中央研究所にて
家にある簡易設備では直すことができなかったため、代理人は島の中枢部にある研究所に、人間を模していない四足歩行で机の様な形をしている機械で運ばれることになった。
そして損傷は修理されたが、代理人がもう一度動き出すことはなかった。何度も再起動を命じたが、電源がつくことすらなかった。
人間を模した機械は、コアも人間を真似て脳みそに該当する部分、人工皮膚の下にある頭蓋骨の様な頑丈な骨格の下にある。心臓部分にある動力部が壊れただけだったのだが、何故かコアも焼きついており、コアを交換したが外部からの信号に応答することはなかった。
「彼はもう駄目だね。ポーランドには新しいFシリーズを送ることにしよう。アヴァリスくん、すぐに新しい物を用意できるかい?」
バナー博士の問にアヴァリス博士は、困ったような顔をする。そしてアヴァリス博士の隣にいる瑞希・柊博士を見た。
「Fシリーズに替えはありません。柊博士、資源はまだありますか?」
東洋的な美しさを持つ柊博士は、持っていた資料をアヴァリス博士に渡した。
「今の資料庫にはこれしかありません。必要ならとってきます」
アヴァリス博士は睨むように資料を見つめた。そして最後まで確認すると、いつもの優しい顔に戻り、サイモン・ホーク博士とアマンダ・レイトン博士、アンソニー・バクスター博士の方を向いた。
「新規に造ることができるのは、あと二人分ですが、すぐにできると思います。ホーク博士、レイトン博士とバクスター博士、手伝ってください」
三人は多種多様の反応を見せ、頷いた。バナー博士の提案でもあるため、断る者はいなかった。
「今は別のソフトを造っていたのだが仕方ない。まかせたまえ」
ホーク博士は七人の中では一番の年長で、高い鷲鼻の男だ。いつも研究室にこもっているので、少し汚らしい姿なのだが、本人は全く気にしていない。
「新しい人口髪を使ってみたかったのよね。ちょうどいいわ」
レイトン博士は長い赤毛の気の強そうな女性で、医者でもある。楽しそうに言う姿はまるで少女のようだった。
「丁度、新しい顔を造っていたんだよ。ホーク博士、彼女がどんな人間かわかりますか。僕が思うに彼女は神経質で繊細な女性であると思うんです」
そしてバクスター博士はウェーブのかかった長い髪を振り、伸ばした髭を触る。彼は普通にしていれば美形なのだが、芸術家気質が強く、柊博士とレイトン博士を口説いては手酷く断られている。
「バクスターくん、その話は後で僕としよう。君のことだから、その彼女とやらにモデルがいるんだろう?」
この中でも一番の美形であるバナー博士が言うと、バクスター博士は萎縮し、怒られた子供の様に頷く。衛は、バクスター博士はバナー博士に秘密を握られているのだろうと思っている。
「こんなのって酷いわ。アルベルトは国のために戦ったのに、国に帰ることなく死ぬなんて……」
代理人にすがって泣いているリカは、泣きじゃくった。感受性の強い彼女のことだから、このショックは長く続くだろう。
衛はリカの背中を抱くと、リカの悲しみが少しでも薄れると良いと思い、バナー博士に提案する。
「ポーランドで葬式を出すことはできませんか? きっと彼らも傷ついている」
バナー博士は鳩が豆鉄砲をくらった様な顔で驚くと、即座に悲しそうな顔をした。
「それはどうかな? 彼は負けて、ポーランドは分割、占領された。悲しみはあっても恨みの方が多そうだけどね」
果たしてそうだろうか。国の為に戦った者を拒絶する者はいるのだろうか。
衛はそう言いたかったが、バナー博士の言い分も、もっともに思えて言葉をなくす。
「それに彼は所詮機械ですよ。お葬式だなんて、とっても……それに貴重なFシリーズが解体される危険性があります。この島で廃棄しましょう」
柊博士は難色を示しながら、そう言った。彼女の心配も当然だ。彼らが造る機械は、門外不出の造り方をしていて謎に満ちている。もし技術が知られたら、危険なことが起こるかも知れない。
だがリカはその言葉に納得ができなかった。立ち上がり、涙を乱暴に拭うと大声で反論する。
「所詮だなんて言わないで! 衛の言った通り、お葬式はするわ、私一人でも! 廃棄なんてさせないし、彼はもっと尊敬されるべきだわ!」
バナー博士の悲しそうな顔は、一瞬だけ喜びの顔に変わったが、即座にそれは消えた。
「リカ、落ち着きなさい。葬式は私たちだけでしよう。アルベルトだったんだね、彼の名前は……」
アヴァリス博士は悲しそうに代理人を見つめた。
「衛、リカを連れて部屋に帰りなさい。後でちゃんと話し合おう」
衛はまだ泣きじゃくるリカの背中を抱いて、部屋を後にした。
恐れていたことが起きた。衛はどうやればリカを慰めることができるか思考する。