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銀と炎・一

 学術都市ザルツブルク・学院玄関・ザルツブルク本陣―――


「天より、汝らを助く軍勢が現れる……怖じることはない、反乱軍へ特攻せよ」


 待ちに待った援軍より伝えられた第一声がそれならば、ザルツブルク騎士団が顔面を蒼か赤に染めたのは無理からぬことだろう。

 反乱軍に全てを蹂躙されつつあったザルツブルクではあったが……ただ一つだけ、希望はあった。


 それは異境の友人。

 西海より現れたと言う蛮族がザルツブルクに力を貸すと言う。

 彼らは三千の兵を用意し、その前払いとして数十人の戦士を遣わした。

 が、数十の戦士自体が問題であったのだ。


「まともな鎧も着ず、剣を持たず、その上その貧弱な体で何を成すと言うのだ……」

「特攻せよと……我らに倍する農奴の軍に我らだけで……馬鹿にするのも大概にしろ!!」


 ひらひらとした白いローブのような物を来た、数十の仮面の戦士。

 彼らは脆弱な体しか持たず、戦場に立つにはいささか頼りない。

 それが上から目線で、天が助けるから戦えと命令する。

 しかも自分達は戦場に行かぬとあっては不信を感じる方が自然であろう。

 もしや三千の軍も偽りか、との声が騎士団から上がり始めた頃……一人の男が壇上に立つ。


「嫌なら俺らは帰ってもいいんだぜ……反乱軍の総攻撃を支え切れる自信があるならばな?」


 年のころは三十……いや四十に達しているかもしれない。

 おさまりの悪い黒髪の中年男。

 眉間には不機嫌そうな細い皺が走り、目は少し落ちくぼんでおり、光はない。


 だが、仮面共に比べればがっしりとした体つきをしており、胸甲を着、腰には剣が二本。

 傲慢で、挑発的な言い草であったが……その自分達に近しい前線向きの服装に、騎士団の皆はむしろ少しだけ安堵した。

 

「我らは汝らが使う「炎」ではなく「銀」の術を使う……その力、秘儀故に教えることはできないが、兵の数百は吹き飛ばす」

「信用できるのか?」

「それが嘘偽りであるならば、俺を戦場で斬り殺せばいい……」


 男は自らも戦場に出ると確約した……人質になると宣言したのだ。

 そうか、それならば……。

 奇妙なことだが、それで騎士団の動揺は少なくとも、表面上は治まった。


「朝が来れば、反乱軍は学院前に集結する……そうなれば兵力差で揉みつぶされる、これが最期のチャンスだ……出陣だ、それ以外にお前らが生きのびる方法はない!!」


 元より彼らの助力に縋るしか……ザルツブルクが助かる方法はない。

 彼ら蛮族がよこす三千の援軍の到着まですら、ザルツブルクは支えきれないのだ。


 既に日は暮れて夜の闇が支配している……が、市街地を舐め尽す炎が灯りとなって、戦闘は可能。

 勝ち誇る反乱軍が油断し、市街地の略奪に勤しんでいる今が、戦局を挽回する最後のチャンスなのだ。


「おぉぉぉぉぉザルツブルクに栄光あれ!!」


 虚しく、薄っぺらの希望は……戦局が絶望的になる程、甘美な味で兵士達を癒した。

 その儚さを知りつつも、ザルツブルクの騎士団は目の前の蛮族に、その命を託す。

 雄叫びの中に隠された悔し涙は、誰にも見られることはなかった。


*****


「まったく信用されていないな……無理もないけどよ」


 先程の宣言の後、舞台裏。

 騎士団を鼓舞した中年男がだらしなく木陰に座り、愚痴っていた。


 中年男の名前は雪月。

 ザルツブルクの盟友、秋水家の……子息だ。


 とは言うものの……実の所、養子であり、実際の権力・権威など無きに等しい。

 秋水家の人間と言う名の看板を持つ故に、扱き使われる奴隷予備軍に過ぎないのだ。


「そうでもないと思いますが……雪月の登場で、少なくとも騎士団の動揺は治まった、それは事実です」

「表向きだけだ……それよりも、「力」を見せた方が手っ取り早く信頼されると思うのだが、それじゃあダメか?」


 あくまで卑屈な態度を崩さない雪月に、話しかけるは白髪赤目の少女。

 名前は夏夜 (かや)、年のころは十二歳。

 こちらは本当に秋水家の血を引く、いわばお姫様だ。

 本来ならば養子風情の雪月がうかつに声をかけられる人間ではないのだが、なぜか雪月に好意的なので、溜め口を利ける。

 雪月からすれば一応は……義理の妹になる。


「自分より下の者に戦場を押し付け、自分達だけ助かった騎士団に私達の秘密は教えられませんね」

「手厳しいな、まあ……当然か」


 燃え盛る市街地で戦っているのは正規の兵士ではない……無理矢理、戦場に投入された従者などの非戦闘員だ。

 兵力の不足を理由に投入された彼らを盾に、本来ならば戦うべき騎士団は学院に逃げ帰っていた。

 それは身分の差……高貴な者がが平民よりも先に死んでいいはずがないと言う歪んだ思想ゆえにだ。


「今度は騎士団が盾になって貰いましょうか……我ら秋水家の盾にね」


 夏夜が毒舌は続く。

 周囲や上のいう事を聞かずに雪月と仲良くしている彼女は、意外と我が強い。

 アルビノの、神秘的に見られる容姿を利用して可憐に振舞っているが……実は自儘なのだ。

 時折に漏れ出る本性が、周囲にばれていることを……本人だけが理解してはいなかった。


「騎士団は外道……ゆめゆめ、情けなどかけないように、外道と貴方の命ではまったく釣り合いません」


 それだけ言って、夏夜が雪月の元を去っていった。

 その好意を雪月は戸惑いと共に受けている。

 「自分如きに」との思いがどうしても消えない、癖みたいなものだ。

 好かれるのは嫌いではないがな。


「……ゆきづき殿、そろそろ出陣の頃合いです」

「分かった、今行く……」


 夏夜と入れ違いに現れたのは、バケツ兜の騎士……ザルツブルクの騎士だ。

 彼らの聞き慣れぬ外国語をどうにか理解しつつ、雪月は「カタナ」を二振りもって戦場へ続く道を踏み出した。


 ザルツブルクが援軍到着まで持たないとの報告があったのは数日前。

 そこから強行軍でなんとかたどり着いたのが数時間前の夕刻。

 たどり着いた先で、敗走したばかりの騎士団とご対面したのが数十分前だ。


 本当に休む暇もなく、生死を賭ける戦場かよと……心の中だけで悪態を吐く。


 (まあ、俺はまだ若いし……大丈夫だけどな、多分)


 笑うなよ……四十に見られることが珠にあるけど、俺はまだ三十歳なんだぜ。

 この中世ヨーロッパに似た異世界では、三十は立派なおっさんだと言うのが悲しいけどな。


*****

 

 何の特別なことなどないと自信を持って言える(?)雪月だが、一つだけ特別な事があった。

 それは彼が異世界……さらに言えば現代日本から召喚された召喚者であること。


 呼び出されたのは十五歳……中学三年の頃だった。

 召喚の過程で「特別な力」を得て……「チートだ、いえい!!」と喜んだのは遥か昔。

 確かに現代日本では特別な力かもしれないが……。


 誤算があった。

 その特別な力「銀の術」はそれほど珍しくはなかったのだ。

 日本人が力を得て召喚されたのはもう、何百年も続いているらしい。


 召喚された日本人は子孫を作り、街を作り……その力を体系化させた。

 雪月の力は最低ランクとして評価され、それっきりその評価は十五年間ただの一度も覆らなかった。


 つまりチートは貰えなかったのだ。

 そして現代日本にも戻れず、ここで生活するしかない。

 それから……俯くばかりの人生が始まったのだ。

 だが……それでも自分を見てくれる人間の力になるためにその力を振るう。


 願うのは彼らの幸せ、そして叶うのは……。


 これは英雄を目指さず、表に出ない裏側にて彼らを支える……左腕の戦記譚。


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