ランチ1
「……で、あたし抜きで二人っきりでデートしたわけ?」
憤怒のあまり、大声になってしまった。
「誤解を生むような発言は控えてくれよ」
「誤解なんてしてない。そのままじゃない!」
丈高いだけで何の罪もなかった草を、萌は思わず引っこ抜いた。
「あたしだけ仲間はずれにして!」
「だからさっきも言ったけど、村山さんに俺と萌にステーキをおごってもらう約束を取り付けたから」
萌の怒りはさらに強まる。
「何よ、それ! あたしはみんなの役に立ちたいの。ただでご飯が食べたい訳じゃないの」
「じゃ、何の役に立つってのさ?」
高津もむっとした顔になる。
「人数多いけりゃいいってもんでもないだろ。そもそも駅前の喫茶店でやつらの話を盗み聞きするには、二人以内でないと席の関係でばれちゃうんだ」
「村山さんと圭ちゃんの二人ってのはどうしてよ?」
「十分条件さ。やつらの話を聴きたがってたのは村山さん。気配を消せるのは俺」
「喫茶店を火の海にするのはあたし……か」
萌は溜息をついた。
「確かに、そう言われてみればそうかもしれないんだけど……」
「いや、そういうことでもないんだって」
高津が慌てたように手を振る。
「ケースバイケースだよ。萌の力が必要になる時だってあるんだから」
「気休め言わないで」
何だかもの凄く落ち込む。
「変な宇宙怪物あたりが落ちてでも来ない限り、あたしなんて役にたたないどころかむしろ邪魔よ」
「いや、それは……」
「山火事起こしたり、人を焼き殺したりしないかって、周りに気を遣わせるばかりだし」
萌は剣道部の部室の前で手をひらひらと振った。
「じゃね。今日は先に帰ってて。あたし、ちょっと寄る処あるから」
「でも、また狙われたら……」
「友達と一緒に帰るから大丈夫」
高津に当たるのも筋違いだとは思ったが、一人になりたいときに一人になる権利ぐらいはあるだろう。
(……あーあ)
このまま村山に一生会えないのではないかという予感がする。
(何で総合病院のお医者さんなんか好きになっちゃったんだろ)
村山がコンビニの店員とか、町役場の窓口とか、交番のお巡りさんだったら良かったのに。
(……そうしたら毎日でも会いにいけたのに)
汗をかくほど素振りして、足さばきの練習をしているとすぐに昼になった。
「早く新入生、来ないかな」
萌が呟くと、同級生の茜がくすくす笑った。
「ひょっとして、一年と一緒に素振りしたいの?」
「だって一人ぼっちなんだもん」
着替えて外に出ると、風は冷たいが日差しは完全に春だった。
「もう四月だから、萌も防具つけれるよ。頑張ってるの、先生も知ってるし」
「ほんと?」
「ま、うちは半年経てば誰でも防具つけさせてもらえるんだけどね」
それでも少し嬉しい。
「じゃ、試合は?」
「そろそろさせてもらえると思うよ」
昨今には珍しくいい話だ。
「あ」
と、茜は校門の方を見た。
「じゃ、また明日ね」
「うん、ばいばい」
校門に立つ彼氏の元に駆けていく後ろ姿を見ながら、萌は空を見上げた。
薄い雲がかかっている。
空は青と言うよりは少し黄ばんだ感じだ。
「神尾さん」
「え?」
振り向くと藤田がいた。
「今、帰り?」
「うん」
藤田はこの頃よく声をかけてくる。
なので最初ほどの緊張はなかった。相変わらず答えにくい質問が多くて面倒くさくはあったが……
「一人なんて珍しいね、高津は?」
「さあ?」
「じゃ、一緒に帰ろうか」
萌は首を振る。
「藤田君、家、反対方向でしょ?」
「今日はこっちに用事があるんだ」
嘘か本当かわからなかったが、拒むのも変なので仕方なしに肩を並べる。
最初はテレビの話だか何だかに適当に相づちを打ち、彼が話す冗談をおかしくもないのに笑っていたが、
「ところでさ、高津、浮気したんだって?」
萌は藤田を見上げた。
「は?」
「今朝、君が怒ってるの聞いた奴がいてさ」
意味がわからず首をかしげる。
「あたしは確かに怒ってたけど、それで何で圭ちゃんが浮気って話になるの?」
「……神尾さん抜きで、誰かと二人でデートしたって」
(……なんだ、それか)
萌は小さく溜息をつく。
「それ、別に浮気じゃないから」
むしろ本命同士が一緒に喫茶店でお茶を飲んだというべきだろう。
「え?」
「だって、あたしと圭ちゃんは別に付き合ってる訳でも何でもないんだから」
面倒くさいので一般論にすり替える。
「……でも、やきもち焼くんだ」
「そういうのとはちょっと違うんだけど」
「別に好きではないけど、高津に彼女ができたら寂しくなるから嫌、みたいな?」
まったくもって面倒くさい男だ。
「そういうのでもないんだけど」
「じゃあ、何?」
何故、そんなことを赤の他人に言わねばならないのかがわからない。
萌が黙り込むと、藤田は強く頷いた。
「やっぱり、高津の事が好きなんだな」
どうとでも思ってくれと言いたいところだが、それもさらに面倒だ。
「……圭ちゃんは大事な友達よ。それだけ」
「だったらさ、僕が神尾さんの彼氏に立候補してもいい?」
さすがの萌も、藤田の言葉を二度聞き返す愚は避けた。
ぽかんと相手の顔を見る。
「どうして?」
「いや、実は前から君のこと気になってたんだ。だから……」
こういう体験は滅多にしないので、気の利いた言葉が思いつかない。
「あ、いや、あの……」
「わかってる」
何をわかってるのか、藤田はまた力強く頷く。
「今日はあくまで立候補だけ。選挙日程は君が好きに決めてくれていいから」
萌の家の前で、彼は手を挙げた。
「じゃあ、また明日」
「あ、ありがとう」
緑のお化け退治とはまた違う感じの汗が流れる。
家に帰ってシャワーを浴び、そしてベッドにばたりと萌は倒れた。
(……何で)
萌に好きな人がいなかった高校一年から二年の夏にかけて、こんな風に告白してくる物好きな人間など一人もいなかった。
なのに村山を好きになって以来、どうしてかこんな事が増えた。
(圭ちゃん効果かな)
美人で頭が良くて優しくて素敵な女の子が男の子を好きになった場合。それがどこにでもいるような男子でも何だか特別格好よく見えたりするものだ。
逆もしかり。高津はたまたま夢で出会って一緒に活動したから萌に親近感を抱いて告白したのだが、そのせいで何となく萌が高津の七光り状態なのかもしれない。
「ふう……」
と、携帯のメール着信音が鳴る。
仕方なしにベッドから出てスクールバッグから電話機を取ると、それはまさに高津からだった。
……ステーキをおごってもらう話の事だけど、再来週、日曜日の昼に予定立ててもらってるので空けておいて。村山さんも忙しい人だから、キャンセルとかさせるの申し訳ないのでよろしく……
(今朝はちょっと……いやかなり言い過ぎたかな)
高津に申し訳なかったという気持で一杯になる。
(あたしの力が使い物にならないことなんて、ずっと前からわかってる事だったのに)
それも、萌のためにわざわざ別の日に村山と会う日を設定してくれたというのに、自分のあの態度は何様だったんだろう。
深く反省した萌は、慌てて高津に詫びメールを打った。




