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縫製屋に頭を縫ってもらうこと


 病院から逃げ出したお嬢様とかえるさんの後ろを、大きな髑髏がぴょんぴょんと飛び跳ねて付いてきます。

 脳が少なくなって、ゆらゆら歩いていると妖精たちがやってきました。



「お姉さん、頭の中がぽっかり空いているよ」


 妖精たちは頭が開いたパメラが珍しいのか、開いた頭を覗き込んでは「きゃああ」と楽しそうな悲鳴を上げて逃げるのを繰り返して遊ぶ。


「ええ、すっかり空かしら?」

「ううん、西瓜の一番甘いとこだけ食べたみたいになってる」

「まあ、脳食い鳥ちゃんったら、はしたない食べ方をするんだからもう」


 呑気な言葉に、さすがの蛙も苦言を呈することにした。


「そんなことを言ってる場合じゃないよ、お嬢さん。おおい、羽妖精ピクシーたち、見世物じゃないからね」

「きゃあ、かえるが怒った」

「怒ってないからね。まったく妖精というのは子供なんだから」

「口減らしに捨てられた子供たちが大本になっているから、そのサガは変えられませんよ、蛙さん」


 髑髏ことガシャドクロは言うと、跳ねる速度を上げて前に出た。


「お嬢さん、縫製屋で頭を閉じてもらいましょう。開いたところには、何かいいものが見つかったら詰めてしまえば良いですよ。ささ、ご案内致します」


 ガシャドクロはぴょいんと跳ねて進む。


「むむむ、なかなか良い跳び方をするね。わたしも負けてはいられないが、お嬢さんは危なっかしいから、わたしがお腰で付いててあげないと」


 蛙の本能が負けてはいられぬと対抗心を燃やすほどに、ガシャドクロは良い跳ね方をする。軽やかなフォームで、滞空時間が短く避距離は長い。

なかなかにやる。


 縫製屋はすぐに見つかった。

 朽ち果てた噴水の前で茣蓙を敷き、毛皮の衣服を売っている者がガシャドクロの言う縫製屋であった。

 毛むくじゃらで手が三本。口は耳まで裂けていて、丸太のような腕を動かして縫物をしながら、空いた手で酒を飲んでいる。


蜜酒ミードの匂いだね。いいなあ」


 蛙はそう言って、舌なめずりをした。


「縫製屋さん。縫製屋さん。心優しいお姉さんの頭を縫ってくれませんか? 僕の恩人なのです」


 ガシャドクロがぴょいんと垂直に跳ねて言えば、縫製屋は手を止めた。そして、茣蓙を指さした。

 きっと、座れということだろう。


「まあ、なんだかごめんなさい。座らせて頂きます」


 茣蓙に座るというのは、はしたないことだ。だけど、なんだかうきうきした。

 ああ、脳が零れそう。

 ガシャドクロが跳ねて隣に座した。


「呪い祓いの金の針と、目玉蛾の繭から取れた糸で縫い合わせよう。お前はパメラという名前だね。吾輩はドヴェルグというモノだ」

「まあ、お名前をご存じなのですか」

「お前はまるでヘルギに穢された絹を纏う娘のようだ。いいかね、開いた穴は閉じてあげよう。だが、脳の穴はそのままにしておく。黄金のりんごを捜すのだ。持ってきたら、戒めを解いてその穴をりんごで埋めよう」

「ドヴェルグのおじ様、ありがとう。わたしもりんごは大好きよ」


 ドヴェルグは毛むくじゃらの身体を弄って、金の針と糸を取り出した。そして、パメラの頭を縫い止めていく。


「パメラよ、黄金のりんごを捜せ。他のものでは穴は埋まらぬ。幽霊酒場にいるビートルジュニスが持っているが、ヤツは狡猾だ。気をつけて挑め」

「はい、おじ様。親切にありがとう。そうだ、お礼にこれを」


 バスケットから取り出したのは、ハンナが持たせてくれたりんごの蜂蜜漬けである。



 ドヴェルグは不思議そうに見ていましたが、意を決してりんごの蜂蜜漬けを口に運びました。

 うまい。と、ドヴェルグは嬉しそうに言います。

 お嬢様は、仲良し女中のハンナが毎年作ってくれるりんごの蜂蜜漬けが褒められて、すっかり嬉しくなりました。



 ドヴェルグに礼を言って歩き出した。

歩いても脳が零れることはなくなったけれど、まだ頭の中がぽちゃぽちゃしている。

 邪妖精市の賑わいの中で、パメラはスキップしたりして頭の様子を確かめた。

「お嬢さん、不思議な歩き方をしてはいけないよ」

「頭を確かめているのよ、かえるさん。ビートルジュニスさんを捜しに行かないと」

「僕、幽霊酒場の場所を知ってるよ。でも、生きてるお嬢さんとかえるさんには、危ないところだよ」


 ガシャドクロは顎をカタカタと鳴らして警告音を出す。

 蛙はパメラを見上げて「どうするね」と聞いた。これでは蜘蛛除けを手に入れるのは後回しになりそうだ。


「ううん、せっかくだし行ってみましょう。それに、お酒は大好きなの。頭がぽっとして、夢地心地になれるでしょう」


 パメラはにっこりと笑って言うけれど、その後に怯えたような顔をした。


「幽霊酒場といったら、黄泉の国へ行くトンネルの中にある茶屋じゃないか。菩薩様に連れて行ってもらったことはあるけど、生者をあそこの連中は嫌っているから、危ないよ」


「え、ええ、そうなの……」


 パメラはなんとか蛙にそう答えたが、『真実と邪悪の見える目』が見せた光景が奇妙に気になった。


「どうして、お父様が見えたのかしら?」


 疑問に感じたけど、今は先を行くことにした。

 お父様、大好きなお父様。


「大丈夫だよ、お嬢さん。僕が守ってあげますからね」

「ガシャドクロちゃんが、わたしの騎士ナイトになってくれるのね」

「むむむ、ガシャドクロが騎士とは。わたしも今度は頑張るよ」



 ガシャドクロの案内で邪妖精市コブリンマーケットが開かれている石造りの都市を北西へと進みました。

 お嬢さんとかえるさんとガシャドクロは楽しくお喋りをしながら進んでいきます。

 建物は少なくなって、景色はどんどんうら寂しくなります。

 どれだけ歩いたでしょうか。

 大地に開いた、大きな穴が見えてきました。まるで、寝そべった巨人が口を開けたかのような大きな穴でした。



「この穴の先に幽霊酒場がありますよ、お嬢さん」

「まあ、なんて大きいのかしら。そこの階段で降りていくのね」


 蛙はポーチから頭を出して穴を見る。

 螺旋状に階段があって、その先には坂があった。黄泉の国へ続く穴だ。


「お嬢さん。ここから先で、食べ物を貰っても食べてはいけないよ。食べるんなら、持ってきたチーズケーキほ食べるんだ。いいね」

「あら、食べてはいけないの?」

「うん、食べてしまったら」


 そこまで蛙が言った時、小さな人影が声をかけてきました。


「そうだそうだ、蛙の言う通りだ。だから、お弁当を買っていきな。おいらたちのお弁当は最高だよ。やもりの目玉に蝙蝠の羽、犬の舌に魔女の首の塩漬けが入った最高級のお弁当さ」


 そこにいたのは、前歯がにゅっと突き出て髭を生やした小男である。

 背中にふろしきを包んでいて、そこから食欲を刺激する良い匂いが漏れ出ている。


「お嬢さん、こんなもんは妖術師でも食べないよ。いいのは匂いだけさ」

「うーん、食べたことのないものばかりね。だけど、お腹が空いた気がするわ」


 人魂の天ぷらから、何も食べていない。


「そうさそうさ。腹が減っては戦はできぬってね。安いよ安いよ」

「でも、お金を持ってないの……」

「だったら、お嬢さんのお召し物と交換でいいよ。その外套は温かそうだね」


 ガシャドクロはぴょいんぴょいんと跳ねてパメラと小男を交互に見ているばかりで、「うんうん」と困ったように唸っている。


「そんなもんと交換してたまるかよ。とっとと、帰りな。この鼠野郎め」

「あら、あなたは鼠さんなのね」

「そうだよ。わたしはネの国の鼠さ。さあさあ、買わないとしても、ここを通るのにそんなものは必要ないから、置いていってもらうぜ」


 パメラの『真実と邪悪の見える目』がきらりと妖しく輝いて、鼠の本当の姿を見据えた。

 小男に変化していた術は解けて、そこには丸々と太った巨大な鼠が姿を現した。


「まあ、騙そうとしていたのね。お弁当なんかじゃなくて、背負っているのはあなたの子供じゃない」


 巨大な鼠の背中には、無数の子鼠がしがみついていた。それらは、牙を剥いて威嚇してくる。


「正体見えた。お前は子玉鼠だな。なぁむ、あびらうんけん、そはか」


 蛙が呪文を唱えると、子鼠たちの何匹かが背中から落ちて逃げていったが、本体はさらに牙を剥いた。


「ちゅーっちゅちゅちゅ、現世うつしよではいざ知らず、黄泉の国の近くでそんなもんが効くものかよ。外套だけと言わず、皮と肉も置いていってもらうぜ」

「なんて悪い子なのっ」



 お嬢様は子玉鼠を叱りつけますが、ちゅうちゅちゅちゅと不敵に笑うばかりです。

 すわ、絶体絶命の窮地。

 その時、お嬢様のお腹から、ぐるるると唸る声が響きました。



「ヒェッ、なんだいこの声は」


 ぐるるる、というのは怒った猫の唸り声である。

 はたとパメラが気づくや否や、パメラのお腹から大きな黒猫が飛び出した。


「まあ、人魂の猫さん。ううん、猫魂ねこだまになるのかしら」


 蛙は驚いて口を開けてしまった。まさか、こんな時にまで呑気な言葉が出るとは。


『ふしゃああああああ』


 猫が飛びかかると、背負っていた子鼠たちはいっせいに逃げ出した。そして、子玉鼠は猫に鼻先を齧り取られて「ちゅぅぅぅ」と悲鳴を上げる。

 暴れる子玉鼠の顔に爪を叩きつけて、すらりと地に立った猫が『ぎにゃぁっ』と強く啼くと、悲鳴を上げて子玉鼠は明後日の方向へ逃げていく。


「まあ、あの時の猫魂さんなのね。ありがとう。助かったわ。あの、食べてしまって、ごめんなさいね。でも、美味しかったから」


 黒猫はパメラを一瞥すると、ふんとそっぽを向いた。そして、勢いをつけてパメラの腹に跳びかかる。


「きゃっ」


 悲鳴を上げたけれど、衝撃は無い。猫はパメラのお腹に吸い込まれて消えてしまったのである。



『にゃあ』


 お腹の中から、愛想の無い黒猫の鳴き声が聞こえました。



メルヒェン

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