島の中で
1941年12月6日
太平洋にある小さな人工島は、7人の科学者の手によって作られた。彼らがどこから資源を持ってきているか、それは今でも大きな謎である。
そこで15年前に造られた識別番号G-1は、代理人たちFシリーズとは全く違う命題で造られている。その命題とは、7人の科学者の一人、マックス・アヴァリスの娘をただ守ることである。
Fシリーズとの違いは2つである。1つは械同士の戦闘を想定していないため、出力の程度がFシリーズより低いこと。もう1つは少女に付き添うため、より人間に近い思考回路を持っていることである。
G-1は守るよう命令されているリカ・アヴァリスの心に寄り添うことも、守るの定義に該当すると考えている。
だから今日もリカの望み通り、島に1つしかない飛行場に2人で佇んでいる。
「グレイさん、今日は帰ってこないのかな? マコトはどう思う?」
リカは5年前からG-1をマコトと名付け、呼んでいた。3年前に亡くなったリカの母、菫・アヴァリスの母国語である日本語を学習したリカは、マコトにも名前が必要だ、と言い日本名をつけた。
G-1はリカが母を思ってそうしたと知っているため、名前がすでにあると否定をすることはせずに、マコトという名前を受け入れ周囲にもそう呼ぶよう頼んでいる。
「グレイ博士はあちら側で用事ができたのかもな。ドイツと連合国の戦闘の審判、壊れた機体の修理もある。それに日本とアメリカも緊張関係に入っている。やることは沢山ある」
ヴェルサイユ条約から頻発する戦争は、20年後の今でも続いている。
現在、ドイツは民族主義を掲げ他国の領土を狙い、自国の代理人を様々な国の代理人と戦わせている。領土を少しずつ奪っていく様は、まるでチェスのようだ。
「みんな、もっとFシリーズを大事にすべきだわ。こんなに戦闘が頻発してたら、心が疲れちゃう。彼らも心を持っていることを忘れちゃったのかしら」
リカは頬を膨らませ、不満を露にする。リカにとって機械は家族であり、よき隣人のようなものだ。マコトはそう言う風に思うリカの思想は危険だと思っていた。
なぜなら彼女が気持ちを入れ込むほど、機械たちが壊れた場合の傷も増すのだ。リカを守るためだけに造られたマコトにとっては、重大な問題だ。
マコトがリカになんて声をかけるか悩んでいると、眼球を模した球体の中にある高機能カメラは船影を捉えた。
この島唯一の船、アンドロメダ号は、七人の博士の一人、ダン・グレイが改造に改造を重ね、この時代にある一般的な船とはあまりに性能が違う。クルーザーとしての機能はもちろん、住居としての機能も有している。また船の分類は小型ながらも戦闘能力も備えている。七人の博士たちは皆、注意深かった。
天才的頭脳を持っているため襲われる危険を考慮しているのだろうが、マコトの思考はそうではないと答えを出していた。博士たちの思考力と技術力を考えれば、襲撃することは愚行に等しい。では、何を警戒しているのか。マコトにはそれがわからなかった。
「リカ、グレイ博士が帰ってきた。船のスピードから推測するに何か急いでいるようだ」
船の上が一番安心する。グレイ博士はそう言い、島の住居に帰ることは少なく船の中で生活することが多かった。そんな彼はいつも海を堪能するように、船を運転する。
「Fシリーズに何かあったんだわ! マコト、お父様を呼んで!」
グレイ博士は簡単な修理はできるが、重大な損傷を直すことはできない。それを知っているリカは動揺している。機械の外的機能を担当しているのは、リカの父だった。
「もう呼んだ。リカ、桟橋に急ぐぞ」
リカに走らせるよりかは、マコトがリカを持ち走った方が早い。そう判断したマコトはリカの背中と膝に手を入れ持ち上げ、走り出す。リカはいつものことため、そんな行動を気にせずにマコトの首に腕を回す。
桟橋にたどり着き、リカを下ろした時には、アンドロメダ号は丁度停泊の準備をしていた。エンジンが切られると、グレイ博士が船から出てきた。
「マコト、お前がいて丁度よかった! 中にいるF-35を運んでくれ。意識もないし、外からの命令も受け付けない」
マコトはリカを見る。リカが頷き、許可を得たことを、衛は認識すると船に入った。
ポーランドの代理人の体は、酷い損傷を受けていた。胸はえぐられ、防御したのだろう腕は貫かれている。人間にとって心臓がある部分が壊れていた。
俺たちは機械なのに心臓部分が弱点になるのか、マコトは不思議に思った。なんでもないように言うと、腕と胸しか壊れていないのだ。しかし彼は機能停止に陥っている。人間よりはとても重い体を持ち上げると、船を降りた。
「マコト、君がいてくれてよかったよ。僕たちじゃあ、アンドロイドを持ち上げられないからね」
桟橋には七人の博士たち全員が集まっていた。その中の一人、四十代だが年齢よりとても老けて見える、優しそうな顔の白髪が目立つ男がアヴァリス博士だ。
そして彼らは機械のことをアンドロイドと呼ぶ。彼が言うにはFシリーズやマコトは、機械の中でもアンドロイドと言う分類に与するそうだが、辞書には載っていない言葉だった。
「リカが俺に命令したことですから、俺が行動することは当然です。アルベルトをどこに運べばいいですか?」
衛の言葉に一番反応したのは、七人の博士の中でもリーダー格であるガブリエル・バナー博士だった。彼は爽やかに笑った。
しかしマコトは、バナー博士に実験動物の様に見られているような気がしている。そしてバナー博士は、リカに対していつも観察をしている様にマコトは感じ取っている。いつか彼はリカに害をなす、マコトはそう気づいているため、バナー博士のことが嫌いだった。
「G-1はリカちゃんが好きだね。港にある家に運んでくれるかい? すぐに見たいからね」
マコトはバナー博士の言う通りにした。家の中にあるベッドに代理人を置くと、博士たちの観察、意見討論はすぐに始まった。