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お嬢様とかえるさん、邪妖精市へ出向くこと

久しぶりに出勤したら、足が痛むぜ


 お小遣いはいくらあったかしら。

 パメラお嬢様が文机をがさごそと漁れば、金貨が二十枚とお母様の形見である宝石類が出てきました。



「かえるさん、これくらいで買えるかしら」


 パメラの差し出す金貨と宝石類は、平民なら一年か二年は遊んで暮らせるほどの金額である。


「おやまあ、凄いね。金貨は魔女辺りは喜ぶだろうし、キレイに光る石は妖精たちも好きだよ。それよりも、甘い砂糖菓子なんかがいいんじゃないかい」


 黄泉の国から来た屍人や妖怪は金貨を好まない。


「まあ、お菓子でいいの?」

「うん、妖精たちは甘いものが好きだよ。わたしはトンボとか芋虫なんかが好きだけどね」

「そうなんだ。じゃあ、女中メイドのハンナに頼もうっと」


 パメラは鼻歌混じりに部屋を飛び出す。

 まるで幼子のような振る舞いである。女中や使用人にはいつものことらしく、彼女たちは嫌な顔一つせずに、お夜食を届けてくれた。

 チーズをたくさん使ったケーキに、リンゴのはちみつ漬けという豪華なものである。


「ハンナ、妖精さんの市場へ行くのよ。持っていけるように包んでちょうだい」

「まあまあ、お嬢様ったら。では、お散歩に行く時のようにバスケットに包みますから、お待ち下さいね」


 蛙はお金持ちの人間というものは、なんとも凄いものだなあと驚いた。

 市場で言葉を習得した折に関わった人間は、子供が我儘なぞ言おうものなら手ひどく叱っていた。やはり、お金持ちの人間というのはああいった者たちとは違うのだろう。


 パメラはうきうきした気持ちで夜を待つ。

 邪妖精市ゴブリンマーケットとは、どんな所だろうか。

 絵本で見た妖精さんがいるとしたら、お友達になれるだろうか。蛙さんもお友達ではあるけれど、可愛い子も欲しい。


 夜を待つ。


 月が空に出て、秋の風が吹く。

 さわさわと、窓の外にある木の枝が躍る。

 ほうほう、と鳥が鳴いた。


 パメラは待っていたが、一向に真夜中にならない。


「かえるさん、まだかしら」

「まだ半刻も経っていないよ」


 ケロケロと呆れたように蛙は鳴く。

 パメラお嬢様は子猫のように落ち着きが無い。子供というのは、畜生も人も楽しげにしているものだ。


「かえるさん、泳げるの?」

「もちろん。卵から出た時から泳いでたからね」

「水の中って、なんだか怖いのに凄いね」

「うーん、わたしはおかで生きてる人間さんのほうが凄いと思うけどねえ」


 とりとめの無い会話が続いた。

 パメラは市場の子供のような振る舞いをする。

 教会での態度はきっと余所行きのものなのだろう。


 そうこうしている内に真夜中になった。

 眠たそうに眼を擦るパメラだが、ポーチの中で待っていた蛙に促されて外套を羽織って部屋のドアへ向かう。


「さあ、お家の人や蜘蛛に見つかると不味いからね。姿隠しの術を使うよ。いいかい、この術を使っている間は声を出してはいけないよ」

「まあ、お話したらいけないの」

「屋敷を出るまでさ。いいね、口に手を当てて、何があっても声はだめだよ。良い子にしてるかい」

「ええ、もちろん。パメラは良い子だから、こうするわ」


 口元に手を当てたパメラはこくこくと頷く。

 蛙はパメラがようく理解したと分かり、ポーチの中で座禅を組んで印を結んだ。


「おん、あびら、おーん、あずでぎよ、そはか」


 蛙の詠唱と共に、目の前が桃の葉で瞼をこすった時のように、奇妙な景色へ変わる。

 感嘆の声として「まあ」なんて言葉を出しそうになったパメラだが、なんとか口を閉じたままにすることができた。

 ポーチに収まる蛙は頭をと手を出して、ドアを指さす。



 そろりそろりとドアを開けて、抜き足差し足忍び足で廊下を行きます。



 お屋敷の一階へ続く階段は蜘蛛の糸だらけ。

 二階には糸ひとつ無いというのに。

 ふと、階段の手前でパメラは立ち止まった。壁にかけてあるのは産まれの母の肖像画だ。一枚、二枚、三枚、四枚、いつもお母様はパメラに微笑みかけている。

 ぺこりとお辞儀をして、抜き足差し足。

 侍女のハンナが歩いてきたものの、パメラには気づかず歩いていってしまった。


 すごいわ、かえるさん。

 とっても素敵。

 本当に見えないのね。


 口に出しては言えないから、笑顔と身振り手振りで説明するけれど、蛙さんは首を振って出口を指さすばかり。

 きょろきょろしながら、一度やってみたかったことをパメラは試すことにした。

 階段の手すりに腰かけて、滑り降りる。


 すてきすてき。

 とても楽しいわ、かえるさん。



 お屋敷を出ると、蛙さんは口を開いた。


「まったく、なんてことをするんだい。わたしは心臓が止まるかと思ったよ。あんな風に手すりを滑るなんて、落ちたらわたしは死んでしまうよ」

「ごめんなさい。でも、一度やってみたかったの。とっても楽しかったわ」

「大人なんだから、お嬢さんはもう少し慎みを持つべきだよ」

「まあ、はしたないことなんて人前ではしないわ。お家の中とお部屋の中と寝台の上だけよ」

「まったく、邪妖精市はそこそこ危ないところだからね。わたしの言うことをちゃんと聞くんだよ」

「はあい」


 蛙の案内で道を行く。


「この辺りに裂け目があるから、次の角は右だよ」

「さけめ?」

「うん、お嬢さんたちの生きてる現世うつしよに出来た黄泉の国との境目さ。人間さんは気付かないけどね、わりとたくさんあるんだよ」

「まあ、そんなものが近くにあったのね」

「迷子になると怖いからね。桃の葉で瞼をこするのを忘れてはいけないよ」


 屋敷と屋敷の隙間の道、お屋敷に囲まれた四辻に入る。


「うん、ここがいいね。さあ、わたしが入口を開けるからね。むむむむむ」


 蛙が唸りを上げると、何も無かった四辻が縦に裂けた。

 宙が無理矢理に押し開けられて、奇妙な景色が蜃気楼のごとく覗いている。


「かえるさん、すごいわ。どんな魔法を使ったの?」

「菩薩様に教えて頂いた術だよ。さあ、邪妖精市はこの奥さ」


 パメラは蛙は顔を見合わせて、歩を進める。





 パメラお嬢様が飛び込んだ先は、深く青い夜空と煌々と辺りを照らす巨大な月が見下ろす石造りの都でした。

 暖かくも無く寒くも無く、甘い匂いが漂っています。

 そこは、たくさんの不思議な姿をした邪妖精ゴブリン屍人ゆうれいたちが行き交う、邪妖精市場コブリンマーケットの目抜き通りでした。



 パメラは「まあ、すてき」と素っ頓狂な声を上げた。

 邪妖精や怪しげなものたちの行き交う市場は喧騒で満ちている。

 パメラには見たことも無い、いや、人間のほとんどは見たことのない光景が広がっていた。


 頭の上で炎を燃やした赤い肌の大男が串焼きの露店を開いており、人間ほどの大きさで服を着て羽帽子を被ったカラスがじゅうじゅうとよく焼けた串焼きを買い求めている。

 虫の羽を持つ小さな小人が数匹、目の前を飛んでいった。

 真っ白な肌に真っ赤な目をした地底ケイブエルフの女は、緑色に輝く茸が生えた杖を振りながら、大きな山椒魚を売り歩いている。

 青白い肌をした二足歩行の河馬が親子連れで歩いており、その後ろを縦に細長いスライムのようなものが追っていた。

 藁人形が易を立てており、首の二つある女が手相を見てもらい何事か相談している。


「かえるさん、こんな所がご近所にあったなんて、とっても素敵だわ」

「ご近所じゃあないんだけど、まあいいか。さあ、とりあえずは魔女の店をみにいこう」

「ええ、どっちかしら」


 蛙の指さしで市を行く。

 美味しそうなものや、物珍しいもの、キレイなものがあって、気になるとパメラはつい立ち止まってしまう。


「お嬢さん、人魂の天ぷらはいかがかな。遥か東方から来たサムライの人魂だよ」


 声をかけてきたのは、顔には目も鼻も口も耳も無いのっぺら坊の男である。何も無い異相のおまけに、髪まで無い。

 のっぺら坊の屋台は、煮え滾る油をぐつぐついわせる揚げ物の屋台のようである。


「まあ、人魂って食べれるのね」

「うちの活きがイイよ。そこのたらいで活けてあるからね」


 のっぺら坊は足元を指さす。

 彼の足元には水を張ったおおきなたらいがあり、その中を人魂が泳いでいた。


「お嬢さん、そんなものを食べるとお腹を壊すよ」


 見かねた蛙が言うと、店主が鼻白んだ。鼻は無いが、そんな気配が伝わる。


「なんでえ、うちのは鮮度抜群だぜ。ささ、お嬢さん、御代は髪の毛か目、いや、鼻でもいいよ。目と鼻なら片方で人魂丸ごとの大盤振る舞いさ」

「ええ、どっちも困るわ」

「ぼったくりの妖怪め。人魂なんぞにそんな値段があるかよ。お嬢さん、行こう」

「ええ、でも、食べたいわ」

「そんなもん食べてもいいこと無いさ。お腹を壊すだけさ。それに、高すぎるよ。こんなもんに目や鼻を使ったら、お父様も悲しむよ」

「かえるさんの言う通りね。またの機会にしますわ、おじ様」

「ううん、おじ様なんて言われたのは初めてだよ」


 のっぺら坊の店主はなぜか感激したようだ。

 うんうんと頷くと、小ぶりな人魂を盥から取り出す。びちびちと跳ねる人魂の尻尾をつかみ、水で溶いた小麦粉に浸すと、そのまま煮え滾る鍋に泳がせる。


「今日は特別に振る舞ってあげよう。御代は気にしないでおくれ。おじ様なんて言ってくれたお礼さ。小さいやつだけど、味はいい。ええと、こいつは帝都の年経た黒猫だね。人より味は落ちるけど、なかなか乙な味がするぜ」


 こんがりとキツネ色に揚がった人魂を油紙で包むと、店主はパメラにそれを渡してくれた。


「ありがとう、おじ様。とっても嬉しいわ」

「いいってことよ」

「道草くってる場合じゃないってのに。お嬢さん、食べるのはいいけど蜘蛛除けを買いにきたことを忘れてはいけないよ」

「かえるさん、分かっているわ。おじさま、ありがとう。いただきます」


 ぱくりと一口。

 淡白で、もっちり柔らかい。味は海の魚に似ているけれど、ほのかに優しい甘味がある。肉の味は全くしなかった。

 するすると口に入っていくので、すぐに食べ終えてしまった。


「とっても美味しかったわ」

「まったくもう、夜中に揚げ物なんて健康に悪いよ」

「かえるさんったら、ハンナみたいに口うるさいんだから。普段は小食だから大丈夫です。おじさま、ありがとう」

「うんうん、いい食べっぷりだ。蜘蛛除けなら、そこの角を曲がったとこにいる魔女が売ってるぜ。気をつけてな」

「ありがとう。じゃあ、行ってきます。ばいばい」


 店主に手を振ってパメラと蛙は歩を進める。

 魔女のお店はすぐそこだ。


『にゃあ』


 お腹の中で黒猫が鳴く。

 


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