戦争島
12月9日
リカとマコトはまず、リカの母である菫の故郷である日本に向かうことにした。それにはグレイ博士のアンドロメダ号に乗り、代理戦争が行われるもう一つの人工島から飛行機に乗ることとなる。
丁度日本とアメリカが真珠湾を争い、代理戦争を行うとのことだったためアンドロメダ号は五人を乗せて出航する手はずとなった。
港でリカとアヴァリス博士は固く抱き合う。
「知らない場所を見て、たくさんのことを知るわ。でも絶対にお父様の元に帰ってくるから、心配なさらないで」
リカの心は、初めて外の世界に出る喜びと父と離れる悲しみで満ち溢れていた。涙がこぼれないように、必死に目を開く。
それはアヴァリス博士も同じだった。成長していく娘をこの目で見守ることができない辛さが彼を襲う。
「私はそばにいられないが、マコトが必ず助けてくれるだろう。どんなに治安がよくても、マコトのそばを離れるんじゃないぞ。さあ、行ってらっしゃい」
もう一度、存在を確かめるように、リカの体を強く抱くと、寂しそうに手を離す。娘は必ずこの手の中に戻ってくる。この世界の運命に抗った男は、強い思いこそが運命を超えることを知っている。
「いってきます、お父様」
神が紡いだタペストリーに描かれるはずのなかった娘は、儚くも凛とした声で別れを告げた。
マコトにはこれが永遠の別れに感じた。しかしそれを振り払うように首を振ると、リカの荷物を持ちアヴァリス博士に会釈をする。
するとアヴァリス博士はマコトに近寄り、肩を掴むと真剣な目で言った。
「一度、代理戦争を見学しておきなさい。きっと戦い方の参考になる」
思いもよらない言葉にマコトは驚きの声をあげる。
「対人間のデータは完璧にインストールされています。それでも……?」
アヴァリス博士は頷いた。
「それでも、だよ。全てはリカを守るためだ」
指先が白くなるほどの力を込めて言うアヴァリス博士の言葉を、マコトはとても重要な言葉だと識別する。
マコトはメモリーの中にある、使うはずのないと思っていた対機械用の知識を再確認する。なぜ自分にインストールされているか謎だったが、リカを守るためと言われると必要な知識に思えた。
「わかりました」
アヴァリス博士は、それでもまだ不安そうに大きなため息をつく。
「嫌な予感がするんだ。警戒をいつも忘れないでくれ」
マコトが頷いた時、大きな音が鳴る。すでに船に乗っているグレイ博士が鳴らしたものだ。
「そろそろ出航だ。乗ってくれ」
大きな声に促され、リカは後ろ髪を引かれながら船に乗り込む。マコトはそんなリカを後ろから支えた。二人が乗り込んだことを確認したグレイ博士は、出航の汽笛を鳴らしアンドロメダ号を出航させた。
リカは船から落ちそうになるほど身を乗り出し、父に手を振った。アヴァリス博士も大きく腕を振る。
お互いが見えなくなるまで二人が手を振っていたことを、マコトは忘れないだろう。父娘の絆が本当に存在していることは、明確だった。
もう一つの人工島は、代理人たちから戦争島と呼ばれていた。戦争島の建物は港湾施設と修理施設、監視塔、仮宿舎、飛行場の五つだけだった。そして障害物が散乱している様は、戦闘のためだけに造られた人工島ということを表していた。
仮宿舎に荷物を置くと、マコト、リカ、グレイ博士の三人は監視塔へ、桜花とサムはそれぞれ思う場所に移動した。
監視塔についたグレイ博士はモニター越しに、桜花とサムが上空に手を突き出し回すことを確認する。それは準備ができたことを知らせるハンドサインだった。そして準備完了のサイレンを鳴らす。
「この島の上空を飛んでいる鳥のほとんどがロボットだ。鳥型ロボットについているカメラがこの監視塔に映像を送って、俺たちがここでそれを見る。それと同時にFシリーズの各関節部や人間にとっての急所にあるセンサーから送られてくる情報で、勝敗をつける。機械同士の総合格闘技を、痛みの数値で解説されながら観戦している感じだ」
グレイ博士がメインコンピューターに何かを打ち込みながら、マコトとリカに解説する。
『機体が壊れるリスクを鑑みて今回は武器の使用は禁止、その代わりに攻撃に参加しない補助ロボットの使用は解禁する。はじめっ!』
グレイ博士の号令の後に、戦争開始のサイレンが鳴る。サムは携帯していた銃器を置いたが、桜花は帯刀している刀を外しはしなかった。そして桜花は上空に展開していた小型飛行機を戦闘モードから偵察モードに切り替えた。
メインスクリーンに映る映像では、そろそろ桜花とサムが邂逅しようとしている。サムは気づいていないが、桜花が展開している小型飛行機がサムを捉えたことにより、桜花は一気に距離を詰めサムの背後をとることができた。
そして桜花はサムに近づくと、後ろから頭に飛び回し蹴りを食らわせた。サムはあまりの衝撃に倒れそうになるが、即座に体を反転させると桜花の足に自分の足を絡めた。桜花は道連れにされ、サム共々地面に倒れこむ。
しかし上位をとっている桜花は執拗にサムの頭を殴り、動きを止めようとするが、サムの腕にガードされ致命打を打てずにいる。
桜花は即座に体勢を立て直すことを決め、サムから離れようとするが絡められた足を解くことができない。上体を起こした桜花の無防備な腹に、サムはここだと渾身の一撃を食らわせた。
桜花はくの字に折れるが、ようやく防御が空いたサムの頭部を見た。圧力がかかり動かすべきではないと危険信号を出すコアを無視し、反動をつけ頭部に頭突きを食らわした。サムのコアは衝撃により一時機能停止する。
サムについている圧力センサーからの情報で計算される痛覚許容範囲の累計数値が、勝敗を決める基準値を超えたことを、監視塔のアラームが告げる。
勝利は桜花のものとなった。桜花は活動を再開したサムに手を差し出し、今回の戦争終了の握手をする。サムは苦々しい顔で握手を終えたが、頭の衝撃を考慮して立つことはしない。自分の身体が愛する国にとって重要なものであることを、十分に理解しているからだ。
マコトはあまりの攻防に唖然とした。そして、もし武器の使用が解禁された場合、もっと激しい戦いになったことを理解する。Fシリーズの補助武器なしでの戦いは、人間と比べるとスピードも威力も違う。しかし機械用に改良された武器を使えば、アルベルトの身体に空いた風穴の様に、相手を再起不能までに叩き潰すことができただろう。
そしてアヴァリス博士の言った代理戦争を見ておくべきだという言葉は、マコトに重くのしかかる。必死に戦う者を見て、心を強く揺さぶられた。そして自分も武器が必要だと認識を改める。それは機械に対して自分の肉体だけでは勝つことはできないと理解したからだった。
リカは呆然として、意識が別のところに飛んでいっている気分になった。初めて見た暴力は、あまりに強く激しいものだったからだ。
そしてグレイ博士は無線で、桜花にサムを連れてくるように命じる。機械にとってもコアがある頭部は重要な部位なのだ。そして中央研究所にも連絡をとり、アヴァリス博士を迎えに行くので準備するよう頼む。
「マコト、飛行場にある飛行機に座標を入力すれば自動運転が働くから、もうお前たちは島から出ろ。さっさとしないと夜になるぞ」
マコトは頷くとリカを促し、監視塔から出て行こうとする。
「ったく、なんで生物学者に審判なんか頼むんだ。手術の腕はあっても、修理が得意になるとは限らないだろうが……」
しかしマコトの集音機能は、リカには聞き取ることができなかったグレイ博士の小言を感じ取るほど凄まじかった。
「生物学者? 博士たちはみな、機械工学専攻のはずでは……」
リカを先に行かせ、戻ってきたマコトの言葉に、グレイ博士はしまったという顔をすると、媚びた笑いをする。
「今の話は聞かなかったことにしてくれ。おれがバナー博士に叱られちまう。代わりにW-1の無線のパスコードを教えてやるからさ。お前ならすぐに乗っとれるだろうけど、手間は省けるだろ?」
マコトはその条件を、壊す手間が省けたと飲むことにした。
「あの人はリカちゃんを観察対象としか見てないから、W-1は気に食わなかったんだよ。アヴァリス博士も弱みを握られているからって、よく許すよな」
パスコードをマコトに渡す最中に叩かれる軽口が、マコトは重要なことだと判断する。
「なぜバナー博士はリカをそんな風に見るのですか? それに弱みとは?」
グレイ博士は額を叩いて、背中を反らす。
「まあ、おれたちの過去には色々あるって話だよ。リカちゃんは特別な子だから、気になる……ってところだな」
リカが特別? マコトにとってリカは特別だが、博士全員にとって特別だとは思っていなかった。俺に知らされていないことが、たくさんあるとマコトは思い知った。
「ほら、早く行けよ。あんまり喋ると、面倒なことになるかも知れないからな」
そうやってマコトは、グレイ博士に部屋から追い出された。