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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.7 Kindness is never wasted
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エピローグ

この二人のカップリングは早い段階から決まっていました。

ダディ、ママン、ケニー。お元気ですか、僕は元気です。


この街に転属してから数ヶ月が経ちました。そして数ヶ月の間、この街で暮らして思った事があります。驚かずに聞いて下さい。


僕は、この街が好きになってきました。


これが今の僕の正直な気持ちです。どうか驚かないで。ダディ、ママン、どうか引かないで……僕の頭は正常です。決して頭がおかしくなった訳ではありません。


本当に、この街に来て良かったと思える事があったんだ。本当だよ? そりゃあ嫌な事も沢山あるさ。眼鏡恐怖症になるし、トマトスープが飲めなくなったし、毎日のように死にかけたりするけど……


ダディ、ママン、ケニー、僕はこの街で頑張っていきます。



「11番街で起きた新動物大脱走事件から今日で三日が経ちました。逃げ出した新動物の多数は捕獲されましたが、依然として若干数の動物が街に……』


灰色の肌をしたマッチョなニュースキャスターがこの前の事件について報せていた。最近、街はこの事件の話題で持ちきりだ。似たような事件に俺も巻き込まれたんだけど……まさか続けて同じような事件が起きるなんて思っても見なかった。


「朝から複雑だなぁ……」


被害者は多数。何でも多くの新動物を積んでいた運び屋の大型トラックにオープンカーが突っ込んだのが原因らしい。それからどうなったかと言うと……うん、前と似たような事になってしまったんだ。トラックに突っ込んだ男性二人は死亡、運転手も運んでいた凶暴な生き物に食べられてしまったらしい……。


「そこまでしてでも手に入れたいものなのかな、新動物なんて……」


俺には理解できないけど、その為なら何だってする奴は実際に居るのが現実だ。巻き込まれる人達の事なんて何一つ気にしちゃいない……ひどい話だ。


逃げ出した新動物は魔導協会の職員や警察、そして民間人の手も借りて捕まえたり処理したりして騒ぎは収まった。アレックス警部や同僚達が頑張っていた時に俺はどうしていたかと言うと……高熱を出して部屋で寝ていました。


もう本当に自分が情けなくて、死んでしまいたくなった。心の底から自分が嫌いになった。


でも、そんな時に()()は俺の部屋を訪れてくれたんだ。俺なんかを心配して、事件が片付いた次の日に……ドアを開けた時は夢か幻かと思ったけど、彼女は俺の部屋の前に立っていたんだ。


「おっといけない……のんびりと見ている場合じゃないな」


俺はテレビを消して着替えを済ませ、眠気覚ましにコーヒーを1杯飲む。あまり美味しいとは言えないけど、飲むと少しだけ元気になれるんだ。ママンがいつも淹れてくれたコーヒーの味に似ているからかな……。


「……よし、今日も頑張ろう。俺にだって出来ることはあるんだ」



鍵を開けて外に出ると、右隣の部屋に住んでいる山崎・ブリガンダイン・ペペさん(19歳。両性)とばったり出会った。ペペさんは仕事帰りのようで、4つの目の上2つが完全に閉じていた。彼(彼女)は目が4つもあって、両手足が半透明になっている以外はとても気さくな良い人だ。雌雄同体で外見上は綺麗な女性に見えるけど、本人は男よりだと言い張っている。


「あ、おはようございますペペさん。今日も……徹夜ですか」

「あはー……うん。仕方ないんよね、人手が足りてないんし……これから寝るとこ」

「お疲れ様です。俺はこれから仕事ですよ」

「もう風邪は治ったんね、良かった良かった。お隣のよしみで看病してもよかったんけど、彼女さんが見舞いに来てたからねー」

「ははは……いや、そのあの人は」

「え、彼女じゃないの? じゃあウチにもチャンスある?」


ペペさんは上の二つの目も開き、不敵な笑みを浮かべて言った。この人はよくこういう調子でからかってくるから少し苦手だ。良い人なんだけどね……。


「ジョークよ、ジョーク。本気にしなんでねー」

「あ、はい……」

「じゃあ、いってらっしゃい。気をつけてねー」


軽く会話を交わした後に俺はぺぺさんと別れた。彼(彼女)は笑顔で手を振りながら見送っている……やっぱり苦手だなぁ。引っ越してきてからずっとこの調子なんだよなぁ……良い人なんだけどね。



「おはようございます」

「おーっす、おはよー」

「おはよう、デューク君。調子はどう?」

「はい、もうすっかり本調子になりました。その……」

「気にすんな、入院しないだけマシだマシ。ボブやブッカーよりよっぽど恵まれてるぞ」

「ははは……」


警察署に到着した俺は挨拶を済まして自分のデスクに付く。


「おはよう、デューク」

「あ、おはようございます」


すると隣のデスクのハマーさんが上機嫌で話しかけてきた。どうしたんだろう……この人、あんまり笑わない人なんだけどな。


「……どうしたんですか、ハマーさん? 何だか嬉しそうですけど」

「いやぁ、大したことないさ。はははは」

「そうですか……」

「何だ、気になるのかい? 仕方ないなぁ……」


あれ? こういう感じの人だったっけ。確か僕の知っているハマーさんは物静かで話しかけても無愛想な返事しかしなくてなんというか仕事一辺倒な感じだったんだけど……。


「最近、ハマーに恋人が出来たらしくてな」

「えっ!?」

「何でバラすんですか、アレックス警部!」

「いや、あんまり気持ち悪かったからつい」

「ヒドイ!」

「ど、どんな人ですか……?」

「いやぁ~……ははは、ちょっと変わってる子さ。でも素敵な女性だよ」


ハマーさんは満面の笑みで言う。周囲の皆はうんざりしたような顔で彼を見ていて、警部も若干苛立っている様子だった。なるほど……この人は幸せになった途端にはっちゃけるタイプか。


「へぇー……」

「顔が猫みたいになってるけどね、とても優しくて甘えん坊で……」


ん? 猫みたいな顔??


「ね、猫?」

「ああ、彼女は異人(ワンダー)なんだ。でもいいんだ、愛があれば」


背筋を冷たい汗が伝う。そういえば少し前にヒドイものを見た記憶が……確か顔が猫になっている異人の女性が彼氏をめった切りにしていたような。いやいや、別に猫の顔をした異人なんて珍しいものでもない筈だ。勝手に決めつけてはいけない、それにハマーさんも幸せそうだしきっと別人だろう。


「ハマーさん」

「ん? 何だい、写真が見たいのかい? 仕方ないなぁー」

「その人の名前は?」

「名前から聞きたいのか、いいよ。彼女の名前はグレースだ」


思い出したよ、ママン。この街に来てから、悪い予感は的中するようになったんだった……何も嬉しくないよママン。


「ハマーさん」

「仕方ないなぁ、見せてあげるよ……ほらこれが写真」

「その女性とは、早く別れた方がいいです」

「いきなり何を言い出すんだデューク君!!?」

「いや本当に……ハマーさんの命のために言ってるんですよ……」

「まさか、僕と彼女の関係に嫉妬して……見損なったぞ! 君がそんなやつだなんて」

「デューク、見回りに行くぞ」

「あ、はい」

「待ってくださいアレックス警部! まだ彼と話が……」


俺は警部と一緒に執務室を出た。ハマーさんが今も俺の名前を呼んでいるようだが、警部が何も言わずに首を横に振った。彼の事は忘れろということだろうか……()()ウォルターさんとも何だかんだで交流のある警部が諦めるんだから相当なんだろうなぁ。


「いいヤツだったんだがな、アイツも」

「過去形ですか、警部」

「毎日のようにあの調子で惚気けられたら誰だって嫌になる。お前もそうだったろ?」

「いやぁ……でも彼女とは別れさせたほうが良いと思います」

「どうした? あいつの彼女と知り合いか??」

「知り合いじゃないですけど……少し前にヒドイものを見せられたもので」


このまま行けばハマーさんはグレースさんによってめった切りにされてしまう……けど仕方ないかな。そうなった時は、彼のお墓に花を添えてあげよう。


「明日もあの調子なら、記憶処置を受けさせるべきだな」

「無事に明日出勤してきますかね、ハマーさん……」

「お前、本当に何を見たんだ?」

「良いんです、警部。彼の前ではきっとグレースさんは素敵な女性なんですよ。彼女との間に何が起きても、きっとハマーさんは喜んで受け入れると思いますよ」

「やっぱりお前、この街に向いてるよ」


悲しいかな、この街で色々経験したせいか……話が通じる相手と通じない相手がハッキリわかるようになっちゃったんだ。残念な事にハマーさんは後者だ。彼の幸せを祈りつつ、そっと距離を置いていこう。


「そういえば……お前も最近、彼女が出来たんだったか?」

「……誰から聞いたんですか、警部」

()()()()からな。お前はああなってくれるなよ?」

「なりませんよ。それに……まだ、そこまでの関係にも」


俺はふとあの日の事を思い出す。重い体を起こし、ガンガン痛む頭をおさえながらしつこくインターホンを鳴らし続ける 誰か に文句の一つでも言おうとして部屋のドアを開けた時だった。


『ハァ……ハァ……こ、こんにちは。ニコールソンさん』


部屋の前には、息を切らしたサチコさんが大きな紙袋を抱えて立っていた。


『ぶ、ブレイクウッドさん!? どうしてここに……』

『ね、熱を出して倒れたって聞いたので……』

『い、いやいやいやいや大丈夫ですから!! ブレイクウッドさんもご多忙でしょう!? それが、俺なんかの

『だ、大丈夫です! 今日は休日ですから……いいからニコールソンさんは横になっててください!!』

『え!?』

『いいから!』


どう反応したらいいのかわからなくて、ただ彼女の言う通りに俺はベッドに転がった。誰が俺の住所を教えたんだろうとか、そもそも多忙な彼女がどうしてこのタイミングで休みを取れたんだろうとか、どうして彼女が俺の部屋で温かいスープを作ってくれているんだろうとかで頭が一杯になった。


熱を出しているせいか、まるで現実味が感じられなかったんだ。


『風邪の時はこのスープを飲むとすぐ治るんです。私が風邪を引いた時、大賢者様がよく作ってくれましたから』

『だ、大賢者様……!?』

『メールで教えたでしょう? あの人が親代わりだったんですよ』

『そ、そんな人の秘書がこんな……ええと、俺は大丈夫ですって! 本当に!!』

『……駄目ですか?』

『え?』

()()()()()()()が、貴方を心配しちゃ駄目ですか?』


サチコさんが俺に見せた寂しげな表情が、深々と胸に突き刺さった。


俺の部屋を訪れたのは普通の女性だった。魔導協会の代表たる大賢者、その専属秘書官としてではなく普通の女性…… サチコ・大鳥・ブレイクウッド としての彼女だった。


『……そんなこと言われたら、どう答えたらいいのか』

『……ごめんなさい、でも心配で』

『どうして、俺のことをそこまで……』

『……笑いますか?』


サチコさんは顔を赤くしながら、俺を見て呟いた。もしかしたら聞き間違いだったのかもしれない。風邪で頭がおかしくなって、彼女の言葉を都合のいい風に解釈したのかもしれない……でも、俺にはこう聞こえたんだ。


『貴方のことを好きだからと言ったら、笑いますか?』


俺がどう答えたのか、俺が彼女と部屋でどんな時間を過ごしたのかはよく覚えていない。一つだけ確信を持って言える事があるとすれば、サチコさんとは週末にまたデートする約束をした。それだけだ。


「……どうかしたか?」

「えっ、あっ……すみません!」

「顔が赤いぞ、まだ熱があるんじゃないのか?」

「な、何でもないです!」

「はっはっ、気をつけろよ。そうやってすぐに顔に出してると、クソメガネが笑顔でお前を応援しに来るぞ?」

「な、何でウォルターさんが!?」

「あー……、いや何でもない。忘れてくれ」

「ちょっと待ってください、警部! ウォルターさんから何を聞いたんですか!? ねぇ! ねぇ!!」




俺は非力な存在だ。彼女のように、魔法を使えるわけでも戦う力があるわけでも無い。彼女を守るだけの力も……今の俺には無い。


それでも 俺はこの街で頑張っていくよ。警部も言ってくれたように、この街にも俺を必要としてくれる人が居てくれるとわかったから。彼女が魔法使いであるように、俺は警察官だから。


ダディ、ママン、ケニー、デュークはこの街で生きていきます。これからも、彼女の側に居たいから。




「ごほん……そういえばケニーってのはお前の弟か? それとも大事にしてるペットか? いつも電話越しに『ケニーは元気にしてる?』とか聞いてるが」

「えっ……ああ、雄のドラゴンですよ。ママンが生まれた時にグランマ(お婆様)からプレゼントされたらしくて」

「は?」

「あれ、言ってませんでしたっけ?」




chapter.7 「Kindness is never wasted」 end....


幸せになるかどうかは、紅茶の味とその日のテンション次第です。

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