ドルチェ1
「どうかしたのか?」
運転席の村山が、珍しく気遣うように高津に尋ねる。
「何が?」
「何だかお前、今日は静かだから」
「別に、普通だけど?」
それは嘘だった。
村山はいつもどおりに振る舞っているつもりなのだろうが、どこかピリピリした感じが伝わってくるので何となく話しかけにくい。
これが萌なら、考えなしに彼と世間話でもするのだろうが……
「で」
高津が言葉を発しないので、村山から声をかけてきた。
「前川達については、その後変わりなし?」
「うん」
高津は頷く。
あれから前川とは数度会った。
彼は様子を見ながら後藤や木村に対し、元の生活に戻りたい旨を少しずつ伝えているらしい。
すると、後藤も同じように思っていたらしく、切りの良いところで一緒に脱会しようと言ってくれたと彼は照れくさそうに高津と萌に語った。
「木村は赤尾と仲がいいから、彼に裏切れとはさすがに言えないみたいだけど」
「深崎は?」
「前川さんとは接点がないので、その人には何も言ってないって。無口であまり喋らないらしくって」
「そうか」
今日、城跡公園前の喫茶店に赤尾たちが全員集合することを聞きつけた高津は村山に相談し、二人でそこに向かっている。
「なら、彼らと合流するのはまだ早いかな……」
村山は高津との電話でも、彼らと会うことを少し躊躇していた。
「できれば全員が自分たちの行動に疑問を持ち、心がばらばらになって赤尾一人が浮いてから行動を起こしたいんだが」
しかし、高津は首を振る。
「早い方がいいよ。何だか凄く嫌な予感もするし」
「……お前がそう言うからには、そうした方がいいとは思うが」
煮え切らない言葉に高津は口をへの字にした。
「じゃ、仮に彼らの話を聞くだけ聞いたとして、それからどうするの?」
「色んな方法があるさ……一人一人別々に呼んで殴ってやるとか」
高津は小さく肩をすくめた。
「それは無理だよ」
「どうして?」
「だって村山さんが痛めつけるために相手を殴るなんて想像できないし、実際、そんなことできないだろ?」
「……なら、これから試してみようか」
村山は少し表情を固くした。
「一度に五人相手になるがね」
その声が何だかとげとげしく聞こえたので、高津はしばらく相手の顔を見つめる。
「……らしくないよ、そんな言い方。俺は厭味を言ったんじゃないんだから」
村山は目を見開き、そしていつものように気弱な表情に戻る。
「ごめん」
謝ると同時に彼は道を右折した。
(……なんかおかしいよな)
高津の心に二つの不安がふくれあがる。
一つは今日、これから何かが起こるという漠然とした不安。
もう一つは村山の様子がどこか変だという不安。
「……ねえ、なんかあったの?」
「……実はちょっと寝不足なんだ」
「そっか」
高津は頷いた。きっと昨晩も急患か何かで忙しかったのだろう。
「村山さんはドルチェ、行ったことある?」
ドルチェというのは赤尾たちが集まる予定の喫茶店の名だ。
「いや。お前は?」
「中学のとき、写生会で城跡公園に行ったんだ。そのときに友達と抜け出して入ったのがそこさ」
「……お前、意外に悪いんだな」
「村山さんが真面目すぎるんだよ。まあ私学じゃ仕方ないけど」
左折して公園の南門に続く道に入ると、遠くにくだんの喫茶店の看板が見えた。
しかし村山は茶店の駐車場を通り越し、公園の駐車場に車を止める。
「少し歩くけど、まだ時間はあるからいいよな」
「村山さんの車、違う意味で目立つからね」
二人は木々の間に続く石畳を歩いた。
城跡と行っても、斉藤道三だか誰だったかの部下が、少し立派な櫓を建てた場所だというだけで大したことはない。
むしろそれを理由に植物園的な公共スペースを町が作りたかったというのが実情だろう。
実際、総合病院の上手辺りに昔あった名主の屋敷は土塁や空堀まであり、そちらの方が立派だったと小学校でならった。
村山の家周辺の道が入り組んでいてややこしいのは、そのときの城下町としての名残だと言う話だ。
「前川さんに聞いたら、いつも喫茶店の角っこの席に座るって言ってたんだけど、うまい具合にその席の側に太い柱があって、その裏側の四人席は向こうから見えないんだ」
「東西南北で言うと?」
見たら早いのだが、それまで待てない性分らしい。
「入り口が北西の角にあって、そこから南に向かって窓沿いに突き当たりまで歩くと、南西の角に八人座れる席があるんだ。席は北側以外をコの字のソファで囲まれていて、柱はその席の東側ソファの背もたれ側に二本立ってる」
「その場合、柱の裏側の席は、窓際を歩いて席に着くまでは丸見えになるんじゃないか?」
「その四人席は東に二個、西に二個椅子があるんだけど、西側席の少し奥寄りに座っていれば角度的に見えない」
「詳しいな」
「サボってる最中、教師が万が一入ってきた時のために、かなりみんなで考えたから」
「だったら盗聴器、使わずに済むな。ちょっと倫理的にどうかって思わないでもなかったから」
高津は少し笑った。
「ほんと、真面目」
特に人の気配はなかったので、二人は普通に喫茶店に入った。
「がらがらだね」
「だからこその集合場所なんだろうが」
村山は何となく色あせた壁紙を見つめた。
「経営大丈夫かって心配になるな」
彼らは当初予定の四人席に向かい、西側の椅子に並んで腰をかけた。
喫茶店とはいえかなり広く音楽の音も大きいので、この辺りの席なら何を話していようと従業員たちに聞こえる心配はない。
「ねえ、村山さん」
注文を取りに来たウエイトレスに妙な眼差しを向けられ、高津は少し紅くなった。
軽食二つを頼んだ後、彼は村山に囁く。
「男同士で並ぶって、何かおかしくない?」
端から見たら変な関係に見えるような気がする。
「そうなのか?」
そういうことに疎い村山は、慌てたようにボールペンと手帳を出した。
そしてそこに幾何の問題を書き込む。
「……これを解け」
「俺が?」
「他に誰がいる?」
「村山さんが解いて、俺に教える振りしてよ」
「答えを知ってる俺が解く必要がどこにある?」
高津は仕方なく問題を解く振りをした。
幸いウエイトレスはすぐにやってきて、彼らを微笑ましそうに見つめてからサンドイッチとコーヒーを置いて立ち去る。




