ドルチェ3
「展望台ではそんな風には見えなかったがな」
「虚勢を張っていたのさ。いずれにしても、ああいうタイプは我が身が可愛いから脅せば屈するんじゃないか?」
「で、具体的にどうするかだが」
彼らの議論は更に続く。
だが、内容的には相変わらず小学校の学級会状態だ。
そんな調子の堂々巡りが三十分以上続いた。
「五人で囲んで殴って口を割らせる?」
「それこそ警察ざたにされちまう。ああいうのは権力を利用することに長けているからな」
「……やっぱり、あいつがもう一度子供と接触を持った時を狙う方がいいぜ。それが確実だ」
「そんなのんびりしている暇がないことはわかってるだろ? それに日曜だけとは言え、ずっと見張ってるのはかなりきついんだ」
「だから高校生だよ。病院からも家からも全然でてこない大人を狙うより、高校生の方が確実だ」
と、村山が持っていたペンで彼の前にあった紙に字を書いた。
……俺のプロテクト、外していいぞ。
目を見開いて村山を見ると、彼は頷いた。
……会話に参加する。何か不毛だし。
〈……何を言ってるんだ、そんな急に〉
手話で返すと村山も両手を上げた。
〈お前はここにいろ。話がややこしくなるから〉
村山はそのまま一口コーヒーを飲む。
「それだったら……おいっ!」
半ば悲鳴のような声が聞こえたあと、緊張感のある沈黙が訪れた。
立ち上がった村山に全視線が集まっているのは間違いない。
「先ほどの話ですが、先日ご説明した通り、あの二人は暁と夕貴の居場所を知らない。誘拐は意味ありません」
ゆっくりと村山は彼らの席に向かう。
「き、貴様、いつから……」
村山が空いている椅子にでも座ったのか、かたりという音が聞こえた。
「まさかこんな処で騒ぎを起こすおつもりじゃないでしょうね、木村さん」
少しの間の後、木村がうめいた。
「……お前は何故、今まで気配がなかった?」
「……と言うことは、今は気配があるってことか。どうやら薬が切れたかな?」
「薬?」
「サーカネッテンを服用すると赤にも青にも感じられなくなるっていう臨床データがあって」
「……本当か?」
「冗談です」
慌てたように村山は言った。
「そんなに簡単に手の内を明かす訳がないでしょう?」
「……でも、薬でどうにかするってとこは本当らしいな」
村山の困った顔が目に浮かぶ。
「ところで、何でここがわかった?」
「ご存じないんですか? 隔週土曜日発行の町広報には、S工業株式会社の営業一課係長さんがいつどこにいるかが書いてあるんです」
今度のジョークはかなりきつかったと見え、しばらく誰も何も言わなかった。
「……何故ここに来た?」
「貴方たちの目的を知りたい」
「知ってどうする?」
「手を組むかどうかを決めようと思って」
ふんという鼻息が聞こえた。
「くだらん。自分がどういう立場にいるのかわかってないようだな」
「言っておきますが、立場が悪いのは貴方たちの方だ。俺は子供達の居場所を知っているだけでなく、貴方達のことも全て知っている。しかも手を組む相手を選ぶのはこっちなんです」
「ま、まさか……」
「貴方達がのんびりお茶を飲んでいる間に、向こうが俺と接触を持っていたとしたら?」
「や、奴はお前に何と持ちかけたんだ?」
村山は何も言わない。
彼を良く知る高津から見れば、村山はこれ以上嘘をつくのが嫌なのだろうと思うのだが、彼らは違う意味で取ったように見える。
針のように尖った沈黙が高津の心に痛い。
「……悪いことは言わない。あいつだけはやめろ」
赤尾が意を決したように言った。
「あの夢以来……俺たちは俺たちを家畜、いや害虫みたいに扱った奴らを憎んでいる。だからちょっとばかりお返しをしようとは思った。だが、だからと言って復讐のために皆殺しにしようとまでは思わない」
声が少し擦れた。
「あいつに子供を渡しては駄目だ」
「どういうことだ?」
「それはお前などには絶対に言えない」
と、後藤らしい声がくつくつと笑った。
「赤尾さん、俺も『お前など』に入ってるのかい?」
「何?」
「俺たちにもあんたははっきりしたことを言わなかった。金になるって言うばかりで。だが、細川が金儲けであの子らを狙うとはここにいるメンバーの誰も思ってない」
「……後藤、貴様」
「子供を掠って、どうするつもりなんだ? それでどうやって金儲けができるんだ? まさか親が資産家とか言うんじゃないだろうな。もしそうなら、この医者の方がよほど誘拐する価値があるんじゃないか?」
「何故、今それを言う?」
赤尾の声は震えた。
「何度も俺は聞いたじゃないか。それなのにそのうち教えるとか言って、情報の出し惜しみをしていたのは赤尾さんだ」
「後藤」
「俺は最初から今日、絶対に聞こうと思っていた。もし教えてもらえないなら抜ける気でさえいた」
周りがざわつく中、再び後藤が声を発する。
「あの子供は一体何だ?」
静かになった空間に、赤尾の溜息まじりの声が響いた。
「あの子供らはマインドコントローラーだ」
高津はしばらくその言葉の意味を考えた。
(……それって、人の心を操れるってこと?)
考えてみればそうかもしれない。暁は人の心の元の様子がわかり、夕貴はその変化した場所を元に戻すことができた。
それはとりもなおさず、人の心をいじれると言うことではないのか?
高津の背にぞわっとした震えが走ったとき、赤尾は笑うのをやめた。
「……顔色も変えないで聞いているところを見ると、お前もそれを知っていたんだな」
「さあ。だが細川の目的までは知らなかった」
確かに村山の声はいつもと変わりない。
「彼は何をしようとしてるんだろう?」
細川のことなど何一つ知らないはずなのに、彼はまるで知っているように話す。
(……それとも、俺が知らない間に結構調べてたとか)
「奴はこの現実の世界で己がマスターになり、奴の尊厳を踏みにじった人間を一人残らず殺すつもりだ。そのためにあの子供らを捕まえて言うことを聞かせようと思っている」
「そんな無茶な……」
「だから最初に切れてるって赤尾さんが言ったろ?」
絶句した村山を木村がせせら笑った。
「まあ、あんたと違って俺にはあいつの気持が少しはわからないでもないけどな」
「地獄を見ていない人間には理解不能な世界だろうがね」
何人かが言葉を発するが、その中に前川も後藤も入っていないことに高津は気づく。
「……俺の何も知らないくせに、勝手なことを言わないで欲しい」
村山の言葉は、別にどうと言うこともない台詞。
だが、その声の硬さに何となく違和感を感じたのは高津の考え過ぎか。
「奴らに奴隷のように使われたことのない人間にはわからないと言ったまでさ。確かにお前も俺たちと同様に狩られはした。だが捕まって自尊心をずたぼろにされながら、死ぬのが怖くて惨めな生を選ぶような事にはならなかった。そうとも、あんたみたいにうまく立ち回って人格に傷がつかなかった男には俺たちゴミの気持などわからない。」
高津は拳を握る。
腹立ちにそれは白くなった。
「……貴方たちは結局あの夢が何だったと思ってるんです?」
だが、あくまで村山の声は静かだった。
「何だと?」
「同じ夢を見たもの同士で連絡を取り合い、夢の中身を語り合い、自分を使役した人間を憎むことだけで納得できたんですか?」
「していないからせいぜいお宝を利用させてもらおうって思ったわけさ、計画を練ってな」
「そう言う意味じゃなく、あれは……あの夢は、同じ状況に陥ったときに同じ過ちを繰り返さぬようにという警告夢だと思わなかったんですか」
声が切々と響く。
「テレパスなら聞いた人もいるでしょう? 早くしないと間に合わない、一緒に頑張ろうって。諦めないでって。あれは貴方達が探している子供の声だ」
カップがテーブルに当たった音がした。




