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夢の続き  作者: 中島 遼
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ドルチェ4

 しばらくの沈黙の後、再び村山の声が響く。

「……本当に誰も聞かなかったんですか?」

「後藤と……俺が聞いた」

 赤尾らしき男の声だ。

「五人揃えば勝てると。多い方が勝てると、一緒に行こうとな……だが、俺たちにはできなかったし、やろうとも思わなかった」

 高津は目を見開く。

 夕貴と暁はこの男達にも自分たちと行動を共にするよう呼びかけていたのだ。

 そして高津達と合流した後も、黙ってやり続けていたのだ……

「……なるほど、お前は現実世界だけでなく夢の中までエリートだった訳だ。ああそうとも、俺はリソカリト狩りのメンバーだったから知ってる。お前達五人が俺たちのスパイの井上と一緒に、マスターの降臨を阻止するため岩岳に向かったことを。そして自らの命を犠牲にして格好よく死んだことも自衛隊の報告で知ってる」

 誰かが同意の声を上げた。

「ま、俺たちは落ちこぼれ、そう言うことさ」

「お前には死んでもわからんってこった」

「待ってください」

 こんな馬鹿な連中相手に時間の無駄だと高津は思うが、誠実な声がそれでも一所懸命に説得を試みた。

「……あの夢の中で貴方達に何があったのかは知らないし、井上さんのお話を聞く限りではそれが酷い状況だったこともわかります。だが、俺たちのことについての認識は間違っていて……」

 少し遠慮がちな声は怒号でかき消された。

「お前にはあの悪魔たちに心も体も踏みつけにされて、人としての誇りを失った俺たちの気持なぞわからないさ」

「鼻につくんだよ、その正しい感じがね」

「……それは、使役されていない俺には貴方たちと語る資格がないという意味なんですか?」

 村山の哀しみが高津の胸を刺す。

「そんなことを言っていたら、同じ立場にあるものしかお互いを理解できないということになってしまう」

「現実はそうじゃないかね? あんたの様に生まれつき地位も名誉も金もあり、最初からいい中学に入れてもらって医学部を現役で合格する二枚目に、俺のような三流会社であくせくしている人間の気持ちがわからないのと同じだよ」

「とりあえず話を聞いてください。そうすれば今回の件についてある程度の理解は……」

 けたたましい笑い声が聞こえた。

「お前の話なんて聞きたくねえよ」

「……まあそう言うな。優秀なエリートでお金持ちのお医者様が我々虫けらにどういう御指南をしてくださるのか興味あるし」

 何かを言いかけて村山は黙る。

(……言ってやれよ、村山さんっ!)

 高津は心に叫ぶ。

 村山を知るまで、高津も医者はお金持ちでエリートなんだと漠然と考えていた。

(だけど)

 村山は愚痴一つ言わないが、彼を見ていると、絶対に同じ進路を選びたくないと思うほど厳しい仕事のように思える。

 危険だし汚いし、苦しいし厳しいし、聞いてて何だか気が滅入る、典型的なK職業とも誰かに聞いた。

 頑張ったら尊敬されるのかと思いきや、訳のわかってないじいさんに知らないところで悪口を言いふらされたりもする。

(レベル高い人間はレベル低い人間を理解できないなんて平気で言ってる馬鹿に、ちゃんと教えてやればいい)

 だが高津はわかっていた。村山は何も言わない。

 わかってもらえないなら仕方ないと諦める。

 そうして一人で全部背負ってしまって……

「……結局、何も言えないのか」

「言えるようなこと、どうせ一つもないもんな」

「良かったら俺たちがどんな目に遭ったか言ってやろうか。それを聞いてお前達の経験の方が悲惨だって言うなら改めてお話を頂戴するってのはどうだ?」

 瞬間、高津は切れた。

「くだらないことばっかり言うなよっ、いい年した大人がっ!」

「圭介っ!」

 我慢できずに高津は彼らの前に飛びだした。

 村山の非難など構わない。

「俺たちがどんな気持で北の山からもう一度町を突っ切って岩岳に行ったか、それがどれほど怖くて嫌なことだったかなんて、確かに理解する気のないお前たちにはわからないだろうさ」

 前川が目を丸くしてこちらを見ているのが目に入る。

「でもそんなの卑怯だ。自分から勝手に壁を作って何もかも拒絶してるくせに、その理由を他人の資質っていう自分では選べないようなことで追いつめるなんて」

「やめろ、圭介」

「どうして村山さんは言わないんだよ」

 何だか彼にまで腹が立つ。

「俺たちがやったことで、どうしてそんな言い方されなきゃならないんだ? 何か悪いことしたのか? こいつらに迷惑かけたのか? でも俺たちにはそれしか選択肢はなかったんだ」

 高津は赤尾たちを睨んだ。

「俺はあんたらがどんな目に遭ったかなんて知らない。だけどこれだけは言える。あんたらが俺と同じ立場だったとしても、きっと一緒に岩岳に行かざるを得なかった。そして追っ手に怯えながらも、ともかく逃げ回ることしかできなかったに違いないさ!」

「ではお前が俺と同じ立場だったら、俺と同じことをしたのか? 自分の血だらけの手を見て正気が保てると言うのか」

 苦しげに木村がうめいたのを見て、どうしてか村山がたじろいだ。

「圭介、もういい、よせ」

「でも、村山さん……」

 木村が村山を見つめ、そして加虐的な笑みを浮かべる。

「どうした、二枚目の兄さん。聞くのが怖いか? 高校生の方は案外しっかりしてるのにさ」

「確かにエリートのあんたには我々の話は刺激が強いかもしれないねえ」

 赤尾の目に残忍な色が微かに浮かんだ。

「言ってやれよ、こいつに血の海地獄の話を。細川の頭がパンクしちまったのも仕方ないような世界のことをな」

 村山が首を横に小さく振る。

 どうしてか彼の額から汗が流れた。

(……あれ?)

 暑くもないのに、突然汗でびっしょりになったことが過去、高津にもある。

 あのときは心臓がたかだかと打って、ほんの小さな萌の冗談にさえひどくいらいらした。

 まさか村山が同じ状態ということはないだろうが……

「例えば一つの例だ。俺はリソカリトだとわかった途端に引っ立てられ、そして選択を迫られた。逆さまに吊られて、降ろして欲しければカスの処刑をしろと刃物を渡される」

「やめろ……」

「それも、刃渡り三十センチもあろうかって言う柳刃だ」

 村山の顔から血の気が引いたことに、赤尾も気づいたのだろう。

 嬉しそうに彼は言葉を繋ぐ。

「そして俺は相手の靴を舐めてから包丁をもらい、恐怖に泣き叫ぶ若い女を捕まえてこの手で刺したのさ」

「わかった。わかったから、やめてくれ」

「だが、一度腹を刺したくらいじゃすぐに死なずにぴくぴくしているんで、何度も何度も刺して血を噴き出させた」

 赤尾の行為は、自分がどれだけ痛い怪我をしたかを自慢しているようなものだと高津は思う。

 そんな下らぬ事を競い合っても、ただ虚しいだけなのに。

「一気に殺してやろうと、心臓の辺りを上から一突きにしても肋骨が邪魔して……」

「やめろおおっ!」

 村山が机を両手で思いきり叩いた。

 そうして机の縁を掴んだまま立ち上がる。

「村山さん……」

 険しい顔の村山を見て高津は慌てたが、逆に赤尾は笑う。

「おやおや、そんなに怖かったかな? しかし、その程度のことは日常茶飯事で……」

 村山は黙って水の入ったコップを赤尾の顔に浴びせかけた。

「な、何しやがるっ!」

 高津は目を見開く。

 村山らしくない行動に驚きを隠せない。


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