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五男一女物語

武闘派貴族の一人娘に転生した件




 メルカリ王国の北方を治めるギデオン・メディシュ将軍は、勇猛無敗で知られる名将である。


 メディシュ家自体が代々名将を輩出する武門の名家として有名であり、今代当主である彼もその例に漏れず輝かしい功績を納めている。

 だが彼にはひとつ、悩みがあった。それは代々の当主が受け継き、解決出来なかったという根深いものだ。メディシュ家は武名と同時にもう一つ、とある理由からその名を知られていた。


 男系として有名なのである。


 先代のヴァイロンは五人の子宝に恵まれたが、その全員が男子ばかりだ。その子達が他家に婿入りして血を遺すも、これまた不思議な事に男子ばかり。


 先々代のイオニスは六人の子をもうけたが、それも全員男子ばかりだった。さらに遡って先々々代のバルザックにいたっては八人の子宝に恵まれたが、これも全員男子ばかりである。

 数の多さに涙ぐましい努力の影がうかがえる。


 これって血筋じゃなくて、もう呪いじゃね?


 歴代の当主のみならず、代々仕える使用人達はそう思った。思ったが賢明にも口には出さなかった。そして密かに危機感を募らせていた。


 このままではメルカリ王国全土がむくつけき野郎どもの饗宴の場と化してしまう。戦闘民族に支配されてしまう。


 女の子欲しさに歴代当主が子作りに励むせいでメディシュ家は多産だ。だがその全員が男子ばかり。しかも血統のせいなのか無自覚なスパルタ教育のせいなのか、子供達はかなりのハイスペックである。一人で一軍に匹敵する膂力を備えているのだ。


 そんな子供達は当然、他家から婿がねにと望まれる。だが婿入りして子をもうけても産まれて来るのは男子ばかり。


 王国の未来がヤバイ。


 今代当主であるギデオンは悩んだ。悩みに悩んだ。悩みすぎて一周回って戻って来た。そして間違った方向に活路を見出だしてしまう。


 今度こそ女の子を作ろう!


 ギデオンは十八才の成人を機に、第三王女ファルミアを娶っていた。この時王女は十六才。若く美しい王女を妻に迎え、暫くは夫婦二人だけの時間を大切にするのかと思いきや、翌年には早速第一子パーシアスをもうける。ちなみに男子だった。


 そして最初からクライマックスとばかりにその翌々年には第二子、ユリアンもうけた。期待をこめてちょっと女の子っぽい名前を用意していたが、残念ながら男子である。


 更に翌々々年には第三子、ジュリアスをもうけた。男でも女でもいける名前を考えていたのだが、またもや男子である。続けてその翌々々々年には第四子、ゴライアスをもうけた。開き直ってめっちゃ雄々しい名前を用意した。期待を裏切らず男子だった。

 それから二年空いて七年後には、第五子マルスをもうける。手抜き感がハンパない名前をつけられてしまったが、これまた男子の誕生だった。


 この辺りから敗色が濃厚になって来る。


 ──そう、ギデオンは結婚してから休む間もなく子作りに励んでいた。それは根拠のない迷信や口伝、民間療法や五分に一度はあの世へ小旅行をする老婆が、木の枝を振り回して奇声を発するという怪しげな祈祷まで試して、実に涙ぐましい努力を続けて来た。だが産まれて来るのは男子ばかり。


 もう無理なのかも……。


 当主夫妻と古参の使用人達の顔に、諦観と疲労の色が見えはじめる。


 そんな時に奇跡は起こった。

 十年後にメディシュ夫人ファルミアが待望の女児を出産したのだ。祈祷が効いたのかもしれない。


 ギデオンは狂喜した。失禁するほど狂喜した。屋敷中を踊りながら全力疾走したくらいに喜んだ。正に狂喜乱舞である。


 しかし計六人の子を成したファルミアは女児の命と引き換えにこの世を去った。出産は体に負担がかかる、命を削って行われる大業である。それをハイペースでやっていたのだから、当然の結果と言えるだろう。


 歴代当主の悲願である女児の誕生と、それを成し得た夫人の早世。この朗報と訃報にメディシュ家は錯乱する。


 そしてギデオン・メディシュ将軍は──


「フォルテシアたん、お父しゃまでしゅよぉ~!」


 ……壊れた。


「今日も可愛いでしゅね、フォルテシアたんは! うへへ!」


 目も当てられないほどに壊れてしまった。


「いっぱいウンチしましたねぇ~! 今日も元気な証拠でしゅね! うふふぅ~!」


 人一人殺してそうな──実際に戦場において何万人と惨殺しているが──鋭い眼差しを蕩けさせて、ギデオンはオシメにべったりと付着している乳児の便を指ですくう。そしてそれを何の躊躇いもなく口に含んでしまった。


「うむ、味、匂いともに異常なし! 健康そのものだな!」


 なんと彼はウンコを食す事で健康状態を調べている。


「今日もお嬢様は朝に百五十ミリリットルの乳を飲まれました。お嬢様の変わらぬ健啖ぶりに、使用人一同小躍りして喜んでおります」


 ギデオンの後ろに控える使用人は、その行動に疑問を抱いた様子がない。そして赤子がミルクを飲み干すたびに、なぜ使用人が踊り出すのかよく判らない。


 ツッコミが不在のまま、状況はどんとん悪化して行く。


「さて、昨日と比べて今日はどのくらい大きくなったかなぁ~?」


 ギデオンはひとたび戦場でまみえれば、敵兵百人が失神すると言われる悪鬼のような凶相を崩壊させて、おもむろに懐からメジャーを取り出した。そしていそいそとフォルテシアの身長を計りはじめる。


「一センチ伸びている……!」


「お健やかに成長あさばされているのですね!」


 カッと両目を見開いてわなわなと震え出すギデオンの背後で、使用人はそっと目頭を押さえた。


「なんと頭囲と胸囲も一センチ増えている……!」


「お嬢様の成長ぶりに、使用人一同感涙にむせび泣いております」


 フォルテシアの全身の至る所にメジャーを当てて、ガタガタと震えながら愕然とした呟きをもらす。それを受けて使用人が、よよよとばかりに崩れ落ちた。ちなみに、赤子が成長するたびになぜ使用人が泣くのかは不明のままだ。


 どうやらギデオンだけでなく使用人も壊れていたらしい。


 いいや正確には当主だけでなく、メディシュ家の家人を含む親族一同が壊れていた。


 血族唯一の女児に愛情が注がれるのは予測出来たが、そこへファルミア夫人が我が身と引き換えのようにフォルテシアを出産した事。またその忘れ形見であるフォルテシアが、夫人と生き写しの美貌を持って生まれた事が災いした。


 父ギデオンを筆頭に、兄、家人、親類縁者のメガトン級の愛情がフォルテシア一人に圧しかかる事となる。


「今日はちょっと陽射しが強いな、カーテンを引いておけ!」


「はっ! ただちに!」


 フォルテシアを陽に当てなかった。


「最近城下では風邪が流行っているようだ。フォルテシアに万一の事があってはならん、窓を閉めて室内を消毒しておけ!」


「はっ! かしこまりましてございます!」


 風に当てなかった。


「散歩中に石に躓いてフォルテシアが転んでケガをするかもしれん。庭中の障害物を排除しておけ!」


「イエス、ボス!」


 転ばぬ先の杖ならぬ、転ぶ要因を排除した。


「いや、もしかしたら散歩中に魔物と遭遇するかもしれん。今から領内全ての魔物を討伐しに行くぞ!ついてまいれ!」


「イエッサー!」


 予想外に平和が訪れたりもした。


「いいやそもそも、散歩になんぞ行かなければケガをする心配も魔物に襲われる危険性もなくなるな! 散歩は取り止めだ!」


「イエス、マイロード!」


 盛大に監禁宣言がなされた。


 石橋を叩いて渡るどころか破壊した挙げ句、結局渡らせないという方向で落ち着いたわけである。


 そんな風に陽に当てず風にも当てず、真綿で包むようにして育てられたフォルテシアは病弱になる。季節の変わり目には必ず体調を崩すようになり、一度風邪をひくとなかなか治らず、半月ばかり寝込むようになってしまった。


 病弱なフォルテシアにギデオンや家人達の過保護っぷりは、さらに悪化の一途をたどって行く。その重すぎる愛情は、最悪の事態を引き起こす要因となった。


 フォルテシアが風邪をひいた。


 幼い体は体力がなく、抵抗力もなかったせいでみるみる内に衰弱して行く。ただの風邪が肺炎に変わり、さらに命の危険をともなう重い病に変化するまで、そう時間はかからなかった。


 そしてこの病はフォルテシアにある変化をもたらす事となる。










 唐突に目が覚めた。


 ぱかりと瞼を開くと、見覚えのない天井が目に飛び込んで来る。石造りの天井だ。一体どうやって支えているのか、正方形の大石が碁盤状に並んでいた。それが頭上を覆っている。


 ここはどこだろう。


 ゆっくりと目を下ろすと、灰色の石壁が見えた。一部がくり抜かれて古びた木枠が嵌められている。


 落とし窓だ。随分古風な造りだった。ガラスがなく、つっかえ棒によって開かれた木戸の隙間から、温い風が吹き込んで来る。窓際には木製の低い棚が置かれており、そこには奇妙な置物が飾られていた。


 見覚えのない部屋だ。


 私は確かコンビニにいたはずなのに。塾の帰りに立ち寄ったコンビニで雑誌を立ち読みしていたはずなのに、それがどうしてこんな所で寝ているんだろう。


 前後の記憶が繋がらない。寝台に手をついて、ゆっくりと上体を起こす。すると頭がぐらんと揺れた。ひどい目眩に襲われる。


「※※※※※?!」


 その直後、すぐ間近で声が上がった。悲鳴のような歓声のような裏返った声だった。


 私はこめかみに手を当てて、ゆっくりと声の方を振り返る。


「ファッ?!」


 口から間抜けな声が漏れた。目の前に、奇妙な服を着た爆乳美女がいたからだ。


「※※※※※っ?!」


 藍染めのワンピースを身に纏い、胸のすぐ下辺りで帯を締めている。そのせいでさらに胸が強調されて、えらい事になっていた。


 帯の上に乳が乗っている状態だ。なんてけしらん服だろう。


「※※※?! ※※※※っ?!」


 爆乳美女はわけの分からない事を言いながら、ずんずんと迫って来る。胸の厚みと背の高さも相まって、物凄い迫力だ。


 言葉が分からない。


 この美女は外国人のようなのでそれも当然だろう。褐色の肌に彫りの深い顔立ちをしている。髪と目の色は見慣れた黒色だが、身長は目算で百七十センチ以上はあった。


 全てが小作りな日本人に反して、どこもかしこも大作りだ。そんなダイナミックでダイナマイトな爆乳美女は、先程からなにかをまくし立てている。


「※※※※?!」


 物凄く巻き舌だった。それもかなりの回転速度だ。母音に慣れたジャパニーズイヤーには、全ての言葉が 「ドゥルルル」 に聞こえてしまう。


 すいません、分かりません。それ以前にこの状況がよく分かりません。なぜ私は爆乳外人美女のいるこの部屋で寝ていたんでしょう。


 しきりに首を傾げていると、美女ははっと顔を上げた。そして大慌てて部屋を出て行く。一方通行なコミュニケーションに埒があかないと悟ったのだろう。是非とも通訳を呼んで来てほしい。


 そんな風に悠長に通訳の到着を待っていると、


「フォルテシアァァーーっ!!」


 バーンと勢いよく部屋の扉が開かれた。


 驚いて振り返った私は、そこでぎょっと目を剥くはめになる。


「羅王……?」


 部屋の入り口に世紀末覇者がいた。


 身の丈ニメートルはあろうかと言う長身に、黒いズボンを履いている。しかしどういうわけか、上半身は裸だった。そのせいで、盛り上がった大胸筋が惜しげもなく曝されている。それもかなりのボリュームだった。所謂雄っぱいと言うやつだろう。


 二の腕は太く、私の太股くらいはある。それが扉を押し開けた態勢のまま硬直していた。よく見るとぶるぶると震えている。


「フォルテシア……!」


 世紀末覇者が咆哮を上げた。恐い。顔が恐い。存在が恐い。何よりも威圧感がハンパない。


 彼の面相は凶悪だった。陽に焼けた小麦色の肌に、彫りの深い顔立ち。米神から額にかけて、深い裂傷が入っていた。髪は見慣れた漆黒で、鋭い双眸も同色だ。だがそれは大部分が白目で覆われており、黒目の面積が小さかった。要するに三白眼だ。


 しかも細く吊り上がっているせいで目力がハンパない。目が合った瞬間に私のライフが削られる。


「※※※※っ! ※※※※※?!」


 恐怖に竦み上がる私に向けて、世紀末覇者は何やら喚き散らしながらのっしのっしと歩いて来た。彼が一歩を踏み出すごとに、大地が鳴動するような錯覚に襲われる。そのあまりの迫力に額からどっと汗が噴き出して来た。


 ……デカイ。覇者が近づいて来るに従って、私の顔は徐々に上へ上へと上がって行く。上体が今にも後ろに反り返ってしまいそうだ。しかし私の顎の傾斜角度が九十度になると、覇者はようやく足を止めた。


 とうとう目の前にやって来た。


「…………」


 すごく、大きい……です。


 あんぐりと口を開けて、眼前にそびえ立つ覇者を見上げる。そんな私に何を思ったか、彼は熊をも一撃で倒せそうな屈強な両腕を、ゆっくりと伸ばして来た。


「フェッ?!」


 筋肉が縄となって絡み付く両腕が、眼前に迫って来る。私の目にはその腕が闘気を纏っているように見えた。コオォォという擬音まで聞こえるようだ。


 しかもその腕の持ち主は、仁王像も真っ青な厳つい顔。悪鬼のような形相だ。心臓の弱いお年寄りなら、ひと睨みでポックリ逝きそうである。


 なに? なにするの? 喰われるの、私?!


 覇者から目を逸らせない。ぷるぷると震えながら、ただ息をひそめて成り行きを見続ける。正に蛇に睨まれた蛙のようだ。


 そんな私に覇者は、


「フォルテシア※※※※※※※~~?」


 顔を歪めて何か話しかけて来た。

 低く、唸るような声だった。


 それから彼は私の両脇に手を差し入れると、勢いよく持ち上げる。全身を浮遊感が襲った。視界が垂直に動き、私の体が高く掲げられてしまう。


「ファアアーッ?!」


 ニメートル近い巨人に持ち上げられて、頭上高くに突き上げられた。体感高度はかなりのものだ。しかもそれだけには留まらず、覇者はその場でくるくると回り出す。


「あぶぁあああ~~っ?!」


 周囲の景色が物凄い勢いで飛んで行く。回る、回る、世界が回る。そして気持ちが悪くなって来る。


「フワーッハッハッハ!」


「※※※っ! ※※※※※!」


 顔から血の気が退いて行き、胃の底から不快感が込み上げて来た。なのに覇者はどこの魔王だよ?! というような、悪役じみた笑い声を上げている。


 その後ろで先程の爆乳美女が叫んでいたが、相変わらず何を言っているのか分からなかった。


 そして限界が訪れる。


「――ケプッ!」



 オゴエェェェ~~!



 堰が破れた。水門が決壊した。


 最初のひと波を耐えられなかった私の口から、黄金に輝く波動が放たれる。それは覇者が生み出す回転に乗って、周囲に螺旋状に撒き散らされた。


 覇者と私の華麗なるコンボ技が決まった瞬間だった。ゲローリングスマッシュと名付けよう。


「※※※※※っ?!」


 爆乳美女の甲高い悲鳴が轟く。それと同時に急停止をかけられた回転と、惰性で大きく揺れる私の頭。


 第二波到来の予感がする。


「フォルテシアァァーッ?!」


「※※※※※!」


 そこへ嘔吐の余韻で鈍痛を発する私の頭に、覇者と爆乳美女の大声が追い撃ちをかけて来た。だが幸いな事に胃が空っぽだったようで、嘔吐感はするものの何も出ない。


 死ぬ。殺される。もういっそひと思いにやってくれ。


 ガンガンと痛む頭が、思考を放り出す。急速に視界が遠退き始めた。私はそれに逆らう事なく、意識を手放したのだった。





‥‥というプロローグ的な話。

続かない。

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