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夢の続き  作者: 中島 遼
29/55

ドルチェ2

「ふう」

「……おい、何をさぼっている?」

 二問目を解き終わって少しゆっくりハムサンドを味わっていると、村山の叱責が飛んだ。

「さぼってるも何も、これって一時の方便だから」

「方便でも何でも、問題は一つでも解いた方が……」

 言いかけた村山の肘を高津は引いた。そして口に指を当てる。

「あいつら来たよ。もう少しこっちに寄って」

 皿やカップをなるべく右の手前側によせ、見えないようにもする。

「俺たちの気配は?」

 卵サンドを慌ててつまんで皿を空にした村山が尋ねた。

「もう消してる」

 しばらくしてドアが開き、気配が二つ入ってきた。

 何となくどちらも赤い。

 彼らは迷わず南西の角の席に腰を下ろした。

 そしてすぐに一人、そして数分後にはもう二人。

「……遅いぞ」

「時間通りですよ、赤尾さん」

 二言三言かわしてから、赤尾が唐突に口火を切る。

「結論から言うが、やはりもう一度やるしかないと思う」

「え!」

 不興の声が上がる。

「それはまずいだろ。一度やって失敗してるのに」

「そもそもあんたがあの女子高生はただのカスだって言うから安心してたんだ。でも考えてみたら、夢の後に仲間とつるんでる処を見ても明らかにリソカリトだろ? そうすると結構やっかいだぞ」

 発言したのは太い声だ。萌を脅した声と同一だから、これは木村だろう。

 赤尾より若いはずだが、口調はぞんざいだ。

「だが、他にどんな手段があるってんだ? あれからこっち、奴らはかなり警戒している。子供ら二人との接触も全く持とうとしないし」

 と、彼らはぴたりと言葉を止めた。

 ウエイトレスが来たためだ。

「ホット三つ、コーラとクリームソーダを一つ」

 注文を受けてウエイトレスがいなくなると彼らはまた話を始めた。

「しかし、うだうだ言ってるとトンビに油揚げをさらわれちまうぜ。そうなったら元も子もない」

 赤尾は焦っているようだ。

「木村、お前住民票管理してたんだろ? 本当に暁と夕貴って名前に心当たりはないのか?」

「ああ、俺を使ってた青ナス野郎は、他の市町村データを俺には見せなかった。だからそうだとしても俺にはわからない」

「うーん、全く手がかりなしか」

「井上が嘘ついてたんじゃないかな? だって郡全部の聾学校を当たったのに、そんな子供はいなかったんだから」

「まあ、確かにあいつは平気で嘘をつくタイプだったが、それでもそんなところででたらめを言うメリットはないだろ?」

「それはそうだが」

「とにかく次の手だてを考えよう。どうしたらいいと思う?」

 今までの会話で聞こえた声は三つ。前川は一度も発言していない。

 深崎が無口という話が正しければ、赤尾と木村以外の声は後藤ということになる。

「だからさっきから言っている」

 再び赤尾が唸った。

「こうなったらもう一度あの三人のうちの誰かにお出で願って話を聞かせて貰うしかないってな」

「だからあの時医者なんて放っておいて、高校生にゆっくりねっとりと話を聞くべきだったんだ」

 木村が悔しそうに言葉を発した。

「そうしたら奪還されたりしなかったろうし、子供も俺たちのものになっていたろうに」

「どっちにしたってあの男は子供だけじゃなく、女子高生ともテレパシーで会話ができたんだ。あれは仕方なかったのさ」

 後藤がおずおずと言葉を差し込んだ時、ウエイトレスが注文の品を持ってきたので、彼らは一時静かになった。

 カチャカチャという食器の音。そして去っていくウエイトレスの気配を感じながら高津は再び耳を澄ます。

「今度は同じ轍を繰り返さないようにしないとな」

 言ったのは赤尾。

「さっきも言ったけど、医者と女子高生がテレパスで会話できたってのを見落とししてたのが敗因だと思う」

「……二人も見張りを残したのに、あんな優男に簡単にやられちまったってことの方が問題だろうさ」

 少しの間の後、後藤が呟く。

「……俺と治生が悪いって言いたいんですか?」

 ふと高津は気づく。後藤は赤くない。

 そうしてその隣に座る前川は既に青い。

「いや、そうは言ってない」

「言わせてもらえば、木村が展望台であの男子高校生に気づかなかったってことも問題でしょうが」

「そうは言ってもあれは俺のせいじゃない。あいつは赤いとか青いとかどころか、気配がまるで感じられなかったんだ」

「言い訳はよせ」

 これは知らない声だったので、多分深崎か。

「菊池ならちゃんとやったろうに」

「どうしようもないことを言うな。あいつは細川についちまったんだから」

 新しい名前に高津は愕然とする。

 その名は前川からも聞いていない。

「過ぎたことについては誰が悪いかより、同じ事を繰り返さないことの方が重要だ」

 赤尾が少しまともなことを言った。

「で、どうするかだが」

「ま、女だな。何だかんだ言っても力は弱いし、変な噂を流されることを警戒して警察にも言わないことが多い」

 ひそひそ声ではあるが、白昼堂々とこんな場所で犯罪の話をしないで欲しいと高津は思う。

「いや、あの女子高生は結構気が強そうだし、テレパシーで助けを呼ばれても面倒だ。男の方が簡単に転ぶんじゃないか?」

「気が弱そうだと言うことなら、高校生より医者だろう」

 しかも勝手なことばかり言って。

「一年前に大腸癌で入院した隣のじいさんから聞いたが、あいつ、ほんと頼りない男らしいぜ」

「そうなのか?」

「ガーゼ交換のときに無菌ガーゼじゃない普通のを用意して、偉い先生に怒られてたとか聞いたよ。それに偉い先生はちゃんと毎日きっちり手術痕を消毒してくれるのに、あいつが担当してた隣ベッドの患者は退院するまで貼り付けたフィルムの交換すらほとんどしてもらえなかったとか」

「文句を言えば良かったのに」

「何度言っても、新しい皮が上がってくるまではこのままでとか傷は綺麗だからとか何とか言い訳して、三日間も放りっぱなしだったらしい」

 怖々村山に目をやると、彼は苦笑していた。

 高津は幾何の問題の横に「本当?」と書いて側の肘を突く。

 村山は素直に頷く。

 でも、

(正しいのが何かなんて俺にはわかんないけど)

 高津は村山を知っている。仕事をいい加減にするようなタイプでないことぐらい充分わかっている。

 彼がそうするからには、何らかの理由があるのだ。

 高津はもう一度紙に文字を書く。

 ……どっちが正しいの?

 村山が曖昧に首を振ったので、無理にペンを握らせると彼は仕方なさそうに文字を書いた。

 ……患者さんごとに違うから。

 ……無菌ガーゼは?

 ……病院ごとに違うから。

 一年前と言えば、彼がここの病院に就職してすぐだったから、前の病院の方針通りにやって怒られたということか。

(きっと思ってること言わずに、ただ済みませんって頭下げたんだろうな)

 村山の井上に対する態度をふと思い出す。

 悪くないのに謝って、間違ってないのに口をつぐむ。

 その優柔な性格は、果たして良いのか悪いのか。

(……萌がいなくて良かった)

 一つ間違えれば、喫茶店は火の海になっていただろう。

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