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夢の続き  作者: 中島 遼
3/55

帰り道3

 試験が終わると萌は高津のクラスまで行き、彼が出てくるのを待った。

「……あれ?」

 教室から出てきた高津が不思議そうな顔で萌を見る。

「珍しいね、萌が俺を待ってるって」

「そうかな」

 言いながら自然に二人で歩き出す。

「今日は真っ直ぐ帰るって思ってた」

「うん、そのつもりだけど、一言謝っておこうと思って」

「……何を謝りたいのか聞いていい?」

「人数増えたから、あんまり勉強できなかったでしょ?」

「……ああ、そのこと」

 自転車置き場に着いたので萌は立ち止まり、高津が奥から自転車を出してくるのを待つ。

 空は晴れていたが、風に乗って粉雪が流れてきた。

「由美もあたしと一緒で数学全然わかってないし、圭ちゃん、ストレス溜まったんじゃないかなって」

「それは問題ないよ。人に教えたら自分の勉強にもなるし」

「格好いいね」

「だろ?」

 高津のそういうところは好きだ。

「数学が人に教えられる、っていうだけで凄いよ」

「萌だって英語とか古典とか語学は得意だろ?」

 そしてフォローも忘れない。

 この辺りが女の子たちに人気のある所以か。

「得意ってほどじゃないよ」

 萌は笑った。

「良かった。圭ちゃんが怒ってなくて」

 高津は少し黙って自転車を押していたが、やがておもむろに口を開いた。

「……ところでさ、藤田、どうだった?」

「藤田って誰?」

 すると高津は目を丸くして萌を見る。

「昨日、数学教えてもらって、それから家まで送ってもらっただろ?」

「あ、あの人、藤田君って言うんだ」

 高津はぷっと笑った。

「可哀想だよ、名前ぐらい聞いてやれよ」

「だって、そんな余裕なかったし」

「あんなに長く一緒にいて?」

「時間じゃなくて心の余裕よ」

「あいつに、家の前で極上の笑顔をみせてやったんだろ?」

 萌は少し首をひねった。

「何のこと?」

「いや、藤田がそう言ってたからさ」

 そんな記憶はない。

「藤田君がノイミ・ツンチみたいな顔だったら気安く喋れるんだけどな」

「でも、端から見てたらいい感じだったよ。気安く話できてたんじゃないの?」

 どうして皆、その言葉を多用するのか。

「緊張しまくりだって。何かへまをやらかすんじゃないかって、そればっかり」

「……数学教えてもらってたとき、よくわかったわあっ、みたいな感じで嬉しそうに言ってたのに?」

 萌はふうと溜息をつく。

「ホント言うと、村山さんの方が教え方うまい」

「ええ~?」

 高津は嫌な顔をした。

「村山さんぐらい、教え方下手な人も稀だと思うけど」

「そうかな? 少なくとも藤田君よりはわかりやすい」

「……萌、村山さんに勉強聴くときって、ものすごく予習してから行かない?」

 萌は少し顔を赤らめる。

「そりゃ、まあ、ある程度はそれなりにやって、どうしてもわかんないとこだけを聴こうと思って……」

 再び高津は沈黙した。

 二人は黙って道を進む。

「可哀想だよ、藤田」

「え?」

「村山さんと比べたら可哀想だ。……それにあいつ、多分萌のこと好きだよ」

「ないって。加えて昨日、馬鹿さ加減を露出しちゃったからきっと蔑みの目で見られてる」

 夏に高津は萌を好きだと言ってくれたが、十一月のとある一日にほぼ半年ぐらい昼夜をともにした際、どうやら彼女に愛想をつかしたようだ。

 それ以降はあっけらかんと村山やクラスメイトの話をするので、多分萌のことなどどうでもよくなったのだと思う。

 少し寂しいが、それはそれで気を遣わなくて済むので萌はとても助かっていた。

「……それに圭ちゃんも可哀想の連発しすぎ。藤田君、すごく可哀想」

 二人は顔を見合わせ、そして曖昧に笑った。

「ま、萌の気持もわかるけどね」

「……って?」

「十一月からこっち、全然会ってないし」

「……うん」

「七月から十月初めまでは、毎週会ってたのにね」

「……うん」

 本当にそうだ。

「だけど、仕方ないよ、元々高校生と外科医なんて接点ないし」

 萌は石を蹴った。

「いっそ軽く車にでも当たろうかなんて思っちゃうことあるの」

「骨折は整形外科だから」

「内臓を怪我するのって難しそうだもんね。ちょっとだけ小腸擦りむいたとか、脾臓が打ち身とか、そういうの、できないかな」

 高津が萌を横目で睨む。

「……知ってる? 手術って素っ裸なんだって」

「え!」

「それからトイレ行かなくて済むように、尿道に管を差し込んで……」

「無理無理無理!」

 萌は真っ赤になって首を振る。

「じゃあ、あたしじゃなくって、誰か友達とか後輩で盲腸とかなりそうな人がいたら教えて?」

「盲腸になるかどうかなんてわかんないし、もし本当にそんな奴がいても、萌に教えたところでそいつと話なんてできやしないだろ?」

「それは大丈夫。お見舞いに行くのは圭ちゃんで、あたしは付き添い」

 高津は肩をすくめる。

「馬鹿馬鹿しい」

「でも、それが一番村山さんに会えそうな方法なんだもの」

「村山さんが内科で、その辺の開業医の息子だったら良かったのにな」

「そうなったら、あたし毎日水ごりして風邪ひいちゃいそう」

「……聴診器とか、平気?」

 言われた途端に顔が噴火したみたいに熱くなった。

「駄目。絶対無理。風邪ひいてもお腹が痛いのでも駄目」

 萌は左手で額を押さえる。

「お医者さんって段階で、既に駄目よ」

「そうだな」

 高津は空を見上げた。

「みどりんが十匹ぐらい降ってきたら、村山さんの出番なんだけどな」

「無理無理無理!」

 萌は身体をぶるりと震わせる。

「気味の悪いこと言わないで」

 高津は笑った。

「一番あいつに順応してるくせに、よく言うよ」

 高津は手を挙げた。

「じゃ、また明日」

「うん。バイバイ」

 いつもの曲がり角で、高津は自転車に乗って去っていく。

 萌はそれを少しだけ見送った。

 高津と初めて出会った曲がり角。そこはかつて彼らが二人で逃げた道筋で、萌が唯一覚えている場所だ。

(……でもないか)

 もう一つ、一緒に隠れた神社も記憶にあった。というか、それ以外の場所はまったく覚えていないことの方が問題かもしれない。

 萌は小さく溜息をつく

 地図に弱いところだけは、何とか克服せねばならない。

 この一年、それで恥ずかしい思いを何度もした。

(……ま、いいや、とりあえず今日は古典をしなきゃ)

 そう思ったが、ふとどうしてかあのときの神社を見たくなった。

(ついでにお参りして、試験の点数を神さまにあげてもらえれば一石二鳥ね)

 若干遠回りにはなるが、それをしなかったら成績が上がるというほどでもない。

 ちらちら舞っていた粉雪も今はなく、久々に見る日光が嬉しい感じだ。

 方向転換して、萌は神社の方へ向かった。

(……本当に、このまま村山さんとは何もなかった感じで終わっちゃうのかな)

 彼がとても忙しい職業についているというのはよくわかっている。

 みんなで集まり、さあ、と言うときに病院から呼び出しの電話が鳴ったことも一度や二度ではない。

(あたしは絶対にお医者さんにはならないでおこう)

 もちろん、学力的な問題は別としてだ。

(あ、でも、看護婦さんになったら、病院で村山さんに会えるかも……)

 しかし萌は首を振る。

 看護師は理系だ。

 それに、萌のような大ざっぱな人間に看護される患者のことを思うと身体がすくむ。

(臨床検査技師?)

 明らかに理系だ。

 それに、萌のような不器用な人間に値段の高そうな医療機器が扱えるとも思えないし、内臓の切片を作るのも大儀そうだ。

(……薬剤師さんとか)

 電気屋さんと同じくらい理系だ。

 正直、論外と言えよう。

(あとは病院の売店のおばちゃん、か)

 萌は右の拳を強く握る。

 何となくだがそれなら出来そうな気がする。

 しかも、村山がジュースやパンを買いに来たら、毎日サービスもできるし……

(ここだと二十円安いから、コンビニ行く気がしないとか言われたりして……)

 少し顔が赤くなった時だった。

 横にすっと車が止まる。

 そこは畑が終わり、神社への雑木林に続く手前の道だ。

(何でこんなところで停まるんだろ?)

 特に信号があるわけでもないのに不思議だと思った途端、車から人が二人降りてきた。

「済みません、ちょっとお聞きしたいんですけど」

(……なんだ、そういうことか)

 道を聞かれても萌には説明できないが、とりあえず頷く。

「はい」

 男はさらに近寄ってきた。

「神尾萌さんですよね?」

「え?」

 萌は驚いて男を見た。

「そうだけど、何で知ってるの?」

 と、その途端、腹に強い痛みを感じて萌は地面にうずくまる。

「!」

 気がつくと、後ろ手にガムテープを幾重にもかけられていた。

「あっ!」

 そのまま車に連れ込まれ、口にもさるぐつわを噛まされる。

(な、なに、何なの!)

 訳がわからないまま、車は発進した。


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