襲撃2
「そろそろ着くけど、本当にステーキでいいな?」
と、高津はふと曖昧な表情をした。
「えっと、それって有効期限は今日のみ?」
「別にそんなことはないけど、用事あるのか?」
「そうじゃないけど、俺が食べる予定の金額を半分にして、萌も誘っていい?」
「ほんと、いい彼氏だよな」
ほほえましさに笑いが込み上げる。
「俺が女子高生だったら、絶対お前に惚れるよ」
「人の気も知らないで、ほんと最低。そもそも女子高生の村山さんなんて気持ち悪……」
言いかけて彼はまじまじとこっちを見る。
「……いや、そうだよ。村山さんが女だったら良かったんだ」
「はあ?」
「そしたら萌も村山さんの家に泊まれただろうし、懸案は全部解決したのに」
どうやら萌を外して二人で行動するのが辛いらしい。
「……春休みはずっと二人で活躍してたじゃないか」
村山は道を左折し、駅から遠ざかった。
彼の希望通り、家に送ってやろうと思ったのだ。
「その順序で行くと今度はお前が留守番して、俺と萌とで色々画策する番だな」
「やめてよ。縁起でもない」
「だから無意味に妬くなって……いいよな、若い奴は。想像の世界だけでああだこうだと楽しめて」
高津は膨れた。
「そんなことより、一つお願いがあるんだけど」
「いいぞ、二人ともステーキで」
「そんなんじゃなくてさ、暁んちに行って欲しいんだ」
村山は少し驚く。
「今から?」
「うん」
後ろから来る車はさっきの交差点で一緒になったバンなので問題はないとは思うが、
「誰かにつけられてないか?」
「それは大丈夫」
「……としても、アポ、取ってからの方が良くないか?」
「別に会うわけじゃないから」
「え?」
「家を見て、安心したらそのまま帰る」
奇妙なことを言うと思いつつ、村山は頷いた。
それが高津にとって必要な儀式なら、それなりの理由があるのだろう。
そのまま彼は県道を北上し、北の山に入る。
「ここって、トンネル作って、電車や車を通すんだよね」
「らしいな」
「……完成は五年後だっけ。駅はどこにできるの?」
「うちの病院から五分ほど東に行ったところにでかい空き地があるだろ? あそこらしいって聞いてる」
「へえ、便利になるよね」
「五年後はまだここに駅ができるっていうだけで、全線開通はまだまだ先だ」
そのまま高津が黙り込んだので、しばらくの間は村山も流れる景色を後ろに追いやることに専念した。
だが、時折どうしてか心が揺れる。
ハンドルを握り、エンジンの回転数と自分の身体が同期すると、またあの時の自分が顔を出すような気がして。
それは彼のうちに潜む何かだ。
(だけど)
違和感はない。
ひょっとしたら、今ここにいる村山の方が仮であり、実はあれが本来の……
「あいつら、夕貴達をマインドコントローラー、って言ってたよね」
高津の声で村山は少し出しすぎていた速度を緩めた。
「それって、緑のお化けの洗脳を解く力、のことを指してるんだよね?」
「……メカニズムについては何もわからない」
「村山さんはどう思ってるのさ?」
村山は少し躊躇し、そしておずおずと口を開いた。
「前に言った通りだ。緑のお化けが自分に都合のいい記憶を挿入させた部分を暁に確認して、夕貴が元に戻す」
「どうやって?」
そこが問題だった。ひょっとしたら夕貴は……
「そのケースでは、緑のお化けの入力した記憶貯蔵ニューロンに大脳内部からの電気信号が行かないようにしている可能性が高い」
「そしたら戻るの?」
「うん」
最初は村山も夕貴の行為を上書きだと思っていたが、人の記憶に関してはそれよりも配線をいじる方が容易くコントロールできるのではないかと考えた。
そしてそれを易しく説明すると、びっくりするぐらい効率よく暁と夕貴が作業できたので、あながち間違いではなかったと思っている。
しかもそれだけではない。
緑のお化けの問題ではなく、その人間の過去の経験に問題があったケースで、夕貴はその人物が生きていくのに都合のいい過去を捏造して挿入したのを村山は知っている。
彼女の行為を村山的に翻訳すると、大脳辺縁系からの信号が側頭葉連合野へ伝わる際、以前の記憶よりも優先してその新しい記憶を検索するように加工するということで……
「ねえ、夕貴たちにはあいつらが狙ってること教えたんだろ?」
「ああ、特にお母さんには念を押しておいたよ」
既に車は北の山を下り、暁達の家に続くなだらかな坂道を走っている。
目指す家は、この山の最後の下り沿いにある一軒家である。
家の前のカーブを曲がり、百メートルほど下に降りると道が開けて住宅街やコンビニなどのある賑やかな通りにでるが、近所には少し離れて数軒があるだけで、あとは木々が立つだけの寂しい界隈だ。
だが、恐らくそれは家の近所に同世代の子供がいないようにした瀬尾の配慮なのだろう。
「……ねえ」
高津はちらりと村山を見た。
「暁のお母さん……あの人、綺麗だね。スタイルもいいし」
「そうだな」
「村山さん、年増が好きなのにどうしてぐっとこないのさ?」
顔が怖いとはさすがに言えない。
「痩せすぎだから」
胸も彼の要求仕様より小さい。
「あれでふっくらしてたらいいの?」
「眉が細すぎる。それにやや吊り目気味で狐顔だ。俺は狸に似てる方がいい」
高津が笑った。
「村山さんは本当に好みがはっきりしてるね。美人ならどんなタイプでもいいって男より、よっぽど難しいこと言うもんな」
「お前は何でもいいのか?」
「俺は許容範囲が広いんだよ。心が大きいから」
「……萌に言いつけてやる」
村山は高津を横目で睨む。
「そう言えば、お前、萌に言ったろ? 俺の話」
「へ? 何のことかな?」
「『村山さんって、中学高校と彼女いなかったって本当なの?』 って聞かれた」
「いや、それは……」
「お前な、世の中には言っていいことと悪いことがあるんだ。大体、そんな恥ずかしい話を何で女の子にするんだ?」
「あれ?」
「誤魔化すな、俺は……」
「ちょっと待って。あれ?」
「何だ?」
「今、暁の家の裏庭に誰かが入っていったように見えたんだけど」
「色は?」
「赤い。だから気づいた」
村山は眉をひそめ、家の前に車をつけた。
そして、エンジンキーを抜くと同時に高津と一緒に門をくぐって庭をつっきり、家の裏手に回る。




