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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.7 Kindness is never wasted
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7

久しぶりに紅茶が沢山飲めたのでノリノリで執筆出来ました。

魔導協会本営『賢者室』にて


「先日、確保された『運び屋』から聞き出せた情報は以上になります。彼が運んでいたのは一頭だけのようですが……」

「クリシーポスね……確かに可愛い生き物だけど、ペットにしようとは思わないわね」

「同感です。彼の話では同じクライアントから仕事を請けた仲間がまだ複数人居るようで……」

「……本当に、気に入らないわ」


大賢者はティーカップを置き、小さく溜息を吐いた。新動物が運び屋によって違法に街の外に持ち出されるという案件は後を絶たない。外の世界の物好き達にとって、新動物はそれほど魅力的な生き物に見えているだろう……。秘書官のサチコも外の人間達の身勝手さに辟易し、小さく口元を歪ませた。


どんなに魅力的に見えても、新動物は大多数の生物にとって『脅威の侵略者』である。場合によっては協会ですら手を焼いてしまうというのに、普通の人間の手に負える筈がないのだ。そうして手に余った新動物を逃した結果、大都市が壊滅した事例も一つや二つどころではない。


「今月に入ってから妙に運び屋の動きが活発になってきたわね。壁の隙間についての情報が外部に漏れ出したのかしら……」

「可能性はあります。確保された運び屋は皆、外の世界の人間です。こちらでも把握できていない、隠された侵入ルートが存在しているのかも……」

「情報部に連絡して侵入ルートの特定を急がせなさい。それと、養殖区域の監視と警備も強化……緑地帯の見回りも増員させるよう伝えておいて」

「わかりました」


大賢者に頭を下げ、サチコは部屋を後にする。そして腕時計で時刻を確認した彼女は小さく目を見開いた。


「もう18時30分……間に合うかしら」

「伝え終わったら今日は帰っていいわよ、サチコ」


賢者室から聞こえた大賢者の声を聞き、サチコは大きく体をビクつかせる。


「え、あっ! だ、大賢者様!? いえその私はっ!!」

「いいの、たまには早めに切り上げなさい。折角のお誘いを蔑ろにしてはいけないわ」

「いっ、いえいえいえ! 大丈夫ですから!!」


サチコは大慌てで狙ったようなタイミングで到着したエレベーターに乗り込んだ。エレベーターには事務員の人も乗っており、いきなり駆け込んできた彼女に驚いている様子だった。


「……大丈夫ですか? 秘書官」

「えっ、あっ……大丈夫です。気にしないでください」

「あ、はい……では私は大賢者様に報告があるので降りますね」

「あっ、ごっ、ごめんなさい……どうぞ」


事務員の人を賢者室の前に降ろし、顔を真っ赤にしたサチコを乗せてエレベーターは降下した。大賢者はその様子を開けっ放しにされたドア越しに微笑ましく見守っていた。


「ふふふふ」

「大賢者様……?」

「いいえ、あの子もようやく素敵なボーイフレンドが出来たみたいでね」

「な、なるほど……」

「それで、何かあったの?」

「あっ! はい、実は先日に確保された運び屋から新しい情報が得られまして……」



「はー……夜は結構冷えるようになったなぁ」


時刻は19時過ぎ。肌寒そうに手を擦り合わせ、私服姿のデューク刑事はライ=ファルガー広場でとある人物を待っていた。先日に起きた『殺人毛玉事件』の件で彼はアレックス警部共々大量の始末書に追われる羽目になり、出世コースからはまず間違いなく外れてしまっているだろうが何とか謹慎や停職は免れたようだ。これからの事を思うと喜ぶべきかどうかは判断に悩む所だが……。


「あぁぁぁぁ……何で呼び出しちゃったんだろう」


デュークは頭を抱えてしゃがみ込む。彼の顔は真っ赤に紅潮しており、極度の緊張が襲っている事が窺い知れる。周囲には若いカップル達の姿が見え、その中に一人地面でしゃがみ込んでぶつぶつとつぶやいているデュークの姿は悪目立ちしていた。


「いや、でも……」

「ま、待たせちゃいましたか!?」

「ふおっ!?」


不意にデュークの耳に飛び込んできた待ち合い人の声。勢いよく立ち上がり、声のした方を向くと白いコート姿のサチコが息を切らして立っていた。


「い、いえいえいえ! 僕もさっき来た所で!!」

「そ、そうですか……良かった」

「……べっくし!」

「……」

「……いえ、その……待ってないですよ? はい」


デュークは物凄く気まずそうに顔を逸らす。彼とサチコはとある一件で知り合って以降、メールでやり取りする仲になっていた。そうしてメールでの交流が二ヶ月ほど続いた今日、彼は思い切って彼女をデートに誘ったのである。


先日のバカップルの言葉が後押しになったのか、それは定かではない。


「急に、冷えるようになりましたね……」

「本当ですね。体調管理には気をつけないと……」

「ははは……いえ、その」

「……何でしょうか」

「な、何でもないです。えと、とりあえず少し歩きましょうか」


見ている方が拒否反応を起こしそうになるギクシャクしたやり取りが続く。お互いに異性との交友関係に乏しく、ましてやこのように二人っきりで歩くというのは人生で初の経験だ。目鼻立ちはどちらも十二分に整っており、実はかなりモテているのだがどちらも今日までその自覚がなかった。


「ええと……ニコールソンさん」

「はっ、はい!」

「この街の暮らしには慣れましたか?」

「え、ええまぁ……自分で言うのもあれですがかなり馴染んできたと思います」

「ニコールソンさんはどうしてこの街に来たんですか? 外で暮らしていても、この街の噂は聞いていたと思いますが……」

「えっ、ああ……その……」


サチコはデュークに淡々と話しかける。彼女の顔は相も変わらずポーカーフェイスで、どこか事務的ですらある問いかけにデュークはたじろぎつつも返答する。


「お恥ずかしい話ですが……外の世界だと暮らしにくくて」

「そうなのですか」

「はは……、この髪と眼ですから。転勤というのも、実際は向こうの署から厄介払いされたようなもので……」

「何か問題事でも起こして?」

「いえ、何も。強いて言えば……こんな髪の色をしていたことが向こうじゃ問題だったのかな」

「……わかりませんね」


サチコは立ち止まり、デュークを見つめながら言った。


「綺麗な色なのに」

「……え?」

「私は素敵だと思いますよ。その髪も、眼の色も……」

「そ、そそそそそんなこと無いですって! サチコさんの髪の色の方がずっと綺麗で素敵ですよ!!」


コンプレックスの髪色を褒められ、動転するデュークが発した言葉を聞いたサチコは目を大きく見開いて硬直する。


「……綺麗、ですか? 私の髪が」

「え、あっ……はい。その……凄い素敵だと思います」

「ふふふっ」

「ど、どうしました」

「初めて言われました。私の髪が素敵だなんて……」


サチコは小さく笑った。薄っすらと笑みを浮かべてこちらを見る彼女の顔を見て、デュークは顔を真っ赤にする。そしてそんな彼の顔を見て サチコも照れ臭そうに顔を逸らした。


「ご、ごめんなさい。ジロジロと見られて……気まずいですよね」

「い、いえ。冷え込んできましたし、何処かでお食事でもどうですか?」

「ふふふ、いいですね」


サチコとデュークは手を繋げそうで繋げない絶妙な距離を開けて歩き出す。デュークには彼女の手を握るような度胸はなく、かといってサチコも自分から手を繋げるほど積極的な性格ではない。そうして微妙な距離感を保ちながら暫く進んだ所でサチコの携帯端末からアラームが聞こえる。


「……」

「この音は……サチコさんの携帯ですか?」

「ごめんなさい、少し失礼します」

「え、あっ……はい」


サチコはデュークから少し離れて携帯端末を取り出す。端末には黄色い文字で Urgent(至急) と表示されており何やら協会から急ぎの連絡が届いているようだった。


「はい、こちらブレイクウッド……」

『秘書官ですか!? 今、何方に!!?』

「私用でライフ=アルガー広場に……何かあったのですか?」


デュークは離れた場所で通話中のサチコを静かに見守っている。通話を終えた彼女は端末を閉じ、思い詰めた表情を浮かべながら彼の元に戻る。


「……ごめんなさい、急用が入りまして」

「あ……そ、そうですか」


時間にして、僅か十数分……不器用すぎる二人のデートは唐突に打ち切られた。


「……大変、ですね。サチコさんも」

「私は協会の魔法使いですから。街に何かが起きたら……それを解決しないと」

「……俺が、力になれそうな事件ですか?」

「なれませんね」


サチコはキッパリと言い切った。あまりにもはっきり言われたのでデュークも思わず苦笑いする。


「それではニコールソンさん、私はここで……」

「あ、あの……サチ、ブレイクウッドさん!」


自分に背を向けてその場を去ろうとするサチコをデュークは呼び止める。無意識の内に彼女の名前を呼んでしまった彼は次の言葉が浮かばずに数秒間沈黙するが、ふと頭を過った言葉を無我夢中で叫んだ。


「あの、また……誘ってもいいですか! もっと貴女と話したいことがありますし……その、次は」

「……」

「ええと……その」

「ふふふふっ」


サチコは静かに振り向いてデュークに言った。彼女は特に意識していなかったが、その表情は満面の笑みであり、普段から美しいと静かに囁かれていた彼女の美貌はより一層輝いていた。


「次は、私からお誘いします」

「……えっ」

「美味しいお店、知ってるんですよ。私くらいしか知らない……とっておきの……」

「……は、はい! 待ってます!!」


そう言ってデュークは走り去る彼女を見送った。鼓動は激しく脈打ち、その顔も汗だくな上に熟れすぎたトマトのように紅潮していた。暫くの間そのまま立ち尽くし、別れる前にサチコが見せた表情を寒空の下で何度も思い返した……。


「ママン、俺……次は頑張るよ。あの人が、本気で好きになったんだ」


デューク・ニコールソン。23歳。外の世界から逃げるようにこの街にやってきた青年は、とある魔法使いの女性に恋をした。そんなデュークとサチコの様子を木陰で見守る 眼鏡の男 の姿があったが、今の彼にその存在を察知する余裕は無かった。



そして次の日……デューク刑事は風邪を引いた。



ノリすぎて寝れなくなりました。

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