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医者と脳を取り合うこと

 顔の無いひと。

 輪郭はある。

 髪の毛もある。

 でも、顔は無い。





 泣き止んだ脳食い鳥は、くわあと鳴いた。


「まあ、それがあなたの鳴き声なのね」

「お姉ちゃん、ありがとう。とても嬉しい。けど、お腹すいた」

「わ、わたしを食べようとしてはいけないよ」


 蛙にとって鳥とは敵の一つだ。

 まだ言葉を介する前は何度もひやりとさせられた経験があるせいか、脳食い鳥の無垢な笑顔が恐ろしく感じられる。


 邪妖精市コブリンマーケットにはたくさんのお店がある。

 常闇の都市で月が隠れることは無いため、商人たちはひっきりなしに行き来する。誰かが店じまいをしたら、その場所に別の誰かが店を開く。

 先ほどの天ぷらの屋台も今は無く、緑色のトロルが人や獣の生肉を売っていた。


「脳食い鳥ちゃん、チーズケーキにりんごの蜂蜜漬けがあるわ。ハンナが作ってくれたのよ。とっても美味しいわ」


 パメラが言うと、脳食い鳥は微妙な顔をした。


「あたし、脳が食べたい」

「ちょうどお肉屋さんがあるわ。聞いてみましょう」


 トロルの店主に脳はあるかと尋ねると、首を横に振る。


「いまシガた、売れテしまっタよ。医者ガ買っテいったのさ」

「まあ、他に脳を売っているところはあるのかしら」

「肉屋はトロル族だケダ。医者ニ分けテもらエばいい」

「あったまイイ。ありがとうトロルさん」

「医者ハ、アッちだ。気をツケてな」


 パメラは脳食い鳥と手を繋いで、トロルの指さす方向に歩き始めた。

 邪妖精市の出口とは真逆の方向である。


「ちょっとお嬢さん。寄り道ばかりしてはいけないよ」

「かえるさん、こんなにお腹を空かせているんだから、何か食べさせてあげないと」

「うん、ひもじくて、また死にそう。食べられなくて死ぬのはもういや」


 脳食い鳥は非業の死で生まれる。

 餓死には相当の苦痛が伴う。


「あら、困ったわ。お医者様に脳を分けてもらいましょう」

「全く仕方ないお嬢さんだね。今度こそ、変な取引をしてはいけないよ」

「ええ、もちろんよ。うふふふ、でも、この目はとても、よく見えるわ。なんだかわたし、賢くなったみたい」

「お腹すいた。脳をちゅるちゅるしたい」



 ひもじくて仕方ない脳食い鳥のため、お嬢様とかえるさんはお医者様のところへ向かいました。

 お医者様は、邪妖精市の目抜き通りから離れたうら寂しい丘の一軒家で病院を営んでいます。



 病院と粗末な看板のかけられた一軒家は、様々な生き物の骨が散らばる丘にある。

 人間の骨、妖精の骨、竜の骨、何か分からないものの骨、ミ=ゴの骨。たくさんの骨が積み上げられているのに、蠅や鼠といったものは全く見受けられない。静寂と清潔さがあった。

 パメラはドアに取りつけられた山羊の頭骨で出来たノッカーを叩く。すると、キンコンと澄み渡る音が響く。


「まあ、面白い音」

 

 キンコン、キンコン。骨っぽい。

 リズムを付けて何度も叩くと、乱暴にドアが開かれた。


「何度もやらなくても聞こえている。誰だね」


 出てきたのは、白い貫頭衣を着た顔色の悪い男である。


「お医者様ですね。わたしはパメラと申します」

「ああ、医者だが。患者ではないようだね」

「ええ。脳を買ったとお肉屋さんに聞いて参ったのです。脳を分けてもらえませんか」


 驚いている医者に対して、蛙が口を挟んだ。


「こっちの脳食い鳥が腹を空かせてるのさ。どうだい、一つ脳を分けてくれないかな」

「ああ、そういうことか。脳食い鳥とは珍しい。こんな所で立ち話もなんだから、中に入りなさい」

「ありがとうございます。お邪魔しますね。さあ、脳食い鳥ちゃんもお礼を言って」

「おじゃまします。お腹すいた」

「いやあ、悪いねえ。どうにも、お嬢さんは遠慮がないのさ」


 病院に招き入れられた一行は、医者の案内で診察室に通された。

 この病院も魔女の小屋と同じように、見た目よりも広い。平屋に見えていたのに、上に続く階段がある。

 何やら見慣れないつるつるとした材質の壁に、明滅する不思議な灯りが天井につけられている。

 部屋のドアーには何やら文字の綴られたプレートがかかっているが、その文字は東方のものに似ていて、皆には読めなかった。


 診察室にも見たことがないものがたくさんあった。

 鏡のように磨かれたトレイや、銀色の小さなナイフ、真っ白なベッド、人の内部を描いたと思われる黒と白の精巧な絵。


「不思議なものばかり。お医者様のお部屋って初めてだわ」

「病気にならないと入れないからな。せっかく来たんだ、茶でも出そう」


 そう言って、医者は紅茶を用意してくれた。

 緑色の、今まで飲んだこともない不思議な茶である。

 蛙と脳食い鳥も珍しかったらしく、恐々と茶を啜って渋みに驚いていた。

 熱い茶で人心地つくと、医者が口を開いた。


「さて、お嬢さん、脳を分けて欲しいということだが、こちらも買ったものだ。タダではダメだ」

「ううん、ハンナの作ってくれたチーズケーキがありますわ。とっても美味しいの」

「……それではダメだ。脳は実験に使う。そうだな、キミの脳を少しくれるのなら、こっちの脳を差し出そう」

「まあ、脳って頭の中身でしょう。それはいけないわ。だって、あまりわたしは賢くないの」

「お嬢さん、諦めよう。脳なんかとられたら死んでしまうよ」

「お腹すいた」


 パメラはすっかり困ってしまった。

 脳食い鳥は今にも倒れてしまいそうだし、お医者様は分けてくれそうにない。


「なあに、全部が全部という訳じゃない。人間は脳を三割程度しか使ってないんだ。使っていない残りの部分だけでいい」

「でも……、お父様も少し足りないくらいがいいって言っていたし、それなら脳食い鳥ちゃんに、わたしの脳をあげるわ」

「お姉ちゃん、いいの?」

「ダメだよ、お嬢さん。そんなことをしたら、蜘蛛退治もできなくなってしまうよ」

「大丈夫よ。お医者様もいるんですもの。ねえ」


 医者は仏頂面の顔を手で覆った。


「キミの脳は『幸せを生産する脳』だ。それは得難いものだ。そんな鳥に食わせるなど勿体ない」

「あ、あら、何かしら、眠くなって……」

「畜生、一服盛りやがったな。邪妖精市でなんてことしやがるんだ」

「ははは、骨の丘は市に含まれていない」

「くわぁ」


 脳食い鳥は一声鳴くと、背中に大きな羽を生やして診察室から飛び去った。

 パメラと蛙は立っていられなくなり、倒れ伏す。




 お嬢様とかえるさんは気が付くと、寝台の上に縛り付けられていました。

 手術着に着替えた医者は、よく切れそうなメスを持って、お嬢さんとかえるさんを見下ろしています。



「こんなに素晴らしい脳が飛び込んでくるとは、幸運な日だ」

「う、うう、こんな、ひどいこと」

「うぬぬ」


 パメラも蛙も体をぴくりとも動かせない。

 全身をしばられている上、パメラは口轡まで嵌められている。


「薬物に汚染されずにそうなった脳は貴重だ。その脳があれば、幸せになれる。心からの充足を得て生きていける。もう、他者の脳から幸せを吸わなくてもいい」


 医者の目はぎらぎらと狂気の光を湛えていた。

 幸せが欲しいというのに、幸わせというものを理解できない脳である。必要なのは、幸せを認識できる脳だ。

 パメラの脳はそれを満たしている。


「ぬぬぬ、あびら、おん」

「無駄だ。ここには菩薩の光も届くまい」


 蛙の術も病院の中では無力である。


「んんんん」


 銀色のメスが、パメラの頭頂部に射し込まれた。

 医者の異形の術で、血は流れず頭が割れて脳が露出する。


「やった、本物だ。『幸せを生産する脳』だ」


 医者は口を開けた。すると、喉の奥から太い触手が這い出す。

 触手の先端には丸い口があり、鋸のような歯が幾重にも螺旋状にびっしりと生えている。


「んんん、んんんん」



 お嬢さんが目を瞑った時、それは起こりました。

 一陣の風と共に、窓を突き破って脳食い鳥とたくさんの影がやって来たのです。



「なんだ、貴様ら」


 医者は突如として現れた沢山の髑髏にまとわりつかれて声を上げた。

 それは、今までこの医者が食べてきた脳の持ち主たちの頭蓋骨である。

 脳を奪われた頭蓋骨たちの怨念は、医療廃棄物保管庫に閉じ込められていたのだが、同じく非業の死と怨念より生まれた脳食い鳥がそれを見つけて解き放ったのだ。


「お前に食われた、俺たちはお前に食われた」


 医者はメスを振り回すが、無数の頭蓋骨たちに刃物は通じない。髑髏たちは医者の全身に齧りつく。

 数の暴力というもので、髑髏たちに押し潰された医者は、全身を噛み砕かれてしまった。


「たすけにきたよ。くわぁ」


 脳食い鳥は、パメラと蛙の戒めを解くと、その場にうずくまった。


「ありがとう、脳食い鳥ちゃん。まあ、お腹が減っているのね。さあ、少しだけなら食べていいわ」

「お嬢さん、いけないよ」

「いいの。せっかく助けてくれたんだから。来てくれなかったら死んでいたのよ」

「く、く、くわぁ」


 脳食い鳥は少女の顔でパメラの剥き出しの脳に吸い付いて、ちゅるちゅると啜った。

 脳を吸われるって変な感じ。


「おい、全部吸ったらダメだって。お嬢さんが死んでしまうよ」


 夢中で脳を啜っていた脳食い鳥の動きがぴたりと止まった。

 ふらふらとパメラから離れると、宙を見つめる。


「お姉ちゃんは、とっても可哀想なひとだったんだね。ごめんなさい、お姉ちゃん。お姉ちゃんのおかげで、うえに行けます。ありがとう」


 手を合わせて、脳食い鳥は目を瞑る。

 光が溢れる。



 脳食い鳥はお嬢様の脳を食べたことで、愛と、裏切りと、恋と、悦楽と、絶望を知りました。そして、鳥の身に堕とされ呪われた魂に救いが訪れたのです。

 手を合わせていたところから、尊い光が放たれて、呪われた鳥の部位ははらはらと抜け落ちていきます。



 脳食い鳥は光の中に吸い込まれるようにして消えた。そして、一本の羽だけが、脳食い鳥のいた証として残る。

 パメラはそれを拾ってポーチに入れると、動く度に脳が零れそうになると気づいてあわてて姿勢を正した。


「お嬢さん、その頭をなんとかしよう。医者はいなくなっちまったけど」

「そうね、零れてしまうそうで大変だわ」

「それは我々にお任せなさい。良い縫製屋さんを知っています」


 と、声をかけてきたのは医者に群がっていた髑髏たちである。全員が声を同時に発するのでうるさくてかなわない。


「お嬢様に恩返しを致します」

「ありがとう。でも、もう少し声を落として」


 言われた髑髏たちは、顔を見合わせて頷き合うと、ぴょんぴょんと飛び跳ねて輪になった。

 飛び跳ねながらぐるぐると円を回るごとに髑髏は数を減らし、最後に一つの大きな髑髏になる。


「お嬢様、僕たちは一つになりました。僕たちはガシャドクロと言います。恩返しを致しますので、どうか一つ、宜しくお願い致します」



 こうして、脳食い鳥が去った後に、また一つ不思議なものがついてくることになりました。



メルヘン

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