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かえるさん曰く

カテーテル後の不調の腹いせ。

 生まれも育ちもこの水路。

 トリアナン教会裏の水路さ。

 蛙という生き物だよ。


 長く生きたら、蛙だって多少は賢くもなるものだよ。言葉を覚えたのかなり前のことだけど、何回夜が来たかは覚えてないね。

 ここはいいところだよ。

 なかなかに深く、人間だって落ちたら悲鳴を上げる水路さ。魚もいりゃ爪海老もいて、ゆらゆらしてる背の高い水草も生えてるよ。

 どれも美味いよ。

 あとはボウフラとか虫とかね。人間にはゲテモノだろうけど、わたしから言わせたら、陸の食べ物がゲテだよ。見解の相違ともいうし、価値観の違いとも言うし、種族の壁とも言うね。

 卵で生まれるからね。わたしらは。

 そんな訳で、親父と御袋の顔は知らない。もしかしたら、長く生きてる間に食べちまったかもしれない。水で生きてる卵生っていうのはそういうもんさ。

 悪いものじゃないよ。美しいものだって沢山ある。

 水の底から上を見上げると、きらきらしてていい塩梅だよ。

 昼はぎらぎらしたお日様で、夜は月とか星の灯りがゆらゆらしてて、いつ見ても飽きないもんさ。

 ああ、冬はどんよりした曇り空だっていうけど、あんまり見たことないんだよ・

 寒い時は長く寝るからね。だいたい覚えてるのは暑い時ばかりだ。あの時期は食べるものもたくさんあってね、雨が降ると流されちまうのが珠に疵だけど、いい季節だよ。

 わたしの棲家は大きな教会の裏手の水路でね、手足が生えてからずっと住んでる。

 そうそう、きっかけというのかな。古い記憶だよ。

 水路から頭を出してね、ちょいとよさげな石の上で日向ぼっこしてたのさ。

 その時のわたしは、今ほど達者じゃなくてね。

 なんだかいつもと違ってね。

 うん、空だよ。

 人間たちの歌が、いやあ、それは歌じゃなかったんだけど。その当時は歌だと思ってたよ。

 わたしらが産卵の時にゲコゲコするのとは違ってたけどね。人間さんのそういう歌なんだと思ってたよ。

 陸から見える太陽がぎらきらしてたのをよく覚えてる。

 歌と一緒に、なんだか不思議なものが流れてきたのさ。

 空をゆらゆらと、水面に流れる落ち葉か春の花びらみたいにねえ、不思議なものが流れてたのさ。

 後から知ったけど、あれは神聖文字だね。古い古い、神様とかひじりが遺した文字さ。そいつで描かれた聖句が空の太陽に向かって吸い寄せられるのさ。

 不思議だったねえ。面白かったねえ。

 わたしはそれがとても気に入ってしまってね。

 その歌が聞こえるといつも石の上に座って聖句が空に吸い込まれるのを見ていたよ。

 どれくらいかねえ。

 たしか、夏が十か二十か、それくらいは巡った後さ。

 わたしも歌おうと思ったのさ。

 わたしは蛙なもんだから、ゲコゲコって上手くいかない。

 なんとも情けないやら申し訳ないやら、身の置き場がなくなるような気持ちで水の中に逃げ込んだよ。

 それでもまあ、人間だって石の上にも三年と言うでしょうに。

 わたしの場合は三年なんてもんじゃきかなかったけどねえ。ゲコのゲって音がケになってね、次はソって言えるようになってね。続けてると色んな音が出せるようになったのさ。

 自在に音を出せるようになるまで随分と頑張ったものだよ。

 蛙だからねえ。人間でいうとこの二十年くらいかかったものさ。

 それからは聖句を一緒に、蛙の身の上で烏滸がましいってもんだけど、一緒に何度も歌ったよ。

 有頂天だったよ、その時は。

 わたしもこの歌がやれるってのが嬉しかったんだ。

 だけど、欲っていうのが出るものでね。

 歌をつかえずにやれるようになった後に、今度はこの歌がなんなのか知りたくなった。

 歌が終わると人間たちの中でも偉そうなのが話をしだすのは知っていたよ。ある時、あれも夏だったね。

 ああ、これは歌の中身を言ってんじゃあないかって思い至ったよ。

 今度はこれ、人間の言葉を覚えないといけないって気づいたのさ。

 教会の裏手の水路はうら寂しい所さ。水の中は風光明媚だけど、陸の道は人なんて十人も通ればいいところ。ひどい時にはカラスや蛇の野郎がわたしらを狙ってくる。

 どうしようかと頭を捻ったよ。

 もうちょいと人の多い場所にいってみようって思ったのさ。



 住み慣れた水路を捨てて、旅をしたよ。

 街の辺り、当時のわたしは水が臭くなることでそれを感じていたけど、市のドブまで大冒険をしたんだ。

 わたしとは肌の色が違う蛙やら、ネズミにカラスなんてえヤバイ野郎がいて、命の危険は日常茶飯事ってなもんさ。人間で言えば、魔物の巣に入るみたいなものだよ。

 わたしは生傷の絶えない生活を送りながら、食われそうになったり食ったりしながら過ごして少しずつ人間の言葉を覚えたよ。

 市の辺りはわたしの同類も悪いヤツが多くてね。

 わたしほど達者じゃないけれど、多少は喋れるってヤツもいたよ。

 青蛇のゴンザってえのがいてね。

 でけえ青蛇なんだけど、目が一個だけの化物さ。

 人間の妖術師に飼われてたっていうんだけど、指図がうるせえって逆に噛み殺したなんて武勇伝を自慢げに言ってたねえ。

 ゴンザには何度も食われかけたけど、自慢の足でぴょいと跳んで逃げたもんさ。ははあ、逃げたってのは格好のいいもんじゃないね。

 蛇は天敵ってヤツで、さすがのわたしも防戦一方さ。一発喰らわしてやったこともあるけど、大抵は命からがら。

 そんなゴンザも、わたしがちょいと流暢に喋れると知ったら、仲直りだとか言って、妙な話を持ちかけてきた。

 人間の売ってる酒を盗もうって話さ。

 こう、わたしが人間の、ちょいと婀娜な姐さんって声音で『もし、お酒はおいくらかしら』なんてえ声をかけるんですな。

 店主は『へい毎度、なんでも取り揃えてございやす』って鼻息荒く返事はするんだけど、相手は無し。蛙がそんな声を出したとは思いもしない。

 店主は大抵『おや、気のせいか』って首を傾げる。お次は背後に回って『こっちでございます』ってえ声をかけるのさ。

 人間さんは顔色を変えるね。モノノケの類かとゾゾっとしちまう。

 さあ仕上げだ。今度は店主の耳元に届くように『あなたの踏んでる土の下に埋まっている女です。酒を一杯たらしておくんなまし』ってね。

 腰を抜かすか逃げ出すか。

 青蛇のゴンザはその間に酒樽に頭を突っ込んでゴクゴクと。そりゃあウワバミの如く。ああ、蛇には間違いないね。青くて図体ばかりのヤツだったがあ、蛇には違い無い。

 わたしもお相伴に預かったけど、ゴンザのヤツは樽の半分は飲んでたんじゃないかな。

 昼日中やると上手くいかねえんで、大抵は夕暮れにやったもんさ。

 後から知ったけど、わたしらの悪事はそういう幽霊がしたことになってたみたいだ。ははは、ちょいと痛快な思い出なんだけど、若い時の馬鹿っていうか恥だよ。

 そういうことがあって、人間の言葉は達者になったのさ。

 ああ、ちょいと長くなっちまったけど、わたしがこうして喋れるのはそういう訳さ。

 市での暮らしは賑やかでね。ゴンザはちょっと違うけど、友達もできて、なかなか楽しいものだったよ。

 情けないことに、わたしは最初の目的を忘れちまっていたのさ。

 酒の味を覚えたり悪戯なんかするのも楽しかったもんだから、長くいたんだ。

 酒を盗むのにも慣れたんだけど、ある時に妙なことになったのさ。

 そこの店主に声をかけてたら婀娜な姐さんがゆらゆらとやってきてね、「そこなモノノケが、妾の名を騙るものか」って見破られちまった。

 ゴンザは薄情なものさ。さっさと逃げていきやがる。

 わたしは焦ったよ。蛙の身だからね、とっ捕まったら、それこそ丸焼きにされるか揚げ物にされるか。

 逃げようとしたら、その姐さんはわたしの首根っこをつかんじまった。

 店主は大慌てだけど、姐さんときたら「このかえるは不遜にも菩薩であるわらわの名を騙りしぞ。仕置きするのでもらっていく」って勝手に決めちまった。

 人間にはどう見えたか分からないけど、わたしには姐さんの本当の姿が見えてたからさ、生きた心地がしなかったよ。

 姐さんは顔が三つに手は四本、口元には鬼火を浮かせた菩薩様でね。

 ああ、菩薩を知らないって。

 天道教会の神様じゃないから、無理からぬことだよ。遠く東の果てにあるところに伝わってる神様さ。

 とって食われるとぶるぶる震えたんだけど、そうしたら今までのことを思い出してね。最初は聖句の意味が知りたくて言葉の修行に出たってのに、いつの間にか遊んでいたんだから、身から出た錆というもの。

 後悔したって遅いんだけど、目を瞑って聖句を唱えて祈るばかりさ。ああ、もちろん、かみさま、わたしを助けて下さいってもんだけど。その神様は目の前にいたんだけど、その時はとんでもないバケモノだと思ってたから。

 菩薩様もわたしが聖句を唱えていることが気になったみたいでね。芸を身を助けるというヤツさ。

「これ、かえるよ。どうして天道の聖句をそらんじるのかや」

 聞かれたら答えなくちゃいけないでしょう。

 わたしはこのとおり、喋るのが好きだから、途中で菩薩様にも怒られたけどここまでやって来た事情をご説明したのさ。

 菩薩様は盗みを働いたのはいけないが、かえるの身でありながら聖句のために修行をしたってことで気を良くしてくれてね、なんとか生き永らえられたのさ。

 菩薩様は天道とは別の神様らしくてね、聖句の内容に詳しくないんだそうだよ。

「かえるの身でありながら聖句を学ぶとは天晴あっぱれなことよ。このような悪戯にうつつを抜かすのは感心できんが、心を入れ替えて元の棲家へ戻るがよい」

 そう言ってくれたんで、わたしは棲家へ戻ったのさ。

 ゴンザの野郎は菩薩様にとっ捕まって、今もこき使われてるって話だけど。ははは、いい気味だけど、あの菩薩様といられるっていうのは少し羨ましいね。

 ああ、わたしは別に人間が好きって訳じゃあないよ。わたしたちみたいなモノノケの菩薩様だから、どうにも一緒にいたくなっちまうのさ。だけど、わたしはやっぱりこの聖句の教えが気になってね。三つ子の魂百までと言うものさ。

 ああ、話が長くなったね。

 悪い癖だよ。

 そんなことがあって、わたしは教会に忍び込んでは司祭様のお話を聞いたり、聖書を読んだりして修行をしているのさ。



 うん、それで、どうして御嬢さんは泣いていらっしゃったのかな?

 菩薩様に人助けしなさいと言われているからね。

 わたしはかえるだけど、そこそこ長生きしてるし知恵もあるから、お力になれるよ。


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