っている……。


でも食べなきゃ。嫁さんの料理だもの。散々自慢した以上、旦那として嫁さんの全てを受け入れる度量を見せつけないとな。


「……(モチャモチャ)」

「美味しい?」

「……うめえ」

「よかったー……ふふふ、ちゃんと味見はしたんですけどね」


本当に味は美味かった。うーん、身体が受け付け拒否する見た目とゼリーみたくトゥルントゥルンな食感はともかく普通にイケるな。肝心のお味はイカスミに近くてそれの匂いだけを抜いた感じ。どちらかと言えば、肉類よりも魚介が合う味だ。


もっとも、こんなもんに魚介ぶち込んだら見た目がもっとヤバくなるが……。


「どう? 今日にでもメニューとして出してみましょうか」

「うーん、見た目をもうちょっと何とかしないとやべーだろうな。見た目がやばい」

「わふぅ……」

「久々に聞いたね、その可愛い口癖。もう聞けないかと思ったー」

「も、もう……恥ずかしいからやめてください」

「いやぁ、すまんすまん。んじゃま、しっかり食って店の準備をしましょうかね」


こうして二人で笑いながら飯を食う。そして二人で生きていく。それが、俺の掴んだ幸せだ。


たったそれだけ? と思われるかも知れないが、俺にとってはこれ以上ない幸せなんだ。もう、これ以上ない……な。


「そうそう、あなた」

「ん?(モチャモチャ)」

「そろそろ子供の名前、考えてくれた?」

「ぅあぶふぅっ!!」

「ああっ! だ、大丈夫!?」

「ゴホッゴホッ! だ、大丈夫だよマイハニー……でもご飯中にその話題はやめようね?」


俺はカズヒコ。カズヒコ・クロスシング……俺も門からこの街(リンボ・シティ)に放り出された異人だ。


そんな俺がこの街で幸せになる為に何をしたかって? 何だってしたさ。恨まれる事も沢山な……もっとも、二桁番街に住むやつらはみんな似たような台詞を言うだろうが。


そんなやつらも、俺に比べればマシだ。()()()がしてきた事に比べれば……ずっとな。




chapter.8 「If time changes, mind will also change」 begins....



自慢じゃないですけど人生で四回告白して四回とも玉砕したことがあります。

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