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夢の続き  作者: 中島 遼
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襲撃1

 高津が助手席に座り、シートベルトをしたのを確認してから村山は車を発進させた。

「ねえ、リソカリトって結局何なんだろうね」

「……さあな」

「何でそんな変な名前なのかな」

「……さあな」

 高津がこっちを睨む。

「村山さん、俺の話、聞いてる?」

 慌てて村山は頷く。

「ああ、もちろん聞いてる、聞いてる」

「緑のお化けが感染非発症者のことをそう呼んでいたのかな?」

「緑のお化けには人の口に当たる器官が見あたらないし、そもそも奴は声を発しなかったと萌は言ってる。言葉としてその単語を持ってるってのはちょっと考えにくいな」

 色んな意味で、緑のお化けをもっとよく観察したかったと村山は今でも思う。

 段取りをつけ、いざ岩岳に行って緑のお化けが降りてくるのを待っていたら、その宇宙生物が地面につく遥か前に萌が焼き尽くしてしまった。

(だから俺は緑のお化けが緑だったところを見ていない)

 空から降りてくる時、「それ」はコーヒーに濁った赤と白の絵の具を入れたような色をしていたのだ。

「みどりんは喋ってるよ」

「あれは壁紙なんだろ? ゲームでペットの犬が声帯構造とはかけ離れた声で喋るのと同じ理由で、緑のお化けとは別物だと思う」

「ま、そうだけどさ」

 高津はまたこちらに顔を向けた。

「じゃあ、リソカリトってどこから出てきた言葉なんだろ」

「さあな」

「今の話だと、一応、どこかにあった言葉って考えていいんだよね?」

 村山は頷く。

「そうだな、そう考えるのが一番辻褄が合うかもな。日本のどこかに、あの状況に近しいような言葉が存在して、それを誰かが流用したとか」

「え?」

「例えば、緑のお化けが降りてきたのがフランスだったら、リソカリトはひょっとしたら魔女って呼ばれたかもしれないなって」

「異端で害をなす者ってこと?」

「うん」

「それなら異端者で良かったのに」

「異端者よりもさらに実情に近い言葉かもしれないぞ?」

 高津はふうと溜息をつく。

「……ま、リソカリトでも魔女でも、狩られることに違いはないから一緒だけどね」

 そして彼は軽く伸びをした。

「……あーあ、緊張が解けたらお腹空いたよ」

 村山は微かに笑う。

「好きなもの食わせてやるから言って見ろよ」

「焼き肉かステーキ」

「いきなりハードだな」

「別にラーメンでもいいけど」

「いや、肉にしよう。10オンスでも20オンスでもいいぞ」

「太っ腹だね」

「……お前には感謝してる。それぐらい安いもんだ」

「何で?」

 自分から乱入したのに、村山は途中で全てを投げ出そうとした。

 高津がいなければどうなっていたか。

「俺が言わなきゃいけないこと、全部言ってくれたから」

 高津は肩をすくめる。

「……今にして思えば、俺が出て行かなくったって村山さんはちゃんとやってたと思う。余計なお世話って奴だよね」

「そんなことはない」

 村山はゆっくりと駅前に向かった。

 和牛が食べられるステーキハウスはその辺りにしかない。

「あれが病気だってことを言うタイミング、実は少し悩んでたんだ」

 村山が言うと、高津は首をかしげる。

「どうして?」

「だって例えば、家族を殴られて殺されたと思ってた人が、突然、直接の死因は頭部の打撲ではなく肝硬変を原因とする静脈瘤が破裂したことでした、なんて言われたとして、憎む相手をあっさり病気に切り替えることができると思うか?」

「……ひどい例えだね」

 高津は笑った。

「でも、そういう意味ではあの場面で言ったのは正解だったかも。みんな度肝抜かれて顔面引きつってた時だったから、案外すっと納得してくれたようだし」

 言いながら彼はこちらを見つめる。

「それはそうと、あの時の村山さん、迫力あったよ」

「……あの時って」

「ほら、机をばんって叩いたときだよ。お芝居だってわかってるのに、ちょっと怖かったぐらいさ」

 村山は眉をひそめた。

「……ごめん」

「え?」

「……悪かったよ」

「何で謝るのさ?」

 村山は恥ずかしさに口を噛む。

(……自分を見失うとはこのことだ)

 無理矢理引きずり出されたあの日の記憶を前に、凍り付いて真っ白になったあの瞬間。

 不意に内側から出てきたのはエゴイストで冷酷な意志だった。

 まるで追っ手を崖から突き落とすかのように、目の前で苦しんでいる男達をあっさりと切り捨てようとした自分。

(……いつもの、あれか)

 知らない感覚ではない。

 手術室の彼と同じだ。

 このまま彼らを脅して無害化させる場合、放っておく場合などケース毎のシュミレーションを行い、最も彼にとってメリットが大きいパターンを選んで実行しようとした。

 それを隠すために、怒った演技までして……

「お前がいなかったら俺はあのまま彼らを見捨て、何も言わずに帰るところだった」

「仕方ないとは思うよ。だって、村山さんの話、誰も聞いてなかったし」

 高津は笑った。

「いい大人が恥ずかしいよな、そういう奴に限って、近頃の子供は目を見て喋らんとか、コミュニケーションの仕方を知らないとか評論家ぶるんだ」

「……お前、結構辛口だな」

 まだ少し硬いままだった心が徐々にほぐれていく。

(本当に俺は、いつもこいつらに救われる)

 彼らが村山に示す無垢な信頼は、迷った彼に正しい道を選ばせた。

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