ランチ5
中はこじんまりとした小さな店だ。
入り口を入った所に四人がけのテーブルが一つ。その奥にあるカウンターには椅子が六個、あとは二人がけのテーブルがカウンターに平行して二つ。
「こんにちは」
「おや、今日は可愛いお連れさんだね」
口ヒゲを生やしたマスターがにこやかに迎える。
「こちらは友人の神尾さん、で、この人は川上さん。詩織が大学生の時の部活の先輩なんだ」
萌は慌てて挨拶をした。
「こんにちは、神尾萌です」
「以後お見知りおきを」
どうやら夫婦行きつけの店らしい。
(……複雑に嬉しい感じ、かな)
「言われた通り、個室、用意したよ」
「ありがとうございます。あ、でも個室でなくてもいいんです、ちょっと込み入った話があるので、そこの四人掛けの席にでもと思って」
「なるほど、個室でなくても、うちは年中すいてるから何処に座っても大丈夫ってことか」
「いやいやいや……」
二人はドアの向こうの奥に通される。
そこには四人掛けのテーブルのある小部屋があった。
「今日は詩織ちゃんは?」
「あいつはここのメニューでノンアルコールは耐えられないからお留守番です」
椅子を引いてもらって萌は腰を掛けた。
部屋は個室とは言ってもドアを開け放せば、開放的な感じだ。
とは言え、小声で話せば他の客に声を聞かれることはなさそうなので密談には良い部屋だった。
「どうする? いつものにする?」
マスターが厚ぼったいまぶたをしばたかせた。
「あれは酒がないと無理。何か高校生向けのメニューを適当に」
「女の子だし、がっつりというよりは量より質のレディスランチかな?」
去っていく背中を見ながら萌は少し不安になる。
「高いんじゃないの?」
「ここはリーズナブルで、しかも俺と詩織は料金体系が別だからさらに大丈夫」
「……わかった」
ここは素直に頷いておく。どうせ将来、働いて村山に返すのだ。
「お待たせ」
間をおかず、マスターは付きだしと思われる生ハムとソーセージ、それに少し炭酸の入ったミネラルウォーターを持って戻ってきた。
「で、込み入った話って何なんだ?」
村山は少し考え込んだ。
「えーと、恋愛の相談?」
「……な訳ないだろ、お前ぐらい女心も男の気持ちもわかんない奴、見たことないし」
「女心はともかく、男の気持ちはわかりますよ」
「どうだか」
萌は苦笑した。
高津も時々同じ事を萌に愚痴る。すべからく男は村山に同じ気持ちを抱くのだろうか。
「実は、病気の相談です。あ、この子が、じゃないんだけど」
するとマスターはなるほどと頷き、去っていった。
「……圭介からこないだの話は聞いてるよな?」
これが話したくて、村山はファストフードを避けたのか。
「暁たちがしばらく町を離れて遠くに隠れるって話よね」
「表向きは夕貴の耳の治療だ」
「どこの病院なの?」
村山は少し考え込んでから改めて萌をじっと見つめた。
「怒るかもしれないけど、圭介にもまだ言ってない。だからここでは言わない」
「……あたしたちが信用できない?」
「そうじゃない。暁や夕貴の安全を考えると情報はあまり広げない方がいいんだ」
「わかった」
萌や高津を巻き込むことを心配してのことなら追求するが、暁達のリスクを下げるために村山がそうしたいと言うのならそれがベストなのだろう。
「でも、村山さんが一人で背負うことにならない?」
「この件に関しては、分散したってリスクの大きさは変わらないよ。第一、俺だけが知ってるってこと、敵は知らない訳だし」
高津と村山が赤尾と接触した話について、少し質問をしていると料理が来た。
焼きナスやアンチョビポテト、ナツメヤシのベーコン巻きなどが五種類ほどちょこちょこ可愛く乗ったオードブル、パンそれとスープだ。
「……詩織じゃないけど、確かに酒なしでは辛いな」
「飲んでもいいよ?」
「車で来てるんだ。デパートの駐車場に入れてるから」
さすがお坊ちゃまだけあって、村山のナイフとフォークの使い方は綺麗だ。
それに気づいてからは、萌も相当慎重に食べ物を口に運ぶ。
(……おいしいんだけど、これじゃ味がよくわかんない)
やっぱりファストフードの方が良かったかもと思いかけたが、自家製石釜パンを食べて気が変わる。
(……いや、でも、これが朝ご飯に出たら遅刻ぎりぎりまで食べ続けそう)
「ほんと、お前、旨そうに物食うよな」
「だって、バターも何だか生クリームみたいで美味しいし……」
「褒めてるんだ。言い訳しなくていいって」
村山は笑いながらこのバターがこの店の手作りであることを説明した。
そして再び真顔に戻る。
「圭介にも話をするつもりなんだけど、細川はかなり危険だ。だからそれ相応の防御をしなきゃならない」
「何かあったの?」
「先週四賀政夫っていう町役場の戸籍課の課長が亡くなった」
「ふうん」
「四賀は多分、夢の中でリソカリトを使役し、そしてハラスメントを繰り返した男だ。」
「え!」
萌は顔をしかめた。
「……食事中にどうかとは思うけど、どんな亡くなり方したか聞いてもいい?」
「先にスープを飲んでしまった方がいいと思う」
何故だろうとは思いながら、言われたとおりに酸味の強いトマトの濃厚スープを飲み干す。
「頸動脈を切られた」
脳裏を過ぎったのは校庭で喉をかっきられて死んだ同級生たち。
萌は硬直して身を震わせる。
「……ごめん、やめる?」
腹筋に力を入れ、そして萌は村山に頷いた。
「いい。続き話して」
「うーんと、その前に教えておくよ、頸動脈のこと」
彼はこの先必要だからと言いながら、自分の首に手を当てて萌にその位置を教える。
「ここが脈が触れる場所だ」
「え、どこ? わかんない」
「俺のをよく見て、同じ場所を触って」
「なんでだろ、感じない。あたし、脈がないのかな」
「そのちょっと下だ。それと強く押しすぎるとわかりにくい。もう少しそっと」
「これ? それとも指先が普通にドキドキしてるだけのかな?」
「指先は圧迫なしにドキドキしません」
四苦八苦して頸動脈の位置がわかったところで質問に戻る。




