紅の夢
学術都市ザルツブルク・市街地―――
「今度は貴族として生まれてくるんだな」
赤髭の偉丈夫が、そう言って、物言わぬ死体の目を閉じさせた。
死体は幼さの残る十代の少年。
その服装から貴族の従者……ろくに防具も渡されずに戦場に出されたのだろう。
「家」のために殉じるのは美談。
だがその犠牲になる順番が……身分が下の順からと言うのは少しいただけない。
名も無き少年に死守を命じた貴族は既に逃げ去った後だった。
従者を捨て石に……そして恐らくはこの戦いが終わった後、件の貴族は犠牲にした従者のことなど忘却の彼方に飛ばしてしまうだろう。
「脆すぎますな、カルロ様……貴族の私兵軍と言うものはこんなにも軟弱な物なのですか?」
「……」
「だとしたら……もっと早く」
そう恨み筋を呟く男は農奴出身の兵士であった。
貴族の圧政に耐え兼ねて剣を掲げた反乱軍の兵士。
そう、これは革命なのだ。
無慈悲なる貴族を権力の座から引きづり落とす正義の闘争……とは表向きのスローガン、実際には違う。
カルロと呼ばれた大男がハルバードを振るうと、その矛先から緋色の炎が出現し、目の前の家屋を焼き払う。
その後に聞こえた絶叫は……隠れ潜んでいた貴族の兵士か。
「ふっ、馬鹿な奴らめ……カルロ様の炎を前に隠れて奇襲など、自殺行為にしかなるまい」
「……」
此度の反乱の成功には、その「炎術」が大きく物を言った。
密集した軍勢を焼き払う。
砦を燃え上がらせ。
幾多の騎士をヴァルハラに送っていった。
しかし炎の術法……その源泉は血の中にある。
炎術は貴族しか使えない。
貴族の血を引く者しか奇跡は行えないのだ。
ならばこの革命は貴族の力なくば成功しない。
そう、革命とは仮の姿……これは単に貴族の権力闘争でしかなく。
ただ自らの手を汚すのを嫌う貴族が、農奴共を尖兵に使っているだけなのだ。
革命と言う名の美名……仮面を被りながら。
(とても……農奴共には言えぬがな)
貴族の私生児であるカルロ・マラステラは心の中でだけ思い……表には出さなかった。
周囲の農奴・反乱軍兵士は勝利と、新たな時代の到来に喜び……歓喜を天まで轟かせていた。
残るはザルツブルクの中心である学院……そこを落せば、革命はなる。
それが幻想の終焉だと知りもせず。
*****
その日、反乱軍に奇妙な噂が流れた。
もはや首都を制圧され、残るは本丸たる学院のみを残されたザルツブルク伯爵。
まさしく喉元まで刃を突きつけられた伯爵が起死回生を願い、恐ろしい傭兵団を雇ったと言うのだ。
その傭兵は鷹のように天空を舞い、「カタナ」と呼ばれる、兵士を鎧ごと両断する剣を保持していると言う。
無論……そんな与太話を信じる者は少なく。
信じた極少数は大多数に馬鹿にされてその持論を放棄する。
反乱軍先発隊を率いる、カルロ・マラステラもその信じない大多数の一人であった。
その噂がどのようなことか知りもせず……恐ろしき異邦人らがこの戦乱に参戦したことを、彼らはその瞬間まで気づきはしなかった。