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お買い物をすること


 魔女のお店が見つかりました。

 小さなお家です。

 お嬢様とかえるさんがドアをノックすると、魔女は満面の笑みで出迎えてくれました。

 なんて可愛らしいお客さんだろう。さあ、入っておくれ。




 石造りの都には似つかわしくない木造建築の小屋が魔女の店である。

 小屋の周りを覆うように花が咲き乱れており、虫の羽を持つ妖精たちが蜜を啜っていた。


「まあ、とても可愛らしいお家ね」

「お嬢さん、魔女は強欲だからね。さっきのヤツみたいに目とか鼻だとか言われたらきっぱり断りなさい。約束だよ」

「はあい」


 本当に分かっているのかな、と蛙は不安になった。

 煌々と輝く月の灯りに照らされて、パメラと蛙の入ったポーチの影が長く伸びている。

 魔女は影を盗むというので、蛙は油断せず影を注視していた。


「影なんぞ盗まないよ。お入り」


 小屋の中から声が響く。

 パメラと蛙はうなずきあって、意を決してドアを開いた。

 小屋の中に入ると、中の広さに驚かされる。

 どう見ても、小屋より大きな空間が広がっていて、調度品もパメラのお屋敷にあるものと同じくらい洗練されている。しかし、その全部に値札がかかっているのが奇妙だ。

 奥から軽やかな足音と共に、執事服を着た羊がやって来た。


「いらっしゃいませお嬢様と蛙様。わたくしは執事ヒツジでございます。ささ、魔女様は奥でお待ちでございます」

「まあ、ご丁寧に。パメラと申します」

「簡単に名前を名乗ってはいけないよ、お嬢さん」

「ほほほ、魔女様は奥にいらっしゃいます。ささ、どうぞ」


 執事ヒツジに案内されて、小屋なのかお屋敷なのかよく分からない廊下を進むと、不思議なものばかり目に入る。

 オペラを歌う鈴蘭の鉢植え、額縁の中で人物の動いている風景画、勝手に動いている石臼、なんとも珍しいものばかりが置いてある。全てに値札がかかっていて『応相談』と書かれている。

 途中、何度もパメラは立ち止まりそうになりながらも、蛙に促されて執事ヒツジの後をついていった。

 奥の間は、様々な不思議なもので溢れる魔女の部屋だった。

 魔女は絵本に出てくるのと同じ、黒い服に帽子を被った老婆であった。


「よくきなさったね。蜘蛛除けの他にも色々と取り揃えているよ」


 魔女が指をパチンと鳴らすと、机と椅子が現れて座るよう促された。机には湯気を立てる紅茶まで用意されている。


「まあ、魔女さんはもう何が欲しいか分かっていらっしゃるのね」

「はははは、わたしくらいになったら、今から来る客のことぐらいは分かるのさ」


 魔女は呵呵大笑した。そして、執事ヒツジに命じて蜘蛛除けを取りに行かせた。

 執事ヒツジが持ってきたのは、宝石を入れるための別珍張りの小箱である。


「蜘蛛除けといっても色々とあってね。私が勧めるのはこの宝石蜂さ。この小箱は巣になっていてね、蜘蛛を見つけたら食っちまう優れものだよ」


 魔女は自慢げに言うと、小箱を開いた。

 中には様々な宝石を組合わせて造られた蜂がいる。どう見ても宝石なのだが、オパールの羽を震わせていることから、生き物であるのに間違いはないようだ。


「とってもキレイな蜂さん……。ステキだけど、わたしのお小遣いで買えるかしら」


 パメラはポーチから持ってきた金貨と宝石類を取り出して机に広げた。


「ふん、これっぽっちじゃ足りないね」

「ううん、他には無いのですか?」

「そうだよ、魔女の婆さん。お嬢さんに買えるものでないと」

「ふうむ、あんたの家に入り込んでいる蜘蛛はこれくらいじゃないと退治できない手合いだけどね。そんなに言うなら、蜘蛛殺しの薬くらいは出してやれるよ」


 執事ヒツジは魔女の言葉と共に、薬の入った小瓶を取り出して机の上に置いた。


「ベラドンナにジキタリス、処女の柔毛にこげに蝙蝠の血を蜂蜜とミントの葉で煮て作った霊薬さね。普通の蜘蛛ならコロリといくよ」

「それはお幾らですの?」

「そこにある金貨と宝石じゃ足りないね。ああ、そのお菓子なんかじゃ私は騙されないよ」

「あら、困ったわ」


 魔女はにやりと笑う。


「私も鬼じゃあない。あんたの目、片方となら宝石蜂を渡してやるよ」


 蛙はたまらず口を挟む。


「目は高すぎるぜ。若い身空で片目にするなんて酷いんじゃないのかい、魔女の婆さんよ」

「蛙ごときが何を言うか。この娘っ子の目は『見たいものだけ見える目』だよ。苦心して作った宝石蜂とも釣り合う特別な目さ。あんたも、この蜂がどれだけの宝かくらいは分かるだろう。魔女は取引に嘘をつかないよ」

「むむむむ」


 蛙は唸るが、反論できない。


「ううん、目は困るわ。ああ、そうだ、この桃の葉は凄いのよ。ほら、こうやって瞼をこすったら、真実ほんとうが見えるの」


 パメラは言って、ポーチに入れていた桃の葉を取り出して実演してみせた。


「お、おやめ」

「あれ、この蜂さん、石になっているわ。まあ、どうしてかしら」

「あっ、このクソ婆、嘘をついたな」

「ち、違うよ。物騒な世の中だからね、見本は偽物を出してるのさ」


 魔女は言うが、それが嘘なのは明白だ。

 つまり、この魔女は巻き上げるだけ巻き上げて、偽物を売るつもりだった訳だ。


「おい、邪妖精市は詐欺厳禁だよ。魔女よ、ここの管理人や菩薩様が知ったらどうすると思うね」

「ひ、人聞きの悪い。執事ヒツジ、本物を持っておいで」

「お任せあれ」


 パメラは突然のことに目を白黒させているが、蛙の勢いに魔女が冷や汗をかいているため口を出さなかった。


 執事ヒツジが持ってきたのは本物の宝石蜂の巣である。

 今度は桃の葉で瞼を擦っても、石には見えない。ちゃんと生きている。


「さあ、本物をもってきたよ。これで文句は無いだろうね」

「あるさ。さっきの金額はどうにも信用できないね」

「か、蛙ごときが生意気を。こいつはどこまで値切っても、目の一つはないと釣り合わないよ」

「でも、目が片方なくなったら困るわ。魔女の御婆ちゃん、目がなくなったらお父様も悲しんでしまうわ」

「ならこうしよう。片目を取り替えるのさ。『真実と邪悪の見える目』と交換だよ。これはこれで値打ちものさ。さあ、どうだい。見た目には取り替えたなんて気づかれないものには間違いないよ」



 パメラお嬢さんは悩みました。

 かえるさんは目がなくならないなら、お嬢さんが決めるようにと言います。



「お嬢さん、よく考えて決めるんだよ」

「うーん、よく見える目で、見た目が変わらないんだったら、取り替えてもいいわ」

「なら、この宝石蜂はあんたのもんさ。さあ、そうと決まったら目を交換しようじゃないか」


 魔女は自分の右目を取り出して、パメラお嬢様の右目にぺたりとくっつけました。

 不思議なことに、魔女の目がパメラお嬢様の目に吸い込まれると、パメラお嬢様の目が魔女の手にありました。

 魔女は嬉しそうに笑って、右目をぽっかり開いた眼窩に押し込みました。



「ああ、見えるよ。くふふふふ、ああ、いい眺めだ。このあばら家がまるで宮殿のようじゃないか。あああ、とてもいい目だよ」

「あら、もう交換ができたのね。なんだか、不思議だわ。変わらないのに、違って見えるわ。まあ、執事ヒツジさんは、悪魔だったのね」

「さあ、お嬢さん。買い物は終わったし帰ろう」

「魔女さん、ありがとう。これは貰っていきますね」

「ああああ、なんて世界は美しいんだろう。ひひひひ、ああ、キレイだよ」


 魔女に言葉は届いていなかった。

 パメラと蛙は最後にお礼を言って、来た時とは逆に執事ヒツジに見送られて小屋を出る。


「魔女さん、とっても喜んでいたわ」

「うーん、特別な目だったんだね。かえるのわたしには分からないけど、損したかもしれないよ」

「大丈夫よ。見えているし、どう、わたしの顔は変わったかしら?」

「ううん、変わってないように見えるよ。さあ、行こうか」


 パメラと蛙は邪妖精市の出口へと歩く。

 相も変わらず賑やかな市を行けば、えーんえーんと子供の泣き声が聞こえる。


「あら、迷子かしら」

「ううん、なんだろうね」


 泣き声のあるところは、たくさんの鳥籠を積み上げている鳥屋である。

 色とりどりの鳥たちに混じって、子供が鳥籠に入れられている。


「あら、人間みたいな鳥なのね」

「お嬢さん、あれは人間だよ。鳥屋のヤツに捕まってしまったんだね、可哀想に」


 鳥屋の店主は、騎士服を着たカラスである。

 羽帽子を被っていて、首には宝石の首飾りをつけた伊達なカラスであった。串焼きをかじりながら、店番をしている。


「まあ、それは気の毒に。なんとかならないのかしら」

「捕まってしまったものは仕方ないよ」

「鳥屋さん、そこの女の子はお幾らかしら?」


 カラスはくるりとパメラに振り向いた。


「お目が高いね。こいつは恋を知らずに非業の死を遂げた人間から生まれた脳食い鳥だよ。滅多に出るものじゃないから、お値段はするよ。そうだな、大きな宝石となら交換しよう」

「宝石はさっき魔女さんにあげてしまったから、もうないの」


 カラスは首を傾げる。


「あんたから宝石の匂いがしてるよ。それとなら交換するよ」


 宝石蜂のことを言っていると分かる。

 パメラと蛙は顔を見合わせた。


「お嬢さん、それはいけないよ。目まで交換して手に入れたものなんだから」

「ええ、でも、可哀想よ」

「それに、鳥屋のいうことなんて本当じゃないかもしれない。魔女も騙そうとしてきたのを忘れてはいないでしょう」


 パメラは交換した『真実と邪悪の見える目』で鳥籠の女の子を見る。すると、鳥屋の言葉に嘘が無いと分かった。


「鳥屋さん、この宝石蜂と交換でいいかしら」

「もちろんさ。キラキラしてて最高だよ。さあ、この脳食い鳥はあんたのもんだ」


 蛙は頭を抱えたが、パメラは鳥籠の扉を開けて少女に手を伸ばした。


「お姉ちゃんが出してくれたの?」

「そうよ。もう泣かなくていいから、行きましょう」

「もう閉じ込めたりしない?」

「ええ、しないわ」

「無鉄砲なお嬢さんだよ。蜘蛛除けがなくなったじゃないか」

「他のお店で買いましょう」



 こうして、お嬢さんと蛙さんは脳食い鳥と一緒に行くことになりました。



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