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夢の続き  作者: 中島 遼
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奪還3

(……そろそろだな)

 時間になったので、彼は立ち上がって部屋にいた佐々木に挨拶する。

「……済みません、今日はお先に失礼します」

「あれ?」

 佐々木は首をかしげた。

「昨夜の救急は大したことなかったんだろ?」

「まあ、骨折と頻脈が大きな所で、あとは普通に風邪引いたお年寄りとか、転んでおでこ切ったとか……」

「ってことは、お前はまだ元気な訳だ」

 村山は仕方なしに微笑んだ。

「……はあ、まあ」

「奥さん、出張なんだから、ゆっくりしてけよ」

「ちょっと今日は所用があって……」

「ああ、浮気ね」

「はあ、まあ」

 佐々木は笑う。

「デートならしょうがないな、さっさと帰れ」

「はい、ありがとうございます」

 ダッシュで着替え、誰にも捕まらないように北出口に向かう。

 病院にはいくつか出入り口があったが、この裏口は一般の人間が使うことはない。

 ちょうど外科病棟の裏側付近にあたり、正面は北山、右に行けば駐車場の一番奥、左に行けば常時鍵の閉まったその裏門に出る。

 (あ……)

 ドアを開けると明石が一服している。

 病棟出口付近は北の山の斜面が目の前にあり、外から見えないので医師たちの隠れた喫煙所となっていた。

「お先に失礼します」

 頭を下げると、微かに眉をひそめた相手の顔が目に入った。

 それはそうだろう。

 普通はこんなところから帰る者はいない。

(ますます変な奴ってレッテル貼られそうだな)

 思いはしたが背に腹は変えられない。

 彼はそのまま裏門の鍵を開け、そして再び施錠すると細い山道を走った。

 太陽は西の山に隠れかけている。

 村山は家の裏木戸を開け、庭から中に入る。

(……急がないと)

 セキュリティサービスの解除ボックスは玄関近くにあるので、早くしないと警備会社が来てしまう。

 庭が広いとこういうときに不便だ。

(……ロス時間、三分ってとこだな)

 何とか解除に間に合ったので、もう一度警備モードにしたあと、彼はガレージから愛車を出した。

 そして目的地へと向かう。

(……ここか)

 村山が車の時計に目を走らせた時は、約束の時間の八分前だった。

 彼は公衆電話から八十メートルほど離れた位置に路上駐車した。サングラスを取りだして掛け、エンジンを止める。

 そして、携帯電話で話をしている振りをした。

 待つことしばし。やがて時間ちょうどに男が一人公衆電話に近づく。

(……ビンゴだな)

 少しの間をおいて、彼の携帯電話が振動した。

「はい、村山です」

「どうだ、答えは決まったか?」

「……いや」

「一つ言っておこう。子供を連れてきたら、悪いようにはしない。しかし、連れてこなければ少なくとも高校生たちは可哀想なことになる」

「……わかった。言うとおりにしよう。俺はどうすれはいい?」

「話のわかる人で安心したよ。では今から言うことをよく聴け。今夜九時に北山の展望台、そうだな、南側の方に子供二人と一緒に来い。そうすれば人質の命は保証する。ま、気が変わって来なければ来ないでも構わない。女の子は結構好みのタイプなんでな」

「俺は必ず行く。くれぐれも妙な真似はするな」

「あんた次第だ。では今夜」

 電話は切れ、目の前の男が歩き出す。

 村山は男が最初の角を右に曲がるのを見てからエンジンをかけ、車を走らせた。

 男が曲がった道は一方通行であり、進入禁止になっていたので、彼は曲がらずに側の畑の際に車を止めた。

(……ステッカーを貼られることはあっても、レッカーはないだろう)

 彼は車を降りてそっとくだんの道を行く。道は住宅街にありがちな細い道で、男がさらに右に曲がったのが見えた。

 そのまま彼は注意深く彼を尾行した。

 やがて男は小さな住宅地の中の、三階建て住宅に入っていく。

 敷地は二十坪ほどだろうか、よくある新築の一戸建てだ。

 よく新聞の折り込みチラシに入っている間取りからすると、一階は駐車スペースの他に風呂、トイレ、そして小部屋。

 規格通りなら二階にダイニングキッチンともう一部屋、三階に六畳ほどの部屋がさらに二つあるはずだ。

 村山は家を行きすぎて、最初の角を左に曲がった。そして家の裏手に回って建物を眺め、再び戻ってきてからもう一度電信柱の陰からそれを見つめる。

 三階はすべて雨戸が閉まっていた。

 二階の張り出し窓は雨戸のないタイプのようだ。カーテンがないので、向かいの家からは中が丸見えだろう。

(……ってことは、いるとすれば三階か)

 犯人が多ければ分散している可能性もないとは言えない。

 しかし村山は別の検討から、犯人はせいぜい六人程度だと考えていた。

 だとすると、こんなところに拠点を持って別働隊を待機させるほどの余裕はないだろう。

(安全率を見て敵が八人としても、萌か高津のどちらか一人はここにいる)

 裏を取るために、彼は運転用の手袋とサングラスを外してコートのポケットに入れた。

 そうして、さっきの家の裏側にあたる家の筋を歩いていると、運良く、真裏に当たる家の玄関が開き、若い主婦が出てきた。

「あの、済みません」

 ポストから夕刊を取り出しかけていた主婦が手を止めて村山を見る。

「お忙しいところを申し訳ありません、道をお尋ねしたいのですが、こちらは三丁目2の5ですよね?」

 愛想よく主婦は答えた。

「違うわ。ほら、あそこの赤い屋根のおうちから三丁目が始まるの」

「え?」

 村山は驚いた顔をした。

「じゃあ、この裏の家は?」

「二丁目の何番かよ」

 村山は首をかしげた。

「この裏の家が井口さんで、その隣が赤坂さんじゃ……」

 主婦は笑った。

「……裏の筋は並び全部引き渡し前で、まだどなたも入ってらっしゃっていないはずよ。それから確か、井口さん、赤坂さんは二筋向こう」

「え! そうなんですか」

 もちろん、さっき通ったから知っている。

「ごめんなさい。どうも友人は地図を書くのが下手だし、私はひどい方向音痴なので」

「お役に立ててよかったわ」

「本当にありがとうございました」

 村山は恐縮したように何度も頭を下げて、その家を離れた。

(……誰も入っていない、か)

 すると相手は不動産会社の関係者なのだろうか。

 それとも鍵を壊して不法侵入したのだろうか。


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